桜の奇跡 作:海苔弁
痛いのは嫌だ……帰りたい……
暗い……早く終わって……
怖い……嫌だ……
帰りたい……
帰りたい……
日が沈み、雪が月明かりを反射させ辺りが明るくなった頃……
村長家の中で、大怪我を負った幸人と陽介を、保奈美と葵が手当てをしていた。家には、生き残った数名の村人が、体を震えさせながら隠れていた。
「まさか、あんなに強いなんて……」
「正直、あんなに強いのはぬらちゃんの妖気を吸っているから。
ぬらちゃんを救出しない限り、アイツは弱くならない」
「あそこは秋羅達に任せて、俺等は柊の動きを止めることに専念するぞ」
「えぇ」
「うん」
「動きを止めるって、殺してくれるんじゃないんですか?」
「そうよ……あの半妖は、私達の仲間を殺したのよ!!なのにどうして!」
「先に手を出したのは、テメェ等だろうが!!」
幸人に怒鳴られ、村人達は身を怯ませた。手当てを終えた彼は、彼等を睨みながら懐から一枚の写真を見せた。
それは、かつてここに住んでいたであろう半妖の一族が、並び立った古い写真だった。
「柊の本棚の中から見つけた。
妖怪と半妖が、分け隔て無く平和に暮らしていた村だった。それが、テメェ等の身勝手な理由で、一瞬で壊された。
それがどういう意味か、村を一度奪われたテメェ等なら分かるだろう?」
「けど、半妖じゃない……」
「半妖は一人の人間として扱っている。
同じ説明を何度もさせるな。ゴミ共が」
「ゴミって……」
「陽君、空は少し言い過ぎよ~。
せめて、こう呼びなさいよ~
“殺人者”って!」
和やかに言う大地に、村人達は一斉に目を逸らした。
塔に入った秋羅達……階段を上り、柊の部屋に通じる扉の前で、立ち往生していた。
「駄目!やっぱり、ビクともしないわ」
「昼間はあんな素直に開いたのに!」
「蔦を全部切っても開かねぇって事は、中で施錠しているって事か……
せめて、中の様子でも見られれば」
「……ねぇ、何か中から音がするよ」
「え?」
扉に耳を当て中の音を聞く奈々と同じように、二人は耳を当てた。
「……足音?
誰の?」
「美麗なんじゃ……」
「シッ!
声が聞こえる」
『……イ
イデ』
微かに聞こえる声と共に、何かが蠢く音が聞こえた。
「……柊」
「!!」
「秋羅!」
中から聞こえる美麗の声……弱々しく力無しに放った声に、秋羅は驚いた。
部屋の中……蔦で作られた繭の中から出された美麗は、傍にいた柊に抱えられて、ベッドの上に座っていた。
『……ごめんね。
君の力を借りてしまって』
「……借りた?」
『朝になったら、また入って貰うよ』
「入る?
!!
嫌だ!!入りたくない!!」
力無い声で叫んだ美麗は、柊から離れようとした。だが、体に巻き付いていた蔦が、彼女の動きを止めるようにして、ピンと張った。
彼女を隣に座らせ、柊は彼女の頬に触れ撫でながら話した。
『君を拘束して、監禁したことは謝るよ。ごめん……
でも美麗の力が無いと、ここにいる人達に復讐できないんだ』
「復讐?」
『話しただろ?20年前のこと……
もう、全てを終わらせたいんだ』
「……
力は貸す……貸すから……
貸すから、拘束しないで!!」
目から涙を流しながら、美麗は柊に訴えた。泣く声に柊は、美麗の頬を撫でている手で、流れていた涙を拭き取り、彼女を抱き締めた。
『ごめんね……怖がらせちゃって……
君が逃げるんじゃないかって思って……』
柊の胸に顔を埋めながら、美麗は彼にしがみついた。彼女の頭を撫でながら、柊は蔦で扉前にいる秋羅達に、攻撃した。
「うわっ!気付かれてた?!」
「一旦引いた方がいいわ!」
「あぁ!奈々、行くぞ!」
蔦で歩きにくくなっている階段を、3人は駆けて行き追い駆け攻撃して来る蔦を払いながら、駆け下りていった。
(これで、邪魔者は消えた……)
「柊、誰かいたの?」
『何でも無いよ』
優しく微笑みながら、柊は泣き止み少し落ち着きを取り戻した美麗を、自身の膝に寝かせ再び頭を撫でた。
(……願わくは、麗桜……
君の子供の顔を、僕は見たかった……また、この目に光が宿るなら、どんなことでもするよ)
村長宅……
自分達が見たもの聞いたものを一通り、秋羅は幸人達に説明した。
「予想通りだったって事ね……
どうする?このままだと、ぬらちゃん力尽きるまで、妖力吸われちゃうわよ」
「まぁ、柊を止める他ないだろうよ。
秋羅達は、引き続き美麗を頼む。こっちが弱らせれば、力が弱まって扉が開くかも知れない」
「分かった」
「大地、秋羅達について行ってくれ」
「はいはーい」
「テメェ等は、この家から出るな。
戦いの邪魔になる」
「っ……」
明け方……
薄らと目を開ける美麗。あくびをしていると、姿を変えた柊が彼女を抱き上げた。
ベッドの傍に蔦で作られた繭が、スッと開いた。その中を見て、美麗は怖がり柊に抱き着いた。
『大丈夫。何も怖いことはしないよ』
開いた繭の中に、柊は美麗を置いた。頭と頬を順々に撫でると、微笑みを浮かべて言った。
『お休み』
その言葉と共に、美麗の首に何かがチクリと刺さった。彼女は、強烈な睡魔に襲われそのまま、意識を失い繭の中で倒れた。すると、地面から蔦が伸び彼女を身動きが取れないように拘束し、目と口を塞いだ。そして縛り上げた腕から、妖気を吸い取っていった。
それを見届けると柊は繭の口を閉じ、傍にいた二人の天狗を見た。
何か通じたのか、天狗達はそれぞれ姿を変えた。一人は金剛杖にもう一人は羽団扇へと……
柊は、二つの武器を持ち蔦で覆われていた窓から外へと、飛び降りた。いなくなった部屋に再び、蔦が絡み厳重に施錠された。
雪で覆われた森の中を歩く柊……巨大岩にあの大黒狼が上半身だけを起こし座り横になり、声を掛けてきた。
『行くのか?』
『……君がここにいるって事は、もしかして』
『相変わらず、察しのいい男だ』
『……これから先、どうするんだい?』
『さぁね。我々の役目は、この北西と北全域の森を守ること。
これからのことなど』
『……
僕は、間違っているかい?』
『私には分からない。
まぁ、人を殺している時点で、間違っているのかも知れない』
『責められても、恨み辛みは消えないよ。
僕はもう、人を愛せないし好きになれない……
この雪と氷は、僕が死んだ者達の力を借りて、降らせているもの。死ねば、すぐに止むさ……
また、妖怪と人が仲良く暮らせる日が来るのかな?
麗桜が生きていた頃みたいに』
『そんなもの、新たな総大将がいない限り来やしない』
『総大将か……
美麗は、立派な総大将になると思うよ。麗桜のような』
『……』
『君と話せてよかったよ。
さよなら、リル』