桜の奇跡 作:海苔弁
「……あれ?
アイツは?」
傍で眠っていたアゲハは、立ち上がった美麗の頭に乗り、彼女と共に園庭を出た。
しばらく、廊下を歩いていると声が聞こえてきた。足を止め、耳を澄ますとその声は、自身の名前を呼んでいた。
「……誰?」
声に導かれながら、美麗は紅蓮と共に廊下を歩いていった。
「そっちにいたか?!」
「居ない!」
「クソ、どこに行ったんだ……2人して」
場内を、幸人と陽介は大地達と園庭からいなくなった美麗と少年を探していた。
「ぬらちゃーん、どこ行ったの!!出て来て!!」
「先輩、あんまり大声上げると、所長達に怒られますよ」
その頃、地下へと降りた美麗は声がする部屋の戸を開けた。その部屋は暗く、外から差し込む電気の光が置かれている機械類を照らした。
「……暗い」
『キー』
頭に乗っていたアゲハは、壁を歩き伝い電気のスイッチを入れた。灯りが点いた部屋は、機械類だけでは無く、ガラス張りの部屋があった。ガラス越しからその部屋を見ると、中には置かれた台の上に、機械のコードに繋がれた何かが寝かされていた。
「……」
『……
ミ……レ……イ』
「……?
誰?」
『……ミ……レイ』
「……
パパ?」
ガラスに手を付けて、美麗は中を覗いた。灯りに照らされて機械のコードに繋がれた者は、麗桜だった。
「パパ!」
その部屋の戸を開けようとしたが、ドアノブが固く開けることが出来なかった。
「……パパ」
「そこで何やってるの?」
「!?」
声に驚き振り返ると、そこにはファイルを持った女性研究員が立っていた。
「……え……えっと」
「あなた、誰?
どこの子?」
「そ、それは……」
『キーキー!!』
「え?!何で妖怪が!?
ち、ちょっと!!誰か来て!!妖怪が!!」
目を離した隙に、美麗は部屋を出て行った。出て行ったと同時に、地下を見回っていた兵士が駆け付けた。
「すぐにあの子を捕まえて!!妖怪を連れてるの!」
「あ、はい!」
廊下を駆けていた美麗は、非常階段を駆け上った。戸を勢い良く開けると、そこを見張っていた兵士に当たった。
「あ、ごめん!」
「な、何だ!?」
「緊急事態発生!
地下から何者かが、侵入!至急捕獲をお願いします!」
その騒ぎに、少年と一緒に居た紅蓮は、耳を澄ませた。すると、角から美麗が後ろを気にしながら駆けてきた。彼女は、少年に気付くと彼に飛び付き後ろへ隠れた。2人を守るようにして、紅蓮が唸り声を上げながら、前へ行き後から追い駆けてきた兵士を睨んだ。
「な、何だ?!」
「妖怪が侵入!直ちに報告!」
「は、はい!」
動こうとした瞬間、兵士は銃弾を放った。その音に、美麗は耳を塞ぎその場に座り込んだ。
銃声の音に、幸人達はすぐに駆け付けた。陽介の姿を見た兵士達は、すぐに身を引き壁に並んだ。
「幸人!」
陽介の後から来た幸人に、美麗はすぐに彼の元へ駆け寄り抱き着いた。
「この者達は、俺達の知り合いだ。
すぐに持ち場へ戻れ」
「はい!」
「はい!」
「研究室に戻るぞ」
「あぁ。
行くぞ」
体を振り、紅蓮は先を歩いた。美麗は幸人から離れると、少年の手を引き彼等の後を歩いて行った。
「逃げ出したかと思った……」
「本当に見つかって良かったわ……」
疲れ切っている大地と翔を前に、美麗は台の上に座り足をブラブラとさせながら、お饅頭を食べていた。
「ねぇ、何でパパあの部屋で寝てたの?」
「あの部屋?」
「地下にあった部屋。ガラス張りになってる部屋と、その部屋を見張るための部屋がある」
「あー、あの部屋。
万が一、力が暴走してもあそこで、制御できるからよ」
「……制御?」
「あの部屋は特別で、お前の親父さんにとっては理に適ってんだ」
「フーン。
会いに行けないの?」
「生憎、まだ妖力が安定してないから無理ね。
会えるようになったら、幸君に連絡するわ」
「……」
「さてと、この子をここに置くとして……
ねぇ、名前は?あるの?」
「無い」
「というか……発見されてから、一言も喋っていないらしい。だから、あるのか無いのかが分からない」
「あら、そうなの?」
「検査したけど、声帯や耳には異常は見つからなかったッスけど……」
頭を悩ませている彼等を背に、美麗は台から降りると椅子に座っている少年の元へ駆け寄った。寄ってきた彼女を彼は抱き上げ、膝に乗せると頭を撫でた。
「へへ!くすぐったい!
