桜の奇跡 作:海苔弁
二三日安静にすれば元の状態になるよ」
「良かったね!」
笑顔を浮かべた杏奈に、お返しするかのようにして猿猴も笑顔を見せた。
『色々世話になった、人の子』
「いいっていいって」
『さぁ、もう立ち去れ。
長居すると、ここに住む他の妖怪達がお主等を襲いに来る』
「そうしたいが……その前に」
立ち上がった幸人は、外付近にいる紫苑と男の元へ歩み寄った。
「そんで……誰だ、お前」
『……紅蓮だ』
「紅蓮?
どういう事だ?」
「紅蓮、ちゃんと説明した方が」
『分かってる』
深呼吸する紅蓮と名乗る男……すると、彼の体が青い火に包まれた。そして、火が消えるとそこには黒大狼の姿があった。
「あ、紅蓮!」
「なるほど。
紅蓮は、人に化けられるのか」
『我々獣の妖怪の中では、人になるということは最も珍しいものだ。
好んで、人里へ降りるのは白狼ぐらいだ』
「白狼が?」
『白狼は人里を中心に、自分達の森を守っている。
逆に俺等黒狼は、人里は守らず自分達の森と自分が信頼している人を守っている』
「なるほど。それで、紫苑ちゃんを」
『そうだ』
「人になれるなんて……やっぱ妖怪は凄えや」
「色々解決したことだし、そろそろ出発するか」
「だな」
「杏奈ちゃん、私達と一緒に帰りましょう」
「……でも」
「お前の姉ちゃん、命懸けで助けを求めてきたんだ。
早く帰って、無事を知らせよう」
差し出した暗輝の手を、杏奈は掴み彼の力を借りて立ち上がった。
待たせていた馬にな杏奈を乗せている間、猿猴は紫苑に声を掛けていた。
『手荒な真似をして、済まなかった』
「別にいいよ。気にしてない。
それに、大事な家族が一大事だったら、誰だって落ち着かないよ」
『……そう言って貰うと、こちらとしても助かる』
『次変な真似したら、命は無いと思え』
「紅蓮……」
『はいはい』
「紫苑!行くぞ!」
「うん。
じゃあね、猿猴」
『達者でな』
身を低くした紅蓮に跳び乗り、紫苑は猿猴に別れを言うと、先を行った幸人達の後を追い駆けついて行った。
紫苑達を見送る猿猴達……すると仲間の一人が、口を開いた。
『あの紫苑と名乗っていた女子……
もしや、あの時の』
『可能性はある。
あの子が助けを求めた際は、全力で手を貸すぞ』
『もちろん、心得ています』
夕方……
大雪となった頃、幸人達は家へ着いた。杏奈を馬から下ろすと、幸人は二匹の馬の手綱を引き、小屋へと誘導した。
「たっだいまぁ!!秋羅君!」
「いつもながら、明るいですね……」
「こいつの取り柄は、この馬鹿明るいことくらいだからな」
後から入ってきた暗輝は、紅蓮から紫苑を下ろしながら少し呆れたような声で話した。
「あれ?紫苑、怪我したのか?」
「ちょっとな……
それより、ほらおいで」
手招きする暗輝……外からソッと、杏奈が何かを警戒しながら入ってきた。彼女の姿を見た姉は、目に涙を浮かべて駆け寄り抱き締めた。
「良かった…良かった無事で!」
「お姉ちゃん、痛い!」
「どれだけ心配したと思ってんの!
勝手に外出てったきり、帰って来なくて……どれだけ心配したと」
「……ごめんなさい……」
馬を小屋に戻した幸人が、中へ入ってくると姉は深々と頭を下げながら礼を言った。
「本当に、ありがとうございます。
あのこれ、依頼料……」
そう言って、持っていたバックから数枚のお札と小銭を出した。
幸人は小銭だけ全て受け取ると、あくびをしながら中へ入った。
「あ、あの!」
「秋羅。
二人を送ってやれ。馬車出しといたから」
「ヘーイ」
「でも!」
「一日しか掛からない依頼は、あれだけでいいんですよ!」
「そうそう!」
「……あ、ありがとうございます!」
姉が深々とお礼を言っている間、杏奈は紫苑の元へ歩み寄った。
「さっきはありがとうね!
私のこと、守ってくれて」
「……う、うん」
「あなた、祓い屋なの?」
「はらいや?
私は、幸人達とは違う」
「そうなの?
何か見た感じ、あなたって妖怪の姫みたい」
「え?」
「だって、妖怪扱うの上手いじゃん!」
「……」
「杏奈ぁ!行くよぉ!」
「ハーイ!
じゃあね!紫苑ちゃん!」
馬車へと駆け込み、杏奈は姉と共に帰っていった。
「……姫だって。
妖怪の」
傍にいた紅蓮に言いながら、紫苑は微笑を浮かべながら彼の頭を撫でた。
自身の部屋に置かれたベッドで横になる幸人……寝返りを打ち天井を向いた時、一瞬思い出した。
若い女性の笑った姿が……
(……くだらねぇこと、思い出しちまったな……)
目の上に腕を置いた。その隙間から、一筋の涙が流れ出た。
「幸人!ご飯の支度できたから、食べよぉ!」
勢い良く開けてきたドアの音に、驚いた幸人は体をビクらせながら、飛び起きた。
「水輝……
心臓に悪いだろ!!もっと優しく起こしに来い!」
「大丈夫!大丈夫!
