桜の奇跡 作:海苔弁
「?
瞬火、お前おろし使った?」
『使うわけ無いだろう。
ずっと、お前と買い物行っていたんだから』
「だよな……
?
粉薬が一個無くなってる……美麗の奴、飲んだのか?」
気になり、二階へ上がり美麗の部屋を覗いた。中では、ベッドに凭り掛かり眠る幸人と、彼の手を掴みながら美麗が眠っていた。
「……」
ふと、机の上を見ると置かれていたお粥は手付かずだったが、その横に置かれた皿は綺麗になくなっていた。
「……何食ったんだ?
幸人、幸人、起きろ」
秋羅の呼び掛けに、幸人は目を開け寝惚けた顔をしながら、大あくびをした。
「何だ?帰ってたのか」
「さっきな。
何食わせたんだ?お粥は手付かずみたいだけど」
「婆直伝の飯。
あぁ、あと薬は飲ませた」
「……え?!
飲んだのか?!薬」
「飯に混ぜて飲ませた。
そしたら、すぐに眠った」
握れていた美麗の手を離させ、ベッドに転がっていた猫の抱き枕を抱かせ、半分剥いでいた毛布を掛けた。
(……何か、美麗の奴……
天花さんと再会して別れてから、妙に幸人に懐いてるよなぁ。
やっぱり、曾孫だからにおいとか雰囲気が一緒なのか?)
それから、薬を飲み続けるが美麗の熱は一向に下がる気配が無かった。
発熱してから一週間後、診察に来た水輝は計り終えた体温計の温度を見ながら、渋い顔をして美麗の額に手を置いた。
「解熱剤はちゃんと飲んでるよね?」
「あ、はい」
「……それでも、熱が下がってない。
別の薬を試してみるか」
「嫌だ!!もう飲まない!!」
「そんな事言わないで。
飲まないと、その熱下がらないんだよ?ミーちゃん」
「嫌だ!」
「ミーちゃん……」
「……
注射しない?」
「え?」
「……治っても、注射しない?
実験もしない?」
「何言ってんだよ。俺等そんな事」
言い掛けた秋羅を、幸人は人差し指を口の前で立てて黙らせた。
「何もしないよ」
「本当?」
「うん。
それより、私達は早くミーちゃんに元気になって貰いたいんだ」
「……」
「だから、お薬飲もう。ね?」
黙って頷くと、美麗は毛布から出て来た。水輝はスプーンに、液状の薬を入れそれを彼女に渡した。渡された薬を、美麗は嫌な顔をしながら、一気に飲んだ。
「苦い……もう飲まない!」
そう言って、美麗は毛布を頭から被った。毛布の上から、水輝は彼女を撫でると、幸人達と共に部屋を出た。
「なぁ幸人」
「?」
「美麗の奴、何でさっきあんな事聞いたんだ?
俺等、実験だの注射だのやったことないのに」
「熱で記憶が混乱してんだろう。
昔の記憶とごちゃ混ぜになってんだよ」
「確かにそうだね。
最初に診察しようとした時、ミーちゃん、私の白衣姿を見ただけで怯えて、拒否してたけど……
私が白衣脱いだら、すんなり診察させてくれたし」
「……」
「それで、あの解熱剤で熱下がるのか?」
「分からない。
この解熱剤も効かなきゃ、最終手段として注射するしかない」
「え……ま、マジですか?」
「大丈夫。
彼女を眠らせてから、注射はするから。まぁ、素直に薬を飲めばの話だけど」
その時、突然玄関のドアが勢い良く開いた。中へ入ってきたのは、掠り傷を所々に付けた紅蓮だった。
「紅蓮!?」
「どこに行ってたんだよ!今まで」
『美麗は?まだ熱、あるか?』
「まだあって、今寝てるけど……
ねぇ、その瓶に入ってる水は?」
『薬だ』
そう言って、紅蓮は二階へ上がり美麗の部屋に入った。戸を開ける音に、目を開けた彼女はすぐに起き上がった。
「紅蓮……傷」
『美麗、口開けろ!』
「え?」
『飲め!』
瓶の蓋を開けた紅蓮は、美麗の口を無理矢理開けると、薬を流し入れた。苦い味が口に広がった美麗は咽せ、そして凄い吐き気に追われた。