……ねぇ、名前ある?」
『……ナ…マエ?』
「そう、名前。
ある?」
『……』
机の上にあった紙に、少年は字を書いた。
そこに書かれていたのは……『愁』。
「……何て読むの?」
『……』
「……
幸人!」
「?」
「これ何て読むの?」
美麗が指差す字に、幸人は見た。彼に続いて陽介も、その紙に書かれている字を見た。
「“シュウ”って、読むが……」
「いつの間にこんな字を?」
「ぬらちゃん、凄い……」
「私が書いたんじゃ無いよ。
愁が書いた」
「シュウ?」
「誰のことだ?」
「こいつの名前」
「……お前、字書けるのか?」
幸人の問いに、愁は頷いた。その答えを見た大地は、少し考えてから翔と顔を合わせた。彼はすぐに、何かを取りに、部屋の奥へと行った。
「ちょっと、テストをさせて頂戴」
「……何するの?」
「簡単なテストよ。変な事はしないわ。
ぬらちゃん、ちょっと降りて」
愁の膝から降りた美麗は、幸人の傍へ行き彼を見つめた。
しばらくして、翔は紙と文字と生き物や物の絵が描かれた紙を持ってきた。
「簡単な知能テストやるよ。
これは?」
『……ウ…マ』
「じゃあ、これ」
『……イ…ノ…シシ』
「……これは?」
『……スミ…レ』
「どうやら、字は読めるみたいだね」
「ねぇ、愁ちゃん。
字は誰に教わったの?」
『……ヒ…ト』
「人……」
「通りすがりの人とか、旅人って事ッスかね?」
「多分ね。
ここで、十分な教育をすればちゃんと喋れるようになって、僕チン達が聞きたいことが聞けるようになるかも知れないわね」
「そうッスね」
「愁、連れて帰らないの?」
「あぁ」
「……」
すると、愁は美麗の髪を握った。突然握られた彼女は、床に尻を着いた。
「あらあら、愁ちゃんはぬらちゃんと離れたくないのかしら?
じゃあ」
「ここに置くわけ無いだろうが」
「うぅ……」
「……幸人、貴様の家には確か」
「空き部屋はあるにはある。
だが、掃除しねぇと……
それに、暮らすんであれば、必要最低限の家具類セットしねぇとだし」
「やれ。俺も手伝う」
「へい」
「という事だ。
大地、愁は幸人達の元に置く」
「置くのは構わないけど、これやって貰うわよ」
「だったら、月一で来い」
「あら、素敵!」
「言っとくが、愁限定だからな。
美麗にまで、手を出したら……テメェの脳天ぶち抜くからな」
「は、はい……」
幸人達の話を理解したのか、愁は美麗の髪から手を離した。離された美麗は、彼の膝の上に座ると、垂れている髪を触った。
「……晃と同じ、サラサラ」
『ヒカ…ル?』
「そう、晃!
晃もね、よく髪の毛やってくれたんだ!
こうやって、三つ編みにして……」
三つ編みになった髪の毛先を弄る美麗の頭を、愁は撫でながら言った。
『昔……
似た子の髪を……三つ編みに…した』
「……どんな子?」
『……分から…ない。
覚えて……ない』
「……」
『……でも……
髪の長い……人…だった』
「私くらい?」
『うん……』
ずり落ちてきた美麗を、愁は持ち直し彼女を抱き締めた。傍にいた紅蓮は、愁の頬に鼻を突くと彼の足下に伏せた。