桜の奇跡 作:海苔弁
その中を、首から月のマークが描かれたペンダントを下げ、まとめてある書類を団扇代わりに煽り歩く大柄の男と、小柄で右目に眼帯をした男が、廊下を歩いていた。
「全く、何で報告書をこのクソ遠い所に、届けなきゃいけねぇんだよ」
「仕方無いでしょ?本部がそう決めてるんだから」
「ここからうちまで、片道1週間から2週間。
帰る時もまた……
あーあ、汽車がもっと早く走ってくれねぇかな~」
「また無茶なことを……」
男2人が、角を曲がろうとした時だった。大柄の男に、何かがぶつかってきた。
ぶつかってきた者……それは、まだ幼い美麗だった。頭を軽く振り、顔を上げ自身を見てきた。
「ん?子供?」
「誰のだ?」
「さぁ……
お嬢ちゃん、名前は?」
「美麗!」
「親の名前は?」
「親?」
「親父さんとお袋さん。
エーッと、お父さんとお母さんって言えば良いのかな?」
「お父さん?お母さん?
パパとママのこと?」
「そうそう!」
「パパは麗桜でママは美優だよ!」
「……誰だ?
祓い屋に、そんな奴いたか?」
「いや、いないはず……」
「祓い屋?何、それ?」
「いたぞ!!」
突然響く兵士の声に、美麗は振り返り何かから逃げようと駆け出した。その行為を、小柄の男は慌てて止め、道を塞がれアタフタする彼女を、大柄の男は自身に抱き寄せ後ろへ隠した。
「月影様!
こちらに、子供が来ませんでしたか?」
「子供?どんな奴だ」
「女の子で、背は6・7歳くらい、背中までの白い長髪に、赤い目をしています」
「白い長髪……」
「赤い目……」
大柄の男から、ヒョッコリと顔を出した美麗とその容姿が全て一致していた。
「いた!!」
「お前、また!!
さぁ、部屋へ戻るぞ!」
「嫌だ!!」
「我が儘言うな!!」
「嫌だ!!」
「聞き分けの無い奴だな!!
大空大佐達が帰ってくるまで、大人しく部屋にいろ!」
「嫌だ!!」
「ちょいストップ!
俺を挟んで口喧嘩するな!
このガキは何だ?説明しろ」
「そ、それは……
特別な子だとしか、まだ……」
「実験のためとか何とか……」
「答えが曖昧だな……
大空だっけ?そいつのことなら、知ってるから……」
後ろに隠れている美麗を、大柄の男は抱き上げ自身の右肩に乗せた。
「帰ってくるまでの間、俺達が遊び相手になってる。それなら文句ないだろう?」
「し、しかし……」
「何か文句あんの?」
「い、いえ……」
「じゃあいいな。
ほら、とっとと持ち場へ戻れ」
「は、はい。
それでは、よろしくお願いします」
敬礼し兵士2人は、自分達の持ち場へ戻った。
いなくなると、一息吐いた男は美麗を降ろした。
「美麗だっけ?
どこに行こうとしてたんだ?」
「地下室!
エルと遊ぶ約束してるの!」
「地下室?
確か、実験のために集められた世界中の獣妖怪がいるって……」
「ねぇ行こう!ねぇ!」
「分かったから、そう引っ張るなって!」
エレベーターへ乗り、地下まで降りる美麗達……地下へ着くと、彼女は慣れた足で廊下を走り、とある檻の前で立ち止まった。
「こいつか?エルって言うのは」
檻の中には、地面から繋がれた枷を四つの足に着けられ、口に枷を着けられたグリフィンが格子の前まで寄り、格子の間から伸ばしてきた美麗の手に頬摺りした。
「随分とお前に懐いてるみたいだな」
「ねぇ、早く開けて!」
「ねぇって……あのな、俺等にも名前があるんだよ」
「名前?」
「俺はコウキ。そんで、こいつがシュウト」
「どういう字?」
「字?そうだなぁ……」
後ろにいたシュウトは懐から、手帳とペンを取り出しそれをコウキに渡した。
「いいか。
俺のコウキは“幸”と“輝”。
そんで、シュウトは“秋”と“人”」
「秋と幸が入ってる……」
「まぁな」
「そんじゃあ!
幸輝!早く開けて!」
「お前なぁ……
まぁいいや。待ってろ、すぐ開けてやるよ」
二本の針金を手に、幸輝は格子戸の鍵穴に突っ込み弄ると、戸はすぐに開いた。一番に入った美麗に、エルは体を擦り寄せた。
彼女に気を取られている隙に、幸輝は足に着けられた枷の鍵穴に針金を入れしばらく弄ると、枷を外した。その行為を他の枷と、口枷にやり外した。外されたエルは、頭を軽く振ると、幸輝の頬を一舐めした。
「ありがとうだって!」
「別にいいって」
「幸輝!庭園行こう!
エル飛ばしたい!」
「……(まぁいっか)
いいぞ。その前に、エルにこの手綱着けさせてくれ」
近くにあったロープを、手綱代わりに着け幸輝は、美麗をエルに乗せると、手綱を引き庭園へ行った。
庭園に響く笑い声……
出入り口付近に置かれたベンチに座り、煙草を吸いながら幸輝は飛び回るエルと美麗を眺めていた。
「あんな楽しそうに……」
「まぁ、無理もないですよ。
さっき、研究員脅してあの子の資料を借りてきたんですが……
どうも、いい扱いを受けてないみたいです」
「?」
「大空大佐だっけ?
