ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 というわけで、人気投票第五位の垣根さんの記念短編です。

 今回はちょっとだけシリアス気味、かなぁ?



人気第五位 垣根帝督の憂鬱

 垣根帝督(かきねていとく)、という少年がいる。

 学園都市に七人しかいない超能力者の第二位であり、学園都市最機密暗部組織『スクール』のリーダーも務めている、表でも裏でも相当に名の知れた少年だ。

 そんな有名人・垣根には、その整いすぎた容姿やら純粋な子供のようなメルヘンチックな能力のせいで不名誉としか言えないような渾名が凄まじい数与えられている。一応は『スクール』内でも『イケメルヘン』とか呼ばれているのだが、そんな悲しい事実など垣根は知る由もない。

 さてさて。

 そんな訳で今日も『スクール』の仕事を余裕で終えた垣根は、第七学区のとある病院へとやってきていた。『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』とかいうカエル顔の名医が院長を務めているその病院は、学園都市で最も有名な病院でもあるのだが、それについてはまたの機会にしよう。

 フロントで受付を終えた垣根はエレベーターを経由して病院の三階へと移動。『ホストというよりもチンピラだよね?』的な視覚印象を与える格好をしている垣根の手には、これまた彼には絶対に似合わないようなバスケット(果物がより取り見取り)が提げられている。

 三階へとたどり着いた垣根は仲睦まじく会話しているツンツン頭の少年と銀髪シスターの横を通り抜け、奥へ奥へと進んでいく。なんだか巫女服が似合いそうな少女やらどこぞの第三位の軍用クローンと思われる複数の少女達の姿が見えたが、それら全てを無視して垣根は奥へ奥へと進んでいく。

 そして病院の主要エリアから最も離れたところにある病室の前までたどり着いたところで勢いよく扉を開け放ち、

 

「おーっす。今日もこのイケメンで最強な第二位サマが来てやったぜ感謝しろ」

 

「予想通りのナルシスト発言乙! このイケメルヘンが!」

 

 意外過ぎる罵詈雑言を浴びせかけられた。

 一人用にしてはなかなかの広さを誇る個室の壁に隣接する形で設置されているベッドの上では、長い茶髪と切れ長の目が特徴の十五歳ぐらいの少女が上半身だけを起こして垣根の方を「むーっ」と睨みつけてきていた。下半身は布団の下なのでよく分からないが、健康的に伸びている両腕と豊満な胸がその少女のスタイルの良さを顕著に表している。相変わらずエロい身体してんなぁ、と垣根は小さく口笛を吹く。

 ベッドの傍の棚の上にバスケットを置きながら、垣根は気怠そうな態度で言う。

 

「ったく……忙しい中来てやってんのに何だよその言い草は。今の時代、ツンデレなんて流行んねぇぞ?」

 

「誰がツンデレだ誰が! 私は普通に純朴純粋な女の子だ!」

 

「自分で純朴純粋とか言う女が本当に純朴純粋なわけねぇだろうが。無駄にエロい身体してるくせに意味不明なこと言ってんじゃねぇよ」

 

「ホントにお前は何なんだ!? 私を見舞いに来たのか!? それとも単純に暇潰しのために来たのか!?」

 

「さぁな。ただ、これだけは言わせてもらう。――俺に常識は通用しねぇ!」

 

「それただの無法者って意味だからぁああああああああああああああああああああッ!」

 

 キリッと決め顔で言い放つ垣根に少女の絶叫ツッコミが炸裂する。

 そして「げほっ! ごほごほごほっ!」と盛大に咳き込む少女に苦笑を浮かべながら、垣根はベッドの傍にある椅子へと腰を下ろし、

 

「まだ本調子じゃねぇんだから、そんなに興奮してんじゃねぇよ。治るもんも治らなくなっちまうぞ?」

 

「げほっ! おぇ……だ、誰のせいと思ってるんだ、誰の……」

 

「あ? お前自身のせいだろ? なに責任転嫁しようとしてんの?」

 

「…………………はぁぁぁぁ」

 

 相も変わらず自分勝手で自分至上主義な垣根に、少女は顔に影を落としながら彼から目を逸らして溜め息を吐く。一瞬だけ彼女の頭上に雨雲が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 そしてその後、垣根がリンゴの皮を剥いて少女に「あーん」したり、少女と垣根が『どこぞの配管工を主としたゲームキャラクターたちが車に乗ってエキサイトするレーシングゲーム』で盛り上がったり、といった何気ない平凡な時間を過ごした――そんな後。

