桜の奇跡 作:海苔弁
幸人に凭り掛かり、美麗は寝息を立てて眠っていた。同じようにして、奈々は保奈美の膝に頭を置き眠り、秋羅は手摺に凭り掛かり眠っていた。
「疲れたのね……よく眠ってるわ」
「……」
「気にしてるの?
秋羅君から聞いた、美麗の言葉」
「あぁ……
今まで、晃のひの字も触れなかったのに、何だって急に」
「今回のことで、封印してた鍵が開いたのかしら?
その晃のことだけを」
「まぁ、まだ晃の存在だけを思い出しただけだ。
これが、本部にいた頃の記憶まで思い出していたら、大変なことになっていた。
晃のことは、どうとでも誤魔化せる」
「相変わらず、頭の回転が速いな」
「貴様の考えが遅いだけだ」
「今疲れ切って、頭の回転が遅いんだよ」
「言い合いはそれくらいにしなさい。
3人が起きちゃうわよ」
「皆さーん!間もなく駅に、着きますよー!」
ドアを勢い良く開け大声を上げながら入ってきた大地の声に、奈々と美麗は不機嫌そうな声を出しながら、目を開け起きた。幸人の隣で寝ていた秋羅は、驚いた表情をしながら、起き上がりアタフタした。
「何でこの子達を起こすのよ」
「折角、気持ちよく寝ていたのに」
「おじさん、嫌い」
「……消えろ」
「ちょっと二人共、酷くない!?
特にぬらちゃん!酷いよ!!言い方!」
「うるさい!」
幸人の腕にしがみつき、袖に顔を埋めながら美麗は不機嫌そうな表情を浮かべた。
「完全にご機嫌斜めだな……
秋羅、美麗連れて家畜車に行け」
「ヘーイ。
美麗、行くぞ」
「あ、アタシも行く」
眠い目を擦りながら、美麗は秋羅の手を握り部屋を出ていき二人の後を、奈々はついて行った。
「何で家畜車?」
「エルと紅蓮がいるからだ。
つうか、テメェが機嫌悪くしたんだろうが」
「僕チンはただ、知らせに来たんだよ!」
「着くって言ったって、幸人の最寄駅でしょう?」
「あれ?寄らないの?」
「寄るわけないでしょ。
私も葵も、次の依頼が来てるんだから」
「う……」
「だから言っただろう?
秋羅君達、寝てるから静かに入りなって」
大地の後ろから、ヒョッコリと顔を出しながら葵は言った。
「いや、もう起きてるかと」
「そんなわけないだろう?時雨だって、まだ寝てるんだから」
「……すんまんせん」
柊の村から帰ってきて数日後……
冷たい風が吹き暖かな日差しの中、美麗は花壇の前に座り、植えた種から芽が出ないかと待っていた。
眺めていた時だった……花壇に覆い被さる人影に、美麗は顔を上げた。
そこにいたのは、天狐と地狐、さらに陽介と蘭丸だった。
「……何で、天狐と地狐が?
それに……」
『幸人と秋羅、いる?』
「二人共、中で仕事してるよ」
『そうか……』
「ねぇ、天狐」
『?』
「晃は、いつ帰ってくるの?」
『仕事が終わり次第だ』
「どこにいるの?」
『外の国だ』
「何で?」
『討伐隊からの依頼で、外の国の妖怪の資料を書かなきゃいけなくなったんだ』
「エル以外の?」
『そうだ』
「陽介、後を頼む」
「はい」
敬礼し、陽介は天狐達と共に家の中へ入った。3人に着いていこうとした美麗を、蘭丸は呼び止め彼女に話し掛けながら、彼等から気を逸らさせた。
中へ入った天狐と地狐は、秋羅と幸人が座る向かいのソファーに座り、その間に置かれていたシングルソファーに陽介は座った。
『何故僕等が来たか、分かるよね?』
「把握はしている」
『なら良かった』
『それじゃあ、すぐに本題へ入らせて貰う。
お前達、誰に会った?』
「草花に命を与える妖怪と人の間に産まれた半妖で、名は柊」
『柊……
そうか、まだ生きていたのか』
「だが、もう死んだ。
そこに住んで……いや、柊達の住処を奪った村の奴に殺された」
『……気の毒なことをしたな。
麗桜が死んだ後、柊を含む半妖達のことはずっと後回しだったからな。気に掛けてやれなかった……
話が逸れた。
それで、柊の奴死ぬ前に美麗に何かやったか?』
「さぁな。
柊、美麗以外の人間を中へ入れようとしなかったし。俺等も俺等で、美麗が奴に懐いていたから、ほぼほぼほったらかし状態だったからな」
「やっぱり、何かされたのか?」
『晃の記憶が、蘇っている』
「……」
『彼と過ごした日々を思い出したと言っていいかな?
