エリザリーナ独立国同盟の石造りの建物の中で、我らが世紀末帝王を始めとした面子は待機していた。
建物の役割は病院で、回復したばかりの滝壺と未だ回復の兆しを見せていない
顔には脂汗が浮かんでいて、顔色は真っ青を通り越して真っ白になってしまっている。それほどまでに深刻な状況なのだろう。
打ち止めの傍では、学園都市最強の超能力者こと
絹旗の後ろで滝壺の様子を見ていた浜面は部屋の唯一の出入り口を訝しげな表情で見つめ、
「草壁と麦野、いつになったら帰って来るんだろうなぁ」
「きゃはは☆ 年頃の男女が二人きりになった状態でやることなんて、子作りかイチャイチャか変態プレイのどれかなんじゃない? 事実、さっきまであのモノクロ頭の悲鳴が聞こえてきてたしねー」
『…………』
「絹旗とシルフィは落ち着こうか。お前らが草壁の救援に行ったところで状況は悪化の一途を辿るだけなんだからさ」
『チィッ!』
そそくさーっと移動を開始していた二人の少女を掴み上げるストッパー浜面。
だが、恋する少女である絹旗とシルフィは進撃の障害となった浜面に全力で食ってかかる!
「なんで邪魔するんですかこの超浜面! 草壁がピンチなんだから、私が助けに行くのは超当たり前でしょう!?」
「ただ恋人同士で話してるだけだろ? だったらそっとしといてやれよ」
「……しずりはいろいろと危険! だから私がゴーグルさんを虜にする! 大丈夫、私みたいなぱーふぇくとぼでーならゴーグルさんを振り向かせることが可能ッッッ!」
「シルフィはもうちょっと自分の年齢にあった発言をしような! そして身の丈に合わない嘘はつかないように! お兄さんとの約束だ!」
イッた目で詰め寄ってくる少女二人を言葉で制し、浜面は一応の平穏を保つことに成功する。浜面としては別に彼女達二人が流砂のところ行くこと自体どうでもいいのだが、その行為の結果として麦野の怒りが自分に向くのだけは勘弁してもらいたい。麦野の怒りが始めからフルブーストで向けられている浜面は、自分の死亡フラグを回避するために全力を尽くさなくてはならないのだ。
恋する乙女二人が部屋の隅の方で膝を抱えてマイナスオーラを放ちだしたのを浜面は苦笑交じりに確認する。
次の瞬間。
部屋の唯一の出入り口が勢いよく開け放たれ――
「ぜ、ぜーっ! ぜーっ! ……さ、さぁ、今後についての話し合いを行おーか!」
――体中にキスマークを付けた我らがゴーグルの少年が御降臨なさった。
☆☆☆
流砂と麦野の間に一体何があったのかは指摘するべきではない。
未成年ながらにそう判断した学園都市組はあえて流砂と麦野から視線を外しつつ、今後の行動についての緊急会議を執り行うことにした。
「草壁と麦野が来る前に決めてたんだが、俺と滝壺は『クレムリン・レポート』とかいう細菌兵器を止めに行こうかと思ってる。別に世界を救う気なんてさらさらないけど、その細菌兵器のせいで俺たちが世話になった奴らが犠牲になっちまうかもしれねえんだ。――だから、俺たちはそっちの方に向かおうと思ってる」
「『クレムリン・レポート』……正確には、ロシアの核発射施設防衛マニュアルッスね。で、確か、そのサイロがこの国の近くにある集落の傍に配置してある……と」
「なっ……草壁てめぇ、なんでそこまで詳しいんだよ!?」
「俺の趣味は情報収集なんスよ」
心底驚愕している様子の浜面に流砂は軽く嘘を吐く。
流砂は「話を戻すぞ」と皆の注目を自分に集める。
「浜面と滝壺は『クレムリン・レポート』を止めに行く。それについては別に意見する気はないッス。……で、他の奴等についてなんスけど……沈利は浜面と、絹旗とシルフィは俺と行動を共にしてくれねーか?」
「……一応、理由を聞いてもいい?」
ぴくっ、と目を細めながら麦野は言う。
