ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 三話連続投稿です。



第十三項 絹旗最愛

 気が付いた時には、目の前に知らない天井が拡がっていた。

 規則的な四角模様が特徴のその天井の色は、とても清潔的な白だった。瞬間、流砂はここが病院であると悟った。

 麦野に銃で撃たれた後から記憶が判然としないが、今の自分の状況から察するにどうやら誰かが病院に運んでくれたようだった。おそらく、援軍に来た垣根の根回しによるものだろう。ああ見えて、垣根は結構仲間思いな奴なのだ。

 身体全体から走る激痛に流砂は思わず顔を顰めるが、すぐにその苦しみは驚愕へと変わってしまう。

 理由は簡単。

 隣のベッドで横たわっている患者から話しかけられたからだ。

 

「こんなところで再会なんて、超奇遇ですね――草壁」

 

「ッ!? き、絹は……痛ぅッッッ!?」

 

「あんまり無理しない方がいいですよ。どうやらあなたの傷は、私なんかよりも超深いみたいですから」

 

 ぐぉぉぉぉ……ッ! とベッドの上で悶え苦しむ流砂に呆れ顔を向けつつ、絹旗最愛(きぬはたさいあい)はため息交じりに肩を竦める。

 全身包帯だらけという痛々しい状態の絹旗はベッドの上で上半身だけを起こし、

 

「十月九日の終わりぐらいに、あなたは私の隣に超運び込まれてきました。どうやら、この病室には暗部抗争でギリギリ生き残った私達二人だけが超運び込まれたみたいですね。おそらく、私たち以外は死んだか無事に生きているかの二択でしょう」

 

「そ、っか……っつーコトは、麦野はまだピンピンしてんのか?」

 

「さぁ? 浜面に敗北した後から超音信不通です。……それと、フレンダは麦野に殺されてしまったみたいです」

 

「…………そっか」

 

 重苦しい口調で告げられた現実に、流砂は簡潔な言葉だけを返して項垂れた。

 麦野沈利が浜面仕上に倒された。フレンダ=セイヴェルンが麦野沈利に殺された。――つまり、流砂は何も変えることができなかったという訳だ。

 正体不明の流砂に笑顔を向けてくれていた、金髪の少女の姿を思い出す。サバ缶が大好物で爆発物の扱いに長けていたフレンダの顔を、流砂はふと思い出す。

 

『結局、サバ缶が世界で一番美味しいって訳よ!』

 

『く、くくくく草壁!? にゃ、にゃにか私に用事でもあるの!?』

 

『にゃははははははッ! 結局、私が最強って訳よぉーっ!』

 

 いつも笑顔で毎日を全力で生きていて、感情の起伏が激しかったフレンダ。いつも何を考えているのかが周囲にバカなぐらいに知られてしまい、いろんなトラブルに巻き込まれていた印象がある。

 そんな純粋で活発な少女が、流砂の好きな人に殺された。予め分かっていた結末だが、それでも流砂は悲しかった。決められた通りに麦野がフレンダを殺してしまったことが――フレンダを助けられなかった自分が、どうしようもないくらいに悲しかった。

 ぽたっ、と彼の頬を伝って涙がベッドに零れ落ちる。涙が出始めたことで胸の辺りが熱くなり、流砂は嗚咽を零しながら泣き始めてしまった。

 子供のように泣きじゃくる流砂に気の毒そうな視線を向けつつ、絹旗はベッドから飛び降りた。

 そして流砂のベッドの傍の丸椅子に腰を下ろし、流砂の右手を優しく両手で包み込んだ。

 

「確かに、草壁は麦野を騙していました。それが原因で麦野が暴走してしまい、結果的にはこんな悲劇を生んでしまったことは超事実です」

 

 ですが、と絹旗はあえて付け加え、目を潤ませながら流砂に微笑みを向ける。

 

「あなたは誰よりも超頑張ったじゃあないですか。あなたの努力の方向が何に向けられていたのかは私は超知りませんが、それでもあなたが頑張る姿を私は今まで超見てきたつもりです。そんな私が草壁に超励ましの言葉を与えてあげましょう。――生き残っててくれて嬉しいです、くさかべぇ!」

 

 ぼふっ、と絹旗は流砂の身体にかけてある布団に勢いよく倒れ込む。布団を噛み締めて必死に嗚咽を抑え込んでいる絹旗に困惑したような表情を向けつつも、流砂は右手で絹旗の頭を優しく撫でた。母親が子供を慰める時のような強さで、流砂は絹旗の頭を撫でていく。

