ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。



第十二項 素粒子工学研究所

 超厄介ですね、と絹旗最愛(きぬはたさいあい)は呟いた。

 暗部組織『アイテム』の正規構成員である絹旗は、『スクール』の反逆を抑え込むためにこの素粒子工学研究所までやって来た。研究所内の捜索のため、彼女たち四人は三手に別れて作戦を開始した。麦野と滝壺の二人、フレンダ、そして絹旗の三チームだ。下っ端兼運転手である浜面仕上(はまづらしあげ)は研究所の外に待たせてある。いつでも移動できるようにという理由での待機命令だが、絹旗としてはこの戦いに浜面を巻き込むのは得策ではないと判断していた。無能力者である浜面じゃ、この局面を乗り越えることは不可能だと思ったからだ。

 

「あーもう、超予想通り反則的な能力ですね。反吐が出ます」

 

「そんなこと言うなよ、傷つくだろうが。っつか、俺の『未元物質(ダークマター)』を反則程度で言い表そうとしてる時点で、お前の底の浅さが露呈しちまってるよ」

 

 両手を握りしめながらの絹旗の言葉に、高級そうなジャケットを着た少年――垣根帝督(かきねていとく)は肩を竦めながら返答した。絹旗が自分の前に立ち塞がること自体が無謀なんだと言いたげな表情で、垣根は六枚の白い翼を背中に展開していた。

 天界から突き落とされた堕天使のような翼をここぞとばかりに見せつけてくる垣根に露骨に嫌そうな表情を向け、絹旗は吐き捨てるように言い放つ。

 

「メルヘンチック過ぎて超似合いませんね」

 

「心配するな。自覚はある」

 

 言葉と共に、二人はすぐに動いた。

 ダン! と床を勢いよく蹴って殴り掛かってくる絹旗を暴風で吹き飛ばし、壁に叩き付けられた絹旗に向かって垣根はおまけとばかりに六枚の翼を叩き込む。窒素の膜を身体全体に展開している絹旗は凄まじい防御力を持っているが、そんな小さな事実なんて垣根がわざわざ気にするようなことでもない。防御力が高いならそれを上回る攻撃力で叩きのめせばいい。幸運にも、垣根はそれを実現できるほどのチカラを持っている。

 翼の乱撃を二十秒ほど続けたところで、垣根は翼を自分の背中まで戻した。

 威力が高すぎる攻撃により発生した煙が晴れると、壁には人一人分ぐらいの大穴が空いていた。少なくとも、垣根の攻撃で空いた穴ではなかった。

 チッ、と垣根は吐き捨てるように舌打ちする。あの蹂躙劇の最中に逃げ出すなんて、意外と狡賢いんだな。自分から形だけでも逃走を成功させた大能力者に垣根は軽く口笛を吹いて称賛を向けつつ、

 

「わざわざ探すのも面倒臭ぇし、草壁の援護にでも行くとするかね」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 予想通りだな、と草壁流砂(くさかべりゅうさ)は呟いた。

 研究所の扉を吹き飛ばすような轟音の直後、流砂は研究所内でもかなりの広さを誇る部屋へと移動していた。そこには大小様々な実験器具が置いてあり、隠れるには打って付けの部屋だった。

 部屋に移動した後、流砂は人材派遣経由で手に入れたトラップを部屋の中に設置した。TNT爆弾、クレイモア、陶器爆弾……エトセトラエトセトラ。リュックサックに詰め込んであるだけのトラップを全て部屋の中に設置し、流砂は部屋の一番奥にあるカプセルの陰へと身を隠したのだ。

 全ては無事に生き残るために。第四位の麦野沈利が相手でも絶対に死ぬことが無いように、流砂は出来るだけの反抗処置を施した。

 そして身を隠すこと数分後、カツン、という甲高い靴音が部屋の中に響き渡った。

 (さーて。最初の襲撃者は一体誰でしょねー)予め安全装置を解除してある拳銃を構えつつ、流砂はカプセルの陰から顔だけを出して様子を窺った。

 そこ、には――

 

「はいはーい。ここに隠れてるのは分かってるからさっさと出てきてくれないかにゃーん?」

 

「人間一人分の情報を確認。――って、このAIM拡散力場のパターンは……」

 

