桜の奇跡 作:海苔弁
城の門が開き、港町から城下町からとワラワラと人々が集まっていた。
控え室にいた夜白は、王の正装服へ着替えていた。手を挙げながら退屈そうにあくびをしているとノックがされ外から、花琳が入ってきた。
「あら!花琳!」
「とても、ご立派な姿で。女王様」
「女王になるのは、この後!
あれ?美麗達は?」
「彼等なら……
今、ちょっと頑張ってるわよ」
「?」
ある一室……ブレスレットの留め具を、幸人は直していた。その間、彼の近くにいた美麗は遊びに来ていた虎と戯れていた。
「……
よし……な、直ったぁ」
目に着けていた片目の虫眼鏡を取りながら、幸人は体を伸ばした。
「直った?」
「直った直った。
美麗、両手出せ」
差し出した彼女の手首に着けられていたミサンガを外し、幸人は直った二つのブレスレットを着けさせた。
「ありがとう!
夜白の所、行ってくる!」
嬉しそうに言い、美麗は虎と共に部屋を出ていった。その入れ違いに、暗輝が部屋へ入ってきた。
「何だ?直ったのか?ブレスレット」
「あぁ、さっきな」
目薬を差しながら、幸人は答えた。その様子に、暗輝は鼻で笑いながら、机に凭り掛かった。
「流石に、二日酔いはキツいってか?」
「うるせぇ」
「自棄酒飲むからだぞ。
けどさっき陽介見たが、あんまり酔ってるようには……」
「いや、アイツ多分陰で吐いてるぞ。
伍長に昇進した時に、俺のおごりで仲間達と酒場に行って、明け方まで飲み明かしたんだ。
そしたら、その日の任務中……ずっと吐いてたって話だ」
「あんな堅物でも、弱点はあるんだな」
「あるだろう。
無きゃ、怖い」
「まぁ、その堅物の傍で寝てた美麗は只者じゃないな……」
一週間、部屋から出てこなかった幸人と陽介を気に掛け、秋羅は暗輝と共に部屋の戸をノックして中をソッと覗いた。
中では、テーブルの上に空の酒瓶が数本転がっており、ソファーで横になる幸人と、ベッドで眠る陽介、さらに彼の腕を枕代わりに眠る美麗がいた。
『……何やってんだ……この馬鹿2人は』
『何か、心配して損したような気が……』
『そんで……
何で美麗が、ここにいるんだ?』
『俺が聞きたいです』
楽器の音色が、城内に響き渡った。
「夜白様、お時間です」
控室で待機していた夜白は、傍にいた香月の手を借りて椅子から立ち上がり、テラスへと向かった。
『え!?引き取る?!』
さらわれた者達が無事家族の元へ帰された中、香月はただ一人城に残っていた。そんな彼女を、夜白達が引き取ると言っていたと、花琳は秋羅達に話していた。
『誰も迎えに来なくて、家来に彼女の素性を調べに行って貰ったらしいの。そしたら』
『そしたら?』
『誰も、家族が残ってないのよ。
彼女の話だと、ご両親は5年前に前の人身売人の頭に殺されているみたいで。
2年前まで、祖母が生きていたみたいだけど、流行病でもう……
それにあの子、少し成長が遅れているのよね』
『遅れてる?
どういう事ですか?』
『話し言葉といい、行動といい、まるで美麗ね』
『え?』
『見た目は夜白様と同じ15歳の女の子。
だけど、中身は10歳に満たない子供』
『……それって』
『あのチラシが貼られたのが10年前……
その当時の年齢が5歳で、真面な教育を受けていなかったら、そうなるわ』
『……』
『でも、夜白様にとっては嬉しい事ね。
だってそうでしょう?
同じ年の女友達が出来たんですもの』
テラスへ出て行き、壇上に上った夜白は下に集まる民達に、手を振り挨拶をした。
「夜白女王陛下!!万歳!!」
「バンザーイ!!」
「バンザーイ!!」
歓声が響く中、テラスの隅で幸人達は笑顔で手を振る夜白を眺めていた。
大いに盛り上がる継承式……楽しげに笑い合う民達の声に紛れて、幸人達は花琳が管理する森へ来ていた。
「本当に行くの?もう少しいてもいいのよ?」
「とっとと帰って、自分のベッドで寝たい。
それに、今じゃないとあの女王陛下が離れたくないって泣き喚く」
「まぁ、確かに」
「この式が終わり次第、我々も祖国へ帰還する」
「あら?てっきり、もう少しいるのかと思ってた」
「緊急招集が掛かっている。
終わり次第、すぐに帰還せよと命が」
「相変わらず、お忙しいことで。
ところで、美麗は?」
「ん?
