ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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臆病な少年は勇敢な少女に勇気をもらう

 佐天涙子(さてんるいこ)は激昂していた。

 夏休みも残り一週間、といった学生にとっては非常に重要な時期である、八月二十四日。

 本日は親友である初春が風紀委員(ジャッジメント)の仕事のせいで遊びに誘えないため、気晴らしに服でも買いに行こうかなー、と思っていたのが数時間前の出来事で、佐天涙子は現在進行形で激昂している状態だ。

 では、そろそろ、佐天が激昂している理由を教えることにしよう。

 その、驚きの理由とは……――

 

「なんであたしはデパートの屋上でぐるぐる巻きにされているのか……ッ!」

 

「ごめんなさいごめんなさい! 抵抗とかする気はないので、拳銃をこっちに向けないでください!」

 

 ビキリと青筋を浮かべながら呪詛のように呟く佐天に対し、傍でぐるぐる巻きにされていた無造作な茶髪と中性的な顔立ちが特徴の少年は首が吹っ飛んでしまうんじゃないかというぐらいの勢いで目の前の覆面の男たち――どこからどう見ても強盗犯、に頭を下げていた。

 さてさて。

 佐天は当初の目的通りに第七学区のデパート――セブンスミストに買い物のためにやって来た。夏も終わりに差し掛かっているのが関係しているのか、店の中には秋物の洋服がちらほらと姿を現していて、佐天はそんな秋物シリーズを物色したり試着したりしていた。中学一年生の割に胸が大きい自分にぴったりフィットな服を探すのは妙に手間取ったが、それでも何とか彼女は気に入った服を購入することに成功した。やっぱりスタイルが良過ぎるのも考え物だよねー、と自画自賛することを忘れずに。

 思いがけない戦利品にテンションが上がっていた佐天は、「ま、小腹も空いたしなんか食べよっかなー」とワンフロア上にある喫茶店へと移動した。今が夏休み中とあってかその喫茶店は意外と閑散としていて、店内には『女の子……いや、男物の私服着てるから、男の子……?』とあやふやな評価を下してしまえるような少年の姿しかなかった。というか、男が一人で喫茶店ってどうなんだろう。

 そんなことを思いながら席に着いた佐天は、喉を潤すためにとりあえずアイスティーを注文した。この喫茶店は佐天の行きつけだったので、「いつものお願いしまーす」「かしこまりました」という呆れるほどにシンプルなやり取りのみで注文が成立していた。

 客が少ないおかげでそこまで時間をかけずに運ばれてきたアイスティーで喉を潤した佐天は「さて、これからどうしよっかなー」と肩掛けバッグからスケジュール表を取り出しているところで――

 

「手を上げてその場から一歩も動くんじゃねえ! 金さえ寄越せば命だけは助けてやる!」

 

 ――彼女の不幸は始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「全然お守り効果ないよ、お母さん……」

 

 そんなわけで、喫茶店の店員及び不幸にも入店中だった中性的な顔立ちの少年と共に、佐天涙子は意外と頑丈なロープでぐるぐる巻きに縛られてしまった、というわけだ。きつく縛られているせいで平均以上のサイズの胸が圧迫されて苦しかったが、そこは持ち前の図太い神経で我慢することにした。ここで変な声とか身動きをすれば、強盗たちが持っている拳銃で頭を弾かれてしまうかもしれない、と思ったからだ。

 上からも下からも右からも左からもセブンスミストのど真ん中に位置している喫茶店に押し入ってきた強盗たちは、人質を連れてセブンスミストの屋上にまで移動した。そんな中、どうせお決まりの展開でヘリコプターとか身代金とかを要求するんだろうなー、と佐天はこの場には絶対に合わないようなお気楽な考えを頭の中で抱いていた。

 すると。

 

「あ、あの、怖くないんですか……?」

 

「へ?」

 

 先ほどまで強盗犯たちに全力の土下座を決めていた少年に突然話しかけられ、佐天は間抜けな声を漏らしてしまう。

 その少年は佐天に微妙な評価を下されていた少年で、五、六人しかいない人質の中で、唯一の男性だった。だが、この少年はあまり腕っ節はよくなさそうだ。さっきも凄い勢いで命乞いしていたし、さぞ臆病な少年なのだろう。友人であるツインテールの風紀委員の勇敢さを少しだけ分けてあげたい気がする。

 佐天がそんなことを考えているなんて露ほども知らない少年は、がくがくぶるぶると震えながら、

 

「僕は、凄く怖いんです。最近勇気を出して恋人同士になれた女の子からは『もう少し度胸を持った方がイイですよ?』とか言われてる僕ですが、それでもこうして命の危機に瀕した時、僕の身体は恐怖で動けなくなるんです。何度も変わろうって思ったのに、やっぱり僕は臆病で頼りないダメ人間なんです……ごめんなさい」

 

「いや、なんでそこで謝るんですか」

 

「あ、えと、ごめんなさいぃぃ」

 

 もう謝ることが癖なのかな?

