ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 三話連続投稿でーす。

 いやぁ、今日は頑張った!

 気づいてない人が多いかもだけど、俺頑張りました!(力説)


第二十二項 ロシア編開幕

 十月十九日。第三次世界大戦が幕を開けた。

 学園都市&イギリス清教VSロシア成教&ローマ正教という組み合わせでの戦いが、全世界の一般市民の生活を根こそぎ破壊する形で、あっさりと開始されてしまったのだ。

 そして十月三十日現在。

 ロシアの雪原にぽつん、と位置している商店はアツく燃えていた。

 

「へいへいへーい! 死にたくなかったらココにあるモン全部寄越しやがれ! ほれ、プリーズミー!」

 

「そしてできれば防寒着を超プリーズ! 流石に何日間もこんな格好じゃ凍死しちゃいますからね!」

 

 頭に異様な機械を付けた少年とやけに足を曝け出した少女が、拳銃片手にフィーバーしていた。

 黒と白が混在した無造作ヘアーに結構整った顔立ち。黒白チェックの上着に、中には黒い長袖シャツ。下にはダークブルーのジーンズで足首から先は黒の運動靴に包まれている。腰に装備されている機械から頭に装着されている土星の輪のようなゴーグルに伸びているプラグが異様で、妙に三流な悪党を彷彿とさせる。

 彼の名は、草壁流砂(くさかべりゅうさ)

 学園都市の第四位の超能力者『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)の恋人であり、つい最近死の運命から逃れることに成功したいろんな意味での『主人公』だ。

 そして、流砂の隣で拳銃を構えている少女の名は、絹旗最愛(きぬはたさいあい)

 ふわっとした茶髪ボブで見た感じ十三歳前後の少女だ。ロシアが極寒の地であるせいか、普段着であるニットのセーターの上にやけにモコモコな上着を着ている。その防寒対策でもまだ十分ではないようで、絹旗の足は生まれたての小鹿のように小刻みにがくがくとに震えてしまっている。全てを防御する『窒素装甲(オフェンスアーマー)』でも寒さはガードできないのだ。

 アッパッパーなテンションでハシャイデいる大能力者コンビの傍には、延長コードでぐるぐる巻きにされた中年太りの店長さんがぶるぶると震えている。やはり寒い環境だと脂肪が燃焼できないのだろうか。店長の額には脂汗ではなく鳥肌が立っていた。

 日本語でギャースカ騒いでいる強盗二人を睨みつけつつ、店長はドッタンバッタンとその場でのた打ち回る。この店を守る立場である以上、彼はこんなところで屈するわけにはいかないのだ。たとえ敵が日本人であったとしても、たとえ敵が今現在の第三次世界大戦中の敵対国であったとしても、彼は諦めずに彼らに抵抗しなければならない。

 だが、流砂たちとしては、こんな辺境の地で時間を潰している余裕はない。さっさと分捕る物だけ分捕って、そそくさーっとトンズラしなければならないのだ。

 故に、流砂と絹旗は中年太りの店長に向かって銃を突きつける。

 そして絶対に通じないと分かっている日本語で、満面の笑みを浮かべながら言い放つ。

 

『この店にあるもの根こそぎ持って行くからそのつもりでよろしく!』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 滝壺の容態が悪化している。

 ロシア西部の雪原で大型の乗用車を走らせながら、浜面仕上(はまづらしあげ)は奥歯を噛み締めていた。

 学園都市の追っ手から逃げるために我武者羅にこのロシアにやって来たわけだが、流石に無計画すぎた。路銀は日本円だから現地で使えないし、そもそも着の身着のままだったからロシアの寒さに耐えるための準備が全くと言って良いほどできていない。病人である滝壺理后(たきつぼりこう)にはつい先ほど調達したふかふかの毛布を掛けてあるが、それでもやっぱり彼女の顔色は優れない。

 当たり前だ、と浜面はハンドルを握る手に力を込める。

 滝壺は『体晶』とかいう得体の知れない薬品(?)のようなものの副作用で、身体の内部がボロボロになってしまっている。今も後部座席のシートで寝かされているが、整った顔には大量の脂汗が浮かんでいた。シルフィ=アルトリアという得体の知れない九歳の少女が何度もその脂汗をハンカチで拭っているが、気休めにもならないだろう。あの体調の悪さは、そんなことで回復できるほど軟なものではない。

 できれば早急に医者に滝壺を診せたいのだが、こんな辺境の地に病院なんてあるはずがない。というか、もし病院があったとしても、今の滝壺は手に負えないだろう。浜面は医療に詳しくないから良く分からないが、滝壺の病状はそう簡単に治せるようなものじゃない。治せるとしたら、学園都市内にある病院。それも、『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』という二つ名で呼ばれている名医が望ましい。あの医者なら、滝壺を平和的に治療してくれるはずだ。

 浜面は盗難車を走らせながら、ふと助手席に座っている女を見る。

 左腕と右目が無く、身に着けている秋物の半袖コートには赤黒い焦げ跡がついている。上から下まで完璧なスタイルを誇っており、シートに腰かけながら何度も組み直している美脚は、浜面に劣情を覚えさせる。