あれ?そういや……」
「エルと紅蓮もいないぞ」
「……どこ行きやがった……」
木々が生い茂る丘へ来た美麗……
辺りを見回しながら、彼女はそこを歩いていた。
『美麗、そろそろ帰らねぇと幸人達が怒るぞ』
「もう少し……
(何だろう……
何で、こんなに胸が締め付けられるんだろう……)」
胸を強く握りながら、美麗は風でざわつく木々を見上げた。
「……紅蓮」
『?』
「私にさ、兄弟(姉妹)いたのかな?」
『何だ?いきなり』
「だって……
最近、思うんだ……100年前、私にはパパやママの他に、もう一人誰かいたんじゃないかって……」
『……』
「パパと過ごした日々の記憶は曖昧だけど、ママと過ごした日々は微かに覚えてる。
でも、ママが亡くなった以降の記憶が、全然無い。
何で、その時の記憶が無くて……100年もずっと寝てたんだろう」
『……』
「紅蓮も同じでしょ?
目が覚めたら、私がいた……」
『……俺にも分かんねぇ。
けど、無い記憶はお前にとって嫌な物なのかも知れない』
「嫌な物?」
『天狐と地狐は、その記憶を思い出させたくなくて、消したんだよ。
そんで、そのポッカリ空いた穴に、俺を入れて塞いだんだ』
「……でもその記憶、私」
『時期に思い出すさ。
1年前まで“紫苑”って、名乗ってたけど……ちゃんと、自分の本名思い出して、今は“美麗”として生きてるじゃねぇか』
「……」
どこからか竜の鳴き声が聞こえ、上を見上げると空からプラタが降りてきた。
「プラタ!」
『迎えに来たみたいだな。
帰るか』
「うん!」
エルの背に乗り、美麗達はそこを去って行った。
彼等が去って行った後、そこへあれが現れた……雷を使う獣が。
獣は引っ込めていた額から角を生やすと、天から雷を数発落とした。
その雷は、志那国にまで轟いた。その音に、夜白達は空を見上げた。
「雷?こんなに晴れているのに……」
「あれは、この地に住む麒麟様の雷よ」
「麒麟?」
「えぇ。
妖怪の裁判官と呼ばれている神の妖怪。きっと、あなたが女王になったから、そのお祝いに起こしておるのかもね」
「……
ところで、美麗は?それに秋羅さん達も……」
「あいつ等なら、もう帰った」
「えぇ!!
何で!!私、まだお別れ言ってないのに!」
「ビービー泣かれるのが、嫌だ何だとさ」
「泣きません!」
「まぁまぁ、夜白様。
また機会がありましたら、こちらへ遊びに来ますと幸人達は申しておりましたし」
「それ、本当?」
「えぇ」
「じゃあ、また会えるのね!
よかったぁ!
今度来たら、香月も一緒に遊びましょうね!」
「……はい!」
空の上……ネロの背に乗り、手で頭を抑え半泣きをする美麗を、一緒に乗っていた紅蓮は宥めていた。
「いつまでも泣くな。ったく」
「だって幸人が思いっ切りぶった!!」
「当たり前だ!!勝手な行動したんだからな!」
「まぁまぁ、そう怒るなって」
「美麗も美麗だぞ。
勝手に一人でどっか行ったんだから」
「一人じゃないもん!紅蓮とだもん」
「紅蓮は妖怪だろうが!」
「違うし!人だし!
てか、別にいいじゃん!!妖怪達と戦えるし!」
「今回で、散々な目に遭った挙げ句、人質に取られたのは、どこの誰だ?」
「……
ごめんなさい」
シュンとした美麗に、秋羅と暗輝は苦笑いを浮かべた。
去って行く彼等を、半透明の姿をした天花は見届け、姿が見えなくなると、空へと登りながらその姿を消した。