桜の奇跡 作:海苔弁
エルから降りた天花は、丘を埋め尽くすように生えている若葉が生い茂った木々を見た。
『……凄い数だな。
?』
木々を見上げたエルは、どこか悲しそうな声で鳴き叫んだ。
『……エル?
どうかしたか?』
寄ってきた天花に撫でられたエルは、多少落ち着いたがまた鳴き声を発した。
『また来たか……』
どこからか聞こえる声に、天花は耳を傾けそして振り返った。風に当たり、ざわめく木々の音と共に、それは現れた。
鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が、風で流れる葉っぱの中、そこに立っていた。
『……妖?』
『まぁ、お前達人から見れば、そうだろうな』
『貴様、エルを知っているみたいだが?』
『……100年ぐらい前、ここにその生き物が連れて来た人の子が1人亡くなった』
『亡くなった……
他に連れて来た子は?』
『泣き喚き、そして眠った。
その後、大和から来た妖が、その子を連れてどこかへ行った』
『……』
『まぁ、また来ているようだがな。
一人はあの時のまま。もう一人は、姿形を変えて』
『……!
その子って、まさか』
『さぁ、去れ。
この地は、あの世とこの世の境。
ここに長時間いれば、あの世へ返されるぞ』
激しく吹く風で舞い上がる葉っぱと共に、それは姿を消した。呆気に取られ立っている天花に、エルは嘴を近付かせ、頬を軽く突き顔を擦り寄せた。寄せてきたエルの頬を、天花は撫でながら木々を見上げた。
夜……
眠りに入った夜白……足下に掛かっていた布団を、梨白は掛けた。しばらく寝顔を眺めると、カーテンを閉めベッドの近くに座った。
会議室では、秋羅達が持ち帰った写真を、幸人達は順々に見ていた。
「この女が、売人の頭……」
「名が香月……」
「……何か、横顔だけ見てると、凄え綺麗な女だな」
「惚れるな。こいつは悪党だぞ」
「分かってるよ!それくらい!」
「それで、次の狙いが誰だって?」
「容姿からして、恐らく美麗」
「容姿って……
美麗の奴、城の外に出てないぞ!」
「ここへ来るまで、ずっと顔を隠していたしね」
「……もしかしたら、城内にスパイが?」
「可能性はあるわ。
情報を提供してくれた奴からの話だと、神出鬼没でどこから現れるか分からない。
恐らく、城の誰かがそいつ等と関わりがある」
『だったら、美麗に護衛就けた方がいいんじゃないのか?』
庭でエルに餌をやっている美麗を見ながら、天花は幸人達に言った。
「……まぁ、その方が良いか。
いつどこにいるか、分からないし」
「姫の次は美麗かよ……」
「私がどうかしたの?」
天花に飛び付いた美麗は、不思議そうに秋羅を見ながら質問した。
「いや、何でも無いよ」
「……婆。
美麗の護衛、頼んで良いか?」
『構わん。
倭国へ帰るまでの間、美麗と一緒にいたかったからな』
「え?
それって……」
何かを言おうとした秋羅の口の前に、陽介は手を前に出し静かにするよう人差し指を口の前に立てた。
「もう遅い。
今日は寝て、明日町を調べながら売人の足を掴みましょう」
「だな」
「俺は引き続き、城内と城外の警備をする」
「頼む」
資料を片しながら、幸人達は順々に部屋を出て行った。その時、まとめた資料の中から香月の写真がひらりと落ち、美麗はその写真を拾い見た。
(……この人)
フラッシュバックで、頭に過ぎる記憶……自身を中心に、血塗れになった者達が倒れていた。中心にいた自分の手は、血塗れになった小太刀と氷の刃が握られていた。
『美麗』
「!」
天花に呼ばれ、美麗は彼女の方に目を向けた。
『どうかしたか?』
「……何でも無い」
『……』
「ねぇ、この人は?」
『人身売人の頭だ。
知っているのか?』
「ううん……」
写真を天花に渡し、美麗は寄ってきた紅蓮の頭を撫でた。
翌朝……
「美麗!ほら、こっち!」
城内を夜白は美麗の手を引きながら、とある部屋へ案内した。その後を、天花は辺りを警戒しながら付いて行っていた。
部屋へ着くと、夜白は戸を開け二人を中へ入れた。中は本が綺麗に並べられた、図書室だった。
「わぁ!!凄い本!」
「私の家の歴史や、この国の歴史、倭国から取り寄せた妖怪辞典もあるのよ!」
「妖怪辞典!?
