「ということは、そちらの方は流砂さんの
「……怪しい」
「え? 何で俺そんなに信用ねーんスか? こんなにボコボコになるまで殴られたのに信じてもらえない? それに俺、愛人なんて作った覚えねーんスけど?」
『前科がありすぎて信用を失っとるんじゃボケェ!』
「ちょ、ま! 前科って一体何のコ――みぎゃァァァあああああああああああああああああああああああああああッ!」
ステファニーによる前輪アタックから復活したばかりだというのに、今度は草壁流砂の鳩尾に自転車の後輪が突き刺さった。訳が分からない、といった様子でぴくぴくと痙攣しているバカを軽蔑一色の瞳で見下ろし、ステファニーは「はぁ」と肩を竦める。
先ほどまで寝かされていた少女は既に目を覚ましていて、凄く不貞腐れたような顔で体育座りをしている。一応は身動きが取れないように右手とガードレールを接続(ステファニーが持ち合わせていた対能力者用の手錠で、だが)しているのだが、それでもまだ安心はできない。警備員の道具は全ての能力者を圧倒できるほどに優秀なものじゃない訳だし。
シルフィがどこからともなく取り出した金属バットで流砂をボコスカ殴っている光景から目を逸らし、ステファニーは少女――大刀洗呉羽の前にしゃがみ込む。
そして心の底から恐怖を感じさせるようなニッコリ笑顔を顔に張り付け、
「……右手と左手、どっちを犠牲にしたいですか?」
「ひっ! い、いやその、どっちも遠慮したいかなぁ……なーんて」
「分かりました」
ニコニコと呆気ない言葉を返すステファニーに呉羽は安堵の息を漏ら――
「両手ですね」
――す前になんだか命の危険が迫ってきていた。
「い、いやいやいやいやいや! ちょっと待ってくれ! 私はまだ何も言っていないような気がするんだが!?」
「そうですね。だって私が勝手に決めちゃったわけじゃないですか、今の」
「コイツ悪魔だ!」
「人の想い人ボコボコにしておいて言うことですか、それ」
ダメだコイツ、早く何とかしないと……ッ!
今すぐにでも一方通行に追い付いて垣根帝督の仇を取りたい呉羽なのだが、手錠のせいで能力は抑えつけられているし目の前の女が怖いしでなかなか行動を起こすことができていない。そんな簡単に使えなくなるような能力なの? と言われてしまうと首を縦に振らなければならなくなることも原因の一つなのだが。
呉羽の能力――正式名称『
第二位の演算パターンを無理やり埋め込むことで発現した能力なのだが、能力の概要までは同じではない。第二位の方が『この世界に存在しない物質を創造する』という能力なのに対し、呉羽の方は『超高温の物質を創造する』という能力だ。どちらも見ようによっては『この世界に存在しない物質』なのだが、問題は能力の精度の方。
『未元物質』と違い、『焦熱物質』は固体化が困難である――という問題だ。
垣根は『未元物質』を使って様々なものを作ることができていた。――しかし、呉羽の能力はそこまで優秀ではない。『触手』という構造パターンが単純なものならいくらでも作り出せるが、『生物』とか『武器』みたいなものになると話は別。一応は成功例の『黒山羊』がいるが、アレは身体の大部分が触手だからこそ成功したようなもの。普通の山羊を作ろうとすれば、八割の確率で失敗する。……色が黒なのは呉羽自身にも分からない。なんか端からあの色だった。
そして、呉羽はこの能力を完全に扱えるわけではない。
そもそも呉羽は無能力者の時に第二位の演算パターンを強制的に植えつけられた。それは無能力者の脳では扱い切れないほどに凶悪なものであり、それは今の呉羽――大能力者になった今でも変わらない。
長時間の使用は厳禁。一時間程度でも続けて使用すれば、脳に多大な負担がかかる。先ほどの草壁流砂への敗北とか浜面仕上に突き飛ばされたときというのは、その弊害が諸に体を蝕んでいたせいだ。決して実力で負けていたわけじゃない。
