麦野や浜面達と別れた流砂は、絹旗とシルフィと共にエリザリーナ独立国同盟を出た。
目的は一つ。
シルフィを狙う木原利分を撃破する事、だ。
「絵に描いたように超ぐっすり寝ちゃってますね、このアホ毛少女。よっぽど疲れてたんでしょう」
「あー見えて普通の九歳の子供ッスからね。無駄に大人びてるけど」
自分たちがエリザリーナ独立国同盟まで乗ってきていた大型トラックの運転席と助手席で、二人の大能力者はなんとも平和的な会話を繰り広げている。自分の膝の上で丸くなっているシルフィのアホ毛を弄りつつも、絹旗は少しだけ微笑みを見せていた。
エリザリーナ独立国同盟を出発してから既に三十分が経過しているが、未だに学園都市からのアクションはない。もしかすると流砂たちが別行動をしていることに気づいていないのかもしれない。それはそれで凄く困る展開なんスけどね、と流砂はハンドルを握っている手に力を込める。
だが、学園都市関連以外での進展はあった。
ベツレヘムの星、と呼ばれる空中要塞が出現したことだ。
「あの要塞、超どういう原理で浮いてるんでしょう? というか、この間観た懐かし映画であんな空中要塞出てきましたね。えっと、名前は超何でしたっけ……」
それは思い出しちゃダメなジャンルだ、と流砂は心の中でツッコミを入れる。なんでこの世界にあの映画があるのかは分からないが、やはり名作ともなると次元を超えてしまうものなのか。いや、もしかしたら流砂が死ぬ前にいた世界とこの世界は繋がっているのかもしれない。……いや別に、解答が出たところで『だから何?』って感じなのだけれど。
脳内に渦巻いていた要らぬ知識を心のシェルターに永久凍結しつつ、流砂は助手席に座っている絹旗に声をかける。
「っつーか絹旗。お前、身体の調子はもー大丈夫なんスか?」
「超完全回復、という訳じゃないですが、八割程度は回復してますよ。浜面五人分程度なら超一瞬で片付けられます!」
「ナニその基準。浜面スゲー可哀想」
浜面五人分、ということは、通常の浜面の五倍の速度で車のロックを解除できるということなのだろうか。それとも、通常の浜面の五倍の速度で恋愛フラグを立ててしまうということか。……どっちにしろ、戦力的にはあまり期待できない。やっぱり浜面は浜面だな、と流砂は苦笑を浮かべる。
絹旗はシルフィの頭を撫でながら、流砂に心配そうな表情を向ける。
「というか、草壁の方は超大丈夫なんですか? あの無骨なゴーグルが超大破してしまうほどの威力でぶん殴られたんでしょう? 脳に異常とか出てないんですか?」
「頑丈なだけが取り柄ッスからね。全力は無理だが、七割程度ならチカラを出せるッスよ。……まぁ、ゴーグルが無いから能力の暴走及び不発が心配だけど」
「何ですかその歩く超不発弾状態。よくそんなんで大能力者認定されましたね、超草壁の癖に」
「テメェそれどーゆー意味だコラ」
はン、と鼻を鳴らす絹旗に流砂の額からビキリと青筋が浮かぶ音がした。
ちょっとしたことで能力が暴発してしまう人間不発弾状態の流砂から少しだけ距離をとりつつ、絹旗は露骨に肩を竦める。
「今まで思ってたんですが、草壁って自分の能力の応用性を超完全に引き出せてないですよね」
「応用性? 圧力の防護壁を展開できてる時点で結構頑張ってる方じゃね? お前も窒素の防護壁を纏ってんじゃん」
「私は超それしかできない能力者だから良いんです。ですが、草壁の能力はそれ以上のことを可能にできるハズなんです。『触れた物体に働いている圧力を増減させる』能力程度で大能力者なんですから、もう少し広い視野を持つだけで超能力者になれるかもしれないんですよ?」
「いや、ンなコト言われても……広い視野って、具体的にゃどーするんだよ」
「それは超簡単なことですよ」
絹旗はフフン、と得意気に笑う。
そして右手の人差し指を流砂の頬にムギューっと押し付けながら、
「圧力の増減だけでなく、圧力操作を可能にすればいいんです」
☆☆☆
圧力操作を可能にすればいい。
口に出すのはとても簡単なことだが、それを実行に移すのはとてつもなく難しい。
自分の能力の性質を根本から覆すことになるであろうその行いは、自分の能力をもう一度端から発現し直すことと同義なのだ。流砂以外の能力者でも。その難しさにはすぐに気づけるはずだ。
だが、絹旗はその意見に否を唱える。