見たい見たい!」
「分かったわ!ちょっと待ってて」
本を持ってきた夜白は、机の上に本を広げ美麗と一緒に喋りながら、本のページを捲った。
その様子を眺めながら、天花は適当な本を選び広げると、中を読み始めた。
町を歩く幸人達……町の至る所の壁に、行方不明者捜索のチラシが、無数に貼られていた。
「凄い数だな……」
「これなんて、もうボロボロで字が……」
「ここ5年で、これだけの行方不明者を出すとは」
眺める秋羅の目に、ある行方不明者が留まった。それは、顔立ちが綺麗な女性だった。特徴として、紫色の目に黒い髪をストレートに伸ばしていた。
「……幸人!」
「?
何だ?どうかしたか?」
「この人、売人の頭に似てないか?」
「え?
言われてみれば、そうだが……
横顔だけしか写ってないから、確定とは」
「あぁ、その子……
まだ、見つかってなかったの」
幸人の肩に手を置き、覗くようにしてそのチラシを見た花琳は、二人の間に立ちながら言った。
「見つかってない?」
「10年以上前から貼られてる物よ、これ。
ご両親はずっと、探していたわ」
「いたって……今は?」
「……
5年前、突然姿を消したの。それ以降は消息不明。
噂じゃ、金になる仕事が見つかってそこへ行ったって話よ」
「……」
図書室の机に体を伏せ、夜白は寝息を立て眠っていた。
「……夜白?」
「スー……スー……」
「眠っちゃった……」
机に置かれていた妖怪辞典を、美麗は手に取りペラペラと捲った。そして、あるページで止め、そこに描かれていた妖怪を見た。
「……ぬらりひょん。
パパのことだ。
妖怪の総大将。どんな強大な妖怪も彼の前では平伏せてしまう。彼は自由自在に、大地の力を使うことが出来た。また、人との交流もあり彼が生きていた時代は、妖怪と人が仲良く暮らしていた……」
ページに描かれた、ぬらりひょんの姿……満月が輝く夜の森で、岩に座った彼の姿は優しく微笑んでいた。
「……
?」
ふと、表紙に書かれた作者の名前に、美麗は目を止めた。そこに書かれていた名前は、『夜山晃(ヨヤマヒカル)』。
「……よやま……ひかる……
(あれ?私、この名前どこかで……
それに、私と同じ名字……何で……)
『きっと会える……
それまで、待っていてくれ……
必ず、迎えに行く』
「!!」
不意に流れる涙……肩に何かが触れ、美麗は振り返った。そこにいたのは、心配そうな表情を浮かべた天花だった。
『どうかしたか?』
「天花……私……
分かんない……この人、知ってるはずのに……
分かんない……」
溢れ出る涙を、美麗は腕で拭うが止まらなかった。そんな彼女を見た天花は、隣の席に座ると自身の膝に乗せ抱き締め頭を撫でた。
撫でながら、机に置かれていた本を、天花は見た。
(……晃……
名前を見れば、辛くなるに決まっている……
戻さぬよう、記憶が閉ざされてるんだから)
『殺すぐらいなら、この子は私が引き取ります』
『良いのか?禁忌の子だぞ』
『どこが?
普通の子じゃない』
目を開ける梨白……眠い目を擦りながら、彼は窓の外を見た。
(……何年経つか……
先生に引き取られてから)
開いていた窓から来る風が、梨白の髪を撫でた。