ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。



第十五項 襲撃者

「……にしても、『先に第三学区の個室サロンへ超向かっててください』ってのも突然な話ッスよねー。まぁ、どーせまた何らかのトラブルに巻き込まれてんだろーけど」

 

「少し心配。やっぱり私たちもはまづら達の方に行った方がいいんじゃ……」

 

「浜面達が先に行ってろーっつってんスから、俺たちはその願いに従うだけだって。それに、浜面は滝壺をトラブルに巻き込みたくはねーって思ってると思うぞ? アイツの意志も少しは尊重してやれって」

 

「……そうだね」

 

 手をひらひらと振りながら笑いかける流砂に、滝壺は小さく頷き返す。

 浜面と絹旗が滝壺の退院祝いの準備の為に病室から出て行った後、流砂と絹旗は病室の片づけを開始した。五十センチぐらいの大きさのウサギのぬいぐるみやら大量の花やらを宅配サービスに預けたり、病室の床などを軽く清掃したりという感じの簡単な片付けを、二人掛かりで十分ほど行った。その間、滝壺が頭から水を被ってシャツが透けて下着が露わになるというハプニングが発生したのだが、流砂は「俺は見てねーッス!」と全力で被りを振ることで滝壺を何とか納得させていた。顔が真っ赤になってしまっている時点でその言葉が嘘だということが丸分かりなのだが、鈍感で天然な滝壺はその言葉を信じてしまった。おそらく相手が絹旗だったら、顔面に百連パンチ辺りでもぶち込まれているかもしれない。

 片付けが終わって病院の受付で退院の手続きを行っていたところ、滝壺の携帯電話に絹旗から『先に第三学区の個室サロンに超行っててください』という旨のメールが来て――今に至るという訳だ。

 ゴーグルと腰の機械が収納された黒いリュックサックを揺らしつつ、流砂は滝壺の肩にぽすんと片手を置く。

 

「っつーか、お前ってホントに浜面のことが好きなんだな。やっぱり命を助けられたからッスか?」

 

「ううん、それは理由の一端でしかないんだ。はまづらは私なんかの為にむぎのと戦ってくれた。超能力者を相手に、無能力者のはまづらが戦ってくれた。私はね、はまづらの一生懸命な姿が羨ましいって思っちゃったんだ」

 

「あー……なるほど。確かに、麦野と戦った浜面がお前にとって白馬の王子様的な存在になっちまうのはトーゼンだよなー。……うん、麦野を相手に……」

 

 『麦野』という名前を噛み締めながら徐々に顔に影を落としていく流砂。

 滝壺は慌てた様子で流砂の前に回り込み、

 

「ご、ごめんねくさかべ! 私ちょっと、くさかべのこと何も考えずに……」

 

「あーいや、別にそこは気にしなくてイイッスよ。麦野がお前にやろーとしてたコトが酷いコトだっつーコトは、俺も重々承知してっからな。お前が謝る必要はねーよ」

 

「で、でも。私はむぎのに酷いことを言っちゃって……」

 

「言葉の齟齬ってことで納得してくんねーか? 俺はお前らに酷いコトをしちまった麦野を庇うつもりはねーし、お前に謝罪を求めてる訳でもねーんスよ。それに、麦野が変わっちまったのは俺が原因なんス。アイツの罪は俺の罪なんだから、お前が麦野のコトでわざわざ気に病むよーなコトなんて、何一つないんスよ」

 

 あたふたとした動作と共に焦りを見せる滝壺に、流砂は子供のように明るい笑顔を浮かべる。

 麦野沈利(むぎのしずり)が豹変してしまった直接的な原因は、流砂の裏切りにある。純粋に流砂のことが好きだった麦野を流砂が騙し続けてしまっていたから、十月九日のような悲劇が巻き起こってしまったのだ。今更そのことを悔やんでも仕方のないことだとは分かっているが、それでもやっぱり後悔が消えることはない。

 だからこそ、流砂は麦野を救うと決めたのだ。後悔と懺悔の全てを償いとして実行するため、流砂は麦野を闇の中から掬い上げると誓ったのだ。――そして、今日がその償いを行う当日でもあることを、流砂はこの世界で一人だけ理解している。前世の記憶を引き継いでいて二十二巻までの原作知識を持っている流砂は、今宵十月十七日が麦野とケリをつけるチャンスなのだと知っている。

 そして、これから向かう第三学区の個室サロンに、元迎電部隊(スパークシグナル)の残党がテロ行為を行いに来るということも知っている。

 そんなわけなので、流砂は個室サロンが見えてきたところで滝壺の肩を掴んで九十度回転させつつ、

 

