ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 不定期ながらに更新です。



第二十五項 右方のフィアンマ

 草壁流砂の前には、問題が山積していた。

 第一の問題として、麦野や浜面達と合流しなくてはならないというものがある。第三次世界大戦の今後の流れを予想するにも、彼らとの合流は必要不可欠なファクターとなる。

 第二の問題として、シルフィを狙う学園都市を何とかしなければならないというものがある。『回帰媒体』という異質な能力を狙っているのが誰なのかを流砂は知らないが、それでも、あの幼気な少女を護る為に何としてでもその黒幕を叩き潰す必要がある。

 他にも、第三次世界大戦後のこととか本当に滝壺は原作通りに治療されるのかとかいう多くの問題が山積みだ。普通の人生を歩んでいたら絶対に目の当たりにしないような問題が、流砂の前には山積している。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 流砂はこれから行うべきことはただ一つ。

 

 

 絹旗最愛を叩き潰したクソ野郎(フィアンマ)を。

 全身全霊を以って完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

「絹旗に……絹旗に何してくれてんだ、このクソ野郎がァああああああああああああああッ!」

 

「草壁!?」

 

 完全に頭に血が上っている流砂はフィアンマの声が聞こえてきた窓へと足を踏み込み、思い切り振りかぶった右手で窓枠ごと殴り飛ばした。流砂の突然の激昂を上条が制止しようとしていたが、怒りに身を任せている流砂を止めるまでには至らない。

 流砂が破壊した窓の向こうに、フィアンマの姿はなかった。

 代わりに、小麦粉で作った人形のような物体が宙に浮いていた。

 「こっちはダミー……ッ!?」フィアンマはこの人形を介して音声を発していたようだが、それならそのフィアンマ当人は一体どこにいるのだろうか。ここにいる上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とサーシャ=クロイツェフが狙いである以上、エリザリーナ独立国同盟内部にいることは確実なのだ。

 血管が浮き出るほどに両手を握りしめる流砂は、破壊した窓から外に出る。

 直後。

 目視なんて不可能なほど遠くから、超巨大な物体がこちらに向かって振り下ろされた。

 

「なっ……流石に規格外すぎんだろ神の右席!」

 

 空気を切り裂きながら振り下ろされた巨大な剣を、流砂は寸でのところで回避する。あまりの速度とサイズに剣の軌道に沿う形で飛行機雲のような雲が作り出されていたが、今の流砂にその自然現象を評価している余裕はない。剣の風圧だけで体がバラバラになってしまいそうだった。

 身体へかかる風圧の値を一気にゼロにすることで事なきを得た流砂は、先ほどの窓を通って建物の中へと舞い戻る。空の上では先ほどの剣が再び高々と振り被られていて、今にもこちらに振り下ろされそうだった。――否。確実に狙いはこちらに向いている。

 声を上げる間もなかった。

 ただ垂直に。

 フィアンマの剣が持ち上げられ、一切の容赦なく流砂たちに向かって振り下ろされた。

 大陸ごと切断しかねないほどの強烈な一撃に、ロシアの大地が大きく揺さぶられる。地震でも起きたのかと錯覚してしまうほどに、その一撃は甚大で強力で莫大なものだった。

 だが、その剣が流砂たちを切り飛ばすことはなかった。

 理由は簡単。

 異能のチカラであればどんなチカラでも打ち消す右手を持つツンツン頭の少年が、フィアンマの剣を右手一本で受け止めていたからだ。

 いや、右手一本という表現はあまり正しくはない。上条は己の右手を天に向かって突き出しながら、左手でその右手を必死に支えていたのだ。人間なんかが耐えられるような重量ではない剣を受け止めたことで上条の身体から骨と肉が砕けるような音が鳴り響くが、上条は苦悶の表情を浮かべるだけで諦めたりはしていない。今まで数えきれないほどの死闘を経験してきたヒーローは、第三次世界大戦中においても己の真価を見せつけていた。

 だが、フィアンマは上条の想定の上を行く。

 

「何だ、『ブリテン・ザ・ハロウィン』を経験しても、何も学んではいなかったのか」

 

