桜の奇跡 作:海苔弁
氷の花を見る、紅蓮。においを嗅ぎ、断崖絶壁に作られていた道を見た。
『……あの絶壁を、歩いたのか』
『だが、もう姿が見えないぞ』
『とっくに移動している。
ネロ達は、そのまま空から美麗を探してくれ。俺はあの道を辿る』
『分かった』
ゴルドとプラタに呼び掛け、ネロは空へ飛び立った。紅蓮はジッと絶壁の道を見つめると、狼の姿へとなり森の中へと消えた。
森の広場で、木に凭り掛かり眠る盗賊達。寝静まった彼等を気にしながら、美麗は腰に縛られていたロープを解くと、近くまで来ていた虎の元へ行き、一緒に木の下に出来た穴へ入った。
「わぁ……
(ここだったら、あいつ等から離れてないからいいよね)」
体を伏せていた虎の傍へ、美麗は寄り胴に頭を乗せると目を瞑り眠りに入った。
その頃、泊まっている部屋の窓の台座に座りながら、天花は夜空に浮かぶ月を眺めていた。
「寝てなかったのか?婆」
部屋へ入ってきた幸人は、窓際の壁に凭り掛かりたった。
『寝られる訳ないだろう……
音声で無事なことは確かめられたが、やはり姿が見えないと』
「母親じゃあるまいし」
『母親のような者だ……
美優さんが亡くなってから、私はずっとあの二人を見ていたんだ……
本部へ来た後、美麗の面倒を見ていたのは私と蘭丸だ。
夜になると、泣きながら私の部屋へ来たものだ。夜泣きが酷くて、自室で寝ることはあまりなかった。
いつも、私達から片時も離れず……ずっと一緒だった』
「……なぁ、婆。
婆は、知ってるのか?」
『何をだ?』
「何故、美麗が本部へ来た理由。
その時、晃はどうしていたか」
『……知ってどうする?』
「……」
『知ったところで、美麗を救えるか?』
「それは……」
『無駄な詮索はやめろ。
知らない方が、幸せな時もある』
「……」
『まぁ、これだけは教えといてやる。
本部は、どんな手を使ってでも欲しい物を手に入れるほどの、強欲だ。
どういう意味か、分かるだろ?』
「……!
まさか!」
『それ以上は禁句だ。
貴様の胸にしまっておけ。私が言えるのはここまでだ』
「……」
『さぁ、もう寝ろ。
明日から、美麗を捜索するんだろう?』
「あ、あぁ……」
翌日……
半べそを掻きながら、美麗は足場の悪い崖を盗賊達と降りていた。
「いい加減泣き止め。テメェがしでかしたことだろうが」
「虎の巣穴で寝てただけなのに、何で頭殴られなきゃいけないの!!」
「朝起きて、金のお前がいなくなったら怒るに決まってんだろう!!」
「だから、分かる範囲にいたんじゃん!!」
「俺の目から消えるな!!分かったな!!」
「頭、そんな怒鳴らなくても……」
「アジトに着く前に、体力消耗するぞ」
「もう疲れた。
ったく、普通のガキなら未だしも……
このガキ、肝が据わってるせいで全然怖がりもしない」
一部の盗賊が崖から滑り落ちかける中、美麗は軽々と崖を降りていた。
「アイツ、どんどん行くぞ」
「早くー!!
置いて行くよ!!」
「少し待て!」
崖を降りて行く美麗の目に、ふと何かが見えた。その方向に目を向けると、茂みの中に鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が潜んでいた。
「(……アイツ、どこかで……)
うわっ!」
いつの間にか降りていた盗賊に引っ張られ、美麗は足を崩し崖から滑り落ち盗賊の足下に着いた。
「いきなり引っ張るな!」
「足止めるお前が悪い。
とっとと立て」
「……」
服に付いた砂を叩き落としながら、先に歩き腰に結ばれたロープを引っ張る盗賊の元へ美麗は駆けて行った。
崖を降りしばらくの森を歩いた。そして、森を抜けた先にあったのは港町だった。
「……町?」
「柳、凛、羅臼はここに残れ。
その他の奴等は、先にアジトへ戻ってろ」
盗賊の指示に、その場にいた者は5人を残し姿を消した。
「さてと……」
スッとしゃがみ、盗賊は地面に指を当てた。しばらくして、その行為を分かったのか美麗はある方向に目を向け睨んだ。
「……ざっと10匹」
「妖怪か?」
「あぁ。
ガキは、気付いてるみたいだな」
「どうするの?雷戯」
「……ガキ連れて、少し離れてろ。
って、おい!」
腰に巻かれていたロープを解くと、美麗は一目散に茂みの中へ駆け込んだ。
駆け込むと、自身に目掛けて妖怪達は攻撃してきた。美麗は小太刀を握り、迫ってくる妖怪達を次々に切り裂き倒していった。
(これで全員倒した……)
小太刀を鞘にしまった時、ふと後ろから気配を感じ振り返った。そこにいたのは、あの崖で見た獣だった。
『……容姿は変わってはいるが、昔のままだな』
「誰?」
『知らなくて良い。知れば、知りたくないことも知ってしまう』
そう言って、獣は茂みの中へ歩んでいった。その後を美麗は追い駆けようとしたが、何かに抱き上げられ阻止された。
「何逃げようとしてんだ……ガキ」
「違う!さっき、妖怪に会った!!」
「妖怪ねぇ……」
「アンタが全部倒してるじゃない」
「これ以外の奴!」
「ヘイヘイ、そういう事にしとくよ」
「あ~!信じてな!」
突然雷戯に口を塞がれた美麗……彼が向いている方向に目を向けると、エルが天花を乗せて飛んでいた。
(エル!)