 直後、カチャッと病室の扉が開け放たれた。

 反射的にそちらの方を見てみると、露骨な不良っぽい茶髪の少年と車椅子に腰かけた天然系の少女の二人が、笑顔を引き攣らせながらこちらの方を凝視していた。確か名前は、浜面と滝壺ではなかったか。

 バカップルの突然の登場に流砂の顔がひくっと強張る。凄くダメな感じの誤解を受けているような気がしてしまい、流砂の顔にびっしりと冷や汗が噴きだしてきた。

 そしてそのままの状態で硬直すること十秒後、

 

『……お疲れ様でしたー』

 

「待って待ってちょっと待ってこれはスゲー天の不幸かなんかの誤解なんだって!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流砂の必死の叫びによって引き止められた浜面仕上(はまづらしあげ)滝壺理后(たきつぼりこう)の二人は、絹旗と流砂のベッドの前にある広い空間に佇んでいた。滝壺は相変わらず車椅子の上でぼーっとした表情を浮かべていて、そんな滝壺の隣にある丸椅子に浜面は窮屈そうに腰を下ろしている。丸椅子のサイズが合っていないのか、浜面は三十秒おきに腰を上げては下げるという作業を繰り返していた。

 絹旗と共に頬を朱く染めている流砂は「ゴホン!」とわざとらしく咳き込み、

 

「え、えーっと……お前が浜面っつー元スキルアウトか? 俺は草壁流砂(くさかべりゅうさ)。『スクール』の元構成員で、今現在はこーして療養中の欠陥品な大能力者だ」

 

「話には聞いてるぜ。麦野と相思相愛で、怖ろしいほどに死亡フラグを乱立しまくる変人だってな」

 

「――、ッ! き、絹旗テメェ、ナニ意味不明な情報与えてんの!? ぶっ殺すぞこの野郎!」

 

「は? 別に嘘じゃないですし。草壁が超死亡フラグ野郎だってことは、『アイテム』の共通認識でもありますし。というか、麦野を好きになってる時点で死亡フラグの予感が超バリバリですよね。超死ねばいいのに」

 

「一回言葉吐きだすのに何回俺を罵倒すんだよお前! そんなに俺のコトが嫌いなんスか!?」

 

 バチバチバチィ! と火花を散らす二人の大能力者に、浜面はやれやれと言った風に肩を竦める。滝壺はそんな二人の口喧嘩を優しい笑顔で見守っていた。相変わらず滝壺は女神だなぁ、と浜面は心の中で感激する。

 「まぁまぁ、そこら辺にしとけよ二人とも。いちゃつくのはまた今度の機会ってことで」『誰がいちゃついてるか!』お互いにケガを負っていることで取っ組み合いの喧嘩には進展しなかったことを幸運に思いつつ、浜面は二人の喧嘩を仲裁した。――直後、赤面状態の二人が投げた枕が浜面のアホ面に直撃する。

 何故か三竦みの関係になってしまったバカ三人に滝壺は聖母のような笑みを向け――

 

「そろそろ黙ろうよ、三人とも。さもないと……『コレ』、だよ?」

 

 ――病室に備え付けられていたテレビを両手で持ち上げた。

 『ッッツツツツツ!?』予想もしなかった伏兵の出現に、バカ三人の顔が真っ青に染まる。女神で天使で聖母だった滝壺が笑顔で振りかざしている最悪の鈍器を視界に収め、三人は風よりも速い速度で土下座を決行した。ケガが重いとか動けないとか、そんな小さなことなど関係なかった。ここで謝らなければ殺される。そんな寒気が三人の背中に襲い掛かっていた。

 『すんませんっしたぁーっ!』「うん、分かってくれたならいいんだ」恥も体裁も全て投げ捨てて全力の謝罪を実行に移した三人に微笑みを返し、滝壺はテレビを元の位置に戻した。よほど重たいものなのか、ゴトッという鈍い音が静かな病室に響き渡る。

 そんなわけで天然系な滝壺理后の新たな可能性に本気で恐怖しつつ、三人は安堵の息とともに胸を撫で下ろす。

 そして数秒後、絹旗が口を開いた。

 

「……で、みなさんはこれから超どうするんですか? 私はまだ暗部を続行しなくちゃならない感じですけど、浜面と滝壺さんは暗部からログアウトしてますし……」

 

「え? 俺のコトは完全無視か? なんでその二人にしか質問が向けられてねーの? なにこれイジメ? イジメなの? 草壁さんは年下の少女からイジメに遭ってるって訳なの?」

 

「草壁超うるさいです。というか死んでください」

 

「やっぱお前俺のコト嫌いだろ!」

 