 垣根はベッドの淵に腰を下ろし、

 

「……で、あとどれぐらいで退院できるんだ?」

 

「うーん、そうだなぁ……先生の話じゃ、あと一週間ぐらいで退院許可は出せる、って事らしかったが……」

 

 実のところ、この少女の身体は『体晶』と呼ばれる得体の知れない薬物によって酷く蝕まれている。

 二年ほど前に暗部の仕事で垣根が潰した研究所に、この少女は監禁されていた。一糸纏わぬ状態で、身体には無数の痣や傷。スタイルの良さが災いしてか、強姦された跡なども見て取れた。

 いつもの垣根だったら、飄々とした態度で心理定規に面倒事として押し付けるだろう。――だが、その時の垣根は何故かその少女を自分から率先して助けてしまった。下心だとかそういう類の理由ではなく、説明不可能な――今でもよく分からない理由によって。

 少女の身体が『体晶』によってボロボロの状態になっていることを知ったのは、この病院に彼女を入院させてからだ。カエル顔の医者に呼び出され、別に保護者でもないのに無駄に詳しい説明をされてしまったのは記憶に何故か残っている。

 「なんで俺にそんな説明すんだよ」という垣根の問いに対し、カエル顔の医者が返したのは――

 

『彼女にはどうやら身寄りがいないらしいからね? 僕の仕事は患者が必要としているものを用意することだ。彼女が必要としているのは「心の支え」――だから、君にその役割を担ってほしいんだけど、構わないかな?』

 

 ――なんていう、とてつもなくくだらない理由だった。

 もちろん、垣根は最初断わるつもりだった。自分はそんな善人じゃない。そんなメルヘンチックな展開が御所望なら、もっと良い奴がいつか現れんだろ――と。

 だが、何故か垣根はその要求を了承してしまった。今になっても理由はよく分からないが、自分がその役割を担わなければならない――そう思ってしまったから。

 そんな訳でずるずると二年もの間この少女に関わってしまっている、というわけだ。

 垣根は頭を気怠そうに掻き、

 

「お前、退院したらどうするつもりだ?」

 

「どうするって……何が?」

 

置き去り(チャイルドエラー)で元非検体で現在進行形でホームレス状態のテメェは、退院したらどういう感じで路頭に迷う予定なんだ? って聞いてんだよ」

 

「路頭に迷うこと前提で話を進めるな!」

 

「事実だろうが」

 

 冷静に且つ辛辣な一言に、少女は「ぐっ……」と言葉に詰まる。

 そんな少女に垣根は深い溜め息を吐き、

 

「……ったく、しょうがねぇ。メンドクセェが、これもついでだ。俺の部屋に居候させてやるよ。まぁ、無駄に高級な家具とか揃ってるから、そこら辺の寮部屋よりは遥かにマシなんじゃねぇの?」

 

「…………お前、ツンデレとかよく言われないか?」

 

「ムカついた。最高に愉快なオブジェに変えてやる」

 

「いだだだだだだだだっ! そ、そんなこと言いながら連続チョップは反そ――いだだだだだだっ!」

 

 それから垣根の連続チョップは五分ほど淡々と続行され、やっとのことで解放された少女の目尻には大粒の涙が浮かんでいた。頬はリスのようにぷくーっと膨らませている。小動物みたいで可愛い、とか思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 怒りに満ちた視線をガンガンぶつけてくる少女にもう一度溜め息を吐きだし、垣根は彼女の頭を乱暴に撫でまわす。

 「な、ななななな何するんだ帝督!?」と顔を真っ赤にして狼狽する少女から視線を逸らしつつ、

 

「退院祝いしてやるよ」

 

「…………は?」

 

「だから、テメェの退院祝いをしてやるっつってんだ。草壁とか心理定規とかも呼んで、盛大なパーティでも開いてやるよ」

 

 そう言って柔和な笑みを浮かべる帝督に、少女は耳の先まで顔を真っ赤に染めてしまう。誰がどう見ても垣根にゾッコンなのだが、悲しいかな、垣根はどこぞのツンツン頭とかゴーグルの少年と同じぐらいに鈍感野郎なので、彼女の想いには全く気付かないのだ。

