桜の奇跡 作:海苔弁
「話は迎えに来た敬から聞いたよ。
容態は?」
「汗が凄い。昨日の夜から、熱も出て来てる」
「……皮膚の色は?」
「昨日と変わらない。
治るか?」
「とりあえず、毒抜きする。
創一郞、幸人を抑えて。敬、アンタも!」
「あ、はい!」
手帳を取り、何かを書くと水輝は紙を一枚破りながら戸を開いた。外には、開けようとしていた美麗が驚き、水輝を見つめていた。
「ミーちゃん、ここに書いている物買ってきて」
「幸人は?」
「今から治すから、その間に。ね?」
「うん」
紙を手に、美麗はマントに付けられていたフードを被り、階段を下っていった。
「何で、美麗を」
「苦しんでる彼の声を、聞かせる訳にはいかないよ。
ただでさえ、幸人と秋羅が傍にいなくて不安なんだから」
「なるほど……」
「ほら、とっとと抑える。
創一郞も抑えて!」
洞窟……その中で、あの男は火を焚いていた。それを囲うようにして、他の仲間達が座っていた。
「旦那、本当に祓い屋達はあの雷神を追い払ってくれるんですか?」
「追い払って貰わないと、困りますよ。
何せ、大金が掛かっているのですから」
拘束具を付けられた白狼の子供が、怯えた目で彼等を見ていた。
「この森にも、白狼がいたなんて……」
「大金だけではありません。
こちらには、人質がいますからね」
未だに意識を取り戻さない、秋羅の顔をじっくりと見ながら、男は不敵な笑みを溢した。
袋を手に美麗は宿へ戻ってきた。部屋の戸を開けると、背中に包帯を巻いた幸人が、俯せて横になっており傍には丁度ビニール手袋を取る水輝と、肩と首を回す創一郞、壁に凭り掛かり真っ青な顔を浮かべる敬がいた。
「お帰り、ミーちゃん」
「買ってきたよ。頼まれた物」
「ありがとう。そこの机に置いといて」
「うん!
ねぇ、何でこいつ顔真っ青なの」
「ちょっと、色々あったんだよ」
「いや、俺……」
「敬、少し風に当たってこい」
「は、はい」
フラフラと歩きながら、敬は部屋を出て行った。
「それで、今現在の状況は?」
「月影の弟子…秋羅が人質として、敵側にいる。
返す条件は雷神を追い払うこと。
だが、雷神は町に攻撃的な雷を落としていなかった。落としていたのは、敵の主犯。雷神が起こしていた雷は、森の中にある火山がいつ噴火してもおかしくなく、それを伝えるためのもの」
「噴火って……知らせたのか?その事は」
「一応。でも、あんまし信じてはくれなかったがな」
「濡れ衣の方を晴らさないと、無理だろう。
敵の情報は」
「さっき言った通り、雷を使う奴だ。それ以外は、闇市の関係者とまでで他は不明だ。
ただ、その敵……月影のことを知っているようだった。月影も、アイツのことは知ってるみたいだったしな」
「……」
「アイツ、知ってるよ」
袋から林檎を取り出した美麗は、不意に言った。二人は驚き、互いを見合い美麗に問い掛けた。
「知ってるって……何で?」
「アイツ、北西の森に来た奴だもん。
そこにいた動物をさらおうとしてて、咄嗟に私と紅蓮が身代わりになるって言ったら、すんなり聞き入れてくれて。
私達を売った時、予想より良い値段がついたって、あいつは言ってた」
「値段って……」
「そういや、お前闇市に売られてたって話だもんな?
