ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 時間を見つけての投稿です。

 他の作品も、こんな感じで時間を見つけてはちょくちょく投稿していきます。



第十八項 地下街

 突撃した草壁流砂がまず最初に取った行動はとてもシンプルなものだった。

 テロリストたちの前線にいた駆動鎧(パワードスーツ)に軽く触れる。相手はデカブツなので頭部に触れることは敵わなかったが、流砂の能力を発動する為にわざわざ頭部に触れる必要はないから問題はない。一番重要なのは相手に接触する事なのだ。

 一機目の駆動鎧の次に、即座に二機めへと接触する。それを合計九機分繰り返したところで――

 

 

 ――ゴギギギャギャガァッ! と全ての駆動鎧が手の平サイズまで圧縮された。

 

 

 圧縮された駆動鎧から、赤くてドロリとした液体が零れ落ちる。誰が見ても分かるように、それは人間の血液だった。人間の活動の要ともいえる、鉄分を多く含んだ粘り気のある液体だった。

 今の流砂の攻撃の詳細はとてもシンプルなものだ。

 駆動鎧の外からの圧力を急激に上昇させ、逆に駆動鎧の中からの圧力を急激に減少させた。突発的にバランスを崩された圧力は強制的な増減に従うままに、駆動鎧を押し潰したのだ。

 例えるなら、水圧で潰れる潜水艦。――もちろん、パイロットは一人残らず死んでいる。

 ひぃっ、とテロリストの一人が脅え声を上げた。震える両手でマシンガンを構えていて、流砂に向けている銃口は傍から見ても分かるほどに大きくブレてしまっている。

 にぃぃぃぃ、と流砂は口を三日月のように裂けさせ、

 

「誰一人として逃がさねーッスよ? お前ら全員、俺の能力の実験台なんだからなあ!」

 

 ダン! と勢いよく床を蹴った。

 凶器的な笑みを浮かべて接近してくる流砂を牽制するべく、テロリストたちが一斉に銃をぶっ放した。ドババババ! という銃声と共に無数の銃弾が発射され、流砂の身体に一発残らず突き刺さる。凄まじい命中率だと感嘆の声を上げたくなるが、加害者であるテロリストたちにはそんな賛美の声に喜べるほどの余裕はない。

 なぜなら。

 彼らが放った銃弾の全てが、流砂の目の前で停止していたからだ。

 

「何度も何度も同じことばっか繰り返しやがって……イイ加減に学んで欲しーモンッスね!」

 

 今の非現実的な防御の真相は、流砂の『接触加圧(クランクプレス)』にある。

 流砂の『接触加圧』は、自分が触れている物体に働いている圧力を増減させる能力だ。その対象のサイズの大小は関係なく、速度も重量も考慮されない。ただシンプルに、圧力だけを増減させるのだ。

 そんな圧力操作系能力で、流砂は銃弾が自分の身体に働かせた圧力を瞬時にゼロにしたのだ。

 圧力をゼロにするということは、自分の身体に食い込むことがないということ。どれだけ鋭利な物体だろうが、対象の物体に働かせる圧力をゼロにされてしまったら突き刺さることも食い込むこともできない。――故に、流砂は銃弾の雨を受けても無傷なのだ。

 攻撃よりも防御に重点を置いた能力。

 自分が意識している間のみ、全ての攻撃を防ぐ『鉄壁』の盾。

 それが、流砂の『接触加圧』が生み出す『手動』の防護壁だ。

 流砂は溜め息の後、ガシガシと気怠そうに頭を掻く。ただそれだけの行動で、テロリストたちは凄まじいほどの緊迫状態に陥ってしまう。

 緊張の震えのせいで照準が定まっていない銃口を獰猛な目つきで睨みつけ、流砂は脚を一歩踏み出す。

 

「俺もできれば人死には勘弁だから、ここでお前らに俺から最大限の優しすぎて反吐が出ちまうぐれーの交渉材料を提示してやるッス。この交渉に応えるなら俺はお前らを追わねーし、ここで殺したりもしねー。……だが、もしお前らが反抗の意志を見せた場合、俺は全力でお前らを一人残らず駆逐する。そーゆー点を踏まえた上で、俺の質問に答えろ。――お前らの目的を吐け。一ミリ残さず」

