ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第七項 アイテム

 九月三十日。

 九月末日であるこの日は、学園都市の全学校が例外なく午前中授業となる。理由としてはあえて言うまでも無いほどに簡単で、新品の冬服を買ったり部屋の模様替えなどをする――いわゆる衣替えシーズンが明日に迫っているからだ。

 東京西部を切り開いて創られた学園都市には二百三十万人ほどの学生がいるが、それら全ての学生が一気に衣替えをするとなると服飾業界は十二月のお坊さん以上に大忙しだ。無論、この九月三十日が一番繁盛する日なので、服飾業界のお偉いさん方は学生たちの来訪を手薬煉引いて待っていたりするわけなのだが、ただ単純に新しい冬服が欲しいだけである学生たちはそんな思惑など知る由もない。

 だが、そもそも学校に通っていない不良学生にとってはあえて気にするようなことではない。

 例えば草壁流砂(くさかべりゅうさ)という少年がいる。前世の記憶を引き継いでいたり暗部に入れられてしまったり死亡フラグが乱立してしまったり、という超絶的な非日常を毎日のようにこなしている彼は、それが当たり前だと言わんばかりに学校をサボっている。ていうか、学園都市の上層部によって『留学扱い』にされている。書類の便利さを痛感できてしまう程の待遇と言えるだろう。

 さて、今は学生たちが午前授業を受けている真っ最中、つまりは完全無欠の午前中なのである。

 先にも名前が出てきた死亡フラグの権化ともいえる少年、草壁流砂は第二学区にある高級サロンの窓を開けてぼーっと外を眺めていた。地下に繁華街が存在していて他にも高級サロンやホテルなどというセレビリティ御用達の施設が所狭しと存在するこの第二学区は、まだ昼にもなっていないというのに凄く高級感漂う賑わいを見せている。お金があると反比例的に暇になっちまうんかなー、と流砂は欠伸交じりに思ってみる。

 黒髪と白髪が混在した無造作な髪に、気怠そうな目。黒い長袖シャツの上に襟とフードが同化したような黒白チェックの上着を重ね着していて、下にはダークブルーのジーンズと黒の運動靴を履いている。頭には土星の輪のような形状のゴーグルを装着していて、ゴーグルから伸びる無数のプラグは腰に装備されたゴツイ精密機械に一本残らず接続されている。

 草壁流砂は窓枠の上で腕を組み、秋に染まりつつある涼しくて緩い風を浴びつつ、ポツリと呟いた。

 

「はぁぁー……平和っていいなー」

 

 直後、流砂の背中は高級そうな革靴に凄まじい衝撃を与えられ、そのまま彼の身体は窓に向かって勢いよく叩きつけられた。

 グッシャァア! という破砕音が鳴り響く。

 流砂を蹴り飛ばしたのは、高級そうなジャケットに身を包んだホスト風チンピラな茶髪の少年。

 垣根帝督(かきねていとく)

 暗部組織『スクール』のリーダーで、学園都市第二位の超能力者こと『未元物質(ダークマター)』でもある少年だ。

 

「ぐバッ、げボッ……い、いきなり何すんスか垣根さーん!?」

 

 前と後ろを両手で抑えながら苦しそうに呻く流砂だったが、それに対して垣根は、整った顔を不愉快そうに歪ませ、

 

「テメェが幸せそうにしているのを見ると、なんか腹立つんだよな」

 

「超・理・不・尽! そんな曖昧な感性で自分の部下に攻撃加えるとかマジでどーかしてんじゃねーの!? 学園都市の第二位としてもっと心に余裕を持った方が絶対にイイと俺は思うッス!」

 

「あぁ? なんで俺がテメェなんかに気を使わなくちゃいけねえんだよ、面倒臭ぇ」

 

「俺が超能力者だったら絶対ボコッてんぞこのクソ生意気チンピラ野郎……ッ!」

 

 心の底から不思議だと言わんばかりの表情で肩を竦める垣根に、流砂の頭の中からビキィ! という変な音が響き渡る。

 今日は暗部としての仕事が入っていないせいか、アジトの中には流砂と垣根以外に人影はない。心理定規(メジャーハート)と呼ばれる少女は基本的に自由気ままな生活を送っているためか、連絡も何もなしに事実上の欠席という形をとっているようだった。というか、流砂だって好きで来たわけじゃない。

 最初は有意義な休みを過ごそうと思っていた流砂だったのだが、垣根から電話で『俺が暇だから、愉快な死体になりたくなかったら五分以内にアジトに来い。因みに遅れたら問答無用でぶっ殺すから』という事実上の死刑宣告を下されてしまったため、こうして男二人という悲しい時間を送っているという訳だ。

