桜の奇跡 作:海苔弁
目を覚ます紫苑……異様な静けさに、彼女は飛び起き部屋を出た。下を覗くと、そこには誰もいなかった……
(……外かな)
靴を履き紫苑は外へと出た。
外では、小屋から馬を出す暗輝がいた。小屋へと来た紫苑に気付いた暗輝は、馬の手綱を引きながら彼女の方を向いた。
「紫苑、起きたか」
「……幸人と秋羅は?」
「依頼で出掛けてる。
今回の依頼は、お前を連れて行けないらしい。だから留守番」
「……」
「そう落ち込むなって。
夕方には帰ってくるって」
落ち込む紫苑を慰めるが、彼女はその場にしゃがみ草を弄った。
(こりゃ駄目だ……)
彼女に手を焼いていると、小屋から出ていなかったエルが鳴き声を上げ、彼女を呼んだ。その鳴き声に、紫苑は立ち上がり小屋の中へと入り、エルを外へと出した。
昼過ぎ……
暗輝と外でお昼を食べていた時だった。柵から鈴の音が聞こえてきた。柵の方に目を向けると、鈴を首に付けた瞬火が、何かを銜えてやって来た。
「客か?」
『二人、待ってる』
「分かった。
紫苑、来い」
野菜籠を背負い、暗輝は先に家へ帰った。紫苑は食べていたおにぎりを口に頬張り、彼の後を追い駆けていった。
裏口から家の中へ入ると、リビングの椅子に二人の男女が座っていた。
「……おや?
可愛い子がいるね?」
「秋羅達が引き取った、紫苑だ」
「随分乱れてるわね?髪の毛……梳かしましょうか?」
女性の質問に、紫苑は激しく首を横に振りそして二階へ駆け上った。
「紫苑!
すいません、俺等以外の人にまだ慣れてなくて」
「いいのよ。秋羅君もここへ来た頃は、ああいう感じだったから」
「ハハハ……確かに」
「フフフ」
柵越しから紫苑は、下を覗き見ていた。しばらくすると、二人は少量の野菜と紙袋を手にして去って行った。
「誰?」
「二人は近くにある施設の人だよ」
「しせつ?」
「身寄りの無い子や、訳あって親と一緒に過ごせない子達が暮らすとこだよ」
「……」
「お前も幸人達に引き取られず、売り場にいなければ施設に行ってたと思うぞ」
「行きたくない」
「そうか?
結構いいところだぞ?」
「……行くぐらいなら、地下で暮らしてた方がいい」
「おいおい……
あぁそうだ。この後、少し付き合ってくれ」
「どっか行くの?」
「動物の診察。
こっから近い所の家だから」
「分かった」
「紅蓮はここで、瞬火と留守番だ」
『承知した』
『嫌だ』
「おいおい……言う事、聞いてくれ」
『嫌な物は嫌だ。
俺は紫苑と一緒に行く』
『聞き分けのない山犬だな』
『あ!?』
「喧嘩すんな!」
「紅蓮、エルの面倒」
『……分かった』
(すんなり聞くのね……)
(面倒な山犬だ)
林で囲まれた道を歩き辿り着いたのは、大きな屋敷だった。門を開けると、突然何かに吠えられ驚いた紫苑は、暗輝の後ろへ隠れた。
吠えた方に目を向けると、そこにいたのは大きな犬だった。傍には数匹の小さい犬達がおり、彼等も吠えていた。
「相変わらず元気だな!紫苑、平気だ」
「……」
「星野先生!」
突然大きな声と共に、戸が勢い良く開いた。中から出て来たのは、肩に栗鼠や鳥を乗せた老人だった。
「猫が!猫が苦しそうなんだ!」
「わ、分かりましたから!落ち着いて!
