ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

6 / 65
 二話連続投稿です。



第六項 迅雷部隊

 大覇星祭が終了し、学園都市が静寂を取り戻した九月二十八日。

 欠陥品の大能力者(LEVEL4)であり『ゴーグルの少年』であり、十月九日という彼史上最悪の死亡フラグを回避するためだけに日々奮闘している少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は第十九学区の路地裏をトボトボと歩いていた。

 

「与えられた情報通りに来てみたはイイんスけど、驚くべき廃れ具合ッスね。本当にこんなトコに学園都市に反逆しよーとしてるテロ集団がいるんスか?」

 

『ぐちぐち文句言う前にさっさと仕事を達成しろ。九月十八日に俺に仕事を押し付けた罪を今回の仕事をお前一人でこなすってだけで許してやるって言ってやってんだからよぉ』

 

「俺、荒事とか苦手なんスよねー」

 

『愉快な死体になりたくなかったらさっさと黙って仕事終わらせろ!』

 

「っ……耳、痛ぇ……」

 

 怒鳴り声と共に通話を終了されてしまった流砂は携帯電話を耳から遠ざけつつ眉間に皺を寄せる。

 九月十八日に学園都市第四位の超能力者――『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利(むぎのしずり)と遊園地デートをしたわけなのだが、実はちょうどその日は流砂が所属している暗部組織『スクール』に仕事のオファーが来ていた。携帯電話にほとんど触れていなかった流砂はその依頼をガン無視してしまい、更に運の悪いことに流砂がこなすべきだった依頼をあろうことか学園都市の第二位の超能力者――『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督(かきねていとく)が一人で達成してしまったのだ。

 自分が所属している暗部のリーダーに仕事を押し付けてしまった罪は重かったらしく、今日はその罪を償うためにわざわざこんな廃れた街にまでやって来たという訳だ。

 流砂はダークブルーのジーンズのポケットに携帯電話をしまいつつ、「はぁぁぁぁ」と深い溜め息を吐く。

 

「ついに荒事系の依頼が来ちまいましたよハイ。いや、殺害しろじゃなくて無力化しろっつー依頼内容だから別に殺す必要はねーんだろーけど、やっぱり戦闘は嫌だなー……下手すりゃ死ぬかもしんねーし」

 

 必死に死亡フラグを回避し続けているというのに、なんで世界はこんなに死亡フラグを立てまくってくるのだろうか。もはや神様が流砂を殺したくてたまらないんじゃないか、と錯覚を覚えてしまうほどの理不尽っぷりに流砂は歩きながらサーッと顔を青くする。

 暗部組織に所属することになってからこういう荒事を行わなければならなくなるのは覚悟していたが、やっぱり仕事を受けてみるとどうしようもないほどの恐怖心が込み上げてきたりこなかったり。とにかく死なねーよーに注意を払って油断せずに依頼をこなすかー、と流砂は気怠そうにモノクロで無造作な髪をガシガシと掻く。流砂が頭を掻くのに連動する形で、彼の頭に装着された土星の輪のような形状のゴーグルがかちゃかちゃと鳴った。

 「この重さに慣れちまった自分がなんか嫌だ……」溜め息を吐きながら肩を竦め、ゴーグルから伸びた無数のケーブルがちゃんと腰の機械に接続されているかの再確認を行っていると、

 

 ――キュガッ! と近くにあった廃ビルが勢いよく崩壊した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 予想よりも早かったな、と流砂は路地裏に姿を隠しながら呟きを漏らす。

 今回流砂が無力化しなければならないのは『迅雷部隊(サンダーボルト)』という、所謂武装派過激集団(テロリスト)だ。学園都市を失墜させるためにわざわざご丁寧に世界中から武器をかき集め、学園都市で最も治安が悪いこの第十九学区に拠点を構えていた――らしい。全て垣根から伝えられたことなので受身形になってしまうのは致し方ないことだろう。

 にしても、と思考を開始しながら流砂はビルの陰から外を覗き込む。

 

(敵の数が把握できてねーのが痛いトコだよな……まぁ、一方通行(アクセラレータ)の電極と違って俺のゴーグルは自家発電だからバッテリー切れにはなんねーし、そーゆー点から時間的には問題ねーんだが……敵の数が多いと俺の能力があんまり有意義に使えねーんだよなー……)