流砂はゴーグルが装着されていない無造作な黒白頭を面倒くさそうに掻きながら、
「単純に戦力のバランスッスよ。浜面と滝壺の二人だけじゃ心許ねーが、第四位の超能力者である沈利が手助けすることで作戦の成功率が上がる。絹旗とシルフィに関しては……こっちはこっちでシルフィを追ってる敵を殲滅する予定だ。目的が二つある以上、バランスのとれたチーム分けをするのは当然だろ?」
「はぁぁぁぁ……ま、お前の指示だから素直に従うよ。――既に契りは結んでるんだしね」
瞬間。
お気楽暗部組織アイテムの面々及び最強の超能力者と第三次製造計画のクローン少女の思考が、誰が見ても明らかなほどにピタリと静止した。九歳のシルフィだけが今の発言の意味を理解できていないらしく、「……どうしたの?」と可愛らしく首を傾げている。
シリアスなムードから一転し、決して広いとは言えない室内に妙な沈黙が漂い始める。
ケロッとしている麦野に信じられないほどの恐怖を抱きつつ、流砂は顔を紅蓮に染めて徹底抗議を開始する!
「バッ……お前ナニいきなりバカなこと言ってんの!? べ、別に契りとか結んでねーし! 俺の今世紀最大の踏ん張りによって最後の壁は護り抜いたハズだ!」
「まぁ確かに、お前の今世紀最大の踏ん張りで私は絶頂に」
「言わせねーよ!? いやホント頼むからマジで話を逸らすのやめてくんね!? 今は今後についての作戦会議の最中なんス! NOコメディ! YESシリアス!」
「……ねぇ、白いお姉さん。ゴーグルさんは一体何を言ってるの?」
「あっひゃひゃひゃひゃ! あのモノクロが言ってるのはねぇ、戦争中なのにアッツアツな二人がベッドの上で奮闘したってことなのさ」
「……奮闘?」
「あぁいや、奮闘って言うのはね――」
「番外個体ォオオオオオオオオオオオッ! 幼気な少女にナニ教え込んでんの!? っつーか親御さん止めてやれよ! その実質ゼロ歳なクローンの暴挙を止めてやれよ!」
「あァ? 面倒臭ェ」
「この世界にゃ敵しかおらんのか!」
とりあえず「今はとにかく会議に集中しよーぜ! お願い、三百円あげるから!」と下手に出ることでなんとか展開を元に戻すことに流砂は何とか成功する。
はぁぁぁぁ、と深い溜め息を吐き、流砂は会議を再開させた。
「さっき沈利から聞ぃーた話によると、シルフィを狙ってんのは
「……オマエ、なンでそれを知ってる?」
「さっきも言ったッスけど、俺の趣味は情報収集なんスよ」
木原数多、というのは九月三十日に一方通行が撃破したマッドサイエンティストのことだ。
ミサカシスターズの司令塔である打ち止めを捕獲して脳内にウィルスを撃ち込み、直接的にではないにしろ間接的に『ヒューズ=カザキリ』を顕現させた張本人。
目的のためなら手段を選ばず、邪魔だと思うヤツなら味方だろうと敵だろうと容赦なく殺し尽くす。顔の周りを飛んでいる蚊を払い落とすような気軽さで人を殺すことができる、最狂で最悪の科学者だ。一方通行の能力の性質を利用して彼を追い込んでことからも分かる通り、超絶的な戦闘センスと頭脳を所持している。――そんな人外で構成された一族が、学園都市の裏方である『木原一族』なのだ。
世界の誰よりも科学に特化した一族。科学のためなら全てを犠牲にすることも厭わない、と口癖のように言ってしまえる一族。――そんな一族の一人に、シルフィ=アルトリアは命を狙われている。
木原を撃破するのはそう簡単なことではない。もしかすると、浜面達が止めようとしている『クレムリン・レポート』よりも遥かに強大な敵かもしれない。
だが、流砂は麦野を浜面のチームに入れることにした。
理由はとても簡単なものだ。
