これは俗に云うボーナスステージと言うヤツだろうか。
超特急で突き進む大型トラックの上に立って上空を見上げながら、
気怠そうな目を動かし、上空の戦闘機を視界に収める。わざわざご丁寧にこちらの速度に合わせてくれているのか、超音速戦闘機という割にはかなりの鈍足飛行だった。いやまぁ、実際は結構な速度で動いているんだろうけど。
「んじゃま、とりあえずやるだけのコトはやってみるッスかね」
流砂がこれから行うことは、大きく分けて二つある。
一つは、圧力操作の応用の幅を広げること。プラスの圧力を最低でもゼロにしかできないのは覆しようのない能力の個性だから致し方ないにしても、空気を自在に圧縮して臨時のシールドを作り出せる程度にはパワーアップしておきたい。あと、イケるなら剣とかハンマーとか作ってみたい。というか、今から空気の槍を作り出さなければならないので、武器製造までのレベルアップはあくまでもハードルでしかない。
そしてもう一つは、能力で作り出した槍を上空の戦闘機に直撃させること。圧力で固定化した槍を超圧力で飛ばせば何とかなるかもしれないが、今までやったことも試したことも無い荒業なので成功するかどうかも分からない。失敗した瞬間にこちらの死亡が確定するわけだから、絶対に成功させないといけないのだけれど。
とにもかくにも、流砂は何が何でもレベルアップしてパワーアップしなければならない。
流砂は両手を前に突き出し、目を瞑りながら集中する。
「空気の槍をイメージし、そのイメージに沿った形で圧力を――増減!」
流砂の言葉に呼応するように、彼の両手の中で空気が圧縮されていく。圧縮された空気は熱を持ち、目視できるほどの光を放ちだす。かつて学園都市最強の超能力者が空気を圧縮することでプラズマを作り出した時のように、流砂の両手の中に小型のプラズマが形成されていく。――正直言って、槍なんかには似ても似つかない。
目を瞑っているせいで理想と現実のギャップに気づかない流砂は、「圧縮圧縮圧縮圧縮ゥ……ッ!」と全力で能力を作動させていく。頭の中では槍を製造しているのだが、手の中では小型のプラズマが徐々にサイズを上げていっている。このまま肥大化を続ければ、戦闘機ぐらいなら簡単に撃ち落せるかもしれない。
だが、直後。
草壁流砂にとてつもないほどの不幸が降りかかる。
最初に、ドゴォッ! という轟音が響き渡った。
そして次に、流砂の身体が宙に投げ出された。
最終的には、流砂の体に異常なぐらいの激痛が走りまわった。
「が、ァ……――ぐァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
勢いよく宙に投げ出された流砂の身体は、綺麗な放物線を描いてロシアの雪原へと落下した。いつもならば能力を使用して事なきを得るのだが、こういう時に限って能力が発動しなかった。やはり不安定な演算能力が関係しているのか。
しかし、それにしては妙な違和感が感じられた。
流砂の能力が発動しない時とは違い、頭に痛みが走ったのだ。脳の中央から全体に掛けて、一瞬だけ激しい痛みが――流砂の頭を襲ったのだ。
打撲と擦り傷と頭痛で苦しみながらも、流砂はふらふらと立ち上がる。落下のダメージのせいでフィアンマに刻まれた傷が開いてしまったのか、流砂の頭からは大量の血が流れ落ちてきていた。
そんな消耗の中、流砂は血まみれの顔を右手で覆いつつ、
「ッ、あ……圧縮のための複雑な演算のせーで、防壁を維持するだけの演算能力が根こそぎ持って行かれちまった……?」
それは、あまりにも呆気ない結論だった。
忘れられているかもしれないが、流砂の能力強度は上から二番目の
大能力者の演算能力は、どう足掻いても超能力者には匹敵しない。
流砂が先ほど行っていたプラズマ形成は、あの第一位の超能力者である
つまり。
流砂がプラズマを形成する時は、能力を他のことに使用できないということだ。
「マジかよ……そー簡単にゃいかねーとは思ってたッスけど、まさかここまで難易度エクストリームだったなんて……ッ!」
出血のせいで朦朧としている意識を根性で繋ぎ止めながら、流砂は歯噛みする。
攻撃と防御が同時に行えない、という衝撃の事実に直面し、流砂はどうしようもないほどの虚脱感に襲われてしまっていた。自分のチカラじゃとてもじゃないが越えられないハードルが、目の前にそびえ立っている気分だった。
考えてみれば、考えるまでも無いことだったかもしれない。
流砂は今まで数々の戦場を切り抜けてきた。もちろん、その中では能力に頼っていた。というか、能力に頼らなければ絶対に生き残れなかった。
そんな中、もしかすると、流砂は攻撃と防御のオンオフを無意識に行ってきたのではないだろうか? 攻撃する時に能力を使い、防御に転じる際には反射的ながらも無意識に演算の目的をシフトする。――そうやって効率よく演算能力を使用することで、大能力者ながらに今までやって来たのではないだろうか?