紫苑、来い」
中へと入る二人……クッションの上で苦しむ黒猫の元へ、暗輝は駆け寄り診察を始めた。一人になった紫苑の足下に、数匹の子猫と子犬が擦り寄って来た。
夕方……全ての動物の診察を終えた暗輝は、老人に薬を渡し一言二言行って、彼の家を後にした。
「あの猫、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。
単なる食べ過ぎだ。二三日すれば元通りだよ」
「……あの家、いっぱい飼ってた」
「死んだ奥さんの忘れ形見なんだ。
奥さん、動物が大好きな人でね。
亡くなった後、爺さんが全部引き取って面倒見てるんだ。爺さんにとって、それが生き甲斐みたいなものだからな」
帰路を歩き、家に入ったと共に電話が鳴った。暗輝は電話の受話器を手に取り、話し出した。その間に紫苑は、庭へと出て行き、外に出ている馬達を小屋の中へと入れた。
「紫苑!紫苑!」
家から暗輝の声が聞こえ、エルを追い駆けていた紫苑は足を止めた。エルは追い駆けてこなくなった彼女の元へ駆け寄り、嘴を頬に当て擦り寄った。
「何だろう……紅蓮、先行ってて」
『分かった』
「エル、おいで」
エルの手綱を引き、小屋へと入れると紫苑は家の中へと戻った。
「え?帰る?」
「急な患者が入ってきて、水輝一人じゃ手に負えないらしい。
幸人達は、夕飯前には帰るって行ってたから、もう少ししたら帰ってくると思う。
本当、ごめんな!」
手を合わせながら、暗輝は申し訳なさそうにして出て行った。紫苑は軽く息を吐くと、傍にいた紅蓮の頭を撫でた。
それからしばらく、紫苑はリビングで本を読みながら二人の帰りを待った。だが、いくら待っても二人は帰ってこなかった。
21時過ぎ……先に夕飯を食べ終えた紫苑は、玄関の方から聞こえた音に反応し、嬉しそうに玄関へ行った。
静けさが漂うドア……何もいない事に、少しガッカリしながら彼女はリビングへ戻った。
22時を過ぎた頃、紫苑は不安になりながら家の外へ出た。冷たい風が吹く外……草花を靡かせる音が、辺り全体に響いていた。
遠くを見る紫苑……
『すぐ、帰ってくるよ』
「?」
『だから、ちょっと待っててね』
「……」
優しい声が、紫苑の耳に響いた……ただならぬ不安に、紫苑は紅蓮の背中に乗り家を飛び出した。
月明かりに照らされた林道を歩く幸人と秋羅。
「ったく、テメェが意識なくなってたせいで、帰る時間が遅くなったじゃねぇか」
「幸人だってそうだろう!!」
「俺はすぐに目が覚めた!
あ~あ、これで暗輝にまた飲みに付き合わなきゃならねぇなぁ」
「友達なんだろ?暗輝さん」
「ただの腐れ縁だ」
「そう言ってると、あの二人から見放されるぞ」
「ご心配頂きありがとうございやす」
「絶対思ってねぇだろう」
「……?」
林の奥から近寄ってくる影……二人は足を止め、その方向を見た。その影が近付き、二人の前で止まった。
その影は紅蓮だった……彼の背中に乗っていた紫苑は、二人を見上げるようにして、顔を上げた。
「紫苑?」
「どうしたんだ?紫苑、お前がこんな時間まで起きてるなんて……」
「……」
「紫苑?……!」
涙を流す紫苑……彼女は、泣きながらその場に座り込んだ。泣き出した紫苑を、幸人は抱き上げた。抱き上げられた彼女は、彼に抱き着きながらしばらくの間泣き続けた。
夜道を歩く幸人に抱かれた紫苑は、泣き疲れ彼の腕の中で眠っていた。歩いている間、紅蓮は暗輝が急用で帰ったことを、二人に話した。
「じゃあ暗輝さんが帰った後、紫苑はずっと一人で」
『留守番してた。
何度も玄関に行ったりして』
「何か、可哀想なことしたな」
「これからはなるべく、紫苑を連れて行ける仕事にするか」
「だな。
寂しい思いさせて、悪かったな」
そう言いながら、秋羅は眠る紫苑の頭を撫でた。彼女は気持ち良さそうに、眠っていた。