(浜面が学園都市の人間に勝つためにゃ、沈利の助けが必要不可欠だ。この世界が原作に沿ってんのかどーかなんて俺にゃ分からねーが、それでも、沈利がいれば浜面は無事に生き延びれるよーな気がする。まぁ、ただの勘なんスけどね)
原作通りに進んでいるかどうかも分からない世界にて、流砂はあくまでも原作での解決法を提示する。
原作知識を利用することでしか人の一歩先を行けない流砂は、あくまでも原作を壊さないような戦略で木原利分に戦いを挑むしかない。――たとえそれが、自分の死亡率を上げる行為だとしても。
「そんじゃまぁ、俺とシルフィと『アイテム』の動きはそんなトコだ。各自準備ができ次第、作戦を行動に移そーぜ」『了解』そんな機械染みたやり取りの後、浜面達は部屋の外へと去って行った。未だに納得していない者もちらほら見受けられたが、流砂はあえて見なかったことにした。今ここで作戦の変更なんて提示しても単なる時間の無駄だし、そもそも流砂にはこれ以上の最善策なんてものを考え浮かべられない。流砂はあくまでも凡人。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
自分以外の連中が去って行ったのを確認し、流砂は未だに椅子に座っている一方通行と番外個体に視線をやる。
そしていつも通り気怠そうに黒白頭を掻き、
「そんじゃま、羊皮紙についての話をしよーか」
☆☆☆
「随分と遅かったわね、流砂。他の奴らはすでに準備を終えてるわよ?」
「ちょろーっと最強の超能力者に話があってさ。今の今まで話し込んでたんスよ」
一方通行たちに必要なことを伝え終わった流砂が外に出ると、防寒着に身を包んだ麦野が建物の壁に体重を預ける形で待機していた。服の上からでも分かるほどの大きさの胸の下に片腕を回している麦野に、流砂は思わず顔を朱くする。
そんな動揺を悟られられないように、流砂は言葉を紡ぎだす。
「せっかく再会したってのに、俺のせーでまた離れ離れになることになっちまって……ゴメンな」
「別に今生の別れって訳じゃないんだし、謝る必要はないわよ。――まぁ、苛立ってんのも事実だけどな」
「あ、あははは……」
こりゃ浜面に地獄が待ってんのかな? と流砂はこの場にはいない元スキルアウトの少年に静かに合掌する。
引き攣った顔で苦笑を浮かべる流砂に軽く微笑みを見せながら、麦野は流砂に抱き着いた。
流砂の背中に右腕を回し、自分の豊満な胸を彼の身体に押し付ける。
「ちょっ、沈利……ッ!?」
「絶対に死ぬんじゃねえぞ? 私にはまだ、お前に言いたいことが星の数ほどあるんだから。愚痴や文句や苦情や罵倒、それに愛の囁きだってまだ十分し足りてないんだからね」
「あははは……そりゃ参ったッスね。生き延びた後にお前に殺されそーッスよ」
「別に構わないでしょ? お前を殺すのは私の役目なんだから」
「それもそーッスね」
そのタイミングで微笑み合い、二人はゆっくりと唇を重ねた。
互いの唇を何度も接触させ、十秒後には舌を絡め合わせる。お互いに相手の口内を舌で蹂躙しつつも、舌を絡めて唾液の味を自分の口に馴染ませていく。その行為自体に快感を覚えているのか、互いの背中に回している腕に更なる力が込められる。
自分たちの想いを確かめ合うかのようなキスを一分ほど続けたところで、二人は唇を離した。ギリギリまで接触させ合っていた舌から糸が伸び、真っ直ぐ地面へと落下していく。
互いに頬を朱く染めた超能力者と大能力者は自分が表現できる最高の笑顔を見せつけ合い、
「愛してるッスよ、沈利。絶対に再会しよーぜ」
「愛してるわよ、流砂。次会ったときは今回以上のキスをしてやるから、覚悟しておきなさい」
ザッ、と。
それぞれ別々の方向に足を踏み出した。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!