 

 流砂の能力――『接触加圧(クランクプレス)』を分かりやすく言い表すと、『触れた物体に働いている圧力を増減させる』といった感じだ。圧力を増減させることによって、壁に巨大な亀裂を入れたり地面を陥没させたりという様々な攻撃ができるわけだが、それでもそれは敵の数が少ないとき限定の話だ。敵が二十人ぐらい一気に突っ込んで来た場合、流砂は尻を振って一目散に逃亡するしかなくなってしまう。

 だが、流砂に逃亡は許されていない。垣根は今回の依頼を流砂に一任しているので、流砂が依頼を放棄するということは『スクール』が依頼を放棄するということと同義なのだ。……というか、そんな堅苦しい理由以前に垣根に殺されてしまうだろう。冗談ではなく、割と本気で。

 近くに敵がいないことを確認し、流砂は拳銃を懐から取り出しながら移動を開始する。これから目指すのは、突如響き渡った轟音と共に崩れ落ちた廃ビルだ。おそらく、あの周囲に『迅雷部隊』の人員達が潜んでいるはず。

 すると、流砂の頭上――廃ビルの窓から武装した黒づくめの人影が現れた。

 

『いたぞ! 俺たちのことをコソコソと探し回っていたヤツに違いねえ!』

 

「あーもー見つかんの早すぎんだよ畜生が!」

 

 バババババ! とマシンガンをぶっ放される中、流砂は地面を転がりながら必死に弾丸を回避していく。頭に装着しているゴーグルが凄く邪魔だったが、それでも構わず流砂は敵が現れた廃ビルの中へと侵入する。

 流石は廃れた学区というべきか、ビルの中は電気一つ通っていなくて薄暗い。今が真昼間だから良いものの、これが夜の闇に包まれてしまったら暗視ゴーグル無しで敵を鎮圧しなくてはならなくなる程の暗さになってしまうだろう。そんな最悪の場合になる前に、この仕事を終わらせなければならない。

 直線的な通路を駆け抜けると、左側の扉が突然開いた。

 

(んなっ!? どんだけ不幸なんだよ死亡フラグが止まんねーぞ!?)

 

 流砂は反射的に振り返る。

 そのドアから、明らかに怪しい武装をした黒づくめの男がやってきた。海外の軍隊が愛用しているであろう装備を身に着けているその男の手には、最悪なことにショットガンが握られていた。

 (クソッ! 流石にアレは回避不能だ!)男が流砂の存在に気付くと同時に、流砂は反射的に男の胸元に向かって拳を思い切り振り抜いた。

 直後、骨が粉々に砕け散る音と共に男が壁に思い切り叩きつけられた。

 

「がァッ……ばう……ッ!」

 

「俺も殺しは嫌だかんな、命だけは助けてやんよ。――だが、移動手段だけは奪わせてもらう」

 

 ダンッ! と流砂は男の右脚を踏みつける。

 ただそれだけのことで、男の右脚は木端微塵に弾け飛んだ。

 

「ぎっ、ァァああああああああああッ!?」

 

 予想外すぎる衝撃で破壊された右脚を驚愕の表情で見ながら、男は断末魔の叫びを上げる。飛び散った肉片を必死で掻き集めているようだが、そんなことをしたところで彼の右脚が元に戻ることはまず有り得ない。第七学区のとある病院にいるカエル顔の医者に診せればまだなんとかなるのかもしれないが、この男を待っているのはそんな平和的な処遇ではなく処刑という名の蹂躙劇だ。プレス機で潰されるのか爪を一枚一枚剥がされるのかは知らないが、とにかく精神が狂ってしまうほどの拷問を受けることは間違いない。

 激痛のせいでガクンと意識を絶った男から視線を逸らし、流砂は近くにあった階段に足をかける。

 そして拳銃を懐にしまいながら「はぁぁぁ」と溜め息を吐き――

 

「結局、拳銃よりも俺の能力を駆使する方が十二分に早く仕事を終わらせられんだよなー」

 

 ――気怠そうに頭を掻いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 レイト=ウェイトニーは焦っていた。