最強の超能力者である一方通行が攻撃と防御を同時に行えるのは、それを実現させられるだけの演算能力を持っているからだ。ベクトル変換で攻撃しつつも『反射』で全ての攻撃を防ぐ。そんな怪物染みた戦いができる一方通行と同じことを、大能力者である流砂程度が実現させられるわけないではないか。
遠くの方からこちらに向かってトラックが戻ってきている音を背中越しに聞きつつも、流砂は着陸の体勢にシフトしている戦闘機へと視線を向ける。大方、流砂が戦闘不能で絹旗一人じゃ抵抗しようがない、とでも思っての行動だろう。どこまでもイラつくコトしやがんな、と流砂は吐き捨てるように舌を打った。
このままでは、流砂たちは敗北する。あの戦闘機の中にどれだけの戦力がいるのかは予想もつかないが、流砂たち程度なら軽く捻り潰せるだけの戦力は存在しているハズだ。最悪の場合、第二位の超能力者である
「草壁!」見よう見まねでトラックを運転してきたであろう絹旗はトラックから降車し、今にも倒れそうな流砂の身体を横から支える。彼女の肩にはシルフィが肩車の要領で腰かけていて、「……ゴーグルさん、大丈夫!?」と珍しく表情を心配そうに歪めていた。
ロシアの雪原に徐々に近づいてくる戦闘機を眺めながら、流砂は舌打ちする。ボーナスステージとか何とか言っておいてこのザマかよ、と自分自身を貶しながら。
だが、その『幸運』は突然やって来た。
最初に耳に入ってきたのは、ズォオンッ! という空気を切り裂く音だった。
次に目に入ってきたのは、凄まじい速度でロシアの空を飛翔する、青白い人型の物体だった。
最後に目に入ってきたのは、その物体に真っ二つに両断された、上空の戦闘機だった。
大天使、
名称的に呼ぶと、ミーシャ=クロイツェフ。
人間なんかではとてもじゃないが手に負えない最悪の化物が、間接的に流砂たちに幸運を齎していた。
☆☆☆
ミーシャ=クロイツェフによって両断された戦闘機は重力に従うままにロシアの雪原へと墜落した。元々が巨大な物体だっただけあってか、落下と同時に耳を劈くほどの爆音と目を焼き焦がすほどの閃光が流砂たちを襲い、真っ白な雪原を瞬く間に夕焼け色に染めてしまっていた。
今の墜落でいくらかは敵の戦力を削げたはずだ。脱出に成功していたような気配も無かったし、生存者がいたとしても五体満足では済まないハズ。ここからの逆転は可能かな、と頭に包帯を巻きながら流砂は思考する。包帯は流砂のリュックサックに入っていたものを使用した。準備がイイ自分を褒めてあげたいッスね、と自画自賛することも忘れない。
簡易的な応急処置で傷を塞いだ流砂は絹旗の肩を借りて立ち上がりつつ、
「流石にアレを受けて無事なワケないッスよね……?」
「防御系の能力者でも乗ってたんなら話は別ですが、流石にあの超意味不明な威力の攻撃に耐えられるような能力者はいないでしょう。というか、さっきの天使みたいな飛行物体、超何だったんですか?」
「俺に聞くな知るかよ知らねーぞ」
絹旗の問いに流砂は即座に嘘を返す。
だが、絹旗は流砂の嘘に気づいているようで、彼を問い詰めるために可愛らしい口を動かそうとしていた。
しかし、それ以上の行動は出来なかった。
理由は簡単。
墜落して藻屑と化したはずの戦闘機内部から、聞き覚えのない声が聞こえてきたからだ。
「いっつつつ……あービックリした。イキナリ容赦ねえ両断決めやがって、あのクソ天使野郎……次会ったらただじゃおかねえぞー? 少なくとも、ボクの全力の攻撃をぶち当ててやる」