 

 返事なんて、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 命惜しさに全ての情報を洗いざらい吐きだしたテロリストたちを警備員(アンチスキル)に突き出した流砂たち四人は、警備員の包囲網をこっそりと抜け出していた。

 警備員の一人を『物理的に』眠らせることで無事に脱出することに成功した彼らは、とりあえず近くの建物の陰で一先ずの休憩をとっていた。

 流砂は自分の携帯電話の画面を眺めながら、

 

「さっきのテロリストの目的は、『シルフィの捕獲』っつってたッスよね……しかも、何で捕獲するのかの詳細及び雇い主は不明……ショージキ言って、怪しさ満天ッスね」

 

「だけど、あいつ等が嘘を言ってたようには見えなかったぞ? 流石に命が懸かってたんだから、自分たちから危ない橋を渡ろうとはしねえだろ」

 

「ま、どっちにしろ、俺たち以外の奴らは全員敵、って思ってた方が無難ッスね。滝壺を狙う奴らとか、シルフィを狙う奴らとか」

 

「了解だ」

 

 流砂と浜面は目配せし合い、コツン、と拳を軽くぶつける。

 すると、流砂の背中で必死に眠気を我慢していたシルフィが、びっくぅ! と大袈裟に体を震わせた。

 なんだなんだ!? と流砂は首を後ろに回す。浜面と滝壺も同じようにシルフィの方を向くが、シルフィは脅えた表情でただシンプルに体を震わせているだけだった。何かに恐怖するかのように、流砂の身体に必死に抱き着いているだけだった。

 「ど、どーしたんスか、シルフィ?」声を詰まらせながらの流砂の問いを受け、シルフィは目尻に涙を浮かべたまま、怯えた様子で返答する。

 

「……なにか、下からくるっ」

 

『え?』

 

 思わず、口を揃えて疑問の声を上げたときだった。

 

 

 ボゴッ! と。

 突然、第三学区の一角から派手な爆発が巻き起こった。

 

 

 だが、別に建物が吹き飛ばされたという訳ではない。地下だ。いきなり遠くの地面が割れたと思ったら、そこから大きな紅蓮の炎が噴き出してきたのだ。

 それはまるで、大地から抜け出てきた龍の様。

 しかし、その爆発は龍みたいな素敵な風格は持ち合わせておらず、ドゴバコベゴン! と連続的にシンプルで巨大な爆発を放っているだけだ。災厄と言っても、誰もが納得するぐらいに、その爆発の威力は巨大なものだった。

 爆発の範囲は徐々に広がっていき、路上駐車していた車がアリ地獄のように地下へと飲み込まれていく。先ほどのテロ騒ぎのおかげで周囲に人の気配はなく、目立ったパニックは起こっていないようだった。

 そして不幸なことに、その爆発は徐々に流砂たちの方へと近づいてきていた。

 その爆発を見ていた浜面は、ふと何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。

 

「そういえば、絹旗と連絡が取れないって言ってたよな!? っつうことは、この爆発に絹旗が関与しているって可能性もあるんじゃねえか!?」

 

「その理論はスゲー飛躍してるが、確かに絹旗が関与してるっつー可能性は高いかもッスね。どーする? 爆発は地下街からみてーッスけど、行ってみるか?」

 

 ほれ、と流砂が指差した方を見てみると、デパートの入り口からわらわらと大勢の客が飛び出してきた所だった。どうやら地下から黒い煙が出てきたせいで、慣れない運動を強要させられているらしい。

 浜面は周囲を見渡し、地下鉄の改札口にも繋がっている、地下街への入り口を発見した。

 「行くもなにも、行くしかねえだろ!」「だな!」爆炎を吐き出すための煙突のようになっている階段を下っていくと、その先に待っていたのはオレンジ色の空間だった。

 一切の容赦すらない業火。

 まだ炎自体が流砂たちの近くまでたどり着いているという訳ではないが、奥の方で燃え盛る爆炎が周囲のタイル状の床や天井、ガラス張りの壁などに乱反射し、一種の芸術作品のような空間を作り上げていた。ただし、この芸術作品は人の命をあまりにも簡単に奪ってしまえる程、残虐なものだ。