 そんな色気十分なくせに重傷を負ってしまっている女の名は、麦野沈利(むぎのしずり)

 草壁流砂(くさかべりゅうさ)という大能力者の少年の恋人で、学園都市に七人しかいない超能力者の第四位である生粋の人間兵器だ。

 自分のせいで大ケガを負っている麦野にビクビクと脅えながらも、浜面は麦野に声をかける。

 

「な、なぁ麦野。草壁とは連絡取れたか?」

 

「全然駄目ね。っつーか、ここって完全に圏外だし。あーもー、どっかに電波塔でも落ちてないのかにゃーん?」

 

「落し物感覚で建造物を扱うなよ……っつか、草壁って本当にロシアに来てんの? 俺たちアイツにロシアにいるって連絡すらできてねえんだぞ?」

 

「来てるよ。流砂はいつも私の行動を先読みする奴だからね。私たちがロシアにいることも想定済みなんだろうさ」

 

 即答だった。

 まるで流砂のことを心の底から信用しているかのように、麦野は何の迷いも無く即答した。――いや、本当に心の底から信用しているのだろう。

 凄い信頼関係だな、と浜面は純粋に感嘆する。出会ってからまだ一か月ほどしか経っていないハズなのに、流砂と麦野は凄まじいほどに硬い信頼で結びついている。まるで幼いころから一緒だったかのように、二人は互いのことを信じきっている。

 流砂のおかげで麦野はこうして浜面と友好的に会話をしてくれているが、もし彼の存在が無かったら、浜面は今この場で盗難車を運転することは出来ていなかったのかもしれない。学園都市にいる間に麦野に殺され、あの焼却炉で灰になってしまっていたかもしれない。そう考えてみると、流砂と知り合いでよかったと思うことができる。

 「麦野は本当に草壁のことが好きなんだな」真っ白な雪原で盗難車を走らせながら、浜面は思わずと言った風に言葉を紡ぐ。いつもの浜面なら麦野を茶化すようなことはしないのだが、今回は何故か平気だった。麦野が前よりも甘い性格になってしまっているからかもしれない。

 と、そこで浜面は麦野から返事がないことに違和感を覚えた。

 いつもだったら殴り飛ばされるか『原子崩し』をお見舞いされる状況のはずなのに、今回は何故か麦野の方がノーリアクションだ。流石にこれは予想外すぎる。

 なにかあったんだろうか、と浜面は横目でちらりと麦野を見やる。

 

「っ……流砂が好き、か……~~~っ! 何でこんなに照れるのよ……ッ!」

 

 真っ赤な顔で前髪をくしゃっと握っている、超絶的な乙女がそこにいた。

 流砂のことを愛してるといつも公言しているくせに、何故か今の麦野は耳の先まで真っ赤に染めてそっぽを向いてしまっている。自分が言う分には構わないくせに、どうやら人に指摘されると凄く照れてしまう仕様らしい。めんどくせぇ性格だな、と浜面は心の中でツッコミを入れる。

 真っ赤に染まった顔を見られたくないのか、麦野は助手席の窓の方へ顔を向ける。何度もごつごつと窓ガラスに額をぶつけているところがなんとも子供っぽいが、力の込め具合を間違って窓ガラスをぶち抜くのだけは勘弁してほしい。ロシアの極寒の地で、吹き抜けの車内ほど恐ろしいものは無いからだ。

 ギャップ萌えの餌食と化している麦野に苦笑を浮かべつつ、浜面は盗難車を走らせる。

 一人の少年と三人の少女を乗せた盗難車は、真っ白な雪原を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 旅の必需品どころか大量の食糧を確保した流砂と絹旗は、これまた確保(強奪ではない)した大型トラックでロシアの雪原を駆け抜けていた。今は第三次世界大戦中であるにも係わらず、雪原は妙な静寂に包まれている。

 流砂は自分の巨大なハンドルを操作しつつ、助手席でビーフジャーキーを齧っている絹旗に声をかける。

 

「なーそれ俺にも一枚くれよ」

 

「……この世界には、超等価交換という原則というものがありましてね」

 

「漫画のネタ引用してドヤ顔すんな。イイから、さっさと分けてくんね? これでも結構お腹空いてるんスよ」

 

「この世界には! 超等価交換という原則が!」

 

「だからもーそれはイイっつってんだろ!」

 

 ゴンッ! と流砂の拳が絹旗の脳天にクリーンヒットする。ご丁寧に、絹旗の『窒素装甲』を貫通するような圧力を込めた拳で、流砂はピンポイントで絹旗の脳天を殴りつけた。

 「お、おおおぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!」結構本気で痛かったのか、絹旗は頭を抑えて助手席でぷるぷる震えている。ちょっとだけ小動物っぽくて可愛かったが、寒さと空腹で苛立っている流砂は絹旗に冷たい目を向けながら彼女の手の中にあるビーフジャーキーを一枚だけ奪い取った。

 

