ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第二十六項 愛する者

 木原利分(きはらりぶん)は苛立っていた。

 学園都市の第二十三学区から離陸して現在進行形でロシアへと向かっている超音速機の中で、木原利分は苛立っていた。運動用と思われるシューズが何度も何度も床を蹴りつける音だけが、機内に連続して響き渡る。

 利分は透き通った金髪をポニーテールにした頭をガシガシと乱暴に掻き乱し、

 

「っあーっ! なーんで実験材料に逃げられた挙句に草壁流砂なんつー小物の駆除までせにゃならねえんだよー! アレイスターの野郎、ボクを道具かなんかと勘違いしてんじゃねえだろうなぁ!?」

 

 怖ろしいほどに整った顔を苛立ちで歪ませながら言い放つ利分に、彼女の周囲に座っている黒づくめの傭兵たちは露骨にビクゥッと肩を震わせる。よく見てみると、彼らは利分の一挙一動にいちいちリアクションを返しているようだった。――その全てが、彼女に怯えるようなリアクションだった。

 異様なまでに機械染みたグローブを装着した手で前髪を弄りつつ、利分は傍に置いてあったノートパソコンにやる気のなさそうな視線を向ける。

 そこには、二人の少年少女の姿があった。

 シルフィ=アルトリア。

 草壁流砂。

 それぞれが異なる理由で学園都市から狙われている少年少女で、利分がわざわざロシアまで出張させられる原因であり元凶であり理由である――存在自体がイレギュラーな二人だった。

 

「うーん……『回帰媒体(リスタート)』と『接触加圧(クランクプレス)』の反応が離れてるなぁ……一緒に行動してねえのかな? いやまぁどっちにしろ、『回帰媒体』だけは無事に捕獲しなくちゃならねえんだけどねぇ」

 

 くっくっく、と利分はわざとらしく笑い声を上げる。今のこの状況が純粋に面白いとでも言いたげに、第三次世界大戦自体が一種の娯楽であるとでも言いたげに、木原利分は笑い声を上げる。

 ひとしきり笑ったところで利分はニタァと裂けるような笑みを浮かべ、

 

「そんじゃま、ぱぱーっと世界を救うためにちょろーっと頑張るとしますかねえ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、見覚えのない石造りの壁が映りこんできた。

 周囲の情報をもっと入手するために身体を起き上がらせようとするが、脳天から爪先にかけて激しい痛みが走り、それと同時に脳震盪直後のような頭痛がトドメとなって身体の制御を完全に手放すことになってしまった。柔らかい布団の上にでも寝かされていたのか、身体が倒れると同時にぼすぅっという小気味いい音が鼓膜を刺激した。

 「あー……」と喉の調子でも確かめるように声を吐きだし、黒白頭の少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は気怠そうな目で天井をぼーっと眺める。

 

「結局、フィアンマにゃ勝てなかったっつーコトッスか……」

 

 まぁ、死んでねーだけ儲けモンだな、と流砂はぼんやりとしたまま付け加える。

 頭を殴られたのに幸運にも脳に異常は無かったようで、流砂の意識が正常になっていくにつれて気を失う前までの記憶が鮮明に頭の中に浮かび上がってきた。

 絹旗が倒されたことに激昂し、実力の差なんてものを考えることなくフィアンマに戦いを挑んだ。上条当麻(かみじょうとうま)やエリザリーナ、それにレッサーなどという魔術師たちに協力を仰げば勝てたかもしれないが、流砂はそれをしなかった。

 別に一人で勝てるなんてことを思っていたわけではない。

 ただ、気づいた時には一人で突っ走っていた。

 ――ただ、それだけのことなのだ。

 

「そーいや、ゴーグルはどーしたんだっけ……あー……盛大にぶっ壊れてら」

 

 自分が寝かされているベッドの傍に置いてある血塗れのゴーグルを発見し、流砂は盛大に溜め息を吐く。

 思ってみれば、流砂の人生はこのゴーグルを受け取った時からのスタートだった。演算能力が不安定だからと渡されたこのゴーグルが、流砂の死亡フラグ回避の人生を決定したようなものだった。

 自分の人生の結晶体ともいえる科学のカタマリを見て、流砂は改めて思う。

 もし、このゴーグルを受け取らずに不安定な演算能力のまま暮らしていたら、一体どういう存在になっていたのだろう――と。

 それはある意味でのIFルート。ゴーグルを受け取らずに暗部にも入っていなかったら、草壁流砂という少年は『ゴーグルの少年』の人生を辿らなくても済んだのではないだろうか? こんな血みどろな道を進むことなく、平和な普通の少年としての人生を歩んでいけたのではないだろうか?