 目の前の少年(おそらくは年上なのだろうが、どうしても保護欲が掻き立てられてしまう)に苦笑を浮かべる佐天さん。彼女の親友も結構弱気な性格をしているが、この少年はその親友を遥かに凌ぐ程に弱気な性格をしているようだ。というか、一緒に捕まっている自分に全力謝罪ってどう考えてもおかしいのだけれど。

 自虐して謝罪して恐怖している少年に、佐天は「あはは……」と苦笑を向けつつ、

 

「あたしだって怖いですよ。御坂さんみたいに強い能力があるわけでもないし、白井さんみたいに勇敢なわけでもない。それに、初春みたいに頭が回るわけでもない」

 

 でもね、と佐天は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、

 

「諦めなければ絶対に報われる。あたしはそのことを誰よりも知ってるから、どんな状況においても怖がらないし諦めないんです。きっと風紀委員の人たちや警備員の人たちが助けに来てくれます。――だから、一緒にこの恐怖に耐えましょう」

 

「は、はいっ!」

 

 どっちが年上なんだろうなぁ、と佐天は苦笑する。

 かつて幻想御手(レベルアッパー)という恐怖に屈してしまった彼女だからこそ、こうして偉そうに他人に能書きを垂れることができるのだ。堅苦しいこととか高尚なこととかはよく分からないが、何を伝えて何をすればいいのかぐらいは分かっているつもりだ。親友を信じて待ち続ければ、きっと道は拓ける。

 「おいっ、何ぐちゃぐちゃ喋ってんだお前ら! 乱暴されなくなかったらおとなしくしてろ!」『はい、申し訳ございません!』拳銃を構えながらそう咆えてくる強盗犯にとりあえずの謝罪を返し、

 

(早く助けに来てよね、初春に白井さん。――そして、御坂さん)

 

 佐天涙子は大切な友人に全てを託した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 殻錐白良(からきりはくら)が強盗に人質にとられている。

 第七学区のセブンスミスト内にある喫茶店で白良と合流する予定だった貧乳黒白少女こと草壁琉歌(くさかべりゅうか)がその衝撃の事実を知ったのは、セブンスミストの入り口を封鎖している警備員や風紀委員たちの会話からだった。

 白良と琉歌が恋人同士になってから、今日で十七日。二週間以上の時間を消費することでやっとお互いを下の名前で呼び合えるようになったので、琉歌は今回こそ『照れずに手を繋ぐ』というハードルを越えることに決めていた。

 だが、それは予期せぬ形で邪魔されてしまった。

 大切な恋人が捕まっているデパートの屋上を見上げながら、琉歌は顔を悲痛な面持ちに歪ませる。

 

「ッ……なんでよりにもよって白良君が人質に取られちまうんですか! くそっ、許さねーです。絶対に犯人ボコボコにして、二度と表を胸張って歩けねー程度に顔面腫れ上がらせてやるです……ッ!」

 

 ビキビキビキィ! と顔全体に血管を浮き上がらせる琉歌に、避難を促していた風紀委員の少女は脅えた様子で距離をとる。頭の上に咲き乱れている花が特徴のその風紀委員の少女は、般若のように怒っている琉歌を『関わってはいけない人リスト』に迷うことなく登録する。

 さてさて。

 白良を助けることを決定したのは良いのだが、そのためにはこの包囲網を潜り抜ける必要がある。

 だが、市民の安全を守ることが仕事である彼らが一般人である琉歌をそう簡単に中へ入れてくれるとはとてもじゃないが思えない。というか、絶対に入れてくれないだろう。兄貴がいたら突破できたんですけどね、とこの場にはいない無造作黒白頭を思い浮かべ、琉歌は軽く舌を打つ。

