ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第四項 脈動

 流砂との兄妹喧嘩の後に学生寮へと帰ってきていた琉歌は、ベッドの上でごろごろのべーっとしていた。ベッドの傍の壁にはスクリーン型の家庭電話が設置してあり、その液晶画面には中性的な顔と茶髪なのが特徴の少年――殻錐白良が映っている。

 そう。

 草壁琉歌ちゃんは絶賛テレビ電話中なのだ!

 

「うぅー……まさか、スパッツに需要がねーなんて思いもしませんでしたー……」

 

『僕は別にどっちでもいいのですが、やっぱりツッチーくんとかの話だと「パンチラこそが正義!」って感じのようですね。……ま、まぁ、僕は琉歌さんが着けているものならどれでも受け入れられますが』

 

「白良君は優しー子ですねー。いやー白良君ダイスキー」

 

『そんな寝転がりながら言われてもあまり嬉しくないのは何故でしょう……?』

 

 スクリーンの中で苦笑を浮かべる白良を見て、琉歌の顔がだらしなく緩む。優柔不断なせいでいろんな女性に好かれている兄と違って一途なおかげで白良だけに好かれている琉歌は、白良の一挙一動にめっぽう耐性が無い。というか、完全にベタ惚れしすぎて骨抜きにされている。

 クラスの友人たちから『ナイアガラの滝』と呼ばれるほどの貧乳をベッドに押し付けながら、琉歌はだらしなく体を伸ばす。これまた友人たち曰く、『たれりゅうか』という状態らしい。

 そういえば、と白良は思い出したように言う。

 

『琉歌さんのお兄さんって、一体どういう感じの人なのですか? 僕の見た感じの印象から言わせてもらうと、凄く面白い人という感じだったのですが……』

 

「んー。兄貴は基本的に見てて飽きねーぐれーに面白いですよー。ツッコミ上手だし逃げ足早いし防御力高いし……」

 

『え? はぐれメ〇ル?』

 

「まぁ、ぶっちゃけた感じそんな種族が一番ピンと来るかもですね」

 

 まーでも、と琉歌は面倒くさそうに頭を掻き、

 

「自分の大切な人のためだったら全てを捨ててでも助けよーとしちまうぐれーに――お人好しな人でもありますけどね」

 

 照れくさそうに、はにかんだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 謎の駆動鎧にフレメアが狙われている。

 友人のフレンダ=セイヴェルンからそんな衝撃的な最新情報を与えられた草壁流砂は、携帯電話片手に学園都市を駆け抜けていた。

 

「お前、一人でフレメアを護ってるんスか!? 駆動鎧相手に!」

 

『いや、フレメアの友達だっていう男の人と一緒って訳よ! 今は、八本脚の駆動鎧から全力で逃走してるところ!』

 

「八本脚の駆動鎧ゥ!? 何だそれどー考えても新型じゃねーか!」

 

 警備員の駆動鎧とは、タイプが違う。もしかしたら流砂が持っている情報よりも新しい駆動鎧なのかもしれないが、基本的に警備員の駆動鎧は動きやすさ且つ安全性を考慮して作られている。そのハードルに一番近いのは御馴染みの二本脚の人型駆動鎧であり、八本脚でしかも素早い駆動鎧なんかではない。

 ということは、相手は学園都市の闇、か。

 しかし、この街の闇は最強の超能力者が実力行使で潰したはず。そのおかげで、流砂や麦野たちも普通の学生のように自由な生活を送ることができている。連絡を取ったことがないから分からないが、他の暗部組織の奴らも似たような境遇にあるはずだ。

 だが実際、フレメアは謎の駆動鎧に命を狙われている。

 

(新しー暗部組織でも結成されたってのか!? こんな平和な時期に!? バッカじゃねーの!?)

 

 第三次世界大戦が終わり、全ての戦いは終了した。もうそれだけで全てを終わらせておけばいいのに、何をトチ狂ったのか新たな争いの火種が生まれようとしている。――それも、幼い少女の命を犠牲にすることで。

 狂ってる、と流砂は額に青筋を浮かべる。どこぞのふざけたバカ共のせいでフレメアが傷つくなんて、どう考えても間違っている。争いを始めるなら、せめて自分たちみたいな元暗部を狙えばいいのに。よりにもよって、標的は無能力者で幼いフレメア=セイヴェルンと来た。

 再びこの手を汚してでも、終わらせなくてはならない。たとえ殺されそうになったとしても、無関係な幼い少女の命ぐらいは護り抜かなければならない。

 ……だが。

 

欠陥演算(ケアレスミス)を補強するゴーグルがまだ修復中な上、俺は今の能力を完璧に制御するコトもできちゃいねー。無駄にパワーアップしちまった分、攻撃と防御を同時に行うことすら不可能になっちまってる。こんな欠陥品状態で、ホントにフレメアたちを助けられんのか!?)

