ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 三話連続投稿です。



第三項 初めてのデート①

 九月十八日。

 悲劇の十月九日を回避するために第四位の超能力者である『原子崩し(メルトダウナー)』こと麦野沈利(むぎのしずり)をデレさせるべく立ち上がった『ゴーグルの少年』こと草壁流砂(くさかべりゅうさ)は、第六学区にある遊園地の入り口の前で突っ立っていた。

 闇に溶け込むためだけにコーディネートされた普段の服装とは違い、今日の流砂は黒のインナーの上にオレンジを基調とした長袖のチェックシャツ、そして深緑色のカーゴパンツというカジュアルな感じのお洒落系男子と化している。本当はいつもの服が一番落ち着くので全力で着替え直したいところなのだが、流石に遊園地にあの服はどうなんだろうと思った結果、こんな感じのコーディネートとなったのだ。アジトに置いてあった垣根愛用のファッション雑誌を掠め取ってのコーディネートなわけだが、果たして流砂は明日まで生きていられるのか。一つの死亡フラグを叩き折るために何故か新たに建てられてしまった死亡フラグに、流砂は青褪めながらも溜め息を吐く。

 

「はぁぁぁ……どーせ垣根さんあの雑誌捨てるつもりみてーだったからノー問題なんだろーけど……このどーしよーもないほどの寒気は一体何なんだろーか」

 

 黒と白の入り混じった無造作な髪をガシガシと掻き、流砂は携帯電話で現在時刻を確かめる。――午前九時十五分。約束の時間まで、残り十五分となっていた。

 「待つってのも退屈だな……」やることも無いので入り口の前をウロウロと歩き回ったり無駄に柔軟体操をしたりと時間を潰すゴーグルくン。いや、ゴーグルくンと言っても流石に今日は外している。一応は背負っている黒いリュックサックの中に精密機械搭載ベルトと共に収納してあるのだが、なるたけこのゴーグルの存在には気づかれたくない。だって暗部の仕事とかやりにくくなるし、そもそも目立ちたくないし。

 そんな無駄な心配事に悩まされていた流砂だったが、そんな悩みを吹き飛ばすほどの衝撃が直後に彼を襲うこととなった。

 くーさかべえ! と遠くの方から名前を呼ばれた。

 びくぅ! と露骨に驚きながらも、流砂は声が響いてきた方向に顔を向ける。

 そこ、には――

 

「ごめん草壁、着る服を選ぶのに予想外に時間食っちゃってね。――って、どうした? 私の顔に何かついてるか?」

 

「い、いやいやいや! ただ凄く綺麗だなーって思っただけッスよ!?」

 

「っ……あ、相変わらず褒めるのが上手ね、草壁! ま、まぁとりあえず、さっさと中に入りましょうか」

 

「そ、そーッスね!」

 

 ――思わず流砂が見惚れてしまうほどの美少女が照れくさそうに立っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 『麦のん攻略大作戦』の第一段階として流砂が選んだのは、遊園地でのデートだった。

 異性をデレさせる技術なんてものは生憎と持ち合わせちゃいなかった流砂はとりあえずゲームショップで恋愛ゲームを買い漁り、一日で三本のゲームをクリアした。その間、何度もバッドエンドに辿りついてしまって本気で壁にゲーム機を叩きつけそうになったのだが、十月九日の死亡フラグを回避するために流砂は気力と根性だけでゲームをクリアした。端から攻略サイトを見ればよかったのだろうが、妙にはまり込んでしまっていたせいでその考えが浮かぶことはなかった。

 その総プレイ時間二十六時間という壮絶な地獄を経験した流砂は、プレイした全てのゲームに『遊園地』というお約束的なデートスポットが存在していることに気が付いた。

 女の子と親しくなるためにとりあえずどこに行く? という質問の答えはこれしかない! とでも言いたげな確率で必ずと言って良いほど登場するこのデートスポットに、流砂の脳に閃光が走った。

 

 

 ――遊園地デートで、麦野沈利をデレさせる!