 ――二人の襲撃者の姿があった。

 一人目は、無気力そうな顔つきとピンクのジャージが特徴の少女だった。滝壺理后(たきつぼりこう)という名を持つその少女は、怪訝な表情を浮かべながら何かの違和感に気づく直前という感じだった。過去に感じたことのあるAIM拡散力場――流砂の『接触加圧(クランクプレス)』の気配を察知する直前という感じだった。

 二人目は、ふわっとした長い茶髪と秋物の半袖コートが特徴の女だった。麦野沈利(むぎのしずり)という名を持つその女は、今の状況を楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた。獲物を狩る楽しみを覚えた肉食獣のような、獰猛な目つきだった。

 『能力追跡(AIMストーカー)』と『原子崩し(メルトダウナー)』。

 第三位の『超電磁砲(レールガン)』がギリギリのところまで追い込まれてしまうほどの実力を誇る、暗部組織『アイテム』の最強コンビのご登場だった。――そして、ここからが本番なのだと流砂に最大級の緊張感を与えてくる最強の敵の登場だった。

 カツン、という靴音が部屋の中に響き渡る。

 反射的に、流砂は左手に持っていたボールペンの様な形状の機械の上にある赤いボタンを押し込んだ。

 

 

 直後、麦野と滝壺の周囲に設置されていたトラップが一気に作動する。

 

 

 キュガガガガガッ! と連続的な爆発が起こり、広い部屋の空間が赤と黄色の爆炎に包まれる。火薬の匂いが充満して鼻孔に不快感を与えているが、流砂は気にした様子も無くカプセルの陰に必死に体を縮込ませていた。彼が設置したトラップの作動が終了するまでの間、流砂は息を潜めて全てが終了する瞬間をただ沈黙と共に待ち続けた。

 そして数秒後、耳を劈くほどの爆音が止んだ。爆発によって発生した黒い煙が換気扇に向かって黙々と上がっていく様子を眺めながらも、流砂はカプセルの上から頭を出して麦野たちの様子を確認する。

 直後。

 

超能力者(レベル5)を嘗めてんじゃねえぞ、このクソ野郎がァアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そんな叫びと共に、流砂の顔の十センチほど横を真っ白で不健康的な光線が突き抜けていった。光線はそのまま彼の後ろの壁を突き破り、どこか遠くへと消えていく。

 ドッと噴き出してくる汗を拭うこともせず、流砂は光線が飛んできた方向へと目を凝らす。

 そこには、傷一つ負っていない二人の襲撃者の姿があった。

 

(無傷!? 流石にあんなトラップで倒せるとは思ってなかったが、それでも無傷ってメチャクチャ過ぎんだろ! マジでバケモンみてーな能力だな、『原子崩し』!)

 

 目が合う前にカプセルの陰に再び身を隠した流砂は、服の袖で冷や汗を拭った。水分が付着した袖に、黒い染みが出来上がった。

 用意したトラップが全く役に立たなかったので、ここからは彼の能力頼りの戦闘を開始しなければならない。『触れた物体に働いている圧力を増減させる』という手品のような能力と拳銃だけで、第四位の超能力者を相手にしなければならない。

 だが、相手は昨日まで友好を持っていた少女たちだ。しかも麦野沈利に関して言えば、彼女は流砂の恋人のような存在だ。好意を向けられているのは確かであり、流砂も彼女に好意を抱いてしまっている。そんな女を相手に戦うなんて、普通ならあり得ない。

 流砂だって、麦野とは極力戦いたくはない。――だが、敵同士になってしまった以上、彼女と流砂は戦わなければならない。向こうは敵が流砂だとは気付いていないからまだ良いとしても、敵が自分の好きな人だと分かっている流砂にとってはかなり辛い戦いになってしまうのは明白だ。

 だけど、と流砂は奥歯を噛み締める。

 

(生き残るためにはやるしかねーんだ。別に殺さなきゃなんねーって訳じゃねーから、程々に戦ってここからトンズラすりゃノー問題。麦野は傷の一つや二つ負った程度でダウンするよーなタマじゃねーし、油断さえしなけりゃ大丈夫なハズ!)