 すると。

 そんな琉歌の傍から、こんな会話が聞こえてきた。

 

「初春さん! 佐天さんが人質にとられてるって本当!?」

 

「あ、御坂さんダメですよ! 今回ばかりは私たちにお任せください! 白井さんが別の事件で出動しちゃっている今、御坂さんを足止めすることが私に与えられた仕事なんですからね!」

 

「うぐ……私まだ何も言ってないんだけど……」

 

「言わなくても分かります!」

 

 頭に花が咲き誇っている風紀委員の少女と名門常盤台中学の制服を着ている茶髪の少女が、そんな感じの言い争いをしていた。

 琉歌はそんな二人を見て、ニィィと笑みを浮かべる。

 常盤台中学の制服を着ていて、御坂と呼ばれている少女。琉歌の記憶が正しければ、あの少女は電気系能力者の頂点に君臨している第三位の超能力者、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴であるはずだ。最新情報に詳しい最近の女の子である琉歌は、そういうタイムリーな情報を誰よりも早く獲得していることが多い。

 とまぁ、そんなことはさておくとして、

 

「……あの第三位、利用できるですね」

 

 草壁琉歌は悪の親玉のような笑みを浮かべ、

 

「すいませーん! 御坂美琴さんで間違いないですねお願いがあります協力してくださいですーっ!」

 

 兄貴譲りの見事な行動力を発揮した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 これは何かの夢だろうか。

 頭に花飾りをつけている黒髪の少女(白良は名前を知らないが、佐天涙子という中学生だ)と励まし合いながら助けを待っていた白良は、衝撃的すぎる目の前の光景に目を白黒させていた。

 まぁ、ハッキリ簡潔に分かりやすく言ってしまえば、

 

 

 愛しの琉歌ちゃんが常盤台の生徒と一緒に壁を攀じ登ってきて以下略☆

 

 

 なにを言っているのか分からないと思うが、白良自身も自分が何を言っているのか分かっていないのでお相子ということにしておこう。

 それぐらいに混乱している白良の目の前では、愛しい琉歌ちゃんがどこぞの武将も真っ青なぐらいに――

 

「私の大事な白良君に何やってくれてんですか殺す殺す殺す殺す殺し尽くしてやるですらららららあぁああああああああああああッ!」

 

「ちょっ、おぶっ、ぶへぇっ!」

 

「あばばばばばばばばばばっ!」

 

 ――強盗犯相手に無双していた。

 強盗犯は全員で五人いたはずなのだが、琉歌はその全員をすらりと長い脚でノックアウトしてしまった。いつものようなミニスカートではなくホットパンツなので下着が見えてしまうというハプニングは発生しないが、それでも彼女の健康的な太ももに白良は思わず顔を赤くしてしまっている。

 そんな訳で持ち前の足技で強盗犯たちを文字通り一蹴した琉歌は「ふぅ」と息を整えてぐるん! と白良の方を振り返り、目尻に涙を浮かべながら勢いよく抱き着いた。

 

「無事ですか白良君ケガとかしてないですか!?」

 

「だ、大丈夫ですよ、琉歌さん。はい。ケガとかは、していないです」

 

「よかったです。本当に無事でよかったです……ッ!」

 

 ぎゅむーっと渾身の力で抱き着いてくる琉歌に、白良は思わず苦笑を浮かべる。

 この少女と恋仲になってかれこれ二週間以上経つが、やはりこの少女は勇敢で強くて格好いい。自分とはどう考えても対照的で、もしこの少女が超能力者だったらすぐに有名になっていたことだろう。

 だが、白良はその可能性を否定する。

 もし琉歌は超能力者だったとしたら、白良は今のように琉歌の涙を自分のものにはできていなかったはずだ。別に涙を独り占めしたいわけではないが、それでも、今よりは格段に彼女は遠い人になっていたに違いない。良い意味でも悪い意味でも、白良と琉歌の距離は凄まじく遠いものになっていたに違いない。

 強くならなければならない。この少女を泣かせないためにも、自分はもっと勇敢になって強くなって格好良くならなければならない。方法とかはよく分からないけど、この少女を泣かせないようにできる程度には強くなりたい。

 ぐずぐずと抱き着いたまま泣いている琉歌の頭を撫でる白良。

 そんな彼に、今まで一緒に捕まっていた中学生の少女――佐天涙子は笑顔を向けながら話しかける。

 