 

 

 何でもかんでもその言葉で片付ければいいという訳ではないのだが、何故かこの言葉は流砂の中で密かなブームとなっていた。なんか響きが良いとか言う意味不明な理由なのだが、ハッキリ言って心底どうでもいい。

 麦野をデレさせるために遊園地でデートをする。そう方針が決まった瞬間、流砂はインターネットを駆使して学園都市内にある遊園地について虱潰しに調べた。幸い学園都市には遊園地が一つしかなかったので、調査終了にそこまで時間はかからなかった。

 アミューズメント施設が集約された第六学区にある遊園地――『おりぼしランド』。

 織姫なのか彦星なのかハッキリしない異様なネーミングの遊園地だが、そのネーミングに反してネット内でのレビューはかなりプラスのものが多かった。アトラクションが充実してる、とか、園内で販売されている料理はどれもこれもかなり美味、とかいう意見が所狭しと並べられているのを見て、思わず叫んでしまったほどだ。

 そんなわけですぐにネットでチケットを買って一時間後には家に届いたチケットを握り締めながら麦野に連絡したところ――

 

『遊園地? まぁ、お前が行きたいっつーなら行ってやってもいいけど? あー分かった分かった、言いたいことは分かってる。お前一人じゃ寂しいから私にこの誘いに乗れって言ってるんだろ? 了解了解、別に誘われて嬉しいとか服は何着ていこうとかそんなことは思ってねえから、勘違いだけはしないでくれないかにゃーん?』

 

 ――結構乗り気なんだな、ということは理解した。

 キャラ崩壊してんじゃねーか、と思わずツッコミを入れてしまいそうになった流砂だったが、作戦をドブに捨てたくなかったので必死に言葉を呑み込んだ。どれだけ原作時とキャラがかけ離れていようが、流砂が攻略しなければならない麦野はこの麦野なのだ。どこぞの本屋とかに売っている小説内の麦野ではない。なんかデレてしまうときだけキャラが崩壊してるみたいだから、平常時はもうちょっとクールキャラなのだろう。そうじゃないと個人的にはちょっと残念だ。

 麦野の了承はとった、チケットも手に入れた、女の子への口説き文句もゲームで学習済み。――完璧だ。このデート、失敗する可能性は限りなくゼロに近いに違いない。いつもはネガティブなことしか考えられないのに、今回ばかりは凄まじいほどに自信に満ち溢れている。死亡フラグではなく恋愛フラグを立てるための戦いに勝利する光景が、頭の中に鮮明に浮かび上がってくるようだった。

 そして、そんなこんなで九月十八日。

 

 

 ――草壁流砂の最初の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流石は人気の遊園地と言ったところか、『おりぼしランド』の中は盛況と言っても過言ではないほどに盛り上がっていた。溢れ出るほど、という訳ではないが、大人気、と呼べるぐらいにはお客さんが入っているようだった。

 フリーパスとアトラクション優先券を受付で購入した流砂は、ベンチに腰を下ろして自分を待っている麦野の下へと駆けていく。

 

「お待たせしたッス。ほらコレ、フリーパスと優先券。コレがあればどんなに込み合っていてもスムーズにアトラクションに乗ることができるッス」

 

「ありがと。意外と気が利くわね、くーさかべぇ」

 

「これだけが取り柄みたいなもんッスからね。――で、まずはどれから乗るッスか?」

 

「問答無用でフリーフォール」

 

「初っ端から凄くバイオレンス!」

 

 流砂のツッコミに「あははっ」と純粋な笑顔を浮かべる麦野を見て、流砂は原因不明の満足感に襲われた。打算的な好意でのやり取りのはずなのに、何故か流砂の心はこの状況を楽しんでいるかのように弾んでしまっている。罪悪感のせいなんかな、と流砂はあえて気にしないことにした。

 何気ない会話をしながらフリーフォールがあるエリアへと移動していく麦野と流砂。麦野は会話をしながらも流砂の左手に自分の右手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返しているのだが、流砂は何故か気づかない。

 何故なら、流砂の意識は麦野の手ではなく麦野個人に向けられていたからだ。

 水色のセーターの上に赤いストールを巻いていて、下にはレディース用のジーンズと黒いブーツを履いている。ファッション雑誌なんかに載ってそうな服装を完璧に着こなしている美少女を前に、流砂は自分でも自覚できてしまうぐらいに動揺してしまっていた。

 だが、いくら動揺してしまっているからといって、心の底から楽しむわけにはいかない。流砂の今回の目的は麦野を自分に惚れさせることであって、自分が麦野に惚れてしまうことが目的ではないからだ。全神経と演算能力を麦野をデレさせるためだけにフル稼働させ、この作戦を絶対に成功させなければならない。

 そんなわけで、流砂はとりあえず麦野の服装を褒めることにした。

 