つまり、呉羽は垣根と同じ能力を所有しているわけじゃない。
つまり、呉羽は垣根と同じ能力を持っていると嘘を吐いていただけ。
相手に複雑な戦術を考えさせるために、あえて嘘を吐いていただけ――というだけの話。
呉羽は脅えの表情を浮かべつつも、がちゃがちゃと手錠を外すべく抵抗する。こんなところで油を売っている場合ではない。一秒でも早く一方通行を殺し、垣根帝督の無念を晴らさなければならない。
奥歯を噛み締め歯を食い縛り、力の抜けた体に鞭打って復讐心を働かせ、一気に手錠を引き千切――
「ハイハイそこでステファニーパンチ」
「ぶっ!」
――顔面に右ストレートを決められた。
中々のチカラで放たれたステファニーの右手は呉羽の鼻を正確に捉え、尚且つメリメリメリィッと食い込むように押し付けられた。鼻が折れていないことが不思議だったがおそらくは手加減をしてくれているのだろう。本当の実力は知らないが、この女が本気を出せば人間の首ぐらい簡単に破砕できるような気がする。
「へぶっ、が……!」涙目で鼻を抑える呉羽。ステファニーはニッコリ笑顔を崩すことなく、
「ところで、あなたに質問です」
「ば、ばう……?」
「あの黒山羊が私達を狙ってきたのは――何・故・で・す・か?」
「ひぃぃっ!」
トラウマ確定だった。今この瞬間、ステファニー=ゴージャスパレスは大刀洗呉羽の天敵となった。
ぽろぽろと涙を零しながら、脅えた様子で呉羽は答える。
「わ、私はあの黒山羊に、じゅ、『十歳くらいの子供を連れた女顔の奴を食い殺せ』と命令していただけで、べ、別にお前単体を殺そうと思っていたわけじゃ……!」
「お・ん・な・が・お?」
その瞬間、ステファニーの額に青筋が浮かんだ。理由は……あえて言うまでもないだろう。
その直後、ステファニーの手が呉羽の顔面を掴み上げた。技名は……あえて言うならアイアンクロー。
「むぎゅぅっ!」
「はは。あははは……こぉーんなにプリチーでピチピチな二十代である私を女顔扱いぃぃ……? これはお仕置きが必要になりそうな感じなんじゃないですか? という訳でちょっとこのサバイバルナイフで拷問タァーッイム!」
「いやァァァあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
邪悪な笑みと共にサバイバルナイフを構えるステファニーに呉羽の絶叫が突き刺さる。
そんなギリギリ年齢制限セーフな光景の傍らで九歳の少女にボコボコに殴られていた流砂はやっとのことでお仕置きを終了され、放送禁止状態の顔面のままふらふらと立ち上がった。その傍では、返り血を浴びたシルフィが無表情のまま立っている。
そろそろマジで死ぬかもしれん、と今後の心配をしながらも、流砂はポケットから携帯電話を取り出す。液晶画面を数秒ほどタッチ操作で弄び、電話帳から目的のアドレスを見つけ出す。
そして電話開始。
ツーコール目で繋がった。
「こちら草壁流砂。なんか姿見えねーけどどこで何してるんスか、フレンダ?」
『……いやー、ちょっとヘマやっちゃって……』
「具体的に言うと?」
『…………』
十秒ほどの沈黙の後、フレンダ=セイヴェルンは凄く恥ずかしそうな声色で、
『本棚の下敷きになっちゃった☆』
「一生そこで寝てろバカヤロウ」
とりあえず後でステファニー達向かわせるからそれまで大人しく待ってろ。その言葉を最後にし、流砂は通話を終了する。なんかギリギリまでギャースカ騒がれていた気がするが、その続きはまた今度聞くことにしよう。今は他にやるべきことがある。
ポケットに携帯電話を仕舞い込みながら、流砂は呉羽とステファニーの元まで歩いていく。背後で金属バットを小さく振っている幼子が凄く怖ろしかったが、流砂はあえて見なかったことにした。
サバイバルナイフで呉羽のシャツを斬り裂こうとしていたステファニーを退かし、呉羽の前にしゃがみ込む。
