桜の奇跡 作:海苔弁
中心に生える、一本の大きな桜の木。
その前に、少年が佇んでいた。風が吹くと共に、枝が揺らぎ彼の髪も靡いた。
「ねぇ幸人!
桜見に行こうよ!」
リビングで本を読んでいた幸人の背後から、美麗は背もたれに腕を乗せて声を掛けた。
「桜?
そんなもん、この辺りに生えてねぇよ」
「じゃあ、エルに乗って北西の森に」
「何日かかると思ってんだ、こっから。
第一、秋羅はどうする?アイツ、仕事で出てるんだぞ」
「秋羅帰ってきてから」
「それでも駄目だ」
「えー!
見に行きたい!見に行きたい!」
「うるせぇぞ」
『キーキーキー!』
「テメェもうるせぇ!!」
「騒々しいぞ。
外まで聞こえている」
そう言って、戸を開け入ってきたのは、陽介だった。
「あ!陽介!」
「何だよ、お前」
「依頼だ。
少し、付き合って貰いたい」
「何だ?」
「調査隊の報告書で、気になるものがあってな。
ここから南東にある小さな村で、数年前にある少年が保護されたらしい。
その少年を、写真に撮って貰ったんだが……どうも見ても、半妖に見えるんだ」
ファイルから、陽介は写真を出し、幸人達に見せた。その写真には、黒いセミロングに赤い目をした少年が写っていた。
「……確かに、半妖の特徴である赤い目をしてるな」
「それを確かめるべく、今からその村に行くんだが……
付き合って貰えないか?」
「別に行ってもいいが……
オマケ付きだがいいか?」
そう言いながら幸人は、写真を見る美麗を指差した。
「秋羅君はどうした?」
「別の依頼に行かせてる。
水輝達も、遠出に出ていてしばらくの間は帰って来ない」
「……世話する者がいないというのなら、仕方が無い」
「悪いな……」
「彼を保護したら、そのまま本部へ連れて行く」
「何で?」
「健康状態と親の鑑定だ」
「健康状態だったら、水輝達にやって貰えばいいじゃん」
「水輝達にも、限度がある」
「でもー」
「心配するな、変な事はさせない。
時間が勿体ない。今日にでも行くぞ」
「準備するから、ちょっと待ってろ。
美麗、馬達を小屋に戻せ」
「うん……」
幸人から渡された写真を見ながら、美麗は裏口から牧場へと出た。
「……ところで、美麗の頭に乗っているの何だ?」
「杏子の故郷にいた、蟲妖怪だ。
懐いて、連れて来た」
牧場から小屋へと、馬を入れた美麗は写真を見ながら、柵から乗り出したエルの頬を撫でた。
「……ねぇ、エル。
これ、似てない?
晃に」
彼女の問いに答えるように、エルは甘え声を発し嘴で、写真を突っ突いた。
「やっぱ……似てるよね。
何でだろう……」
昼を過ぎた頃、幸人達は汽車で移動し少年がいる村へやって来た。
「随分と、静かな村だな……
妖怪からの被害が無さそうに見えるが」
「何回か襲われているらしい。
だが、ここ数年は襲われていないと報告書に書かれている」
「フーン……」
村長宅へ来た幸人達……
案内された部屋に、年老いた男と中年男が入ってきた。年老いた男は、深々と礼をした。
「初めまして。
儂はこの村の村長を務めさせている者です」
「妖討伐隊准将の大空陽介です。
こちらで保護されている、この少年を見に来ました」
「お待ちしておりました。
彼をここへ」
「はい」
「お前、いつ准将になったんだ?」
「つい先日だ」
奥の部屋から、あの写真に写っていた少年が連れて来られた。
「彼が、問題の子です」
「親御さんは?」
「分かりません。
気付いたら、もうこの村に住んでいたので……」
「見た目からして、年齢は10代後半から20代前半。