奴の名前とか、聞いてないのか?」
「知らなーい。
あ、そういえば……熊って呼ばれてたよ」
「熊?」
「そんなにガタイがよかったのか?」
「ヒョロヒョロだ。
他は?」
「無い。
水輝、林檎!」
「ちょっと待っててね。すぐ剥くから」
「おい甘やかすな。
まだ質問の途中だろうが」
「君の質問なんて、答える気無いだろう?」
「あ?」
「ねぇ、秋羅はいつ助けに行くの?」
「月影が起き次第だ。
火山をどうにかしないと」
「探索とか、しなくて良いの?」
「する場合、単独は無理だ。
あの野郎の仲間がいて、この中の誰かが捕まったら元も子もない」
創一郞が真剣な話をする中、皮を剥いて貰った林檎を、美麗は丸かじりし美味しそうに食べた。
「テメェ……」
「君の話は、聞きたく無いとさ」
「……」
「エル達の所、行って来る!」
二つの林檎を手に取った美麗は、部屋を出ていった。擦れ違いに外から帰ってきた敬は、駆けて行く彼女を見送った。
「元気そうだね~、ミーちゃん」
「……」
「どうした?何か、心配事?」
「いや……
アイツ、相当無理してるなぁって」
小屋へ来た美麗は、エル達がいる所へ行き林檎を差し出した。エルは林檎を嘴で銜えると、そのまま勢い良く上へ投げ口でキャッチし食べた。紅蓮は地面で少し転がすと、一口で食べた。
ずっと笑顔を保っていた美麗……しかし、その表情は徐々に崩れていき、不安に満ちていった。
(……幸人……秋羅)
手に持っていた林檎を、美麗は一口囓り口に入れた。
「……何か、酸っぱい。
この林檎」
座り込み目を擦る美麗に、紅蓮は慰めるようにして頬を舐めた。舐めてきた彼を、美麗は笑みを浮かべて頭を撫でた。すると、傍で見ていたエルが自分も撫でて欲しいと言わんばかりに、美麗に頭を擦り寄せきた。
美麗は空いていたもう片方の手で、エルの頬を撫でてやった。
夕方……
美麗の様子を見に、水輝は小屋へ来た。小屋では、紅蓮のお腹を枕に眠る美麗と彼女が外から見えないように、前へ座っていた。
「やっぱり寝てるか」
「創一郞、やっぱりって?」
「こいつ、昨日の夜寝てなかったんだ。
俺が月影達の部屋であいつを看ている間、俺達の部屋で寝かせてたんだ。
だが、敬の話だと寝てなかったらしい。
雷が多い国だ。特に夜は。その雷の音で、眠れなかったんだろうな」
「何でそんな事知ってるんだ?」
「半分は寝ていたが、もう半分は起きていた。
その起きていた時に、そいつが部屋に入ってきて月影の様子を看に来て、ずっと部屋にいたからな」
「その間、寝たふり?」
「まぁな」
「あれだけ荒れてたのに、弟子が出来てから、まぁ丸くなって」
「ほっとけ」
「昨日の敵は今日の友って?
ミーちゃん」
小屋の柵を開け、エルの喉を一撫でし退かすと、水輝は美麗を起こした。彼女は眠そうな目を擦りながら、ムクッと体を起こし、水輝を見た。
「もう遅いから、お部屋行こう。ね?」
「……幸人は?」
「大丈夫。静かに寝てるよ」
水輝の手を借り立ち上がったその時……
“ドーン”
激しい雷の音に、美麗は耳を塞ぎその場に座り込んだ。空を見ると、そこには雷神……ではなく、あの男が雷を起こしていた。
「また起こしやがって……
宿に戻ってろ。敬!来い!」
どこからか帰ってきた敬を呼びながら、創一郞は駆けて行った。彼に続いて、何か文句を言いながら敬は走って行った。
「ミーちゃん、立てる?」
座り込んでいる美麗を立たせた水輝は、彼女と共に宿へ戻った。
夜中……
ベッドで眠っていた美麗は、スッと目を開けた。ゴロゴロと鳴る雷に怯えながら、彼女は幸人が眠るベッドへ行った。俯せから仰向けに寝かされた彼の手に、美麗は触れ頬を付けながらそのまま目を閉じ眠りに付いた。
夜の散歩をしていた水輝は、あくびをしながら部屋へ戻ってきた。幸人のベッドで眠る美麗を見た彼女は、隣に置かれていたベッドの毛布を、彼女に掛け自身も布団へ入り眠りに付いた。