「個室サロンに行く前にちょろーっと買い物でもしてこーぜ。こっちも準備されてばっかじゃ罪悪感がすげーッスからね」

 

「??? うん、分かったよ」

 

 華麗なテクニックで死亡フラグを回避していく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あー、こちら草壁。現在第三学区のデパートで滝壺と買い物中ッス。なんかサロンでドンパチ始まったっぽいッスけど、俺たちは巻き込まれてねーんで安心してくれー」

 

『そ、そうか! 良かった、本当に良かった……ッ!』

 

 デパート内で買い物カートをガコガトと動かしつつ、流砂は携帯電話片手に緊張感の欠片もない声を漏らす。彼の傍では天然系少女の滝壺が白菜を持ち上げながら「どうしたの?」と首をリスのように傾げていたが、「何でもねーッスよ」と流砂はあえて被りを振る。

 さて、と流砂は腕を組んで眉間に皺をよせ、

 

(迎電部隊のテロ行為は回避した。後はステファニー=ゴージャスパレスと絹旗の戦闘をどーやって止めるかについてと麦野を説得するタイミングについてを考えなきゃなんスけど……麦野が出てくるのって、どのタイミングだったっけ?)

 

 まさかのど忘れだった。

 いくら原作知識が二十二巻分残っていようとも、その記憶は十七年以上も前に蓄積された記憶だ。完璧に覚えるなんて不可能だし、新しい人生の十七年分の記憶がその知識を少なからず上書きしてしまっている。だから、流砂が原作知識を思い出せないのだって当然のことなのだ。

 だが、その忘却した記憶が麦野に関する事であるなら話は別だ。麦野がどういうタイミングで出現してどういう行動をとるのかの知識を忘れてしまっているこの状況は、あまり好ましい状況ではない。というか、死亡フラグ臭が半端ない。

 しかも更に悪いことに、流砂の原作知識は浜面達がロシアに行く後の場面についての知識が酷く曖昧だ。誰がどこに行ってどういうことをするのかぐらいは何とか思い出せるのだが、その行動に誰が関わっているのかとか何を目的にしているのかとかいう知識が全く思い出せない。……結局、どこまでいっても微妙な実力だよなーと流砂は軽い頭痛に顔を顰める。

 

 

 直後、デパート内に耳を劈くほどの爆音が響き渡った。

 

 

 「なっ……た、滝壺、こっちだ!」突然の事態に、流砂は反射的に滝壺の腕を掴んで物陰に移動する。滝壺は今の状況が分からないといった風にキョトンとしていたが、すぐに流砂の言葉に頷きを返して彼と共に移動を開始した。

 商品棚に身を隠しながら店の入り口の方を見てみると、黒い煙がもくもくと上がっていた。流砂がいるデパートは高層ビルの四階にある為、黒い煙の様子から察するに爆発は一階で起きたものだとすぐに予想できる。ビルの中央をぶち抜くタイプの建物じゃなかったら行動が遅れてたな、と流砂は少しばかりの幸運に安堵する。

 滝壺の手を引きながら店の外へと移動する。その流れで一階を見下ろしてみると、数体の駆動鎧(パワードスーツ)と黒い装備に身を包んだ集団が店の中へと雪崩れ込んできていた。人数としては三十人ぐらいか、強盗にしては多すぎる。

 (迎電部隊か? いや、アイツラは個室サロンでテロ行為を行ってるハズ……っつーことは、別のテロリストか……ッ!)完全に切り抜けたと思っていた悲劇が開始されてしまった現実を前に、流砂は滝壺の手を握りながら歯噛みする。滝壺はそんな流砂の手を握り返しながら、荒い呼吸を繰り返していた。

 ――って、荒い呼吸?

 

「お、オイ滝壺! 大丈夫ッスか!?」

 

「大、丈夫……本当に、大丈夫、だから……」

 

「い、いやでもお前、顔面蒼白じゃねーか! まさか、『体晶』の影響がぶり返してきたんスか!?」

 

「ちょっと、気分が悪くなった、だけだから……気にしないで……」

 

 明らかに異常を来たしていた。顔は真っ青になっているし、全身が冷や汗でぐっしょりと濡れてしまっている。顔面蒼白なのに彼女の息は妙な熱を持っていて、荒い呼吸とともに吐き出される息は明らかに体の不調を訴えている。

 いくら退院したばかりだからと言っても、流石にこの体調の崩し方は異常過ぎる。やはり『体晶』が原因だろう。得体の知れない薬品である『体晶』の影響がどういう感じで出てくるのかは分からないが、滝壺の体調不良の理由は間違いなくその『体晶』にあると断言できる。なんでこのタイミングでぶり返すんだよ、と流砂は吐き捨てるように舌打ちする。