「……やっぱり草壁は超草壁ですね。年下の女の子に一切の容赦もないとは……」

 

「お前は女の子と呼ばれるよーな戦闘力じゃねーだろ。どこの世界に乗用車持ち上げてブン投げる女の子がいるんだよ」

 

「ここに超いるじゃないですか。愛してるぜ、ベイベー☆」

 

「……今更だけどさ、俺って年上好きなんスよね。故に、沈利以外の女にデレデレするわけねーんだよ。ましてや十三歳前後で身体の起伏に乏しい絹旗最愛ちゃんに劣情を覚えるわけねーんスよ。やっぱりその点、沈利は最高ッスよね。スタイル良いし美人だし、俺のコト本気で愛してくれてるし。まぁ、愛情が深すぎるのが玉に傷ッスけど」

 

「…………ぴらーん」

 

「おっ!? おぉぉぉぉぉ……って見えねーじゃん! 何スかお前フェイントかよ――って、はっ!」

 

 劣情なんか覚えないとか言ったくせに絹旗の下着を覗こうと首を動かしていた流砂に、絹旗はニヤニヤヘラヘラと心の底から人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 予想にもしなかった奇襲のせいで明らかにされた自分の弱点に、流砂は顔を真っ赤にする。まさか麦野以外の女の下着を見よーとするなんて! とどこか論点のズレた後悔をしながら、流砂はフロントガラスの向こう側にある雪原に意識を集中させる。

 だが、絹旗としてはここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 何の因果か、今の絹旗は流砂と二人きりの状況だ。流砂の恋人である麦野もいないし、流砂に懐いているシルフィもいない。更に言うならば、流砂がフラグを立てたであろうステファニーもこの場にはいない。――つまるところ、絹旗の独壇場だった。

 (神様超ありがとう! 今ならあなたの存在を超全力で肯定しちゃえます!)流砂に見えない位置でグッとガッツポーズする絹旗ちゃん。基本的に大胆な性格である絹旗にとって、好意を寄せている人と二人きりというこの状況は、願ってもいないチャンスなのだ。

 先ほどのやり取りで、流砂が色仕掛けに弱いことは明らかになっている。子供体型の自分でも大丈夫かと内心びくびくものだったが、そこは持ち前の美脚が功を奏したのか、流砂は露骨なリアクションを返してくれた。正直死ぬほど恥ずかしかったが、そこはぐっと我慢した。

 頬を朱く染めながらじ――――っと前方を睨みつけるように見ている流砂を、絹旗は横目で見る。

 

(あのゴーグルを除けば、超格好いいんですけどね……モノクロ頭のゴーグル野郎って、なんだかギャグ漫画の主人公みたいですよね……って、私は超何考えてるんだか)

 

 草壁はどうせ超草壁なんですよ、と絹旗は小さく溜め息を吐く。まだ出会って一ヶ月ほどしか経っていないが、絹旗はこの草壁流砂という少年のことをある程度理解できている。

 無駄に善人の癖に臆病で、変に頭が回る異常なヘタレ。能力的には未完成な粗悪品なのに、機転の良さと根性のおかげで数々のピンチを切り抜けてきた。――そんな、絹旗にとっては格好いい人。

 だが、流砂の好意は麦野沈利という一人の超能力者に向けられている。最初は敵同士だったくせに、今の彼らは誰がどう見ても互いを信頼しきっている純粋な恋人同士。もう誰にも邪魔できないぐらいに、二人の距離は縮まっている。

 絹旗だって、二人の仲を祝福したい。自分が所属していた組織のリーダーと友人が恋人同士になったのだ。祝福するのはとても当たり前のことだろう。――だが、絹旗はどうしてもそんな気持ちにはなれなかった。

 理由としては、絹旗だって嫌というほどに自覚している。

 流砂のことが好きだから。

 何事にも一生懸命で、どんな悲劇も喜劇に変えてしまうこのトリックスターのことが、大好きになってしまったから。――たった、それだけのちっぽけな理由だ。

 叶わぬ恋かもしれないが、挑戦することに価値がある。少なくとも、絹旗は流砂と近しい間柄にいる存在だ。今もこうして二人きりになれていることからも分かる通り、絹旗と流砂は腐れ縁と言って良いほどの関係で結ばれている。一緒に居る時間だけで言うならば、麦野よりも多いかもしれない。

 諦めてたまるか。ちゃんと告白して玉砕するまで、私は超絶対に諦めない。自分の感情を再確認し、絹旗はぐっと拳を握る。

 だが、そんな絹旗の覚悟なんかには気づかない鈍感ゴーグル野郎こと草壁流砂は助手席でそっぽを向いている絹旗の頭に軽く手を置き、

 

「どーしたんスか、絹旗? もしかして……ビーフジャーキーの食べ過ぎでトイレ待ち?」

 

「超死ねッッッ!」

 

 絹旗の超窒素パンチが、流砂の顎にクリーンヒットする。

 突風が吹いたわけでもないのに、大型トラックが不自然に横に揺れた。

 




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 次回もお楽しみに!

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