「そもそも、圧力増減という能力自体、圧力操作能力の一端なんです。圧力増減が上下のみの操作なのに対し、圧力操作は三百六十度の操作。つまるところ、草壁は圧力の操作の向きを制御できるようになるだけで、超強力な能力者になることが可能なんです」
「圧力の向きを操作する、ね……それができたとして、一体どれだけ強力になれるんスか?」
「これは私と同じ研究所にいた能力者の例なんですが……圧力で窒素を圧縮することによって、窒素の槍を造り出していました」
「つまり、圧力操作の幅を広げることで、空気の槍とかアスファルトのハンマーとかを造れるよーになれるかもしれない、と」
「超あくまでも推論ですけどね」
でも、挑戦する価値はあると超思います。絹旗はシルフィの頭を撫でながら、柔らかく微笑んだ。
推論でしかないと絹旗は言ったが、それを実現させられた瞬間、流砂は二段階も三段階もパワーアップできるはずだ。圧力の応用で天然の武器を製造する、というイレギュラーな能力……ちょっとカッコイイなとか思った流砂は悪くない。
だが、それを実現させるためにはかなりの努力が必要となる。他にも大量の時間が必要になるし、流砂の不安定な演算能力を常人以上にまで成長させる必要がある。試練が多いというレベルではない。成長までの全てが試練。まさに針の山を裸足で渡るような無謀な修練だと言える。
流砂はハンドルを握っている両手を見つめる。この能力の応用性を上げることで、ずっと届かないと思っていた領域に足を踏み入れることができるかもしれない。超能力者は無理にしても、そう簡単には負けないほどの実力を手に入れることができるかもしれない。
やれるかできないか、の問題ではない。
何が何でもやる。――このままじゃいけないと分かっている以上、流砂に残された選択肢はその一つしかない。
時間はない。敵がいつやって来るかも分からない。どういう風に修練すればいいのかも不明。――だが、流砂はなんとかしてパワーアップする必要がある。第二候補として、第三次世界大戦終了後の修練でも何ら問題はないわけなのだが、木原利分なる敵と戦う以上、早急な修練が必要となるだろう。
とにかく、少しのことでもやるしかない。
そう決意した流砂は「まず第一に、何をすりゃイイと思う?」と絹旗に素直な質問をぶつける。
だが、絹旗がその問いに答えを提示することは出来なかった。
理由は簡単。
大型トラックの十メートルほど右にある雪原が、爆音と共に薙ぎ払われたからだ。
「ッッッ!? ついに敵さんのご登場ッスか!?」
「つべこべ言う前に超スピード上げてください! 威力から予想するに、あの攻撃は私たちでは防ぎきれません!」
騒ぎ立てる絹旗に従うままに流砂はアクセルを勢いよく踏みつける。
背後から迫ってくる巨大な戦闘機をバックミラーで確認しつつ、絹旗はこの理不尽な状況を悲嘆するかのように全力で叫び声を上げる。
「というか、シルフィの能力って寝ていたら超発動しないんですね!」
「意外な弱点発覚ってコトだろふざけんな!」
☆☆☆
戦いは何の前触れも無く始まった。
上空を飛行している超大型超音速戦闘機から発射される大量のミサイルを見事なドラテクで回避しつつ、草壁流砂は腹の底から叫び声を上げていた。
「あっははははははははっ! 死ぬ、このままじゃすぐにあの世に召されちまう!」
「超容赦ないですね、あの連中……シルフィが死んじゃってもいいんですか!?」
「流石に当てる気はねーんだろーさ! でもまぁ、このトラックを横転させるぐらいのコトは望んでんじゃないんスかね!」
右へ左へと蛇行しながら、流砂たちを乗せた大型トラックは真っ白な雪原を突き進む。既に大量のミサイルのせいで雪原の一角は真っ黒な大地へと変貌を遂げているが、流砂たちにはそれについて言及するような余裕はない。今はとにかく逃げて逃げて逃げまくり、逆転のチャンスを待つしかない。
そしてトラックが十二回目の急カーブを行ったところで、我らが眠り姫が瞼を擦りながら目を覚ました。
「……うるさい。雨が強い?」
「雨が強いどころかミサイルの大量豪雨ッスよ! っつーかよく今のタイミングで起きれるなお前! どんだけ眠り深かったんスか!」
「……一度寝たら次の日まで起きない自信あったのに。……おやすみ」
「なんでこのタイミングで超二度寝しようとしてるんですか!? 今がどれだけ緊迫した状態か全く理解できていないと!? どこまで温室育ちなんだあなたは!」