「何でここにいるって、分かったんだ!?」
「目眩まししたんだろう!?」
「やった。
だが、こいつのにおいは消してない」
「え?におい?」
「あの妖怪は、こいつの飼い犬だ。
いなくなったと同時に、においを辿ってきたんだろう」
「マジかよ!」
「急いでアジトに戻るぞ」
口を塞いでいた美麗を、そのまま地面に叩き付けた。銃口を倒れた彼女の額に当てながら、雷戯は他の3人に目で合図を送った。
「悪いが、お遊びはここまでだ。
仲間が探しに来ている以上、テメェを自由に行動させるのは危険だ。
何、心配すんな。縛り上げたら、俺が担ぐだけだ」
美麗がいる場所から離れた所で、エルを地へ下ろさせた天花は辺りを見ながら彩煙弾を空に放った。別の場所を探していた幸人達は、すぐに彼女の元へ急いだ。
撃ち終えた時だった……天花は自身の手に違和感を感じ、黒手袋を外し手を見た。
(手先が消えかかっている……時間がないって事か)
考え込む天花に、エルは嘴を寄せ体を擦り寄せた。
『……大丈夫だ。
美麗を助けるまで、私は消えない』
黒手袋を嵌め直しながら、天花は幸人達の到着を待った。
港町……人々で賑わう市場の中、建物の間の道に顔を隠した雷戯達が、人の目を気にしながらそこに立っていた。
「……チッ。
今日に限って、人が多い」
「早く行かないと、大将に怒られるよ!」
「分かってる」
話し合っている中、麻袋にある穴から外を覗き見ていた美麗は、建物の屋根に氷の花を作った。
(空から見てるから、分かるよね?)
「あの、よろしいでしょうか?」
顔を隠していた雷戯達に、突如声が掛けられた。咄嗟に雷戯は、美麗が入った麻袋を後ろへやるように蹴り振り返った。そこにいたのは、ハンチングを深く被ったグエンだった。
「な、何だ?」
「アンタ等、裏の人?」
「まぁ」
「そうだな」
「だったら、忠告しとくよ。
城下町からこの港町まで、妖討伐隊が人身売人にさらわれた仲間を、捜索しているらしい。
心当たりあるなら、早くした方がいいぜ?
この人の数も、そいつ等の仕業だって話だ」
そう言うと、グエンは人混みの中へと姿を消した。
「流石、倭国の討伐隊」
「感心してる場合じゃないよ!!
早くしないと、奴等に」
「少し黙ってろ。
道を変える。来い」
下げていたマスクを着け、雷戯は麻袋を担ぐと裏道の奥へ進んだ。
その話を、幸人達は合流した天花と一緒に小型の無線機から聞いていた。
「流石、花琳が雇った野郎だな」
「裏情報、完璧でしょ?彼」
「全くだ」
『港町にいることは確かか……
紅影』
「?」
『貴様は、エルに乗って港の方の捜索を頼む』
「え?」
『その他の者は、奴等のアジトに乗り込む。いいな』
「いつの間にか、婆に主導権盗られた……」
「諦めろ」
人の姿になった紅蓮は、氷の花がある屋根に立っていた。裏道の方を向くと、奥の方に麻袋を担いで駆ける雷戯達の姿が見えた。
(……もう少しか)
彼等に気付かれないよう、紅蓮は後を追い駆けていった。
辿り着いた場所は、港にある一番奥の倉庫……
天井に貼られていた割れた硝子窓から、紅蓮はソッと覗いた。中は木箱が綺麗に並べられており、その一箇所を退かすと、そこから下へ続く階段があった。
(……なるほど
道理で見つからないわけだ。
外の見張りは、ざっと9人か……)
下を気にしながら、紅蓮は森の方へと駆けて行った。