肝心な記憶は、まだ封印されたまま』
『とは言え、美麗は半分の記憶が蘇ってしまった。
そこで、お願いがあるんだ』
「お願い?」
『美麗を、しばらくの間返して貰えないかな?
勿論、要件が済んだらすぐに君等の元へ返すよ』
「連れて帰る理由は?」
『封印を少し強化する。
期間は1週間から2週間。それ以上かかることもある』
「俺は構わねぇが……
陽介、のめるか?」
「体調を崩し、療養のため一時的に故郷へ帰したことにしておく。
その方が、上も納得するだろう」
『決まりだね』
「ちなみに聞く……
その封印されている記憶って、どんなのだ?」
幸人の突然の質問に、2人は少し驚いた。だがすぐに、天狐は目付きを変えて幸人を見た。
『知ってどうする?
お前に、あの子の傷を癒やせるのか?』
立ち上がり、天狐は窓の外を見た。外では、花壇の前で楽しそうに、何かを話す美麗と彼女の話を聞く蘭丸がいた。
『全ての記憶を取り戻せば、美麗は完全に闇へ落ちる。そうなれば、お前達祓い屋があの子を消さなければならなくなるんだぞ。
それだけじゃない。彼女を亡くせば……妖怪達はどんどん活発化し、被害は増幅する。
だから、あの記憶を蘇らせるにはいかない』
「でも、晃さんのことを思い出したなら、その……」
『その部分がなくても、別に何とでも言い訳は出来る。
今回のように、誤魔化せばいい話だ』
「その辺、適当だな……」
『長居は無用だ。
美麗を連れて、帰らせて貰うぞ』
そう言って、天狐と地狐は外へ出た。軽く溜息を吐きながら、幸人は煙草を吸いながら同じように吸い出した陽介を見た。
「そんで、お前等は何の用で来たんだ?」
「美麗の発言が気になって、雨宮監察官に話したんだ。
そしたら、様子を見に行きたいと言いだして」
「それで来たと……」
「まぁな」
「他は?」
「大地からの報告で、柊の村にいた天狗達は、時々廃村へ来ては森と水を見回りして、どこかへ行っているらしい」
「何だ、留まってないのか?」
「どうやら、北西の方に身を置いているらしい」
「何でまた?」
「リルが呼んだんじゃねぇのか?」
「リル?誰だ?」
「黒狼の長で、美麗の……まぁ、育て親のような奴だ」
「あと、北地域の長」
「そんな奴に、美麗は育てられたのか……
どうりで、獣妖怪の扱いに慣れているはずだ」
「そのリルっていうのが、自身の住処に天狗達を呼んだ……
無くもない話だな」
手摺に乗ってきた、猫姿の瞬火の頭を撫でながら幸人は、煙草を口から取り煙を深く吐いた。
「え?帰る?」
天狐からの話を聞いた美麗は、言葉を繰り返しながら彼等の方を向いた。
『少し体調が悪いからね。
柊から、妖気を吸われたんだろう?』
「……でも、平気!
まだ、不完全だけど……」
『美麗、ちゃんと治そう。
じゃないと晃が帰ってきた時、もし体調を崩していたら、彼は悲しむよ』
「……幸人達は、何て?」
『別に構わないって』
「……」
彼の言葉を聞いて、美麗は驚きながら段々と落ち込んでいった。その様子を見た蘭丸は、彼女を自身の方に向かせ話した。
「美麗、幸人は別にお前のことが邪魔で、別に構わないと言ったんじゃない。
ちゃんと治して、元気になるのなら構わないと言ったんじゃ」
「……本当?」
「そうじゃ。
じゃなければ、儂が後で雷を落としても構わん。
幸人と秋羅にとって、美麗はもう大事な家族じゃ」
「家族……」
「あぁ。
だから、ちゃんと治してこい」
「……
うん」
その夜……
霧を出し、準備をする地狐。美麗は秋羅に手綱を引かれたエルの頬を撫でながら、宥めていた。
「すぐ帰ってくるから、大丈夫だよ」
「なぁ、本当に連れて行かれねぇのか?」
『連れて行った所で、私達は面倒を見られない。
紅蓮はリルがいるからいいが、エルは美麗以外誰もいない』
「まぁ、言われればそうだけど」
『そろそろ時間だよ』
「うん。
エルのこと、お願いね?」
「任せとけ」
「しっかり治してこいよ」
「うん!」
地狐の元へ駆け寄り、美麗は彼等と共に霧の中へと姿を消した。
やがて霧が晴れ、外に微風が吹いた。エルは少し哀しげな鳴き声を発しながら、消えた箇所を歩き回った。
「お前の主、すぐ帰ってくるから。
少しの辛抱だ」
そう言って、秋羅はエルの頬を撫でた。