 空気自体が異様に温められているせいで巨大なオーブンと化している地下街を見渡してみるが、あまりにも炎が大きすぎるせいで人影が確認できない。というか、本当にここに絹旗がいるのかが確証が持てない。幼いシルフィのダメージを減らすためにも、ここはとりあえず地上へ一旦退却すべきだろうか。それとも、絹旗を捜すためにシルフィに我慢を強要させるべきなのだろうか。

 そんな選択肢を必死に考えていた時だった。

 

「はまづら。あれ!」

 

 と、滝壺が何かを指差した。

 反射的にそちらの方を見てみると、オレンジ色の炎の中で何かが揺らいでいた。――いや、あれは人影だ。流砂や浜面なんかよりも小柄な人影が、炎の中で揺らいでいる。

 考えるまでもない。流砂と浜面の二人は咄嗟に叫んでいた。

 

『絹旗っ!』

 

 名前を呼ばれ、ギョッとした様子でこちらを振り返る絹旗。しかし彼女は知り合いを見つけたことに安堵の表情を浮かべず、逆に焦燥の感情を込めた表情でこう叫び返した。

 

「草壁が盾になって、超伏せてください! 草壁の陰から出ちゃダメです!」

 

 その叫びを聞いた瞬間、浜面は気づいた。

 絹旗がいる位置のさらに奥に、長身の人影が見える。

 その人影は何か細くて長い――機関銃のようなものを携えていた。しかも、銃口はこちらに向けられている。

 「ッ!?」流砂はとっさに浜面達を床に押し付け、その上に覆いかぶさった。熱された床の温度で火傷してしまいそうだったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 自分の身体に突き刺さる銃弾の圧力をゼロにする準備を終えた瞬間、

 

 

 ドバッ! と。

 炎の向こうから大量の銃弾という名の雨が降り注いでくる。

 

 

 人間の腰の辺りの空間を、銃弾で横一線に一掃された。あまりの威力に反応が遅れてしまい、流砂の身体に鈍い痛みが走った。――だが、銃弾が体を貫通した様子はない。

 弾丸はただのライフル弾とは違うらしく、ガラス張りの壁どころかコンクリート製の床までもが根こそぎ抉り取られてしまっている。強固な床をスポンジのように扱った強烈な破壊力に、流砂は思わず顔を青褪めさせる。

 

「にゃっははーん」

 

 銃撃は十秒と続かなかった。

 代わりに、炎の中からとても緊張感の欠けた声が響いてきた。まるで今の状況を楽しんでいるかのような、子供のような感情が込められた声だった。

 嵐の様な破壊力を誇る銃撃を終えた長身の人影……おそらく女性と思われる人影が、絹旗の方を真っ直ぐと見据えていた。流砂たちはあくまでも眼中にない、とでも言いたげに、その女性は絹旗に怒りの視線を向けていた。

 流砂は身体に走る痛みに耐えながら、自分の真下で蹲っていたシルフィを優しく抱きしめる。年端もいかない少女をこんな状況に巻き込んでしまったことを悔やむように、流砂はギリィッと奥歯を噛み締めた。

 そんな流砂なんかには気づかない様子で、長身の女性――浜面たちは名を知らないが、ステファニー=ゴージャスパレスという名を持つ女性は、こんなことを言う。

 

「窒素を使って壁を作っているんだから、空気中の窒素をどうにかしちゃえばいいと思ったですけどね。窒素は空気の七十パーセントも占めてるんだから、流石に酸素とか二酸化炭素のようには上手くいかないみたいですね」

 

(ステファニー=ゴージャスパレス……確か、砂皿緻密の敵討ちのために絹旗と戦ってるんだったっけ? 使用武器はあのゴツイ機関銃で、これからの戦闘方法は爆発で窒素を根こそぎ吹き飛ばし、空いた窒素の穴に銃弾を一斉掃射、って感じだったか……相も変わらず強い敵の登場って訳ッスね)

 

 記憶の片隅に薄らと残っている原作知識を何とか引き出し、敵の情報を得る流砂。――だが、この状況をひっくり返すほどの打開策は浮かんでこない。どこまでいっても微妙な頭脳だな、と流砂は自虐的な罵倒を心の中で吐き捨てる。