 「このままじゃ逃げ切れねーかもしんねーし……滝壺、今回だけは身体に触れるのを許して欲しーッス!」「……、え?」黒のリュックサックを背中から降ろし、あまり焦点の定まっていない目でぼーっとしていた滝壺を背負い上げ、流砂は違うフロアに行くための階段に向かって駆けていく。体調不良のためか、滝壺の身体は予想よりも重かった。

 流砂が預けたリュックサックを滝壺が背負うのを横目で確認しつつ、流砂は叫ぶ。

 

「キツイかもしんねーけど、絶対に手ェ放すんじゃねーッスよ!」

 

「うん……分かった。ありがとう、くさかべ」

 

「お礼はこの場を切り抜けてからにして欲しーッスね!」

 

 階段までたどり着いた流砂は、ここで二つの選択に迫られた。

 上の階に進んでテロリストたちが殲滅されるのを待ち続けるか、下の階に進んでテロリストを相手にしながらこのデパートから逃亡するか。普通なら迷わず前者を選ぶところなのだろうが、このテロ行為がどれぐらいの長さで終了するのかが予想もできない今の状況では、即決で前者を選ぶわけにはいかなかった。きっちりと思考した上で決断しなければ、最悪の外れクジを引いてしまうおそれがある。不幸フラグ野郎の流砂だったら尚更だ。

 ずり落ちそうになっている滝壺を背負い直し、流砂はイラついたように舌打ちする。早く選ばなければならないのだが、この選択を誤った瞬間に最悪の状況に陥ってしまうと思うと即決する勇気がどうしても湧いてこなかった。

 だが、時間は流砂の迷いなんて置いてけぼりにするように進んでいく。

 「あーもーどーしたらイイんスか!」と流砂が床に転がっていた空き缶を階段の下に向かって蹴り飛ばすと、

 

 

 コツン、と階段を上ってきていた駆動鎧にぶち当たった。

 

 

「…………あ、れ?」

 

『…………』

 

 口をあんぐりと開けて凍りついている流砂の方にメインカメラを向けながら、駆動鎧は階段の踊り場で硬直している。両手にはドデカいライフルが握られていて、その威圧感というか存在感がぶっちゃけ凄く怖ろしい。あの銃口がこちらに向けられた瞬間、全てが終わってしまうのは火を見るよりも明らかだった。

 流砂の驚愕が背中越しに伝わったのか、滝壺の身体が小刻みに震えだす。なんか乱れていた呼吸が一瞬停止したような気がするが、流砂はあえて考えないことにした。今の状況で必要なのは呼吸の有無ではなく、この駆動鎧からどうやって逃げるかだ。いや、呼吸の有無も結構重要だけど。

 「……滝壺。気分悪いトコ悪いんスけど、リュックの中からゴーグルと機械を取り出して、俺の身体に装着してくんねーか?」「う、うん」顔を動かさずにそう言う流砂に軽く頷きを見せ、滝壺はリュックサックのジッパーを開ける。そして中からゴーグルを取り出して流砂の頭にはめ込み、ごつい機械をあたふたしながら流砂の腰に装着させた。

 トドメとばかりに全てのケーブルを腰の機械に接続し終わったところで、

 

 

 ガコン、と駆動鎧の銃口がこちらに向けられた。

 

 

「~~~~ッ!? ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! 流石に子供二人を相手にライフルは大人げなさすぎると思うッス! せめてショットガン程度に変更してください! お願いします!」

 

「……くさかべ。流石にその変更はあまり意味ないと思う」

 

「俺の必死の懇願に水を差すな!」

 

 滝壺の冷静な指摘に流砂がドバーッと涙を流しながら反論する。

 そんな二人を沈黙しながら見ていた駆動鎧は何を思ったのか、

 

『チッ。冥土の土産に見ていきな、俺のサービスをよ』

 

 ガチョン、とライフルをショットガンに持ち替えた。

 ………………………………………意外とノリがイイのかな、このテロリスト?

 駆動鎧の中でドヤ顔を浮かべているであろうテロリストの姿を頭に思い浮かべつつ、流砂は右足を少しだけ後ろに下げる。流砂の意図を理解したのか、滝壺は彼の身体に先ほどよりも強い力で抱き着いた。少しだけ息苦しかったが、ここは我慢しなくてはならない。死ぬか我慢するかの二択で言えば、後者の方が遥かにマシなのだから。

 そして駆動鎧の重たい脚が一歩前に踏み出されたところで、

 

「三十六計逃げるに如かずッ! 負け犬根性見せてやらぁああああああああああああーッ!」

 

 流砂は上のフロアへと続く階段を駆け上がりだした。

 




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 次回もお楽しみに!

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