その人とその人の下にいる雨宮一等兵以外の人には、まず懐かない。何かしようとすれば攻撃する。
実験も、2人のどちらかがいる時だけしか出来ないらしい。それに、部屋から出ることを許されてないみたいです」
「それじゃあ、部屋から逃げ出すわな。
あんな遊び盛りの子供に、部屋で大人しくしていろって言う方が酷だ」
地面へ降り立ったエルから降りた美麗は、頭を寄せてきたエルの頭を撫でた。
その時、突然扉が開いた。その音に、幸輝達は立ち上がり、扉の方を見た。外から入ってきたのは、黒縁眼鏡を掛けた男だった。
男は2人を見向きもせず、2人の研究員を引き連れて、中へと入りエルの傍にいた美麗の元へ歩み寄った。今にも逃げ出そうとする彼女の手を、男は思いっ切り握った。嫌がり抵抗する美麗を引っぱたき、無理矢理引っ張りながら歩き出した。鳴き声を発し、追い駆けようとしたエルを2人の研究員が取り押さえ、動きを封じた。
庭園を出て行こうとした時、美麗の手を握る男の手を、幸輝は掴み引き留めた。
「待てよ。
嫌がってるだろう?こいつ」
「君に関係のない話だ。
これから、実験の時間なんだ」
「実験は確か、大空大佐か雨宮一等兵のどちらかががいないと、出来ないと聞いていますが?」
「……君、名は?」
「月影だ」
「祓い屋か……
祓い屋の君に、とやかく言われる覚えは無い。用が済んだなら、とっとと帰り給え」
「大空大佐に話があるから、それまでは帰らない。
ほれ、2人いないんだからとっとと、そのガキの手を離せ。それとも何か?実験に使う頭はあって、常識に使う頭はないってか?」
「……
言葉は慎重に、選び給え」
そう言って、男は乱暴に美麗を突き放した。投げられた彼女を、秋人は慌てて受け止めた。
「グリフィンから手を離せ。
大空大佐が来たら、すぐにこちらへ来るように」
「そう伝えときますよ」
駆けてきた研究員2人を連れ、男は庭園を出て行った。
解放されたエルは、心配そうな鳴き声を発しながら幸輝達の元へ駆け寄った。
「何なんですか?あれ」
「完全に美麗を、道具としかみてねぇな。
美麗は?」
「少し落ち着いてきてます」
秋人にしがみつき、不機嫌そうな表情を浮かべて美麗は、歩み寄ってきた幸輝を見た。
「……なぁ、美麗」
「?」
「家来ねぇか?」
「え?」
「先生!?」
「例え話だ。
迎の奴が来たら、そいつと帰れば良い。
どうだ?」
「晃に会えるの?」
「まぁ、すぐにとはいかないが……会えるさ」
「本当!?」
「あぁ」
「じゃあ行く!
行って、晃の迎え待つ!」
「決まりだな!
ほら、小指出せ」
差し出した幸輝の小指を見て、美麗は自身の小指を出した。2人に続いて、秋人も小指を出した。3人は小指を絡ませ、軽く2回腕を振った。
「ほい、ゲンマン」
「げんまん?」
「これはな、指切りって言うんだ」
「必ず、約束は守りますよ」
「指切りゲンマンだな!」
「そうだな」
嬉しそうに笑う美麗……ふと顔を上げ、扉の方を見た彼女の顔はパァっと明るくなり、駆け出した。
しゃがんでいた幸輝達は、立ち上がり振り返った。そこにいたのは、遠征から帰ってきた天花だった。
「世話になったみたいだな」
「ガキの扱いには、慣れてるから平気だ」
「天花!さっきね、幸輝達と指切りゲンマンしたの!」
「何を指切りゲンマンしたんだ?」
「秘密!」
「こーら、喋らないと……こうしちゃうぞ!」
しゃがんだ天花は、美麗の脇に手を入れ擽った。彼女の笑い声が、しばらくの間庭園に響き渡った。
誰もいなくなった部屋……その中を見回す幸輝と秋人。
「本当に、いなくなったんですね……」
「だな……」
「兵士の話だと、今現在も捜索隊が出されているとか」
「こんな所、いたくないだろう」
「全くの同感だ」
部屋へ入りながら、天花は彼等の意見に同意する返事をした。
「大空……事件当時、お前はどこにいたんだ?」
「生憎、私は蘭丸と遠征に行っていた。だから、現状は知らない」
「偶然が重なったって訳か……
お前がいない日、襲撃を食らうとは。
地下にいた獣妖怪達もか?」
「あぁ……」
「……
大空、お前何か隠してるか?」
「何故そう思う」
「声が震えてる」
「っ……」
「まぁ、別に俺には関係の無いことだ」
「……」
「大空、もし俺達の手で美麗を見付けたら、家に置いといてもいいか?」
「好きにしろ」
「させて貰います」
「大佐!」
「今行く!
あまり、長居はするな」
「承知しました」
呼ばれた声の元へ、天花は去って行った。見送った幸輝は、深く溜息を吐きながら、机に置かれていた猫のぬいぐるみを手に取った。
「……ったく、いつにもなく無理しやがって」
「師匠?」
「何でも無い。
行くぞ」
「はい」