 目を吊り上げて叫び散らす流砂を視界にすら収めることなく華麗にスルーし、絹旗は浜面の返答を待ち続ける。

 「うーん。そうだなぁ……」頭を軽く掻きながらしばしの間思考した浜面は滝壺の頭にぽすんと左手を置き、

 

「俺はとりあえず滝壺が回復するのを待つよ。『体晶』の後遺症がどれぐらいの期間で抜けるのかは分からねえけど、俺は滝壺が退院するまで滝壺の傍から極力離れないようにする。っつか、お前らの見舞いが済んだ後、滝壺をこの病室に移動できねえかって院長に頼みに行くつもりだったんだよ。一人で違う個室にいるより、お前ら二人と一緒の方が滝壺も安心するだろうしさ」

 

「はまづら……」

 

 恋する乙女の表情で浜面を見上げる滝壺さん。浜面も満更ではなさそうな表情を浮かべているし、なんだか二人の間だけ凄く桃色な幸せオーラが満ち溢れていた。バカップルが作り出すオーラとはここまでの威力なのか!? と流砂と絹旗は眩しい二人からふいっと目を逸らす。

 とりあえず二人の気の済むまで桃色オーラに浸らせたところで、絹旗は再び口を開いた。――先ほどとは違う、凄く嫌そうな表情で。

 

「……草壁はこの後、超どうするんですか? どうせ大幅予想できますけど、超仕方ないから聞いてあげます」

 

「お前マジで覚えとけよ。うーん、そーだなー……とりあえずケガが治ったら、お前らと一緒に行動するコトにする。『スクール』が壊滅しちまった俺には帰るトコなんてどこにもねーし、お前らと一緒に行動してた方が安全面的にも大丈夫そーだしな。――それに、男が二人いた方が浜面も少しは気が楽だろーし」

 

「草壁、お前……人のことを気遣える奴だったのか。衝撃的な事実が発覚したな」

 

「だから俺の評価はどこまで低いんだよお前たちの中で! 俺だって気遣いの心ぐれー持ち合わせてるっつーの! そして絹旗は俺の顔指差しながら爆笑してんじゃねーよ! お前ホント泣かせんぞ!?」

 

「草壁の超貧弱なテクじゃ一生かかっても無理ですよ。そうそう、草壁はこんな感じで超強がっていますけど、本当は今すぐにでも麦野に会いたくて仕方がないんです。麦野のバインバインな胸に顔を埋めて、今すぐにでも超号泣したい変態さんなんですよ」

 

『………………うわぁ』

 

「俺の尊厳とか突然出てきた暗い言葉とか完全無視だなお前ら!」

 

 それでも少しはそんな希望を抱いてしまっているため、流砂は絶叫しつつも頬を朱く染めてしまっていた。そんな流砂を見た絹旗が再び不機嫌になって罵倒を繰り返してしまうのだが、それはあえて触れるようなことでもないだろう。

 「イイ加減に真剣に話聞けっつーの!」がぁああああッ! と『アイテム』の三人に咆哮し、流砂は面倒くさそうに頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

 

「麦野はまだ生きてんだ。浜面がどーゆー感じで麦野を倒したのかは知らねーけど、アイツは絶対に生きてる。確信はねーけど、俺は何故かそー思えてるんだ」

 

「……でも、今の麦野はお前が知ってるような麦野じゃねえぞ? 怒りに支配されたバケモノになっちまってる。そんな麦野に会って、アンタはそれでもアイツを好きでいられるのか?」

 

「…………そんなコト、分かんねーよ」

 

 ギュッと布団を握りしめ、流砂は項垂れる。

 流砂は顔を上げることもせず、震える声で言葉を続ける。

 

「分かんねーけど、俺は麦野に会いてーんだ。会わなくちゃなんねーんだ。アイツを壊しちまったのは、他の誰でもねー、俺自身なんだ。俺がもっとちゃんとしていれば、俺がもっと麦野を素直に好きになっていれば、こんなコトにはならなかったハズなんだ。あーくそ、そーだよ。俺が全部悪いんだ」

 

「草壁……」

 

「俺がこんなクズじゃなけりゃ、フレンダだって死なずに済んだかもしんねー。浜面だって、麦野と戦う必要なんて無かったかもしんねーんだ。なのに、なのに、俺がこんなクズなせーで、みんなが意味も無く傷ついちまった……ッ!」

 

 後悔なんて、しようと思えばいくらでも出来る。フレンダの死、麦野の豹変、浜面の死闘。全ての事件の原因が全て自分のせいだと思ってしまうと、頭の中が負の感情で埋め尽くされていく様な気分になってしまう。無駄な後悔だと分かってはいるのに、身体が後悔することをやめてくれない。