 

 そう覚悟した瞬間、流砂は銃を構えてカプセルの陰から飛び出した。途端に先ほどまで居たカプセルに光線の雨が降り注ぐが、流砂はあえて無視して部屋に鎮座している別の遮蔽物へと姿を隠す。

 身体を半分ほど曝け出し、流砂は拳銃をぶっ放す。

 しかし、麦野は『原子崩し』でシールドを作り、銃弾を一発残らずガードした。

 

「そんな豆鉄砲程度でこの私が倒せるとでも思ってるのかにゃーん? そんなに自分の実力に自信があるってんなら、地獄の鬼にでも自慢してろってんだ!」

 

「ッ!?」

 

 機械の陰から飛び出したのは、ほぼ勘の領域だった。

 なにか強大な脅威が迫ってくる、という予感に従うがままに床を転がった流砂の背後で、ギュガッ! と機械が跡形も無く崩壊した。恐る恐る見てみると、機械には無数の風穴が空いていて、その機械の先の床にも同じような形状の穴が無数に存在していた。考えずとも分かる。これは『原子崩し』による弾幕の爪痕だ。

 勘に従っていなければ、流砂がああなっていた。体中に風穴を空けられ、無残なオブジェへと作り変えられていたところだ。間一髪だったな、と流砂は額に浮かぶ汗を拭う。

 流砂は次の攻撃を警戒して移動を開始しようとしたが、結果的にその行動を実行に移すことはできなかった。

 それどころではなかった。

 

「りゅう、さ……?」

 

 突然、後ろから聞こえてきた声。

 ッ、と息を呑みながら流砂が振り返ると、彼のすぐ背後に、驚きに満ちた目をしている麦野沈利が立っていた。彼女の後ろには脱力系の滝壺理后がこちらに視線を向けてきていて、妙に幻想的な印象を流砂に植え付けてきていた。

 だが、そんなことなどどうでもイイと言うかのように、流砂は目の前の麦野に顔を向けた。焦燥と絶望に染まったその顔を、驚愕と絶望に染まった麦野の顔へと振り向かせた。

 

「むぎ、の……」

 

「流砂お前、こんなところで何やってるのよ……今日は能力解析だから第七学区の研究所にいるって、言ってたじゃないの……」

 

「…………」

 

 悲痛そうな麦野の言葉に、流砂は沈黙を返す。

 

「なのに、何でお前が、ここにいるのよ……この研究所にいるのは『スクール』のクソ共だけのはずだろ? そうよ、お前がここに居るわけがないんだ……」

 

「…………」

 

 悲愴に満ちた麦野の言葉に、流砂は沈黙のみを返す。

 

「ま、さ、か……まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……まさかお前、『スクール』の……」

 

「…………、ああ」

 

 驚愕に満ちた麦野の言葉に、流砂は引き攣った笑いを浮かべながら簡潔な言葉を返す。

 わなわなと震える麦野の目の前でゆっくりと立ち上がり、流砂は顔を片手で覆いながら麦野の豊満な胸の前に銃を突きつける。その動作には一切の迷いが無く、それが逆に麦野に更なる困惑を与えていた。

 突き付けられた拳銃の銃身を震える左手で掴む麦野に寂しそうに微笑みかけ、流砂は銃の引き金に指を添え――

 

「俺は『スクール』の正規構成員だ。今まで黙ってて悪かったな、麦野」

 

 ――パァン! という乾いた銃声だけが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂は拳銃を前へ突きつけたまま、しばし無言で立ち尽くしていた。

 目の前では、麦野沈利が呆然とした様子で立ち尽くしていた。

 火薬の炸裂するとき特有の、独特な匂いが鼻孔を刺激していた。

 そこに、鉄のような血の匂いが混ざっている。

 だが、その血は麦野のものではなかった。

 

 

 銃をぶっ放したはずの流砂の腹部に、風穴が空いていた。

 

 

「な、んで……?」

 

 わずかに、流砂の身体がよろめきを見せた。

 それでも流砂は根性だけで足を踏ん張り、床へ倒れ伏すことだけは避けた。両脚に力を入れたことで腹部の傷から多量の血が漏れ出てきたが、流砂は苦しそうな表情を浮かべるだけでその痛みをなんとか耐えきることに成功した。

 そんな流砂に冷たい視線を向けながら、麦野は無造作に手を横に振るった。その単調な攻撃を受けた流砂の身体が、勢いよく横へと飛んだ。ガゴン! という鈍い音が炸裂し、流砂の身体が研究所の壁へと叩き付けられた。

 ごぼっ、と口から血を吐く流砂を感情の込められていない視線で見下ろしながら、麦野は『右手』に持っていた拳銃を流砂に向かって突きつける。

 

「超能力者である私が銃を持っていないとでも思ったか。全てのアドリブに対処できねえと、暗部ではやっていけねえんだよ。――今のお前みたいな、狡賢い最低のクズ野郎を相手にするときとかなァ!」