紅蓮は傍にあった、空の桶を取りそれを彼女の口元へ持ってきた。それを待ってましたかのようにして、美麗は勢い良く嘔吐した。
口から出て来たのは、黒い泥のような物だった。
桶の半分まで吐いた美麗は、疲れ切り倒れた。虚ろな目で目の前にいる紅蓮を見つめながら、彼の伸ばしてきた手を軽く握ると、深く息を吐きながら眠ってしまった。
黒い泥のような物が入った桶を、紅蓮は牧場の真ん中へ置いた。彼は人から黒狼に姿を変えると、口から炎を噴き出し、その泥を桶ごと燃やした。
「妖力の溜め過ぎ?美麗が?」
リビングで、呼んで貰った暗輝から手当てを受けながら、紅蓮は話していた。
『ここへ来る前に何度か美麗の奴、高熱出したことがあったんだ。
その度に、体内に溜め込んでた妖力をさっきの薬を使って、吐き出させてたんだ』
「さっきの薬って……あれ、何の薬?」
「テメェ、今までどこに行ってた。
エルをあんなに、疲れさせて」
『一度に質問するな。
エルに手伝ってもらって、北西の森に行ってた。
あの薬は、半妖の妖力を安定にさせる効果がある草から、作ったものだ。探すのに苦労したんだぞ』
「まぁ、これで熱が引いてくれれば、いいんだけどね」
『引くに決まってんだろう。
美麗は、あの薬で何度も高熱治してるんだから(なんだ……美麗の熱は、今回が初めてのはずなのに……)』
夜……
秋羅が作ったお粥を、嫌がらず普通に美麗は食べていた。食べながら熱を測っており、時間が経つと水輝は体温計を取り温度を診た。
「……凄い……
もう微熱になってる」
「マジかよ……」
「私の解熱剤は、一体何だったんだ……」
「そう落ち込むな、水輝」
「吐いたら楽になった」
「本当に、妖力が堪ってたんだな……」
「ごめん……ごめんよぉ、ミーちゃん!
そうとは知らず、無理矢理苦い薬飲ませて!
お詫びに、何か欲しいのある?」
「林檎!」
「それ食ったら、剥いてきてやるよ」
「天花のがいい!」
「え?天花さんの?」
「それって、何?」
「あぁ、あれか。
作ってくるから、ちょっと待ってろ」
そう言って、幸人は下へ降りた。その後を、秋羅と暗輝はついて行った。
「幸人は、何を作ったの?」
「ん?
擦り林檎。天花と同じ味がするの!」
キッチンへ来た幸人は、籠に盛られていた林檎を一つ取り洗うと、慣れた手で皮を剥いていった。
「天花さんの林檎って、擦った奴だったのか」
「ガキの頃、風邪引きゃこれ食わして貰ってたからな。
擦った林檎に、レモンと少量の砂糖を入れてな」
「幸人でも、風邪引くのか……」
「引くわ!
まぁ、しょっちゅう引いてたのは陽介だったがな」
「あぁ、確かに。
アイツ、施設にいた頃しょっちゅう引いてたもんなぁ」
「そんで、幸人がずっと傍にいて」
「くだらねぇ事言うと、テメェ等の首引き千切るぞ」
幸人が作った擦り林檎を食べ終えた美麗は、紅蓮の胴に頭を乗せ眠ってしまった。そんな彼女に、水輝はベッドから毛布を取りそれを掛けた。
「明日か明後日辺りには、熱は引いてると思うよ。
ご飯もしっかり食べてたし」
「そうか……」
「妖気堪ったのって、やっぱり海外の妖怪から」
「かも知れねぇな。
知らず知らずの内に、取り込んでたんだろう」
「そんじゃあ、また明後日来るよ」
「あぁ、ありがとな」
「いいって」
数日後……
「エル!こっち!」
晴々とした青空の下、美麗はエル達と牧場を走り回っていた。
「すっかり元気になったな。美麗の奴」
「先週まで、高熱で弱ってたなんて思えないな」
「そういえば、幸人は?」
「本部に送る報告書書いてます。
何か、書いてなかったみたいで」
「またかよ……」
机に無造作に置かれた書類の山……その横で幸人は、ソファーで仮眠を取っていた。
眠る彼の前に、現れる天花……彼女は、微笑み浮かべると、幸人の頭に手を置き何かを囁くと、スッと消えた。