 少女は頭をガシガシと撫でられながらも口を尖らせ、

 

「ま、まぁ、期待しないで待っておくよ。――やるからには最高なのにしてくれよ?」

 

「ハッ、誰に言ってやがる」

 

 垣根は少女の顎に指を添えて自分の方を振り向かせ、

 

「俺のパーティにこの世界の常識は通用しねぇ」

 

 それっていろんな意味で心配なんだが……まぁ、期待しないで待っておこう。

 私の好きな人が本気を出せば、本当に最高なものになるに決まっているんだから。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 崩壊したアスファルトの地面。

 大きく凹んだ高層ビル。

 周囲には百や二百では済まない数の野次馬がいて、そんな野次馬たちの中央には、白い少年と警備員の女。――そして、垣根帝督がいた。

 服はボロボロで体の全ての箇所から血が噴き出している。既に方向感覚すらも失われてしまっている。そういえば、先ほど右腕も持っていかれてしまっただろうか。もはや痛みやら出血のせいで何が何だか分からない。

 先の言葉を覆すようで悪いのだが、垣根がいるのは正確には野次馬たちの中心ではない。

 地面の奥の奥。

 そんな意味が分からない言葉の通りの地点で、垣根は押し潰されてしまっていた。

 

「あ、はは……ちくしょう。ここまで圧倒的なのかよ、第一位……」

 

 言葉の一つ一つに反応する形で体が悲鳴を上げ、吐血という形でその痛みを放出する。血液を失えば失うだけ身体の制御が失われていくような錯覚に陥ってしまう。――いや、それは錯覚ではなく現実だ。

 今頃地上では第一位の背中から噴き出した黒い翼が縦横無尽に暴れているのだろう。――いや、どうやらこちらに向かって歩み寄ってきているようだ。微かだが、足音がどんどん近づいてきている。

 再生不能、行動不能、再起不能。そんな絶体絶命の状態の中、垣根は残された左腕を空に向かって真っすぐと掲げる。

 

「たい、いんいわ、い……結局、無理だったなぁ……」

 

 あの少女は今頃、あの病院のベッドの上で自分が来るのを待ち続けているのだろうか。いつも罵詈雑言を浴びせかけてくる割には垣根が来なかったら不貞腐れるあの少女は、今頃垣根がお見舞いに来るのを今か今かと待ち続けているのだろうか。――多分、そうなのだろう。

 だって、あの少女にとって、垣根と過ごす時間こそが全てなのだから。

 笑顔を浮かべる少女。頬を膨らませる少女。不貞腐れる少女。泣きじゃくる少女。驚く少女。――二年の間に記憶に刻まれた少女の表情が、怖ろしい程鮮明に頭に浮かぶ。

 垣根は今にも搔き消えそうな瞳で空を見上げながら、静かに静かに涙を流す。

 

「ちくしょう。すまねえな、呉羽(くれは)……約束、守れなかったわ」

 

 直後。

 怒りで我を失った第一位の殺意の拳が圧倒的な鉄槌として――垣根の身体に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キィィ、と扉の開く音がした。

 あの音はいつも聞いているからすぐわかる。あの音は――病室の扉が開く音だ。

 この病室への見舞客は今まで三人いたが、その中でも一番多く見舞いに来てくれたのはやっぱりというかなんというか、あのバカなイケメルヘンだ。

 だから、今日も気怠そうに私の顔を見にやってくる。ひらひらと手を振りながら、今日も私のお見舞いに来てくれる。

 

 

 そう、思っていたはずなのに。

 

 

「あれ? 今日は帝督じゃなくて草壁? 珍しいな」

 

「…………お久し振りッスね、大刀洗」

 

 頭に土星の輪のようなゴーグル(私としては絶対にヘッドギアだと思うが、野暮なツッコミはしないでおこう)を装着した黒白頭の少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は、そう言いながらベッドの傍で歩みを止めた。いつもだったらベッドの傍の椅子に座るはずなのに、なんだか今日は様子がおかしい。

 訳が分からず首を捻る私に対し、草壁はやけに暗い表情のまま――

 

「…………ごめん」

 

 ――静かに頭を下げた。

 もちろん、私には草壁に謝られる理由が分からない。彼とはそこまで深いかかわりがあったわけではないし、むしろ彼には帝督関連でいろいろな迷惑をかけてきた方だ。だから、謝るとしたら彼ではなくて私の方が正しいハズだ。

 だが、彼は私に謝った。……はて、何か忘れていることでもあるのだろうか?