幸人は、そう簡単に死なないから!」
「お前なぁ……」
夜……猛吹雪になりかけた頃に、秋羅は帰ってきた。彼が帰って間もなくして、外は猛吹雪となった。
「あと一歩遅かったから、危なかったねぇ」
「本当だ……」
「で?
お前等は今日も泊まっていくのか?」
「いや無理だろ。この中を帰れって」
「どうぞ死んで下さいって言ってるようなもんだぞ!
幸人!シーちゃんの前で、私達に冷たくするな!」
そう言いながら、水輝は傍にいた紫苑を抱き上げた。彼女に抱き上げられた紫苑は、嫌そうな表情を浮かべながら、降りようと少し暴れていた。
「紫苑を出すな!」
「つか、早く下ろしてあげろ!
嫌がってるだろう!」
「え~!いーじゃん!
持ち上げられるくらいの大きさは、今しか無いのよ!!」
「何言ってんだ……この馬鹿女は」
『さっさと紫苑を返せ』
人の姿となった紅蓮は、背後から水輝の首に鋭く尖った爪を当てた。彼女は青ざめて、すぐに紫苑を下ろした。下ろされた紫苑は、即座にその場から離れ幸人の後ろへ隠れた。
「……って、お前誰?!」
「紅蓮だ。
人の姿になれるんだとさ」
「嘘!?
……!!
お前、昨日の夜人の姿になってたか?紫苑の前で」
『あぁ、なったなった』
「お前か!!犯人!!」
その後、幸人達は秋羅に先程のことを全て話した。彼は頷きながら、真剣にその話を聞いた。
「獣の妖怪が、人に……
本で読んだことはあったけど、実際にいたなんて。
紅蓮達以外にいるのか?その、妖怪が人になるって」
『さぁな。
聞いた話だと、理性のある奴は、人に化けて町や村に行っていると聞いたことがある』
「へ~」
「紅蓮はいつから、紫苑と一緒にいるんだ?
見た感じ、長い付き合いだろ?」
『さぁな』
「さぁなって……」
『気が付いたら、一緒にいたって感じだったからな。
それ以前に何があったかなんて、覚えてねぇし』
「じゃあ、ここに来る前……と言うか、売人に捕まる前は、どこに住んでたの?」
『北西にある森だ。
ずっと森に住み、森で生活していた』
「ズバリ聞く!
何で捕まったの?」
『動物を持って行かれそうになって、そいつを解放する代わりに、俺等を連れてけって』
「何とも頼もしい理由で」
狼の姿に戻った紅蓮は、紫苑の元へ駆け寄り体を擦り寄せた。
「森に住んでたか……
親御さんも、その森に住んでるのか?」
「親?」
「簡単に言うと、紫苑のお母さんとお父さん」
「おかあさん?おとうさん?」
首を傾げる紫苑……そんな彼女の様子に、四人は顔を見合わせた。
「知らないって事は無いだろ?
お前を産んで、育ててくれた大人が森にいたんだろ?」
「いない」
「いないって……」
「目が覚めた時には、もう紅蓮と一緒だったから……」
『紫苑以外、森に人など住んでいない。
森に来る奴なら一人いたが』
「じゃあ、紫苑に親は」
『いない』
「言葉とか、どうやって教わったの?!」
『森に来てた奴に、教えて貰った。
字の読みはいいが、書きはまだだ』
夜中……
珈琲を飲む幸人達。ローテーブルには、紫苑に関する事が書かれた資料が、無造作に置かれていた。
「まさか、親がいなかったとは」
「厄介な者、押し付けられたね~。幸人」
「厄介でも何でもねぇよ。
家族が一人、増えただけだ」
「……昔もそう言ってたよね。
秋羅を拾ってきた時」
「あぁ、あの時か。
覚えてる覚えてる!確かもう、9年前だよな?
秋羅が、この家に来たのって」
「そうそう!
あの頃の秋羅君、超可愛かったな~……あ~、もう一回あの頃に戻って欲しい!」
「黙れ変態女」
リビングで三人が盛り上がり、話している頃……
部屋で眠っていた紫苑は、ふと目を開けた。暗い部屋をしばらく見つめていた時だった……
『僕はずっと、君の傍にいるよ』
聞こえる声……紫苑は、上半身を起こし部屋を見回した。床で眠っていた紅蓮は、彼女の物音で起きた。
『どうかしたか?』
「……声が」
『声?』
「……ううん。
何でも無い」
再び横になる紫苑だったが、中々寝付けないでいると床で寝ていた紅蓮が、顔だけをベッドに置き彼女の頬を舐めた。紫苑は彼の顔を抱くようにして、手を首に回し目を閉じ眠りに入った。