 そうこうしている間にも、ステファニーと絹旗の会話が進んで行っている。このまま何の行動も起こさなければ、原作通りに巨大な爆発が起こってしまうだろう。まぁ、原作通りで進めば絹旗がステファニーを倒すことになるので、流砂としてはあまり問題はない。

 故に、流砂が危惧しているのはイレギュラーな展開だ。

 『草壁流砂』というイレギュラーの存在のせいで、この世界には異変が起き始めている。原作通りならば、『シルフィ=アルトリア』なんていう少女の存在は語られなかったし、個室サロン以外の建物がテロリストに占拠される事態も起きるはずがなかった。それ以前に、流砂が麦野との戦いで生き残ることもできなかったはずだ。

 この世界に異変が起き始めている。正史を根こそぎ覆してしまうほどの異変が、すぐそこまで迫ってきているように感じた。

 

 

 そして、その予感は不幸な形で実現してしまう。

 

 

 最初に気づいたのは、やはりというかなんというか、流砂の腕の中にいるシルフィだった。

 絹旗にステファニーが銃口を向けたところで、「……ゴーグルさん、右に跳んでっ!」と悲鳴のような叫び声を上げたのだ。ステファニーの攻撃を予感したのかと思ったが、彼女の目はステファニーを見ていない。

 普段の流砂だったらここで行動を躊躇ったのかもしれないが、今はちょうどイレギュラーな事態について考えていたところだ。――故に、イレギュラーな少女の言葉に反抗する理由が見当たらない。

 流砂はシルフィはおろか、浜面と滝壺の服も掴んで右に跳んだ。予想外すぎる重量に両腕に関節が悲鳴を上げるが、流砂は歯を食いしばって全力で右に跳躍した。

 直後。

 流砂たちが先ほどまで居た地面が、『青白い光線』によって焼き払われた。

 光線を浴びた地面は爆発するでもなく、ボロボロと一片の欠片も残さずに崩壊していく。まるでクッキーが砕けていくかのように、地面が紙細工の如く崩壊していっている。

 あまりにも非常識な攻撃だが、流砂はこの攻撃を知っていた。――否、身を持って体感した覚えがある。それは、浜面も同じだった。

 「ったく……なぁーんで私がこんなに手を焼かされなきゃいけないのかにゃーん?」その艶のある声は、先ほど流砂たちが通って来た出入り口の方から聞こえてきた。まるで流砂たちを追ってきたかのように、その声は背後から響いてきた。

 流砂たちは恐る恐ると言った風に後ろを振り返る。ステファニーや絹旗も、同じように出入り口の方に視線を向けていた。

 そこには、異様な出で立ちの女がいた。

 ふわっとした長い茶髪に秋物の半袖コートが特徴の、女性にしては長身の女だった。

 見知った女だった。

 その女には、右目が無かった。

 その女の左腕は、肩の辺りから引き千切られていた。

 赤黒い空洞となった眼窩の奥から、青白い光が漏れ出ていた。左腕も同様に、絵本に出てくる化物の腕を模ったような光線が飛び出していた。何れの光線も、失われた個所を補うように存在していた。

 それは考えるまでも無く、能力によるものだった。

 第四位の超能力者によるものだった。

 原子崩し(メルトダウナー)

 流砂の知る限り、その能力を発現しているのはこの学園都市には一人しか存在していない。そしてその一人は、流砂の人生に大きくかかわった女だったハズだ。

 流砂は震える喉に鞭を打ち、掠れた声を何とか絞り出す。

 全身が震えているのに何故か顔には笑みが張り付いている流砂の口から、その超能力者の名前が吐き出された。

 

「……ひ、久しぶりだな、沈利」

 

「ああ。本当に、本当に本当に本当に本当にひっさしぶりだねぇ、りゅーうさぁああああああああああああああああああああああっ!」

 

 ゾワッ! と麦野沈利(むぎのしずり)の青白いアームが大きく脈打つ。

 ゴーグルの少年の最後の抵抗を知らせる戦いの鐘が、不気味な音とともに打ち鳴らされた。

 




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 次回もお楽しみに!

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