桜の奇跡 作:海苔弁
「は?!
半妖がまだ生存してた!?」
幸人の声に、お茶を運んでいた秋羅は危うくコップを落としかけ、傍で本を読んでいた美麗は恐る恐る、彼の方に顔を向けた。
資料を片手に話しに来ていた陽介と大地は、片耳に指を入れながら、話を続けた。
「調査隊からの情報だ。
まだ、確証はない」
「準備が整え次第、僕チンそこへ行こうと思うんだけど……」
「どうぞ勝手に行って下さい」
「冷たくしないで幸君!!」
「本部からの要請で、俺とこいつの他に、貴様と保奈美、葵が今回の任務に同行しろと」
「何で俺等、祓い屋まで行かなきゃいけねぇんだよ」
「その半妖がいる所が、妖怪の出現数が他よりも多いからだ」
「だから、祓い屋が来いってか?」
「そういう事だ。
今、仕事が入っていないのが貴様等3名だけだったんだ」
「何か、貧乏くじ引いた感じだな」
「文句を言うな」
「その任務、受けるとして報酬は?」
「倍は出す」
「……その任務、引き受ける」
「どうも」
「でも、今回暗輝さん達行けないはずだぞ。
仕事が立て込んでて、一月はうちに来られないって」
「その辺は大丈夫。
僕チンが行くから、ぬらちゃんのデータ収集は任せといて」
「……」
「そいつ行くなら、私行かない」
「ぬらちゃん、そう言う事言わないで!」
「ぬらじゃないし。私行かない」
「ぬらちゃん……
幸く~ん!何とか、説得して~!」
「自分で何とかしろ」
雪が深々と降る中を、汽車は汽笛を鳴らしながら、線路を走っていた。
「美麗!見てみて!
ほら、海!」
「わぁ、凄ぉ!」
海沿いを走る汽車の窓から、美麗と奈々は外を眺めていた。
隣の個室席には、疲れ切ったかのように座る大地と、彼を無視してお茶を飲む保奈美と葵、幸人が座っていた。
「やれやれ。何とか汽車に乗れてよかった」
「本当ね。
大地、奈々に感謝しなさい」
「ぼ、僕チンの努力って一体……」
「無理矢理連れて行こうとするから、暴れて噛み付いたんだろうが」
「だって、君等何にも手伝ってくれなかったじゃん!!
だから無理矢理引っ張って、連れて行こうとしたらこの歯形だよ!」
そう言いながら、腕に出来た噛まれたであろう痕を、大地は幸人達に見せた。
「それはそれは、お可哀想に」
「全然思ってないでしょう!!」
「少しは感謝してね。
奈々のおかげで、汽車に乗ったんだから」
「それは感謝してますよ。それは」
「ママ!
美麗と一緒に、家畜車の方に行ってくる!」
「分かったわ。
あんまり騒がしくしちゃ駄目よ」
「うん!
行こう!」
先に行く奈々の後を、美麗は追い駆けていき一緒に家畜車へ向かった。
「本当、仲いいなぁ」
「年が一緒だからね」
「それは言えてる」
「ねぇ、陽介は?」
「何か、本部の方に連絡入れるとか言って、どっか行ったな」
家畜車へ来た美麗と奈々は、車の扉を開けた。中では、箱座りをしたエルが伏せていた顔を上げ、小さく鳴き声を放った。
誰もいないのを確認すると、美麗と奈々は中へ入った。美麗は、エルの元へ歩み寄りエルの頬を撫でた。
「私も妖怪使いになりたいなぁ」
「あ!それ、いいかも!」
奈々の言葉に、エルは嘴で彼女を軽く突っ突き頬を寄せた。それを見て、二人は見合って笑い合った。
「奈々!美麗!
そろそろ着くぞ!」
目的の駅へ着く汽車……中から、次々と乗客達が降りて行った。
「フゥー、やっと着いた」
「ここから、少し歩いて行った先にある村に」
「半妖がいるのか」
「そうだ」
「……
それにしても、凄い雪ね」
「北国だからね。
この駅は、最北端の一歩手前の駅だからね」
ふと騒がしい声に、幸人は声がする方に振り向いた。家畜車からエルを出した美麗が、エルに乗り紅蓮の周りを走っていた。
「犬は喜び、庭駆け回る?」
「あいつ等……
美麗!駅でエルに乗るな!!降りろ!」
駅を出ると、町は雪で覆われていた。小雪が降る中を、幸人達は歩いていた。
「ワァー!