 

「が、ァ……ァァアあああああああああああああああッ!」

 

 パンパン! という可愛いた音と共に放たれた銃弾が、流砂の左腕を貫通する。二の腕を綺麗に狙ったその銃弾は、ちょうど骨を回避するかのように正確な軌道を描きながら流砂の左腕を食い破った。

 獣のように呻きながら左腕を抑える流砂に、麦野は冷たい表情のまま銃を再び突きつける。

 

「お前はそう簡単には殺さない。私が納得いくまでお前に激痛を与え続けてやる」

 

「あ、はは……イイんスか、そんな甘くて。俺はアンタを騙してたんスよ……?」

 

 脂汗を流しながら軽口をたたく流砂に近づき、麦野は流砂の襟首を掴んで持ち上げる。左手一本で男一人を持ち上げるという荒業だったが、麦野は苦しそうな表情すら浮かべなかった。

 激痛に耐えながらもへらへらと笑う流砂の顔を麦野は真正面から見据え――

 

 

 ――自分の唇を流砂の唇に重ねた。

 

 

 驚愕に目を剥く流砂などお構いなしとでも言った風に、麦野は流砂の口内に舌を挿入する。歯を舐め舌を絡め内側の皮膚を蹂躙し、麦野は流砂の口内全てを支配していく。

 そして「ぷはっ」と唇を離し、

 

「お前がクズだと分かった今でも、どうやら私はお前のことを愛しているみたい。――だから、お前は私が殺してあげる。お前は私だけのものだ。お前が私を裏切るとしても、私は別に構わない。――だって、ここでお前を殺せば私の愛は偽りじゃなかったって証明できるんだからね」

 

 ゾクゥッ、と流砂の背中に嫌な寒気が走った。

 麦野は流砂を愛おしそうに抱きしめながら、流砂の首筋に舌を這わせる。

 

「私はお前を愛しているから、ここでお前を殺すんだ。大丈夫、全てが終わった時に葬儀でも何でもしてあげるよ。お前の死体と私だけの、二人きりの葬儀をね」

 

 認識が甘かった、と流砂は薄れゆく意識の中痛感する。

 麦野の行動は全て把握できていると思っていたのに、予想外すぎる行動で流砂は全ての作戦を食い破られてしまった。麦野は感情に身を任せるタイプだから大丈夫だ、と高を括ってしまっていた。

 油断をしていたつもりはない。ただ、相手が数倍上手だっただけ。――そして、麦野の流砂への愛が予想外に深かっただけ。

 ガキン、と流砂のこめかみに硬い物が押し当てられた。あえて確認するまでも無い。麦野が流砂の身体に風穴を空けた、無骨な拳銃だった。

 近くに立っている滝壺が困惑の表情を浮かべている様子を確認しながら、流砂は麦野の身体に体重を預ける。出血多量が原因で、もう体に力が入らない。こんなところで死んじまうのか、と流砂は静かに涙を流す。

 麦野はもう一度だけ流砂にキスをし、狂ったような笑みを浮かべる。

 

「怖がる必要はないわ、流砂。例えお前が死んでも、私が絶対にお前のことを覚えているから」

 

「は、は……そりゃ、どーも……」

 

「うん、ありがとう。――だから、もう死んでいいわよ、流砂」

 

 ガキッ、と銃口がこめかみに強い力で押しつけられる。

 全ての努力が水の泡となったことを悟った流砂は、抵抗することも無く静かに両目を閉じた。愛する人に殺されるなら悪くもねーのかな、なんて都合のいいことを思いながら、流砂は静かに両目を閉じた。

 

 

 だが、流砂の頭が弾け飛ぶことはなかった。

 

 

 代わりに、流砂を抱きしめていた麦野が人形のように吹き飛ばされた。

 支えが無くなったことで床へと崩れ落ちた流砂は、霞む視界の中、その攻撃の主を姿を確認する。

 学園都市の第二位の超能力者。

 この世界に存在しない物質を生成して操る能力である『未元物質(ダークマター)』をその身に宿す、垣根帝督(かきねていとく)だった。

 背中に六枚の白い翼を生やした垣根はカツンカツンと靴音を響かせながらこちらに歩み寄り、

 

「おい、草壁。『スクール』の反逆を祝うパーティ会場はここで間違いねえのか?」

 

 ――笑いながら、そう言った。

 




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 次回もお楽しみに!

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