ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 そして感謝の意を述べると同時に、これからもよろしくお願いします。


第五項 逃亡

 襲われたのでゴーサインを出したら、血相変えて逃げられた。

 草壁流砂が街に出る原因を作った張本人であるステファニー=ゴージャスパレスとシルフィ=アルトリアは、防寒装備で第七学区を歩いていた。護身用なのか、ステファニーは大きなリュックサックを背負っている。

 いつものゴスロリの上に更に厚手のコートを着用しているシルフィは赤い手袋に包まれた両手をパタパタと振り、

 

「……ゴーグルさん、どこに行っちゃったんだろ?」

 

「あの人のことですから、どうせ何かのトラブルにでも巻き込まれてるんじゃないですか? あの人は見た通り、生粋のトラブル誘発体質ですから」

 

「……ゴーグルさん、危ない?」

 

「大丈夫なんじゃないですか? 流砂さんだし」

 

 ケロッとした顔でステファニーは言い、シルフィは納得したように小さく頷く。

 まさか件の少年が現在進行形でトラブルに巻き込まれているなど知る由もない金髪と黒髪は、仲良く並んで大通りを抜けていく。

 と、そこでステファニーは気づいた。

 

「あれ? なんか今日、やけに人通りが少なくないですか?」

 

「……交通規制?」

 

「おおぅ。小学生が言うような言葉じゃないですよね、それ」

 

 いつもだったら学生たちで賑わっているハズの第七学区が、妙な静けさに包まれている。ちらほらとは確認できるものの、どう考えても通常比五割減ぐらいの人の量だ。

 嫌な予感がする。

 傭兵というか殺し屋として世界を駆け回っていた頃の感覚に従い、ステファニーはリュックサックから二つに分かれた機関銃を取り出した。彼女の好みに仕上げた、特別性の軽機関散弾銃だ。

 自分の得物を高速で組み立て、両手で構える。

 

「シルフィ。ちょっと安全地帯へ移動してもらってもいいですか?」

 

「……うんっ」

 

 そう言われるや否や、シルフィはステファニーの身体を攀じ登り、空っぽになったリュックサックの中に入り込んだ。そしてファスナーを上まで押し上げ、自分の首だけが出るように調節する。

 まさかの子連れアサシンの誕生だった。

 

「……すてふぁにぃ、やっぱりこれ格好悪い」

 

「文句が多いんじゃないですか? 動きやすさ重視だと見た目が悪くなる。少しの辛抱ですから我慢してくださいませんか?」

 

「……うん。分かった」

 

 リュックサックから顔だけを出した状態で、シルフィは相変わらず無機質な顔を固定する。

 さて。

 今はこうして平和な会話を続けているが、さっきから隠しきれないぐらいの殺気がこちらに向けられている。懐かしい匂いじゃないですか、とステファニーは小さく口を歪ませる。

 周囲への警戒を怠らず、ステファニーは左手の甲を軽く押す。――四角い蓋が持ち上がり、彼女はその中から一本のコードを摘まみ上げる。コードの長さは三十センチ程もあり、彼女はそのコードを軽機関散弾銃の側面に差し込んだ。

 直後、彼女の腕から駆動音が鳴り響き出す。

 十月九日、ステファニーは麦野沈利に左腕を消し飛ばされている。もちろん消し飛ばされた腕は戻らないので、彼女は学園都市の最先端技術が結集された義手を装着することになった。

 そこで彼女は、義手を戦闘用に改造することにした。

 軽機関散弾銃を愛用する彼女にとって一番のデメリットは、引き金を引いた時の反動だ。いくら人並み以上に力があるといっても、所詮は女性の筋力。長い時間は耐えられないし、時間の経過と共に標準がずれてしまう恐れもある。

 そこで彼女が義手に搭載したのが、反動を全て吸収してくれる緩衝材(ショックアブソーバー)だ。

 発砲時に発生した衝撃の大きさを左腕に搭載された演算装置が高速で割り出し、その衝撃をちょうどよく吸収できるだけの強度を実現する。分かりやすく言うならば、電気を流すことで硬くなったり柔らかくなったりするシリコンを埋め込んでいるわけだ。

 未だ慣れない義手に舌打ちを向けながらも、ステファニーは脚を進める。

 

「シルフィ。何か視え(・・)ますか?」

 

「……まだ。でも、何か背中がわなわなする」

 

「それは危険が近いってことなんじゃないですか?」

 

「……よく分からない」

 

 自分の命にかかわる危険だけを数秒前に映像として察知する能力――『回帰媒体(リスタート)』を有するシルフィは、申し訳なさそうに首を窄める。いいですよ、とステファニーは微笑みを向ける。

 だがその直後、シルフィの口から「あっ……!」という焦燥の篭った声が漏れた。

 ぴく、とステファニーが反応を示す中、シルフィは脅えたように叫び散らす。

 