「あたしの言った通りでしょう? 諦めなければ報われるって」

 

「あ、えと、はい。ありがとうございます。貴方の言葉が無かったら、僕、ずっと前に心が折れてしまっていたかもしれません。――本当に、ありがとうございます」

 

「いえいえ。あたしは別に何もやってないですよ。結果としてあたしとあなたを助けてくれたのは、そこの彼女さんとこの御坂さんですからねっ」

 

 ねっ? とウィンクしながら視線を向けてくる佐天に、現在進行形で強盗犯を縛っていた茶髪の少女――御坂美琴は「え?」と疑問の言葉を返しつつ、

 

「あー……うん。まぁ、そこの彼女さんの思い切った行動が主だったんだけどね……」

 

「それでもかっこよかったですよ? こう、なんていうか、びゅびゅーん! って感じで壁を登ってきた御坂さんは!」

 

 両手を握りしめながら鼻息を荒くする佐天に、御坂は「あはは……」と照れくさそうに頭を掻く。彼女としても褒められること自体はそこまで嫌ではないらしい。

 そんな御坂と佐天を交互に視線に収めた白良は琉歌に抱き着かれた状態で立ち上がり、

 

「あの、えと……助けてくれてありがとうございます。それと――琉歌さんの無茶に付き合っていただいてありがとうございます」

 

「む。それは聞き捨てならねーですね白良君。私の行動のどこが無茶だったんですか!」

 

「あぁあああああああ怒らないでください睨まないでくださいごめんなさぁあああああああああい!」

 

 ギロリ、と睨みを利かせる琉歌に白良は渾身の謝罪を披露する。

 白良は琉歌から視線を逸らしながら御坂と佐天に苦笑を向け、

 

「僕も、貴方たちのように強くなれたらいいな、って思います。実力的にも精神的にも強くなれたら、きっと僕は凄く変われると思いますから」

 

 白良は愛しい恋人の手を握りながら、ハッキリとした声で宣言する。

 ――しかし。

 

「いや、その必要はないんじゃないですか?」

 

 佐天涙子はその宣言を返す刀で両断する。

 「え?」と間抜けな顔を浮かべる白良の鼻先に佐天は人差し指を突きつけながら、

 

「可愛い彼女さんが凄く強いんですから、あなたは別に強くなる必要なんてないと思います。まぁ、男の子だから強くならないとーって思っちゃうのは納得できますが、やっぱりそれはなんか違うんじゃないかなーってあたしは思います」

 

「えと、あの……それでは、僕は一体どうすればいいのでしょう……?」

 

「簡単なことですよ」

 

 白良の問いに佐天はフンスと得意気に胸を張り、

 

「強い彼女さんを全力で愛せばいいんです! 愛して愛して愛しまくって、彼女さんがあなた以外の誰も見えなくなるぐらいになっちゃえば、あなたは確実に成長することができてるはず! ほら、よく言うでしょう? ――愛に不可能はない、って!」

 

 その日、一人の無能力者は一人の無能力者に勇気を与えられた。

 そして、その無能力者は、自分の大切な無能力者の為に何ができるのか、本当の意味で教えられた。

 

 

 

「…………琉歌さん、怒ってません?」

 

「怒ってねーです。別に白良君が他の女の子にデレデレしてたからって理由で怒ってなんかねーです」

 

「あ、あはは……やっぱり、それって怒ってるってことなんじゃ……」

 

「もう、怒ってねーって言ってんですよ!」

 

「わぁああああああごめんなさいごめんなさぁああああああああい!」

 

「分かればイイんですよ、分かれば。――だから、今日は白良君の家に泊めてもらうです」

 

「展開が急すぎて読めません! えと、なにこの急展開!?」

 

「うっさいです! イイからさっさと白良君の家に行くですよ!」

 

「うわっ、怒らないで引っ張らないで! ご、ごめんなさぁああああああああああああああい!」

 




感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


 あ、あと、

 キャラクター人気投票は十月九日まで続いております。因みに、持ち票は七票で、その七票を好きなキャラに割り振る、という形式になっております。

 投票は活動報告で募集していますので、どしどし投票お願いします!

 第一位から第七位に選ばれて自分が主人公の短編をゲットするのは、果たしてどのキャラクターなのか!


 追伸。

 次回は那家乃ふゆい様作『とある科学の無能力者』とのコラボ話です。

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