桜の奇跡 作:海苔弁
眠っている美麗の顔に、アゲハは触角と口吻を当て起こした。彼女は、顔に当たってくるそれらを退かし、布団の中へ潜り込んだ。
『キー?』
アゲハは、布団に出来た穴から中へ入り、再び顔を弄りだした。
「……
もー……
起きるよ~」
眠い目を擦りながら、美麗は起き上がった。大あくびをしながら、隣に二つ並ぶベッドで眠る幸人と陽介を見た。
「……2人共、まだ起きてないんだ。
あれ?アイツは?」
向のベッドで寝ていたはずの少年がいないのに気付いた美麗は、部屋を見回しベッドの下を見たがいなかった。
「……どこ行ったんだろう」
服を着替えると、美麗はアゲハを連れて外へと出た。出ると、そこに紅蓮がおり彼女を見ながら先を歩いて行った。
「紅蓮、待って!」
紅蓮の後をついて行くと、あの桜の木が生えている所に来た。紅蓮は、根元で眠っている少年の元へ行き、後ろを振り返り美麗を見詰めていた。
「うわぁ……桜だ。
何だ、まだ咲いてないんだ……?」
桜の木の元へ歩み寄りながら、眠っている少年を見た。
「……こいつ、ここで寝てたの?」
『夜中起きて、ここに』
「……」
眠っている彼の顔を覆うようにして垂れる髪を、美麗はソッと上げた。
「……やっぱり似てる……
晃に」
『……』
その時、少年の目がスッと開いた。ハッとした美麗は、上げていた髪をすぐに離し、身を引いた。
「え、えっと……その」
『……』
少年は美麗をジッと見ながら、口を軽く動かし手を伸ばした。
「?」
『……イ……ツ』
「いつ?
!」
伸ばす少年の手を握りながら、美麗はあの歌を歌い出した。林中に響くその歌声は、その林に住む小動物や鳥が集まってきた。
(……やっぱ……
いい歌声だ……美麗は)
「あ~……寝過ごした」
スーツに身を包みながら、幸人は眠そうにあくびをした。その隣で、上着を着ながらあくびをする彼を陽介は、呆れながら溜息を吐いた。
「貴様が一緒だと、こちらまで気が緩む」
「あ?」
「何でも無い。
ところで、美麗は」
「あ!2人共起きてる!」
声と共に、中へ入ってきた美麗……二人は、彼女のその容姿に少々驚いた。
腰まであった長い白髪は、綺麗に丁寧に一つ三つ編みにされていた。
「……その髪」
「美麗、誰にやって貰ったんだ?」
「アイツだよ。
何かね、歌歌った後2人で桜見てたの。そしたら、アイツまた私の髪触りだして、弄ってたらやってくれた!」
「そりゃ良かったな。
そんで、アイツは?」
「紅蓮と一緒にいるよ」
「そうか。
先に外出てろ。着替えたらすぐに行く」
「ハーイ」
揺った髪を左右に振りながら、美麗は外へと出た。
しばらくして、幸人達は表へと出て行き、外で待つ美麗達を連れて、その村を後にした。
汽車に乗る幸人達だが、少年はずっと耳を手で塞ぎ顔を俯かせていた。汽車が駅に停まる度、降りようとする彼を隣に座っていた陽介は宥めるようにして、背中を擦っていた。
「汽車に乗るのは、初めてだったみたいだな。今の様子だと」
「汽車では無く、馬車にするべきだったか」
「そうだな」
トンネルに入った時、中に響く音に少年は耳を塞いだまま、身を屈め縮込まった。
すると、幸人の隣に座っていた美麗は、席から降り覗き込むようにして下から彼を見た。目が合うと少年は、耳から手を離し彼女を抱き上げ、自身の膝に乗せると落ち着きを取り戻した。
「……落ち着いた…ようだな」
少年の膝に座った美麗は、振り返り頭を撫でながら微笑んだ。
目的の駅へ着くと、そこには既に陽介の部下が数名おり、隊長である彼を見るとすぐに敬礼した。
「お疲れ様です!准将!」
「ご苦労。
馬車を用意している。乗れ」
走らせる馬車から、美麗は外を見た。先程まで晴れていた空が、急に曇りだし暗くなっていた。
「さっきまで、あんなにいい天気だったのに……」
「嫌な天気だな」
本部へと到着する馬車……扉が開くと同時に、美麗は飛び出し先に出た。
「うわっ、ぬらりひょんの!」
「?」
「何事も無かったかのように、すっかり元通りだな」
「さっさと直さないと、いつまたあの様な事が起きないとは限らない」
「ごもっとも」
中へと入った幸人達は、研究室へと入った。そこにいた大地が、嬉しそうに駆け寄り美麗に抱き着こうとした。その瞬間、幸人は彼女を持ち上げ避けられた彼は、そのまま壁に顔をぶつけた。
「先輩、大丈夫ッスか?」
「ゆ、幸君……いきなり、避けさせないでよ~」
「変人に抱き着かせる馬鹿が、どこにいる」
「うぅ……そんな」
「……?