「……すてふぁにぃ、前に走って!」

 

「了解です!」

 

 勢いよく体勢を低くし、一気に前方へとスタートを切る。常に動きやすさ重視の服装を心掛けているおかげで彼女は躓くことも無く、元の位置から三十メートルほど離れた位置まですぐに移動することに成功する。

 それと同時に、先ほどまで彼女たちがいた位置のアスファルトが無理やり抉り取られた。

 ズザザザザーッ! と急ブレーキをかけ、振り返ると同時に軽機関散弾銃を構える。「わぷっ」という声が背後から聞こえたが、今は幼子を心配している場合じゃない。

 そしてステファニーは見た。

 アスファルトの上に、悍ましい物体が存在しているのを。

 

「んなっ……ッ!?」

 

 驚愕一色といった声が、ステファニーの口から洩れる。ひっ、とシルフィが怯えたように呻くが、ステファニーには届かない。

 彼女の視界に映りこんでいるものには、顔と呼べるようなものが無かった。

 大まかな造形を表現するならば、無理やり黒く染められた山羊だ。四本足と部分とか大きさの部分とかから考察するに、それが最もいい表現だと言える。――しかし、それ以外の部分があまりにも常識外れ過ぎる。

 まずは頭。目と鼻があるはずの場所は真っ黒な闇に包まれているのに、口と思われる部分は血のような真っ赤な赤。全て犬歯なのかと思ってしまうほどに鋭い牙が、真っ赤な口の中にずらりと並んでいる。

 そして体。山羊のような体と思っていたが、全ての毛穴に埋め込まれているかのように気持ち悪い触手が蠢いている。山羊とイソギンチャクを均等に合成したら、ちょうどあんな感じになるかもしれない。

 見るからに化物。

 科学の街である学園都市には、絶対に適応しないであろうクリーチャー。

 そんな衝撃的な人外が、こちらをロックオンしている。

 ゴクリ、という音がした。ステファニーはそれが自分が発した音だと気づかなかった。

 「……シルフィ」「……うん」ステファニーの心を読んだかのようにシルフィは頷きを返す。リュックサックの中でしっかりと体を縮ませ、これから襲いくるであろう衝撃に供える。

 黒い化物が、ニタァと笑う。

 ――直後。

 

「三十六計逃げるに如かずぅううううううううううううううううーっ!」

 

「……早く逃げて、すてふぁにぃいいいいいいいいいいいいいいーっ!」

 

 ステファニーとシルフィは逃げ出した!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは、呉羽の方だった。

 背中から生えた無数の触手を器用に動かし、流砂に向かって一直線に突きつける。鋭利な槍のように尖った触手は、弾丸のような速度で宙を駆け抜けた。

 流砂は冷静に対処し、高電離気体で触手を焼き千切る。手の中で青白い球体となっている唯一の武器を叩きつけると、小規模の爆発が起こった。

 攻撃に使用されていた触手は一掃した。――しかし、呉羽の背中には既に新たな触手が創造されている。

 

「チッ。……厄介だし気持ちわりーッスね、その触手……」

 

「なにを言っているんだ草壁。こんなにも美しいのに、お前にはこの素晴らしさが伝わらないのか? 『愛とは狂気』という言葉を何よりも言い当てている、素晴らしい副産物だと言えるだろう?」

 

「生憎ッスけど、俺にゃ芸術性なんてモンを理解する心は持ち合わせちゃいねーんだよ!」

 

 懐に仕舞い込んでいた拳銃を引き抜くと同時に安全装置を外し、呉羽に向かって発砲する。狙いは脚。事情を聴くためにもここで彼女を殺すわけにはいかない。

 しかし、流砂が放った銃弾は彼女の身体には届かなかった。

 呉羽が使役する触手が蠢き、銃弾を呑み込んだ。ぱしゅっ、という呆気ない音を奏で、流砂の攻撃はいとも簡単に消え去った。

 まるで化物だな、と流砂は歯噛みする。垣根の『未元物質』も相当なものだったが、呉羽の『未元物質』は垣根のものとは毛色が違う。あちらは神々しくて圧倒的なチカラを見せつけるようなものだったが、こちらはただ単純に生き物を無残に殺すことだけに特化している気がする。

 言うならば、『狂歌物質(アンチマター)』。

 狂ったように歌いながら、呉羽は目標をただ無残に蹂躙する。

 

「私に銃弾など効かない。この触手たちは私の意志の外で動いている。いくら私の死角から攻撃を放ったところで、この子たちが自分の防衛本能に従うままに対処してしまう。――どうだ、絶望したか?」

 

「十分すぎるくらいに絶望ッスよ、その性能は……ッ!」

 

 自動防御機能付きの『未元物質』なんて、怖ろしいにも程がある。というか、もはやチートだ。能力強度は測っていないだろうから正確なものは分からないが、これは考えるまでもなく超能力者級の能力だ。下手すれば、垣根帝督よりも厄介だ。