ママ!雪が凄いよ!」
「走ると転ぶわよ!奈々!」
「平気よ!平気!」
物珍しい店のショーウィンドーを見ながら、奈々は美麗と一緒に幸人達の先を歩いていった。
しばらくして、町を抜け広い高原の道を幸人達は歩いた。雪が本降りになり、先を歩いていた奈々は保奈美の傍へ駆け寄り、彼女の隣を歩いた。
「……?」
先を歩いていた美麗は、足を止め辺りを見回した。傍にいた紅蓮とエルは、耳を澄まして辺りをキョロキョロとすると、攻撃態勢に入った。
「美麗、どうかしたか?」
「……何かいる」
「え?」
「真っ白で、何も見えないわよ」
「……!
そこから離れて!!」
美麗の叫び声と共に、地面から妖怪が飛び出し現れた。
間一髪そこから離れた幸人達は、すぐに武器を構えその妖怪に攻撃した。
咆哮を上げた妖怪は鋭い爪で、幸人達目掛けて攻撃した。振り降りてくる爪に、彼等は転がり避けた。地面に降りた爪の上を、美麗は跳び乗り妖怪の顔元まで駆け上ると、顔に小太刀を突き刺した。
悲痛な声を上げながら、暴れる妖怪から美麗は飛び降り、駆け寄ってきていたエルの背中へ移った。
それを狙い、幸人と陽介は、左右から目を目掛けて銃弾を放った。放たれた二つの弾は、妖怪の目を貫いた。
妖怪は断末魔を上げながら、その場に倒れ塵となった。
「早速、襲撃か」
「確かに、この辺りは狂暴な妖怪がいるみたいだね」
「美麗が気付かなかったら、皆今頃こいつの腹の中だぞ」
深く積もった雪の上を歩き、幸人達はようやく目的地である村へ着いた。村をしばらく歩いていると、どこからか飛んできた石が、美麗の側頭部に当たった。
「美麗!」
「帰れ!!化け物!!」
「忌み子は、とっとと死んじまえ!!」
投げてくる石を、瞬時に紅蓮は払い唸り声を上げながら、投げてきた者達を睨んだ。
今にも攻撃しようとする紅蓮を、美麗は慌てて止めるようにして、彼に抱き着いた。二人の前に、陽介が立ち話し出した。
「妖討伐隊大佐の大空陽介だ。
この半妖は、本部の保護観察官により、我々の元にいる者だ。
次攻撃をしてみろ。傷害罪として、刑務所行きにする」
「討伐隊が保護……」
「祓い屋の月影だ。
不安だというのなら」
傍にいた幸人は美麗の腕を上げ、彼女の手首をロープで縛った。解こうと美麗は手を動かしたが、その行為を大地が阻止し、縛られている手を掴んだ。
「こうしとけば、逃げられないでしょ?
それとも、あなた達が討伐隊本部の研究員の実験台になってくれるかしら?」
不敵な微笑みと声に、石を持っていた者達は次々に石を捨て、各々の家へ入った。
周りから人がいなくなるのを確認すると、幸人は美麗の手を掴む大地の手に、空手チョップを食らわし離れさせた。離れた美麗は、すぐに幸人にくっつき後ろへ隠れた。
「ちょっと!空手チョップはないでしょ!!空手チョップは!!」
「いつまでも美麗の手、掴んでるからだろうが」
「何よ!助けてあげたのに、その言い方無いんじゃない?」
「陽介には助けて貰ったな」
「陽君だけかい!!」
幸人と大地が言い合っている間に、葵は美麗の手を縛っていたロープを解いた。
「悪いね、我慢して貰って」
「平気!」
「ねぇ、あれ止めなくていいの?」
「馬鹿はほっとけ。
行くぞ」
一つの窓から光が差し込む、とある一室……
窓際に置かれた椅子に座っていた者は、窓の外を見た。
(……3人、生き残っていたのか……
よかったぁ)
探るようにして、窓硝子に触れながらその者は、微笑んだ。