 だが、基本的に温厚な流砂でもそろそろ限界だ。何か喋れば蹴り倒され、何も喋らなかったら殴り飛ばされ……こんな理不尽な扱いを受けなければならないような空間は、今すぐにでも脱出するべきなのだ。いやホント、結構ガチで。

 そんなことを思いながら高級そうなソファに腰かけながら王者の風格を醸し出している垣根に流砂が怒りの視線を向けていると――

 

 ――アジト内に甲高い着信音が響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ファミレスには四人の少女がいた。

 出入り口から最も遠いために必然的にあまり客が立ち寄らなくなった店内の隅の席で、彼女たちは自由気ままに振舞っていた。

 例えば、肩の辺りまでの長さの金髪とすらりと長い脚が特徴の少女――フレンダ=セイヴェルンはというと。

 

「結局、サバの缶詰がこの世で一番美味しい食べ物だって訳よ!」

 

 ファミレスのメニューには絶対に書かれていないであろうサバの缶詰を幸せそうな顔で頬張りつつ、ギャーギャー騒いでいた。彼女がサバ缶関係で騒ぐのはいつも通りのことなのか、他の三人はノーリアクションを貫き通している。

 そして次に、ボブの茶髪とギリギリ下着を隠すほどの長さのふわっとしたニットのセーターが特徴の少女――絹旗最愛(きぬはたさいあい)はというと。

 

「全米がいろんな意味で泣いた超C級ウルトラ超問題作……なんかもう地雷の匂いが超ぷんぷんですが、これはいろんな意味で手に汗握りそうです……要チェック、と」

 

 テーブルを覆い尽くさんとばかりに拡げられた大量の映画パンフレットの中の一枚を手に取り、赤の油性マジックで巨大な『Check』という文字を書き殴っていた。これまたいつも通りの光景なのか、他の三人は完璧なノーリアクションを貫き通している。

 更に、ピンクのジャージと脱力したような表情が特徴の少女――滝壺理后(たきつぼりこう)はというと。

 

「……北北東から信号が来てる……」

 

 ぐでーっとテーブルの上にだらしなく両手を投げ出しながら、物凄く電波な感じの呟きを漏らしていた。これはいつも通りというかあまり気にすることではないと判断したのだろう。他の三人はチラッとだけ視線を向けた後、すぐに自分の趣味へと意識を没頭し始めた。

 そして最後に、秋物らしい明るい色の半袖コートとふわっとした感じの長い茶髪とすらりと長い手足が特徴の女――麦野沈利(むぎのしずり)はというと。

 

「うーん……『流砂』の奴、まだ来ないのかしら……」

 

 タッチパネル式の最新型の携帯電話をぼーっと眺めながら、五秒ぐらいの間隔で新着メールの受信作業を行っていた。麦野の行動は無視(シカト)することにはいかなかったのか、他の三人の少女はそれぞれの趣味を放り投げて麦野の顔をじーっと眺め出した。携帯電話に夢中な麦野は、彼女たちの視線に気づかない。

 

 

 ――彼女達は『アイテム』。

 

 

 学園都市の非公式組織で、統括理事会を含む『上層部』暴走の阻止を主な業務としている。たった四人という少ない面子だが、その少ない人数で科学サイドを左右させることができるほどの実力を持っている面子でもある。組織としての機密レベルは、垣根帝督が率いている『スクール』と同等の扱いとなっている。

 無音カメラで麦野を写真に収めた絹旗は凄まじい速度でカメラを懐にしまいつつ、

 

「また草壁をここに超呼んだんですか、麦野? この三日間で呼び出し回数まさかの二ケタ越えですよ? ヤクザの使いっパシリよりも超多い呼び出し回数だと思うんですけど」

 

「流砂は私の誘いを絶対に断らないから大丈夫なのよ。っつーか、そろそろそのカメラ寄越せ。消し炭に変えてあげるから」

 

「超嫌です。このカメラには私の汗と努力と根性が超こびりついているんですから」

 

「それに比例する形で私の写真も入ってんだよぉおおおおおおおおおッ! お前この一か月で私を何回写真に収めたか自分で分かってんのか!? 少なくとも百回は優に超えてんだよォォおおおおおおおおおおおおッ!」

 

「超・嫌・です!」

 