 うねうねと不規則に動く触手の一本一本を、流砂はしっかりと眺める。触手は壊しても無駄で、数の制限はおそらく無い。呉羽の想いのままに増え続け、呉羽の想いのままに流砂を殺し尽くすのだろう。

 勝てない。これはちょっと、勝ちようがない。

 となれば、一旦引いて作戦を考えなければならない。というか、今すぐにでもフレンダ達の様子が知りたい。無事に切り抜けたのかまだ逃げているのか、その確認だけでもしておきたい。

 隙を作るのは困難だ。しかし、そうでもしないとこの場からは逃げ出せない。不可能を可能にすることでしか道は拓けないのだから、ここは腹を括って挑戦するしかない。

 ふぅぅぅ、と息を吐きながら演算に集中する。流砂を全力で絶望させたいからか、呉羽は常に受けの姿勢を取っている。幸運だ。このチャンスを使わない手はない。

 演算を終え、右手に高電離気体が創造される。左手は不発。成功率六割の代償が今ここで流砂に牙を剥いた。だがまぁ、一つだけでも創造できたのだから嬉しがらなくてはならないだろう。

 仕方がないので左手で銃を構え、呉羽に向ける。

 

「そんなオモチャ、私には効かないと言ったはずだが?」

 

「ンなの言われなくても分かってるッスよ。これはまー、俺なりの作戦ってトコだ」

 

「…………ほぅ?」

 

 呉羽の口が、小さく歪む。無駄な足掻きを作戦だと言い張る流砂を憐れんでいるのだ。

 しかし、その憐みこそが隙を生む。人は油断すればするほどに不注意になって行き、最終的にはヘマをやらかすもの。それはどんなに強大なチカラを持つ能力者であっても例外じゃない。人間である以上は、その因果からは解き放たれない。

 軽口を叩きながらも演算に集中し、手の中の高電離気体のサイズを上げていく。想像し創造するはバスケットボール大。それぐらいのサイズがあれば、この作戦を実行に移すことができる。

 流砂は待つ。

 作戦を実行に移す瞬間を、草壁流砂は待ち続ける。

 ……………………………………その時。

 待つことに耐えられなくなったのだろう。苛立ったように舌を打った呉羽は、冷たい表情のまま触手を流砂に向かって突き出した。その速度は、先ほどの比ではない。

 あまりにも速すぎる。

 しかし、あらかじめ準備をしていた流砂はこれを冷静に対処。バスケットボール大どころか直径だけで一メートルほどあるであろう高電離気体を、ボールを投げるように地面に向かって叩き付ける。

 瞬間。

 耳を劈くほどの轟音が鳴り響き、真っ赤な閃光が辺りを包んだ。

 爆発。

 巨大になりすぎた高電離気体によってアスファルトが破壊され、無数の破片が四方八方に四散する。もちろん、その破片は即席の弾丸となり、呉羽に向かって撃ち放たれる。

 

「ッ!」

 

 呉羽が反応するよりも早くに触手が蠢き、無数の弾丸を一発残らず吸収する。防ぐのではなく喰らう。垣根帝督の『未元物質』とは違う、大刀洗呉羽の『狂歌物質』だからこその防御方法。

 触手のおかげで傷一つ負わなかった呉羽は、不愉快そうに顔を歪める。

 理由は簡単。

 煙が晴れてクリアになった視界の中に、流砂の姿が確認できなかったからだ。

 

「……あの爆発を利用して逃げた、か。流石は帝督のお気に入り。考えることが良くも悪くも常識離れしているな」

 

 そう言って、呉羽は吐き捨てるように舌を打つ。

 触手の一本を愛おしそうに撫でながら、呉羽はインカムのスイッチを入れる。

 

「こちら大刀洗。第二希望(・・・・)が逃亡した。そっちの方はどうなっている?」

 

『シルバークロースが浜面仕上とフレメア=セイヴェルンにやられてあげたところだ。一方通行の方は、まぁ……もう少し後の登場になるんじゃないか? どうする? 予定通り、私が殺しに行ってもいいが?』

 

「ふざけるな」

 

『おいおい、そんなに怒るなよ。……だが、これはあくまでも競争だ。私に手柄を奪われたくなかったら、自分なりに努力するんだな』

 

「了解」

 

 簡潔な言葉を返し、呉羽は通信を切る。

 指を杖のように振り、触手を空中に霧散させる。この格好のままでは動けない。出来るだけ目立たないように動かなければならない。

 ニィィィ、と呉羽の顔が歪む。

 呉羽はこめかみをトントンと突き、

 

「そう。言われなくても分かっている。――第一希望は外さない」

 

 学園都市最強の超能力者を狩るために、更なる闇へと飛び込んでいく。

 




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