ぴょこぴょことアホ毛を揺らしながら天然ボケを披露するシルフィに、大能力者コンビのSAN値がガリガリと削られていく。天然って怖い! と二人の思考が一致した。
だが、シルフィが起きたこと自体は無駄ではない。彼女の能力――『
「ほらシルフィ頑張って働いて!」「……うん。分かった」流砂に乱暴に頭を撫でられながら、シルフィは鴉の濡れ羽のような黒髪を持つ頭を両手で抱える。
直後。
シルフィのアホ毛がアンテナのようにぴょこぴょこ動き出した。
「……右から二つだから、左に突撃すれば正解!」
「よっしゃ了解その調子ッスよシルフィぃいいいいいいいいい!」
「いやいやいや、アホ毛が乱舞しているという現実は超スルーですか!? というかそれって能力の副作用的なナニカだったんですか!? 電気系能力者が微弱な電磁波を纏ってるみたいな!?」
「……前に大きいのが一つ! 避けるか突っ込むか、ゴーグルさんはどうしたい?」
「迷うコトなく回避一択! この急カーブに全てを賭けるッス!」
シルフィの言葉を疑う素振りすら見せず、流砂は大きなハンドルを勢いよく回転させる。
ギャリリリリリッ! という摩擦音がロシアの大地に鳴り響き、流砂たちを乗せた大型トラックが不自然にカーブする。あまりにも無理な駆動にタイヤが悲鳴を上げているが、流砂は無視してハンドルとブレーキとアクセルを巧みに操っていく。
それが功を奏したのだろう。
流砂が操る大型トラックは、ギリギリのラインでのカーブに成功した。
大掛かりな爆発によって根こそぎ削り取られていく地面を茫然と眺めつつ、絹旗は苦笑を浮かべる。
「…………人間、頑張れば超何でもできちゃうものなんですね」
「でも流石に今みてーな真似は二度とできねーッス! 今の成功は完全無欠に奇跡なんだから、そろそろまともな対策を考えねーとマジで死んじまう!」
大量のミサイルを回避しながらトラックを進ませる流砂は、涙目ながらに絹旗に声を荒げる。シルフィは攻撃の予測に全神経を注いでいるので会話が聞こえておらず、一心不乱にアホ毛を動かしている。絵面的には凄く平和なシーンだが、やってることは命がけの逃走劇だ。失敗した瞬間に死んでしまう、世界最悪の逃走劇。
絹旗は「うーん」と腕を組みながら首を傾げる。『窒素装甲』でも『直接加圧』でも防げない威力を誇る攻撃を、一体どういう手段をとれば防ぐことができるのか。それはもはや核シェルターでも持ってこないと駄目なのでは? という意見は即刻却下だ。今すぐ用意できる簡単な作戦でないと意味が無い。
(相手の速度的にも私たちは超逃げきれない。ですが、このまま何をするでもなく一方的にやられるというのも納得できません。……となればやはり、防御に徹するのは超間違いってことになりますね)
発想の転換。
防御するのではなく、こちらから打って出る。攻撃は最大の防御、という格言に従うままに攻勢に転じればいいだけのこと。
だが、絹旗の能力は基本的に近接格闘用だ。どこぞの第一位ならいざ知らず、絹旗最愛は窒素を防護壁として圧縮させることしかできない能力者だ。――故に、上空の超大型超音速戦闘機を打ち落とす術なんて持っていない。
しかし、絹旗以外の能力者だったらどうだろう。そう、例えば――遠距離攻撃の可能性を秘めた、圧力操作系能力者だったら……ッ!
「超草壁! 対策を思いつきました!」
「長ったらしー説明は無しで、簡潔に短く要点だけを掻い摘んで伝えてくれ!」
「つまりはこういうことですよ、超草壁!」
それはあくまでも賭けに過ぎない。――だが、もう絹旗はその分の悪い賭けに縋るしかないのだ。結果がどうなったとしても、それを作戦として提示するしか絹旗には方法がない。
故に、絹旗は懇願する。自分が現在進行形で恋をしている目の前の黒白頭の少年に、絹旗最愛は全力の懇願を開始する。
「あなたがあの戦闘機を打ち落としてください! 無理でも無謀でも無茶でも超構いません。もう、あなたしかこの状況を打破できないんです!」
「………………マジ?」
ゴーグルを失った不完全な大能力者は、強制的に無謀な試練を与えられる。
奇しくもそれは、数ある試練の中でも最悪の難易度を誇る――命がけのパワーアップ法だった。
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次回もお楽しみに!