 気づいた時には、上条の間近にその青年は存在していた。

 右方のフィアンマ。

 上条の前に滑り込んできたその赤い青年を見て、その場にいた全ての人間が今の状況を悟った。

 さっきの剣は遠隔操作によるもので、本命はフィアンマの存在を察知できないようにすること。――つまるところ、圧倒的な破壊力を誇るこの剣は、ただの囮だった。

 

「――ッ!?」

 

 フィアンマの剣を右手で抑えている上条の顔が、驚愕と苦痛で大きく歪む。

 とっさに剣を弾いて右手をフィアンマに向かって突き出すが、右手にはじんじんとした痺れが残ってしまっている。それ故に、上条の反応は遅れた。そんな僅かな隙を見逃さず、フィアンマは余裕の笑みで上条の懐に潜り込んできた。

 どんな効果を持っているかも分からない未知の右手を向けながら。

 

「ッ!」

 

 ほぼ反射的な行動だったのだろう。自らの身体に防御術式を掛けながら、エリザリーナは上条とフィアンマの間に滑り込んだ。国を一つ作り上げるほどの実力を持つエリザリーナが相当な実力を誇る魔術師であることは確かで、そんな彼女が使用している魔術も相当強力な物であることは上条と流砂の素人目でも十分に理解する事が出来た。

 だが、フィアンマはそれを軽く無視する。

 割り込んできたエリザリーナと上条を、フィアンマは一撃で吹き飛ばした。強力な魔術師である女と異能を殺す少年を、蚊を掃うような仕種で吹き飛ばしたのだ。

 だが、流砂はその一瞬の攻撃の緩みを見逃さない。

 学園都市の暗部という血と闇で染まった世界を生き抜いてきた流砂は、風のような速度でフィアンマの背後に回り込む。怒りに身を任せていながらも行動自体は冷静な流砂は、能力をフルパワーに込めた右手を思い切り後ろに振り被る。

 腰の機械が唸りを上げ、ゴーグルのスリットに無数の光の筋が走った。不安定な流砂の演算能力を保護するための学園都市の技術の結晶体が、目の前の魔術師を殴り潰すためだけに大きな駆動音を響かせる。

 「ここで無様に死ね、フィアンマ!」左手で赤を基調とした服を掴んで狙いを定め、流砂の右手がフィアンマの背中に叩き込まれた。ゴギィ! という鈍い音が建物の中に響き渡り、フィアンマの身体が大きく『く』の字に曲がった。

 誰がどう見ても流砂の勝利。ここで第三次世界大戦は終結し、また平和な日常が戻ってくる。――誰もが、一瞬だけそう思った。

 だが、それはあくまでも錯覚で、現実はとても非情で無情なものだった。

 

「……悪くない攻撃だ。威力も速度も完璧な、まさに教本通りの攻撃だと言えるだろう」

 

 ニィィィ、とフィアンマの端正な顔に裂けるような笑みが浮かんだ。

 同時に流砂の顔に驚愕の表情が張り付けられるが、フィアンマはそんなことなどお構いなしと言った様子でとても愉快そうな笑みを浮かべていた。

 そして流砂は見た。

 フィアンマの右肩の辺りから、赤い第三の腕のような得体の知れない物体が飛び出しているのを。

 

「もう、完成して……ッ!?」

 

「ほう。この右腕の正体を知っているのか。ただの能力者だと思っていたのだが、これは思わぬ立場の存在と出会えたものだな」

 

 フィアンマは感心したように、自分の肩口を左手で叩いた。

 

「だが、この俺様に右手で勝負を挑んだ時点で貴様の敗北は決定事項だ」

 

「なっ!?」

 

 野暮ったい髪を掃うような動作で、フィアンマの第三の腕が振るわれる。

 

「能力者風情が。あまり俺様を舐めるなよ?」

 