 

「何で謝るんだ? 私は別に、お前に謝られることなん」

 

「垣根さんを救えなくて――ごめん」

 

「――――――――、え?」

 

 草壁の、言葉の意味が分からなかった。

 クサカベノ、コトバノイミガワカラナカッタ。

 

「な、なにを言っているんだ、草壁。わ、笑えない冗談はやめてくれ」

 

「……垣根さんは、第一位との戦闘に置いて――殉職したッス。……俺にもっとチカラがあれば、俺がもっと頑張ってりゃ、垣根さんを救えたハズだ。――本当に、ごめん」

 

「笑えない冗談はやめろって言ってるんだ!」

 

 私は思わず、腹の底から叫びを上げていた。

 嫌だ、そんなの嘘だ。そ、そうだ。きっと私に対するサプライズか何かのつもりなんだ。あ、アイツはそんなことが大好きだから、今回もそうやって私を驚かそうと――

 

「帝督は、死んでなんかない。だ、だって、約束したんだ。私が退院したら、草壁と心理定規と私と帝督の四人で、パーティをしよう、って。だから、それまで期待してろ、って――アイツは、私と約束したんだ!」

 

「………………」

 

「やめて、くれ……そんな顔をするのは、やめてくれぇ!」

 

 辛そうな表情で私から顔を逸らす草壁のせいで、彼の言葉が嘘じゃないという錯覚に陥ってしまう。

 絶対に嘘だと分かっているのに、どうしても心の底から否定できない自分がいる。帝督が死ぬはずなんかないのに、帝督が私との約束を破るはずがないのに――何故か、そんなことを思ってしまう自分がいる。

 両頬を、何か生暖かいものが伝っていくのを感じながらも、私は必死で叫びを上げる。

 草壁の言葉を全否定するためだけに、私は必死で泣き叫ぶ。

 

「て、帝督が死ぬはずなんか、ないだろう!? アイツは学園都市に七人しかいない超能力者の第二位で、お前らのリーダーなんだ! そんな帝督が、強くて意地っ張りでナルシストで――私が大好きな帝督が、死ぬはずがないじゃないかぁ!」

 

「………………ごめん」

 

 その言葉が、トドメだった。

 頭の中が真っ白になって、次に気づいた時には草壁の姿が病室から消えていた。――もちろん、帝督の姿なんてどこにもない。

 

「あ、はは……」

 

 帝督が、死んだ。

 

「あは、はははは……」

 

 帝督は、第一位に殺された。

 

「あははははは、はははははは……」

 

 帝督を、草壁たちが見殺しにした。

 

「あーっはっはっはっは! あーっはっはっはっは!」

 

 もう、全てがどうでもよくなっていた。

 垣根帝督という存在自体が私の人生だった。帝督がいない人生なんて、死んでいるのと同義だ。生きている意味なんてない。

 だけど、私はこの世界が許せない。この街が許せない。――そして、帝督を殺した第一位が許せない。

 帝督を救えなかった草壁も、帝督を縛り付けていた暗部組織も、帝督に不幸な道を与えたこの学園都市も――帝督を止められなかった私自身ですら憎くてたまらない。

 

「ころ、す」

 

 仇をとる、なんて大それたことは望まない。

 

「ころ、すぅ」

 

 だけど、私はちっぽけな願いを一つだけ望むことにしよう。

 

「――待っていろよ、帝督」

 

 私には、その願いを可能にするだけのチカラがある。

 無駄に十何年間も非人道的な実験を受けてきたわけじゃない。

 私には、苦痛と共に与えられた私だけのチカラがある。

 その、闇に染まった歪みまくったチカラで、私はその願いを無理矢理にでも成就させよう。

 

「お前のために私が、大刀洗呉羽(たちあらいくれは)が盛大な――それも、血に染まったパーティを開いてやるからさ」

 

 たとえそれが、この街の闇に自分を売るようなバカな行為だとしても――。

 




 新約編へのフラグ的なナニカが一方通行を襲う!

 次回は人気投票第四位、我らがゴーグルの少年こと草壁流砂の記念短編です。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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