どこから来たとかは、聞いていませんか?」
「何も……
というより、一言も話さないんです」
「え?」
「耳が聞こえてないんですか?」
「いいえ。
保護した時、一応村の医者に診せたんですが……目は見えていて、耳も聞こえていると仰ってました」
「……」
赤い目で、少年は垂れる髪の間から幸人達をチラッと見ると、すぐに目を逸らした。
「……本部へ一度、連れて行くしか無いか」
「だな」
「すみませんが、この少年を本部の方で保護させて頂きます。
保護する際、彼の持ち物などを渡してはくれませんか?」
「はい、今すぐに」
「こいつ連れて、先に外出ててくれ」
「分かった」
連れて行こうとした時、少年は突然辺りをキョロキョロと見回した。そして、何かに導かれるようにして、外へと出ていった。
「……出てったぞ……アイツ」
「……何してる!!早く追い駆けろ!!」
「やべ!!」
外へ出た少年……立ち止まり、あるものを見た。
それは、家を囲う柵に凭り掛かって、鼻歌を歌う美麗の姿……傍では、紅蓮とアゲハが気持ち良さそうにその歌を聴きうたた寝をしていた。
「……?」
少年に気付いた美麗は、歌を止め彼の方を見た。
「……
晃?」
『?』
「いました!!こちらです!」
村長と一緒にいた中年男が、少年の元へ駆け付け彼の腕を掴んだ。遅れて、幸人と陽介が駆け付けた。
「な、何なんだ……いきなり」
「さぁ、大人しく戻ろう」
手に触れた瞬間、少年は中年男の手を払った。驚いた彼は、その豹変振りに声を失った。すると、近くにいた美麗がソッと少年の手を掴んだ。
「行こう」
『……』
彼女の問い掛けに、少年は頷いた。陽介と幸人の元へ彼を連れて行き、美麗はそのまま宿へと戻った。
夕方……
用を済ませ宿へ戻ってきた陽介は、聞き覚えのある歌声を聞き、その歌の元へ向かった。
辿り着いた場所は、宿の外れにある小さな広場だった。そこでは、美麗があの歌を歌いながら少年と歩いていた。
「……」
「終わったか?仕事」
近くで横になっていた幸人は、起き上がり陽介を見上げた。
「あぁ。
明日、彼を連れて本部へ行く。貴様達も来るか?」
「行くよ……というより、俺等が行かないとアイツ行かねぇだろう。
すっかり、美麗に懐きやがって」
いつの間にか広場に座った少年は、美麗の歌を心地良さそうに聞いていた。紅蓮も大きくあくびをして傍で丸まり、紅蓮の頭にアゲハは止まり、触角で彼女の腕を巻きウトウトとしていた。
「……あの歌、懐かしいな」
「あぁ……婆が良く、子守歌に歌ってくれたよな」
「……」
歌い終わった美麗の髪に、少年はソッと触った。
「?
何?何か付いてる?」
『……』
「……同じ容姿だね」
『?』
「夜みたいな黒い髪に、透き通った紅い目。
お前、晃と同じなの?」
『……』
「美麗!
そろそろ宿に戻るぞ!」
「ハーイ!
行こう」
自身の髪を弄る少年の手を掴み、美麗は幸人達の元へ帰った。
夜中……
ベッドで眠る幸人達……
寝静まった部屋から少年はソッと出て行き、ある場所へ向かった。外へ出てきた音に、小屋で眠っていた紅蓮は起き上がり、彼の後をついて行った。
少年が向かった先は、村から離れた小さな林の中だった。
その奥には、ポツンと一本の桜の木が生えていたが、花はまだ咲いていなかった。
(……こんな所に、桜があるなんて)
少年は、桜の元へ歩み寄ると幹に凭り掛かり根元に座り込んだ。
(……朝になったら、知らせに行くか)
そう思いながら、紅蓮は座り込みいつの間にか眠ってしまった少年の傍へ、寄り添うようにして座り伏せ眠りに付いた。