 音が消えた。

 代わりに、機械と骨と肉が砕け散るような音が響き渡った。

 べっとりと赤い液体が付着した土星の輪のようなゴーグルが、放物線を描きながら宙を舞う。原形を留めないほどに破壊された科学の結晶が、勢いよく地面へと落下した。

 黒白頭の少年は、顔面を正体不明の右腕で殴り飛ばされた少年は、悲鳴を上げることも無く崩れ落ちる。

 絶対に負けないと誓った少年は、音も無く地面へと崩れ落ちる。

 

(……すまん、沈利。俺……また負けちまった)

 

 薄れゆく意識の中、少年は愛する少女の名前を呼ぶ。

 届くはずもない言葉を頭の中で紡ぎながら、黒白の少年は――――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ある程度の数の戦闘機及び戦闘ヘリを打ち落とした麦野は、集落の方へと戻ってきていた。シルフィは相変わらず麦野の頭に両手を回していて、それが麦野に更なる苛立ちを与えてしまっている。

 集落内での戦闘は一先ず終息したようで、麦野が向かった先には浜面と滝壺という二人の仲間の姿があった。麦野としては未だに浜面のことが許せないのだが、冷静になって考えてみると完全無欠に自分のせいなので激しく八つ当たりができない状態になってしまっている。因果応報、という四字熟語が何故か頭に浮かんだ。

 麦野は右手で面倒くさそうに頭を掻き、そのままシルフィを掴んで地面へと降ろす。ぼふぅっ! という音と共にシルフィが雪の中に沈んだが、麦野は軽く無視した。

 

「……ががごぼごぼがががががっ!」

 

「ちょっ、麦野さん何やっちゃってんのぉおおおおおおおお!? 九歳の子供を雪の中に生き埋めとか洒落になってないんですけど!?」

 

「ごちゃごちゃうっせえぞ、クソ面。代わりにお前の粗末なナニを愉快な丸焼きにしてあげてもいいんだけどにゃーん?」

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああっ! この超能力者容赦なさすぎるぅうううううううううううううううううううううっ!」

 

「はまづら。早くしるふぃを助けてあげないと」

 

「あーそうだった! おい、大丈夫かシルフィ!?」

 

 ずぼっ、と勢いよく引っこ抜かれたシルフィの顔には、大量の雪が付着していて、更にそれが原因なのか、彼女の身体は小刻みに震えてしまっていた。誰がどう見ても分かるほど、シルフィ=アルトリアは寒さに震えていた。

 

「……しずり殺すしずり殺すしずり殺すしずり殺す……ッ!」

 

「幼気な少女に絶対に芽生えてはいけない負の感情が! でもとりあえずはその凍えを何とかしてやろう! ディグルヴ、なんか毛布とかそんな感じの防寒具を持ってきてくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 共にプライベーティアを撃破した仲間が一分と掛からずに持ってきた毛布を、浜面はシルフィに纏わせる。申し訳程度の応急処置だがそれでも暖かくはなったのだろう。真っ青だったシルフィの顔は僅かばかりの赤みを取り戻していた。

 浜面の肩に肩車の要領で飛び乗ったシルフィはちんまりとした体を毛布の中に埋めつつ、

 

「……ゴーグルさんに言いつけてやる」

 

「ハッ! その程度のことを流砂にチクったところで私とアイツの愛を崩せるとでも思ってんのかあ? 甘すぎるわ、甘すぎるわよシルフィ=アルトリア!」

 

「よく何の躊躇いも無くそんな恥ずかしいこと言えるな、お前……」

 

「流砂を愛することに恥ずかしさなんて存在しないわ」

 

「麦野さん超カッコいい!」

 

 キリッ、と表情を引き締めながら真面目な声色で言い放つヤンデレ麦のん。流石は第四位の超能力者と言ったところか、その言葉には躊躇いというものが微塵も存在しちゃいなかった。

 相変わらずの平和なやり取りに、滝壺とシルフィは安堵の表情を浮かべる。今がどれだけ切迫した状況であろうが、この暖かな空気だけは失う訳にはいかない。人間、余裕がなくなった時が一番危ないのだ。