 元々しがない研究員の一人であったレイトは、逆らうこともできずに能力開発の実験台にされる置き去り(チャイルドエラー)達を救うために学園都市に反逆した。自分と同じ志を持っていた同士たちの他にも学園都市に恨みを持っている荒くれ者を世界中からかき集め、レイトは『迅雷部隊』を組織した。武器を学園都市に運び込むのに大分手間と費用が掛かってしまったが、それでも彼の計画にミスなんてものは微塵も存在していなかった。

 だが、正体不明の襲撃者によって『迅雷部隊』は事実上の崩壊を迎えようとしていた。――最初に百人ほどいた同士たちは、既に十七人にまで人数を減らされてしまっている。たった一人の襲撃者を相手に、約八十人が無力化されてしまっているのだ。

 

「くそっ……なんでこんなことに……私はただ、正しい事を成し遂げようとしているだけなのに!」

 

 能力開発というのは名ばかりの拷問で命を落としていく置き去り(チャイルドエラー)の悲痛そうな顔が、今も頭に焼き付いて離れない。生まれた理由も生きる理由も奪われてしまった彼らの最後の姿が、レイトの心をどうしようもなく締め付ける。

 死ぬためだけに生まれてきた彼らの理不尽な存在意義を覆す為に戦うことを決意したのに、今はその決意が一気に崩壊してしまいそうなほどの恐怖に襲われている。……だが、レイトはこんなところで諦める訳にはいかない。レイトが戦うことをやめるということは、置き去り(チャイルドエラー)の未来が潰えてしまうのと同義なのだから。

 レイトは懐に忍ばせていた通信機を取り出し、

 

「こちらレイト! レリック、そちらの状況はどうなっている!?」

 

『あぐぎっ、ぎィィいアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

「なっ……おい、応答しろ! 頼むから応答してくれ、レリッ――」

 

『あ、あー……マイクテスッマイクテスッ。こちら荒事が嫌いなゴーグルの少年ッス。アンタは「迅雷部隊」のリーダー格であるレイト=ウェイトニーで合ってるッスかー?』

 

「――――ッ!?」

 

 期待していた者の声とは違う緊張感の欠片も無い若者の声に、レイトの呼吸が一瞬だけ停止した。

 レイトの応答がないことなど気にした様子も無く、ゴーグルの少年と名乗った若者は言葉を続ける。

 

『俺の勘が当たってんなら、アンタ以外の「迅雷部隊」は全員無力化したッス。まぁ、俺は人を殺したくないんで全員ギリギリで生きてるッスけど……死ぬ方がマシっつーぐれーに傷を負ってる奴は少しいるッスね。オーバー?』

 

「きっ……貴様は一体何者なんだ! 何故私たちの潜伏先をこうも簡単に見つけられた!? 私たちの隠蔽工作は完璧だったハズだ!」

 

『ンなこと俺に言われても知らねーッスよ。俺はただ単純に依頼を受けてアンタ達を無力化しに来ただけッスからね。どーせ「学園都市上層部には情報が筒抜けだったー」っつーオチなんじゃねーの? ンでついでに言っとくッスけど、アンタ達の覚悟とか意志とか行動意義とか、俺は全く把握してないんスよ。オーバー?』

 

 今の状況自体が気怠いとでも言わんばかりの声色に、レイトの理性がガリガリと削られていく。通信機を握る右手には、大量の汗が浮かんでいた。

 自分たちの情報が学園都市に筒抜けだった。――つまり、最早レイトには学園都市に反抗するだけの余裕も時間も手段も残されていないということだ。頼りにしていた仲間たちはこの気怠そうで緊張感の欠片も無い襲撃者に殲滅されてしまっているし、そもそもレイト一人じゃ学園都市相手に戦うことすらままならない。

 終わった。置き去りを救うための反抗も、レイトの人生も全て――今この時点で終了した。散って行った仲間たちと同じように痛めつけられ、捕獲された後は休む暇も与えられずに非人道的な拷問にかけられてしまうのだろう。覚悟も決意も意志も全て奪われてしまった今なら、そんなネガティブな想像なんて嫌というほどに浮かび上がってくる。