 

 第三次世界大戦中に能力の新たな可能性を開花させた流砂は、超能力者にも匹敵する程に強力な能力を手に入れている。圧力の増減だけではなく圧力の方向までもを操れるようになったことで、流砂は一方通行の下位互換程度の能力者にまではランクアップすることができている。

 しかしその点、ただでさえ不安定な演算が以前にもまして不安定になってしまっている。パワーアップ前時点での能力発動の成功率は八割程度だったのに対し、パワーアップ後の成功率はまさかの六割弱。十回チャレンジして四回失敗する。その四回の時に相手の攻撃が来ていたら、流砂は何もできずに死亡する。

 欠陥品故に超能力者になれない大能力者。

 強くなれば強くなる程、弱点の幅が広くなってしまう反比例型能力者。

 それが、現在時点での草壁流砂だ。

 

「ケータイのGPSでお前らの位置は大体掴んでる! 待ってろ、絶対に助けてやる!」

 

『う、うん! 分かったよ、草壁!』

 

 捲し立てるように通話を終了させ、液晶画面に地図を表示する。

 GPSがぶっ壊れていなければ、フレンダ達は学園都市の地下街にいる。おそらくは、フレンダもしくは一緒に居る男のどちらかが警備員の無線でも拾ってルートを選択したのだろう。情報収集が趣味である流砂が今持っている最新情報によると、警備員は大物犯罪者輸送の為に『下』もチェックしているところらしい。『闇』の動きを制限するには、うってつけの状態だ。

 だが、流石に駆動鎧がやってくるのは想定外だったのだろう。先ほどのフレンダとの会話から想像するに、彼女たちは焦りに焦りまくっている。――そして、仕方がないから逃走という手段を選んだに違いない。

 早く彼女たちの元に行き、件の駆動鎧を撃破しなければならない。襲撃者たちの正体について探りを入れるのは、まずはそのミッションを終えてからだ。

 GPSが指し示す地下街を目指し、流砂は大通りを駆け抜ける。

 ――すると。

 

 

 傍で路上駐車されていたトラックが爆散した。

 

 

「ッ!?」

 

 予想にもしないタイミングに驚愕の色を表すも、すぐに冷静さを取り戻して能力を発動。幸運にも能力は無事に発動され、体全体に拡がった圧力の膜が鉄の破片でできた弾丸を全て受け止めてくれた。よって、流砂は無傷。

 轟ッ! と爆風が吹き抜けていく中、爆圧すらをも防いだことによって髪すら靡かない流砂は、爆炎の先をじっと見つめる。――何かが、いる。

 風圧を操作して爆炎を拭き飛ばし、曖昧だった視界を鮮明にする。突然の温度上昇で作られた陽炎の先に、『そいつ』はいた。

 透き通った茶髪のポニーテールに、武士のように凛々しい顔。黒の長袖シャツは豊満な胸によって大きく隆起していて、上半身部分を腰の辺りで縛った状態で黒いツナギを着用している。腰には、牛革と思われるポシェットが確認できた。

 その少女は、氷のように冷たい瞳でこちらを見つめていた。

 そして流砂は――目の前にいる少女のことを知っている。

 大刀洗呉羽(たちあらいくれは)

 かつて暗部組織『スクール』のリーダーだった第二位の超能力者が心の底から大切にしていた少女であり、流砂や心理定規といった『スクール』の正規構成員とも面識がある、いろんな意味でのイレギュラーな少女だ。

 予想もしなかった人物の登場に、流砂の思考が一瞬だけ停止する。

 その一瞬の隙を突くように、呉羽は冷たい冷たい声色で言い放つ。

 

「――死ね」

 

 直後。

 呉羽の背後から飛び出した無数の触手が――

 ――流砂を殺すためだけに襲い掛かる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かつて、一人の少女が囚われていた。

 『無能力者に超能力者の演算パターンを埋め込むことで、どこまで能力を再現できるのか』というイカレた最終目標を実現させるためのモルモットとして、その少女は全ての自由を奪われていた。

 その少女は、『置き去り(チャイルドエラー)』だった。

 物心ついたころから様々な薬品を投与され、様々な機械で体の外と中の両方を弄られた。脳に直接電極を差し込んで、一日中電気信号を操作された日だってあった。

 

 

 しかし、計画の進行は芳しくなかった。

 

 

 そもそもの問題として、無能力者が持つ演算能力では、超能力者の演算パターンには対応できないというものがあった。無能力者では理解できない複雑怪奇な計算式を使用する超能力者を作り出すには、あまりにも土台が脆すぎた。

 だが、研究者たちは諦めなかった。自分の名誉のため、自分の栄光のため。そして――知的好奇心を満たすため。

 実験方法は更に非人道的になり、少女は身体の全てを弄られた。脳から始まり、目、鼻、口、耳、腕、脚、胸、尻……心臓や子宮といった内臓を含めれば、両手の指では数えきれない。

 巨大なアームを秘裂から挿れられ、膣を思いっきりかき回されたこともあった。鼓膜を貫通するまでに針を刺され、謎の音波で意識をぐちゃぐちゃにされたこともあった。両手両足の爪を一枚ずつ丁寧に剥ぎ取られ、激痛によって演算能力を無理やり強化させるなんて言う馬鹿げた実験もされたこともある。