 だが、そんな少年少女の気持ちよりも今の緊迫した状況の方に気が向いている青い服を身に纏った大男は、地面に突き刺していた『Ascalon』と刻まれた巨大な剣の柄に手を添えながら、

 

「無駄話はそこまでにするのである。今やるべきことは民の安全を確保し、無駄な人死にを少しでも減らせるように努力することなのだからな」

 

「うるせえぞクソゴリラ。私に偉そうに指図すんじゃねえ。っつーかお前マジで誰? その剣とか衣装とか、なんかのコスプレ?」

 

 ブチィッ! と大男の額から血管が千切れる音がした。

 空気どころか時間が一瞬止まったような状況の中、大男は額にビキリと青筋を浮かべながら麦野に結構マジな睨みを利かせる。

 

「ゴリラではないのである。我が名は後方のアックア。傭兵崩れのごろつきである」

 

「うわ。なに真面目に返してんの? 流石は筋肉だるま、脳まで筋肉でできちゃってるのかにゃーん?」

 

「…………ッ!」

 

「アックアさん落ち着こう! 大人なら落ち着こう! その拳を振り下ろすのだけは勘弁してあげて! 流石の麦野でもそれを喰らったら消し飛んじゃう!」

 

 丸太のような右腕にしがみつきながらの浜面の制止の声に、アックアは渋々といった風に応じた。シルフィはシルフィで物珍しそうにアックアを見つめているのだが、これ以上アックアの機嫌を損ねるわけにはいかない浜面はそそくさーっとシルフィをアックアから遠ざけた。……少しだけアックアが寂しそうな表情を浮かべたのは、もしかしなくても気のせいだろう。

 自分の身体よりも大きな剣を扱うアックアを止めることに成功した浜面は安堵の溜め息を零す。なんでロシアにまで来てこんな立場に立たされなければならないのかが甚だ疑問なのだが、所詮三流な脇役は三流な脇役なのだ。第四位の超能力者を倒したりプライベーティアを撃破したところで彼の立場は変わらない。こりゃ帰ったらまたドリンクバー往復係かな、と浜面は大きな溜め息を零す。

 

「浜面」

 

 と、そこで高射砲の中から名前を呼ばれた。

 共にプライベーティアを撃破した仲間のロシア兵のグリッキンだ。

 グリッキンは緊張の面持ちで浜面の方を見ながら、

 

「無線が何かを拾ったぜ。ヤバイな……暗号でガードされてるから内容は分からねえが、徐々にこっちに近づいてきてる」

 

「またプライベーティアの増援か? それにしてはやけに遅い足取りだが……」

 

「待て」

 

 腑に落ちない、と言った様子で呟くディグルヴに浜面は制止の声をかける。

 グリッキンに言われた時点で双眼鏡で件の方向を確認した浜面は、こちらに向かってきている者の正体が分かったのだ。

 白い地平線に、三十機ほどの戦車が走っていた。浜面達が乗っていた高射砲とはテクノロジーの根幹が異なっている。形はもちろん、装甲の材質とか動きの滑らかさの時点でかなり違っていた。

 先行する戦車の陰には、駆動鎧のような物体が多数存在していた。十体間隔で異なる武器を持った彼らは、一切無駄のない動きでこちらに向かって歩を進めていた。各々の弱点を補うためだな、と浜面は結論付ける。

 他にも、戦闘機のような物体や偵察機のような機械が宙に浮かんでいた。かなり高度な技術が結集された、世界でも一つの街でしか作り出せないような兵器たちだった。

 先ほどまでのプライベーティアとは違う。

 装備や布陣にまったくの『遊び』が感じられない。一切の無駄を排除した彼らには、付け入る隙なんてものがどこにも感じられなかった。麦野の能力を駆使すれば撃破できるのかもしれないが、あまりにも敵の数が多すぎる。付け焼刃の作戦で勝てるほど、軟な敵でもあるまい。

 浜面はゴクリと喉を鳴らし、震える声で呟きを漏らす。

 今までの敵が全て前座であったとでも言いたげな表情で、浜面は彼らの所属を口に出した。

 

「あれは……学園都市の軍勢だ」

 




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