怪訝な表情というよりも「助かった……!」という安堵の方が大きそうな涙目でこちらを見てくる呉羽に溜め息を吐きながら、
「話をしよーッス。議題は、そーだな……――垣根帝督の現在状況について、っつーのはどーッスか?」
☆☆☆
とりあえず、草壁流砂の戦いは終了した。
後は、フレメアを救出しに行った浜面と一方通行の戦いが終了するのを待つだけだ。……まぁ、一応は援護しに行くわけだけど。
ステファニーが乗って来た自転車(らしいが、どう考えても盗難車)で大通りを走り抜ける。未だに体の損傷はレッドゾーンで激しい運動ができるような状態ではないのだが、それでもこんなところでリタイアするわけにはいかない。あの謎の駆動鎧と能力者の少女を完全に撃破したという情報が入ってこない限り、流砂は平和な日常に戻るわけにはいかない。
空気抵抗に寄る風圧を能力で防いだ状態で走りながら、流砂は一人呟く。
「……にしても、垣根さんの生存報告をアイツが信じてくれるとは思わなかったッスねぇ。もっとこー、『嘘つくなお前殺してやろうかワレェ!』みてーな展開になると思ってたんスけど……」
垣根帝督はまだ生きている。一方通行に撃破された後、学園都市上層部に回収された。信じてもらえないかもしれないが、どーか信じてほしい。
そんな情報を与えた瞬間、呉羽は心臓が止まったかのように凍り付いていた。――そして一分ほどが経過し、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。
予想にもしなかった展開に流砂は最初動揺したものの、
『昔から醜い心の人間ばかり見てきていたから、お前が嘘を吐いているかどうかはすぐ分かる』
と言われてしまい、照れくさくなって顔を逸らしてしまったことは記憶に新しい。……直後に外人からのO☆SHI☆O☆KIがあったけど。
シャー、と激しいカーブを難なく通り過ぎ、既に日が傾いてきた学園都市を走り抜ける。浜面からの連絡はまだなため、自力で彼らを捜さなければならない。
と、彼の目が何かを捉えた。
「ッ!?」
思わず急ブレーキをかけ、車通りの少ない道路で停車する。
焦りを隠せない様子で後ろを振り返る。
そこには、
「……う、そ……だろ……?」
有り得ない、と脳が目の前の現実を否定する。
でも現実だ、と本能が理性を説得している。気づいた時には全身に寒気が走っていて、ライトブラウンの瞳が僅かに揺れ動いている錯覚に陥ってしまう。――それほどまでに信じられない光景が、目の前に拡がっている。
そんな流砂に気づいたのか、少年はトタタッと流砂の方へと小走りで駆け寄った。特徴的な髪型でオレンジのシャツの上に学生服を着用しているその少年の後ろには、十二歳ぐらいの金髪の少女と『SP』という称号が何よりも当てはまりそうな黒服の男女が数人いた。
一瞬だけ、流砂の思考に空白が生じる。
第三次世界大戦以降、その少年の姿はこの街では一度も見受けられなかった。……当たり前だ。何と言ったってその少年は、
赤を基調としたマフラーをなびかせながら走ってきた少年は、流砂の傍で立ち止まった。その姿は、死んだと思われていたとはとてもじゃないが思えないほどに生気に満ち溢れていた。というかそもそも、五体満足でいること自体が不思議でならなかった。
少年は照れ臭そうに左手でガシガシと
そしてその少年は、
反応は出来なかった。
だからだろうか。
少年は流砂の右手をハンドルから掴み上げ、しっかりと握手をする。……しっかりとした体温が感じられた。
少年は言う。
世界を救った少年は、はにかみ笑顔でこう言った。
「久しぶり」
上条当麻。
第三次世界大戦中に北極海に沈んだはずの
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