「そーいえば、麦野が着てる服、凄く似合ってるッスね。可愛くて綺麗な麦野にベストマッチしてるッス」

 

「あら、それってお世辞? それとも本気か?」

 

「あははっ、なに言ってるんスか。そんなモン本気に決まってるじゃないッスか」

 

「っ……ま、まぁ、私にかかりゃこんなもんよ。服が私を選ぶんじゃなく、私が服を選ぶんだ」

 

「流石は麦野ッスね。麦野みたいな美少女と一緒にデートができる俺は幸せ者ッス」

 

「…………馬鹿」

 

 顔を赤らめながら口を尖らせる麦野に、流砂の胸がチクリと痛む。

 確かに麦野が可愛くて綺麗だと本気で思ってはいるが、これはあくまでも打算的な好意からくる称賛であって本気の好意からくる称賛ではない。全ては十月九日の悲劇を回避するための虚言であり、そこに流砂の感情は付加されてはいない。――そんなことぐらい、分かっているハズなのに。

 自分の言葉に喜んでくれる麦野を見ていると、罪悪感で押し潰されそうになってしまう。心臓の辺りがチクリと痛み、こめかみから激痛が発せられてもいる。作戦の第一段階目からこの調子では、後の作戦に支障が出てしまうかもしれない。

 だが、今回の作戦を遂行しないことには流砂に明るい未来は訪れない。今はとにかく全力で無理をして虚勢を張って、麦野を楽しませなければならない。――全ては十月九日の悲劇を回避するために。

 そんなことを考えながら二つの痛みに必死に耐えていると、

 

「草壁、どうしたの? もしかして……楽しくない、とか?」

 

「は? いやいや、十分に楽しんでるッスよ? 俺、そんなに調子悪そーに見えたッスか?」

 

「調子が悪そうっつーか、苦しそうな顔浮かべてたから。もしかして私と一緒に居るのが、本当は嫌なのかな……って思ってさ」

 

 あはは……と乾いた笑いを漏らしながら頭を掻く麦野。

 確かに流砂はこの状況を楽しんではいないが、それでもデート自体が嫌なわけではない。作戦だろうがなんだろうが、美少女とデートできること自体は流砂にとってとても嬉しいことなのだ。

 だが、麦野はそんな流砂の心の内を見透かしたように心配そうな表情を浮かべている。予想していたよりもずっと人を思いやることができるようである麦野に、流砂の中の罪悪感は凄まじい速度で膨れ上がっていく。

 直後、流砂は自分でも驚くような行動に出てしまった。

 ぎゅっ! と麦野の右手を自分の左手で握ったのだ。

 流砂の突然の行動に最初はキョトンとしていた麦野だったが、数秒と経たないうちに彼女の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていき、

 

「バッ、いきなり何してんだ草壁! こ、こんな公衆の面前で手を繋ぐなんて――」

 

「俺は十分に楽しんでるッス。俺の本気を麦野に伝えるために、俺はこーして手を繋いだんス。――これ以外に、手を繋ぐ理由なんて必要ッスか?」

 

「ッ! ……ま、まぁ、お前がそれでいいなら私は別にいいけど……本当になんともないのか? 実は無理してるが隠してるとか、そんなんじゃないわよね?」

 

「当たり前ッスよ。麦野とのデートが楽しくないワケねーッス」

 

 真剣な表情で答える流砂に、麦野は照れくさそうに頬を掻きながら「ま、お前がそう言うなら別にいいけど……」と一応の納得の姿勢を見せる。

 先ほどの流砂の突発的な行動の原因は、実のところ流砂自身にも分かってはいない。ただ、麦野が落ち込んでいる姿を見た途端に体が勝手にあんな行動をとってしまったのだ。流砂の意志とは関係なく、流砂の身体が勝手に動いてしまったのだ。――流砂は気づいていないが、その行動は麦野を元気づけるためのものだった。

 

「そんじゃとりあえず、麦野の要望通りにフリーフォールに行こうッス。早くしないと全部のアトラクションに乗れなくなっちゃうッスよ?」

 

「分かった。分かったからそんなに強く腕引っ張るな!」

 

 打算的な好意と本気の好意の境界が曖昧になっていることに気づかない流砂は麦野の手を引きながら、必死に笑顔を張り付ける。

 こうして流砂は麦野をデレさせるための作戦を開始した。

 




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 次回もお楽しみに!

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