 度重なる実験により、少女は心身ともにズタボロになっていた。実験以外の時に両手両足及び口を拘束されていなかったら、喉元を掻っ切るか舌を噛み切って自殺していたかもしれない。……いや、間違いなくそうしただろう。少女が受けてきた辱めは、それほどまでに凄惨たるものだった。

 

 

 しかしある日、少女はとある少年に救われることになる。

 

 

 その少年は一瞬で研究者たちを惨殺し、少女を『実験』という名の呪縛から解き放ってくれた。研究者たちの憂さ晴らしとして凌辱や虐待の限りを尽くされていた少女を、ご丁寧に病院にまで連れて行ってくれたりもした。

 少女は少年を崇めた。

 深い闇の中に沈んでいた自分を、明るい光の世界に連れ出してくれた。人形のようにモルモットのように扱われてきた自分を気遣い、一人の女として扱ってくれた。

 少女は少年に心酔した。

 この人のためなら全てを捨ててもいい。この人になら、全てを捧げてもいい。――この人のためだったら、命を投げ出すことも厭わない。

 歪んだ人生を送ってきたが故に歪んだ『愛』を覚えてしまった少女は、心の全てをその少年のことだけに染め上げた。

 少女が愛した少年の名は、垣根帝督(かきねていとく)

 『未元物質(ダークマター)』と呼ばれる能力を操る学園都市第二位に君臨する超能力者であり、暗部組織『スクール』のリーダーを務めていたこともある少年『だった』。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 草壁流砂がとった行動は至ってシンプルなものだった。

 成功率六割の能力を駆使して高電離気体(プラズマ)を手の中に形成し、触手に叩き付ける。凄まじい回転量と熱量を持っていた高電離気体は迫ってきていた触手を強引に引き千切り、呉羽の攻撃を数秒で無効化した。

 『電離加圧(エアリアルプレス)

 第三次世界大戦中に開花した進化系能力であり、流砂の命を何度も救ってきた無駄に使い勝手のいい大能力だ。

 触手を破壊すると同時に再び高電離気体を手の中に形成させ、流砂は呉羽を睨みつける。

 

「今の攻撃は……能力、なのか……?」

 

「くはは。さっすがだな、草壁。相っ変わらず無駄に高性能な能力だ。いやはや、帝督が言っていた通り、一筋縄ではいかないらしい」

 

 おかしい。

 目の前にいる少女は自分が知っている少女と同一であるはずなのに、どうしても頭の中で合致しない。正確には言い表せないが、身体の中身を無理やり掻き混ぜたような違和感だ。大刀洗呉羽という少女の根幹が、どうしようもなく歪んでしまっているように感じる。

 怪訝な表情を浮かべる流砂を眺めながら、呉羽は笑う。

 

「そうか、お前にはこの能力を見せたことが無かったな。いやいや失敬、これはダメだ失敗だ。というか、私はこの能力を帝督にすら見せたことが無かったっけ。ったく、初めては帝督にだって決めていたというのに、難儀なことだ」

 

「……お前、ホントに……大刀洗、なんスか……?」

 

 流砂の問いに呉羽は満面の笑みを浮かべる。

 

「当たり前だろう? この体つき、この顔立ち、この髪型。どこからどう見ても大刀洗呉羽その人だ。垣根帝督のためだったら世界を滅ぼすことだって厭わない、純粋な恋する乙女だよ」

 

 寒気がした。

 呉羽の言葉の端々に、怖ろしく濁った『何か』が含まれている。言葉自体はただの自己紹介だと言えるはずなのに、本意を探ろうとすると脳が本能的に拒否反応を起こしてしまう。

 おかしい。

 この少女は、どこかがおかしい。

 今の状況が理解できず、更に呉羽のことも理解できない。今は一秒でも早くフレンダ達のところに向かわなければならないというのに、どうしても体が動こうとしない。

 呉羽は笑う。

 背中から(・・・・)無数の触手を(・・・・・・)生やし(・・・)、呉羽は笑う。

 

「綺麗だろう? 素敵だろう? クズ共が私にくれた、素敵な素敵なプレゼントの結晶体なんだ」

 

 嫌な予感がする。

 呉羽が紡ぐ言葉の一つ一つに、どうしようもないほどの悪寒が走る。

 呉羽が従える無数の触手の表面の感じに、凄く(・・)見覚えがある(・・・・・・)

 まさか、と流砂は顔を歪める。有り得ない、と歯を食いしばる。そもそも、『アレ』の色は白であり、目の前で蠢いている触手のような黒ではなかった。ただ、光沢や見た目が似ているだけだ。そんなこと、有り得ない。有り得るはずがない。

 嫌な汗が頬を伝い、地面へと落下する。

 直後、呉羽は歪みに歪んだ『歓喜』の表情を顔に張り付け――

 

「帝督と同じ能力なんて、素敵だろう?」

 

 ――最悪な現実を突きつけた。

 




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 次回もお楽しみに!

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