 頭を抱えて呪詛のようにぶつぶつと言葉を吐き出す流砂。目から大量の涙が零れ落ち、布団の上に黒い染みを作っていく。

 だが、流砂がそれ以降に布団を汚すことは出来なかった。

 理由は簡単。

 絹旗が流砂を思い切り殴り飛ばしたからだ。

 

「ごっ、がっ……ッッ!?」

 

「グチャグチャグチャグチャ超ふざけたこと言ってンじゃないですよ、このクソ草壁!」

 

 口調が一変して顔も怒りで歪んでいる絹旗は病室の壁まで飛んで行った流砂の襟首を掴み上げ、腹の底から声を荒げる。

 

「全部のことを自分のせェにして、後悔してそれで超満足ですか!? 現実を甘く見てンじゃねェよ、自分の価値を低く見てンじゃねェよ!」

 

「ッ……ンなコト言ったって、俺が原因なのは事実だろ!? 俺が原因で麦野がブチギレて、そっから全ての悲劇が起こっちまったんだろ!? だったら、考えるまでも無く全部俺が原因じゃねーか!」

 

「だとしても! あなたがこンなところで後悔することには超なンの意味もありませン! これからあなたがするべきコトは、後悔する事なンかじゃない。――歯ァ食い縛って立ち上がって、麦野に全力で謝罪するコトなンですよ!」

 

「――――ッ!?」

 

 泣いていた。流砂に感情をぶつけているその少女は、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 自分のことを平気で罵倒してくるくせに、実は誰よりも自分のことを考えてくれていた。流砂のために涙を流してくれ、流砂の為に汚れ役を買って出てくれた。――そんな少女が、今目の前で立っている。

 分からされた。混乱していたせいで思うことすらできなかったことを、涙と共に分からされた。――自分が今やるべきことを、自覚させられた。

 ギリィッ、と流砂は奥歯を全力で噛み締める。

 そして絹旗の胸にコツン、と拳を突きつけ、流砂は不器用ながらに笑みを浮かべる。

 

「サンキューな、絹旗。おかげでウゼーぐらいに元気出たわ」

 

「お礼なんて超似合わないですよ、バカ草壁。殴られて頭の螺子でもぶっ飛んじゃったんじゃないですか?」

 

「バーカ死ね、違ぇーっつの。お前に喝入れられたから、素直にお礼言っただけじゃねーか。なのに罵倒されるとか、お前はホント俺のこと嫌いだよな」

 

「ええ、勿論です。私は草壁のことが超大嫌いですよ」

 

 そんな会話の後、二人は子供のような笑みを浮かべた。互いに互いの感情をぶつけ合った二人の大能力者は、涙を拭うこともせずにコツン、と拳をぶつけ合う。

 今後の予定は決まった。これからやらなければならないことも決まった。――後は、麦野と邂逅する日を待つだけだ。

 前世の記憶を引き継いでいる流砂は、このメンバーが麦野と再会する日を知っている。――十月十七日。何の変哲もない普通の日に、浜面仕上と滝壺理后が麦野の襲撃を受けるのだ。麦野に対して自分の全てをぶつけるのは、もうその日しかない。

 死を無事に乗り越えたことで大切なものを失ってしまった少年は、今度こそ全てを取り戻す覚悟を決める。死亡フラグなんていう茶番を全力で叩き折った少年は、次なるフラグを立てるために立ち上がる。

 そう、そのフラグとは――

 

(今度こそ麦野を救う。今までの打算的な好意じゃなくて、俺の本気の好意を武器に麦野を本気で救うんだ。なぁ麦野、――俺たちの戦争(デート)はこれからだろ?)

 

 ――恋愛フラグ。

 武器としては頼りないが、流砂には最早この武器しか残されていない。――だが、麦野に対して一番有効な武器と言える。

 覚悟は決めた。決意も済んだ。必要なのは――麦野の前に立ち塞がる勇気だ。

 草壁流砂は戦争を始める。心の底から愛した一人の女を救うため、草壁流砂は小規模な戦争を勃発させる。……だが、その戦争はまだまだ先のことであるようで。

 

「そういえば草壁。さっきしれっと私の胸触りましたよね殺します今ここで超殺します!」

 

「あががががががッ! い、今スゲーシリアスな空気だったのにーっ!?」

 

 ビキリと青筋を浮かべた絹旗の怪力が、覚悟を決めた流砂の身体に襲い掛かった。

 




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 次回もお楽しみに!

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