 だが、それはあくまでもIFでの仮定話だ。有り得そうで有り得なかった、ただの妄想話で与太話だ。

 それに、流砂はこの人生を選んで正解だったと思っている。『ゴーグルの少年』としての人生を選んだからこそ、今の草壁流砂が存在しているのだ。IFの人生を歩んだ自分なんて、もはや草壁流砂ではない。同じ名前と同じ容姿を持つ、どこかの世界の別の誰かだ。

 そーゆー点じゃ俺も大概悪運が強い方だよな、と流砂は寝転がったまま苦笑する。数々の死亡フラグを叩き折ったり回避したりしてきたこの人生、正直言って異常なぐらいに悪運が働いていたような気がする。上条当麻が不幸体質ならば、草壁流砂は悪運体質だ、とでも言えるほどに。

 未だにぼーっとする頭に手を当てながら、流砂はぼーっと天井を見上げる。とりあえずは休息が必要だとでも言いたげな表情で、とりあえずは休ませてほしいとでも言いたげな目つきで、流砂は布団の上で寝転がる。

 だが、その休息の時間は即座に終了を迎えることとなる。

 理由は簡単。

 流砂がいる部屋の扉が開け放たれ、複数の人間がギャースカ騒ぎながら入室してきたからだ。

 

「超大丈夫ですか草壁! 死んでませんか超怪我とかしてませんか!?」

 

「……ゴーグルさん、しっかりして!」

 

「うおぉいっ、見ろよ滝壺! 草壁意外と無事そうだぜ!」

 

「よかったね、はまづら。唯一の男友達が無事で」

 

「はァ……本当にコイツがあの羊皮紙の謎を握ってンのかァ? ただの三下にしか見えねェンだが」

 

「あひゃひゃひゃひゃ! なにその頭、大昔のブラウン管テレビかなにか!? あ、やばっ、お腹痛すぎて死んじゃう!」

 

 想像を絶するほどに濃い面子の登場だった。

 流砂が地味に心配していた絹旗最愛(きぬはたさいあい)を始めとし、謎のゴスロリ少女シルフィ=アルトリア、世紀末帝王HAMADURAこと浜面仕上(はまづらしあげ)、天然少女こと滝壺理后(たきつぼりこう)。何故か第一位の超能力者の一方通行(アクセラレータ)第三次製造計画(サードシーズン)番外個体(ミサカワースト)が一緒に居たが、流砂は深く考えないことにした。原作的にも彼らがここに居るのは不自然ではないし、それ以上に余り関わり合いになりたくなかったからだ。暗部にどっぷり浸かっている流砂だが、流石にこの番外通行とはお知り合いにはなりたくない。なんというか、全ての平穏が音を立てて崩れ落ちてしまいそうだから。

 やいのやいのと騒ぎ立てている見舞客達(?)に苦笑を浮かべる流砂。絹旗とシルフィが流砂の身体に抱き着こうとしていたが、それを「ケガ人相手に無理させんなよ」と浜面が猫を掴み上げるように止めていた。――だが、流砂の意識の九割は、ある一人の女性で占められていた。

 その女性は、最後に部屋に入ってきたその女性は、真っ直ぐとこちらに向かって歩いて来ていた。

 片腕と片目が無いその女性は、安堵したような笑みを浮かべながら、流砂の目の前まで歩いてやって来た。

 学園都市の第四位の超能力者。

 『原子崩し(メルトダウナー)』。

 麦野沈利(むぎのしずり)

 流砂の恋人であり流砂の人生の進路を決めた存在である超能力者が、流砂の目の前に立っていた。

 麦野は流砂にとびっきりの笑顔を見せ、

 

「なーに簡単に負けちゃってんのかにゃーん? お前を殺すのは私なんだから、そう簡単に倒されてちゃ私の立つ瀬がないだろうが」

 

「うっせーよ。俺だって好きで負けてるわけじゃねーんだっつの。っつーか、まだ俺を殺すこと諦めてなかったんかよ。ヤンデレは根に持つッスねぇ」

 

『――ま、そこが好きなんだけども』

 

 コツン、と拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 人の恋路を邪魔する奴は、駆動鎧に蹴られて地獄へジャストミート。

 そんなとても曖昧でギリギリな格言に従う形で浜面達が去って行き、流砂は麦野と二人きりの状態となってしまった。意外と広い部屋の中で二人きり、という場所が場所ならば急展開が待ち受けているであろう状態だ。

 だが、今は第三次世界大戦中。流石にこんな場面で過ちを犯すほど流砂はバカではない。……いやホント、そこまでバカじゃないんだって。

 流砂は黒白頭をガシガシと掻き、

 

「そ、そーいや、お前と二人きりなんつーのも久し振りッスね」

 

「そういえばそうね。最近はいろいろと忙しかったし……暗部抗争とか学園都市からの脱出とかロシアでの第三次世界大戦とか……ッ!」

 

「沈利さん沈利さん。言葉が重なるにつれて顔が酷く般若の様に歪んじゃってますよ?」

 