 「はは……終わった。ナニモカモオワッタ……」絶望に押し潰されてしまったことでレイトは譫言のような呟きを漏らし始めた。目からは大量の涙が零れ落ちていて、体は小刻みに震えてしまっている。

 そんなレイトの様子を通信機越しで聞いていたゴーグルの少年は「はぁぁ」と面倒くさそうに溜め息を吐き、

 

『そーやって俺に死の恐怖を与えんの、やめてもらってもイイッスかね。いやホント、必死に死亡フラグを回避しよーとしてる俺にはマジで致命的なんスよね、今のアンタみてーなリアクションって。――ホント、腸煮えくり返るほどに反吐が出るほどにムカつくわ』

 

 っつーわけでさー、とゴーグルの少年はイライラしたような声色で付け加え、

 

『――瓦礫と共に死ねよ、クソ野郎』

 

 ドガッ! とレイトの頭上にある天井が壊れないまま落下してきた。

 まるで箱を上から押し潰すかのように崩壊したビルが、レイトの命を刈り取るために襲い掛かる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「チッ……姿が見えねー敵を殺すぐれー、俺にだってできるんだっつーの……」

 

 綺麗に上から押し潰されたことで崩壊したビルを眺めながら、流砂は気怠そうに頭を掻いた。

 最初はレイト=ウェイトニーを生きたまま捕獲する気だったのだが、レイトが絶望に押し潰される様子をリアルタイムで聞かされたことで流砂は彼にしては珍しくブチギレてしまった。頭が沸騰したままビルに働いている圧力を一気に極限まで増加させ、ビルと人間による科学版ハンバーガーを作り上げてしまった。

 こんなつもりじゃなかったんだけど、と流砂は口を尖らせる。人を殺すつもりはなかったのに、怒りに身を任せてついやってしまった。人を殺す時は正常な判断ができなくなっている、とはよく言われているものだが、全くその通りだと思う。先ほどの流砂は、傍から見ても分かるほどに正常な判断ができていなかった。

 暗部としては満点合格な行為だったが、人としては零点不合格な行為だった。怒りに身を任せて人を殺すなんて、どう考えても間違っている。少なくとも、死なないために日々を生きている流砂がおいそれと実行して良いようなことではない。

 「あーくそ。もー後戻りできねーぞ、コンチクショウ」ドゴン! とアスファルトの地面を思い切り踏み抜き、流砂はガシガシガシ! と思い切り頭を掻いた。頭を覆うような形状のゴーグルが、かちゃかちゃと鳴った。

 直後、日が傾き始めた第十九学区に電話の着信音が響き渡った。

 ポケットから携帯電話を取り出して画面を見てみると、『麦野沈利』という名前が表示されていた。

 

「もしもし、草壁ッス。どーしたんスか? こんな時間に電話なんて珍しーッスね」

 

『今から第三学区のホテルで絹旗たちと鍋パーティやるんだが、草壁も参加する? 一応、お前の分も材料は買ってあるんだけど……』

 

「どーせ返答する前に強制参加なんスよね? だったら俺も行くッスよ。どーせ腹も減ってるし」

 

『分かっているようで何よりだわ。それじゃあ、六時までに第三学区の「セピア」っつーホテルの二〇三号室に来るように。一秒でも遅れたら今回の材料費全額支払ってもらうから、そのつもりで急ぎなさい』

 

「六時に第三学区って……あと五分しかないんスけど!? 第三学区内に居ても不可能じゃないッスかねぇ!?」

 

『ごちゃごちゃ言う前に急いだ急いだ。カウントダウンは既に始まっているぞー』

 

「あーもー! 相変わらず人使いが荒いっすねー!」

 

 頑張ってねー、というお気楽そうな言葉にビキリと青筋を浮かべながらも、流砂は第十九学区を駆け抜ける。今回の依頼の今後については問題ない。どうせスクールの下部組織が後片付けをするだろうし、そもそも流砂に言い渡された依頼内容は『迅雷部隊』の無力化だ。後始末までは依頼内容に含まれてはいない。

 走りながらゴーグルと腰の機械をリュックサックに詰め込むという高等技術を披露しながら、流砂は夕日に照らされた学園都市を駆けていく。

 暗く濁った闇の世界から逃げるように、流砂は全力で駆けていく――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。