そいつですか?例の村にいたっていう」
「そうだ。早速頼んでいいか?」
「ヘーイ。
大地先輩、やりますよー」
「はーい。
幸君、彼をその椅子に座らせて」
「分かった」
「あとぬらちゃん、その頭の上に乗ってる蟲妖怪、そこの台に乗せて頂戴」
「何で?
嫌なことするんじゃ……」
「しないしない。軽い検査よ」
「蟲妖怪って言っても普通の蟲と変わらないから、体調崩してないかの検査だから、心配すんな」
「……」
「その疑いに満ちた目で、俺を見るな!」
台の上に乗るアゲハ……体を震えさせながら、辺りを見つつ美麗の腕にしがみついていた。
「はーい、アゲハちゃんちょっとごめんね」
『キーキー!!』
「あ、暴れないで頂戴!!
ぬらちゃん、ちょっと抑えて」
「抑えてるもん!」
「もっと強く!」
「嫌だ!アゲハが痛がる!!」
「翔君、抑えて!!」
「無理っす!今、この半妖擬き奴の検査で、手一杯ッス!」
「もう!!」
数時間後……息を切らす大地。傍にいた美麗は、彼を無視するかのようにして、アゲハを抱え頭を撫でていた。
「む、蟲妖怪を検査するだけで……こ、こんなに体力使うなんて」
「アゲハ、偉かったぞ!良い子良い子!」
『キー!』
「どこが偉かったのよ!!」
「まぁまぁ、そう怒るなって。
検査結果は?」
「異常なし。
至って健康よ。
翔君、彼はどう?」
「今検査してますけど、別にこれといった問題は何も」
「そう。
血の採血した後、保管されてるサンプルに同じDNAが無いか、調べるからもう少し借りるわよ?」
「分かった。
美麗、しばらくここにいろ」
「えー!
私、パパの所に行きたい!」
「また今度な」
「ブー」
「そう膨れるな。ちゃんと連れてってやるから」
夕方……
園庭で、草原に座る紅蓮の胴に頭を乗せて、美麗は昼寝をしていた。彼女と同じように、少年も紅蓮の胴に頭を乗せ美麗の隣で、気持ち良く眠っていた。
「桜の守って、信じる?」
検査結果が書かれた書類を見ながら、大地は陽介と幸人の方を向いて言った。
「桜の守?」
「100年以上前に、絶滅した妖怪だよな?」
「そう。
毎年春になると、国中にある桜を咲かせていた妖怪。
容姿は人と変わりは無いけど、黒髪に紅い瞳が特徴的で、しばしば昔から半妖と間違えられたらしいわ」
「その妖怪が、何だと言うんだ?」
「彼、それよ」
「……」
「100年以上前に採取された、桜の守の血液サンプルがあって、そのDNAと彼のDNAを照合したら、一部が合致したわ」
「マジかよ……」
「夜山晃が書いた、妖怪辞典によると……
桜の守は、闇を封じる力を持っているらしいわ」
「闇を?」
「数少ない彼等は、ぬらりひょんの下に就き、生涯を共に過ごしていたらしいわ。
まぁ、要するに……妖怪達の闇を抑える代わりに、ぬらりひょんが彼等を守っていたの。
でも、最期に確認されたのが……102年前。それ以降は、まるっきり」
「それで、その滅んだはずの桜の守が、あの少年だと言うことか?」
「ハッキリ、断言できるわ。
と言う訳で、彼をここで保護させて貰うわ。貴重な桜の守だしね」
「お前に扱えるんであれば、別にいいが」
闇の力が、消えることは無い……
力を発動した時から、我々はあなたに仕えているんです。
本当は嫌い?嫌いじゃありません。
あなたと生涯を共にする……数少ない我等にとって、これほどの幸福はありません。
総大将……
例え、我々はあなたから離れても……時間を掛けて、あなたの元へ戻ります。
姿形が変わっていても……必ず。