 メデューサのようにうねうねと脈打つ麦野の髪に恐れを抱きつつ、流砂は心底呆れたような表情を浮かべる。

 麦野沈利という少女は、他人が思っているよりも子供っぽい少女だ。

 ちょっとしたことでブチ切れ、納得いかないときには笑顔で『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね☆』と告げてしまうほどに気が短い。夜はボロボロのぬいぐるみを抱いていないと寝れないくせに、集める下着は妙に色っぽいものばかり。一体誰に見せんだよ、と何気ない疑問を持ったこともあるにはあるが、麦野と恋人同士になっている現状において、その疑問の対象は草壁流砂自身になってしまう。恋って難しいな☆

 愛し合ったり殺し合ったり慰め合ったり励まし合ったり笑い合ったり協力し合ったり……流砂の人生において、麦野沈利は無くてはならない存在へと昇華されている。良い意味でも悪い意味でも、麦野と流砂は切っても切れない仲へと発展している。――正史では絶対に有り得なかったであろう、二人の少年少女なのだが。

 本当は殺される側だった少年が、本当は殺す側だった少女に恋をした。決められた運命を叩き伏せることで、少年少女は絶対にあり得ることはなかったであろう選択を選ぶことができたのだ。

 だが、それはあくまでも仮定の話。その仮定の話を現実のものへと変えるためには、この第三次世界大戦を無事に生き延びなければならない。

 原作では生き延びていた麦野とは違い、流砂はとっくの昔に死んでいなければならなかった存在だ。この第三次世界大戦中にぽっくり逝ったとしても何ら不思議はない。

 死の運命から逃れることは出来ない、とはよく聞く話だ。――だが、流砂はその運命を変えてみせる。変えなければならないのだ。

 流砂はぶすーっと脹れている麦野の頭を優しく撫でつつ、子供のような笑みを浮かべる。

 

「にしても、ホントにお前がまだ生きてて良かったッスよ。そんな大ケガでロシアに降り立つなんて、凍傷になっちまっても文句は言えねーぞ?」

 

「その時はその時ってね。まぁ、私が凍傷になっちゃったとしても、絶対にお前とは再会できただろうけどね。ほら、よく言うだろ? 二人は赤い糸で繋がってるーとかなんとか」

 

「俺たちの場合は赤い糸っつーよりも赤い鮮血って感じだと思うッスけどね」

 

「今ここでブチマケテやろうか?」

 

「このヤンデレついに病人に更なる追い打ちを仕掛けよーとしてるッスよ奥さん!」

 

 ぎゃぁあああーっ! と悲鳴を上げる流砂に「冗談に決まってんだろ、バカ流砂」と麦野は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。流砂としては「沈利が言うと冗談に聞こえない」という意見を今すぐにでもぶつけたいわけなのだが、まだ死にたくはないので即座に自分の心のシェルターに収納しておくことにした。基本的に麦野の尻に敷かれている流砂は、亭主関白とは程遠い世界で生きているのだ。女尊男卑とはこれ如何に。

 悲鳴をひとしきり上げたところで、流砂はぼすぅっと布団の上に寝転がった。意外と元気だから錯覚してしまうが、流砂は大量出血および頭部へのダメージでかなりの重傷を負っているのだ。死んでいないのが不思議なほどのダメージが、流砂の身体には蓄積されてしまっている。

 今はとにかく休息が必要だ。

 そう思っていた流砂だったが。

 

「…………あのー、沈利さん? どーして俺と添い寝しよーとしてんでしょーか?」

 

「今ここで既成事実を作っておけばお前は完全無欠に私のものになるでしょう?」

 

「今がどんな状況か分かってる!? 戦争中! 逃亡中! つまるところの絶体絶命な状況なワケなんスけど!?」

 

「お前は私が守る。だから安心して眠りなさい」

 

「言葉だけ聞けばスゲーカッコイイのに! 何でだろー、行動と発言が見事なまでにミスマッチ!」

 

「……いっそのこと、最後までイッちゃう?」

 

「俺にゃ聞こえなかったからな! 今のギリギリな発言はきっと空耳かなんかだったハズだからな!」

 

「外国で二人きり。しかも学園都市からの逃亡中……あぁっ、なんてロマンチックなんでしょう!」

 

「全然ロマンチックじゃねーよ! 今すぐにでも死んじまうタイタニック的シチュエーションだわ! ――にょわぁあああああああっ!? ず、ズボンに手ェ入れんな離れろ出ていけ休ませてくれぇえええええええええええーッ!」

 

 エリザリーナ独立国同盟のとある建物のとある部屋に、黒白頭の少年の絶叫が響き渡る。

 最愛の少女と再会した少年は、最悪の戦いを終わらせるために一体何をするのだろうか?

 定められた運命に抗い、自分の意志に従うままに全ての悲劇を喜劇に変えようとする者――そんな異質なヒーローは、科学と魔術が交錯した最悪の戦いの中、自分なりの選択肢を選ぶこととなる。

 戦いは後半戦へ。

 全てを救う覚悟を持った科学者の足音が、すぐそこまで近づいてきていた。

 




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