乱暴な口調に似合わず、戦闘機から出てきたのは――美しい容姿を持つ女性だった。
ポニーテールの金髪は爆炎を反射して煌めいていて、如何にも不機嫌そうな顔は『美女』という言葉以外では言い表せないほどに整っている。すらりと長い手足と大きくて形の整った胸部が特徴的で、赤のパーカーの上に研究者のシンボリックアイテムでもある白衣を羽織っている。下半身は黒のスラックスと赤の運動靴で覆われていて、どう考えても冬国で活動できるような格好ではない。……いや、それは流砂と絹旗も同様なのだが。
墜落なんて端からなかった、というのが現実のように五体満足でしかも無傷な研究者風の女は、異様なまでに機械染みたグローブを装着した手で白衣をパンパンと叩きながら、
「やぁやぁごめんねごめんなごめんなさーい。ちょろっと質問するけど、良いかな良いよねつーか異論は認めねえ。――
「質問……?」
「そそ。質問自体はとぉーっても簡単なもんだよ。どれぐれえ簡単かっつーと……『絶体絶命のピンチでたった一人の恋人か四人もいる家族を犠牲にすれば自分は助かる。さて、どっちを犠牲にするでしょう?』っつーのと同じぐれえの難易度の質問だ。――ありゃ? 逆に難しかったか? 因みに正解は、『世界でたった一人しかいない恋人を犠牲にして無駄に四人もいる家族と共に生き延びる』でしたー」
ケラケラと愉快そうに言う女に、絹旗はどうしようもないほどの悪寒に襲われた。人間が初めて天敵に出会った時のような、抑えきれないほどの恐怖を伴って。
複数を救うために一人を犠牲にする。先ほどの正答は、つまるところそういう意味を含んでいる。頭では分かっていても人間的には納得できない非情な選択。何かを救うためには何かを犠牲にしなければならない、という、在り来たりなヒーローを根本から否定するような厳しい現実。――そんな当たり前が、先ほどの正答には確かに含まれていた。
だが、その正答を即決できる人間なんて、この世界にどれだけの数いるのだろう。少なくとも、平和ボケした日本国内には雀の涙ほどしか存在しないはずだ。
しかし、目の前の女は迷うことなく――しかも愉快そうに即決した。端から用意していた質問だからなのかもしれないが、それでも、その選択こそが当たり前だと言わんばかりの態度に絹旗は恐怖を覚えたのだ。
寒さではなく恐怖で身体が震えるのを感じつつも、絹旗は目の前の敵を睨みつける。
そんな絹旗の行動をどうやら女は違うベクトルで処理したようで。
「あ、そういえば自己紹介とかまだしてなかったなー。いやいや、こりゃすまねえな。完全にボクのミスだ。っつーわけで、あっさりしっくりゆっくりじゃないけどぱぱーっと自己紹介しちゃうぜ!」
女は漆黒のグローブをはめた両手を大きく真横に拡げながら、
「ボクの名前は
んじゃ次はこっちの番だな、と女――木原利分はズビシッとワザとらしく大振りで流砂を指差し、
「ボクは『
「――――、は?」
言葉の意味が理解できないといった様子の絹旗に、利分は愉快そうな笑みを浮かべる。
迷うこととか思考する事とか言う行動自体が娯楽であるとでも言いたげな表情で、木原利分は歪んだ笑みを浮かべる。
そして利分は――『正義』を司る『木原』は両頬を両手で抑えながら――
「たった一人の犠牲で他の奴ら全員が生き延びれるんだぜ? 暗部所属のオマエが迷うなんて――どうかしてるぜ☆」
――心底幸せそうな笑みを浮かべた。
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