 ガチャガチャガッチャン! とテーブルの上で暴れまわる麦野と絹旗。学園都市第四位の超能力者と怪力の大能力者の地味にガチな取っ組み合いに、平和主義者なフレンダと滝壺は即座にテーブル下へと退避する。

 テーブルの上のパンフレットとか鮭弁とかサバ缶とか、とにかく様々なものを辺りにブチ撒けながら取っ組み合いを続ける『原子崩し(メルトダウナー)』と『窒素装甲(オフェンスアーマー)』に、実はもう入店していた欠陥品の大能力者――『接触加圧(クランクプレス)』の草壁流砂は凄く呆れたような表情を浮かべつつ、

 

「公共の場で恥とか体裁とか全てかなぐり捨てんのは、流石にどーかと思うんスけど……」

 

『…………う、うるせェェえええええええええええええええッ!』

 

 特に理由のない暴力が、流砂に襲い掛かる!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 能力を駆使して麦野と絹旗を抑え込んだ流砂は、乱れた呼吸を整えながらテーブルの上にぐでーっと項垂れていた。人よりも不安定な流砂の演算能力を安定させるための補助演算装置であるゴーグルを装着していなかったので能力の暴走が起きないか少し心配だったのだが、幸運にも彼は無事に能力を扱うことに成功した。いつも不幸だから今回ぐらい幸運なのは当然だ、と流砂は気怠そうに溜め息を吐きながら思ってみる。

 そんな感じでテーブルのひんやりとした感触を堪能している流砂のモノクロ頭に麦野はチョップを入れつつ、

 

「今日はこの後、私ら四人で地下街を回ろうと思っているんだけど、流砂はどうする? っつーか、どうしたい? まぁ、拒否権はないけど、どうしたい?」

 

「わざわざ三段階に分けて人を追い込む意味が分かんねーッスよ……っつーか、端から拒否権が無いことぐらい分かってたッスけどね。いつも例外なく俺には拒否権なんてもんは存在してねーッスし」

 

「最近の草壁、中年のサラリーマン以上に空気が超読めるようになってきましたよね。平和に適した、素晴らしい進化です」

 

「こんな進化が必要な生活って最早平和でもなんでもねーと思うんスけど!? っつーか絹旗、そのカメラは一体全体何用ッスか!? 完全無欠に俺に向けられてるッスよねぇ!?」

 

「麦野と草壁の写真だけが超詰まった私の宝物です。例え半殺しにされてもこれだけは絶対に渡しませんので、超悪しからず」

 

「別に胸張って言うことじゃねーッスよ、ソレ……」

 

 後生大事にカメラを抱きしめる絹旗に、流砂は苦笑を浮かべる。

 十月九日の死亡フラグを叩き折るためにデートして麦野をデレさせる! という目標を掲げてこれまでやって来たわけだが、その過程で何故か流砂は『アイテム』の四人と仲良くなってしまった。組織的には敵同士なので彼女たちと関わりを持つのはあまり良くないのだが、麦野をデレさせると誓った時点でこのルートを選択することはどうやら避けられなくなってしまっていたようで、こうして運命の日の約一週間前である九月三十日には一緒に飯を食うぐらいの新密度を構築してしまっていたというわけだ。『アイテム』と関わりを持つ男性は浜面だけでイイと思うんだけど……と流砂は心の中で涙を流す。

 話は変わるが、この後に予定されているらしい地下街探索は結局のところ途中で中断されることになる――ということを、流砂は実のところ知っている。前世の記憶を引き継いで生まれてきた彼はこの『九月三十日』に一体何が起きてしまうのかを世界で一番知っているし、その事態が絶対に避けることのできない史上最悪の『死亡フラグ』である――ということも流砂は重々承知している。

 だが、そんなことを知っていたところで彼にできることなんて何もない。せいぜい上条当麻の逃亡を助けたり『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の殲滅を手伝ったりという、言うところの雑用仕事をこなす程度が関の山だ。記憶だけ引き継いでいる流砂には、物事をひっくり返すほどのチートな能力なんて全く与えられていないのだから。

 故に、流砂は即決する。今後の展開と今後の自分のとるべき行動を頭の中で完璧にスケジュールとして組み立てた瞬間に、草壁流砂は即決する。

 さーそろそろ移動の準備始めるかー、と『アイテム』の四人が一斉に席を立ち始めるのを確認しながら――

 

(うん、難しーこと考えても混乱するだけだし、そーゆーことは全部原作の主人公に任せよー。……死にたくねーし)

 

 ――流砂は今日も相変わらず無責任なのだった。

 




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 次回もお楽しみに!

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