桜の奇跡   作:海苔弁

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愁を見つめる地狐の目は、どこか悲しそうに見えた。


その時、2階から半べそを掻いた美麗が降りてきた。それを見た秋羅は、慌てて駆け寄ろうと立ち上がった。

だが、彼より早く愁は立ち上がり、美麗の元へ寄ると彼女を抱き上げた。


(……晃?)


彼女を抱き上げる愁の顔が、一瞬幼い美麗を抱く晃と重なって見えた。


「また起きちまったか……

どうすれば、朝まで寝るかなぁ」

『美麗の夜泣きは、今に始まったことじゃないから』

「……」

『晃が生きていた頃は、全然寝付けなくて。

寝かせても、夜中起きてきてね。よく、森に来てはリル達の中で一緒に、眠っていたっけ』


あくびをした美麗は、愁の肩に頭を乗せ寝息を立てた。眠った彼女を、愁は持ち直してソファーに座った。


「愁でも、素直に寝るのかよ」

『幸人や陽介は、天花と同じにおいがするから、落ち着くんだよ。

愁は分からないけど』

「俺だけ、仲間外れ?」

「落ち込むな」

「うぅ……」


重なる形

「幸くーん!来たわよー!」

 

 

陽介と地狐が帰ってから数週間後、大地は翔と共に幸人の家へやって来た。

 

 

「来て欲しくなかった」

 

「幸君!そんな事言わないで!」

 

「話いいんで、早く検査しましょうよ。あんまり時間を掛けると、所長に怒られるッスよ」

 

「そ、そうね……

 

 

あれ?愁君は?」

 

「美麗と一緒に、牧場にいる」

 

「じゃあ、早速……愁くーん!」

 

 

彼の名を呼びながら、大地は裏口から牧場へ行った。

 

牧場では、妖怪辞典を美麗が愁と読んでいた。彼等を囲うように、エルと紅蓮が座っており紅蓮の頭にはアゲハが止まっていた。

 

 

「愁君!久し振り!」

 

『……誰?』

 

「ありゃりゃ……

 

 

もう、愁君!数週間前に、君を検査した雲雀大地だよ!」

 

『……』

 

「……何…その無反応」

 

 

本を閉じた愁は、大地を無視して牧場から去って行った。

 

 

「え?ちょっと、愁君!」

 

「愁、待って!」

 

 

呼びながら駆けてきた美麗を、愁は待ち着いた彼女の手を握って歩いて行った。そんな彼等の後を、慌てて大地は追い駆けていった。

 

 

 

「幸君!愁君を説得して!!」

 

 

中へ入った愁は、頑なに検査を受けようとしなかった。膝を立てて座る彼の足の間に座っていた美麗は、植物図鑑を広げ読んでいた。

 

 

「説得しろって言われてもなぁ」

 

「……!

 

 

なぁ、美麗!」

 

「?」

 

「愁と一緒に、検査受けねぇ?」

 

「嫌」

 

「う……

 

あ、あのね……注射はしないッスよ?だから」

「嫌!」

 

「無理だぜ。そいつの検査していいのは……というより、検査を許してんのは水輝達だけだ」

 

「じゃあ、その2人を」

 

 

「翔!!大地!!

 

人の患者に、手ぇ出してないでしょうね!?」

 

「来たぞ」

 

「来るの早!!」

 

 

大地が持ってきた問題集を愁は次々に解いていった。解いていく彼のスピードと、解かれた問題集を大地は口を開けながら見た。

 

 

「……す、凄い……

 

短期間で、もう年相応の問題が出来るなんて」

 

「先輩、何か教えたッスか?」

 

「何にも」

 

「言っときますけど、俺も教えてませんよ。何も」

 

「……」

 

「美麗の奴、レベル上がってるぞ」

 

「嘘!?」

 

「いや、マジ。

 

前回の記録が、確か5歳から6歳程度だったんだろ?

 

 

 

それが今回、10歳前後の問題をスラスラ解いてるぞ」

 

「嘘!?

 

 

ちょっとぬらちゃん!いつこんなの、教わったの?」

 

「分かんない!」

 

「分かんないじゃなくて!」

 

「このレベルだと、彼の私生活に問題は無いっスね。ただ、誰かの手助けがまだ必要っスけど」

 

「引き続き、彼をよろしくね!幸君!」

 

「テメェに頼まれると、嫌だと言いたくなる」

 

「幸君!」

 

 

1人で問題集をやっていた美麗は、次第に飽き鉛筆を置くと机に向かっている愁の元へ寄り、彼の膝に飛び乗った。

 

 

「ぬらちゃん、まだ愁君検査中だから、後でね」

 

「嫌だ」

 

「ぬらちゃん!」

 

「先輩、彼普通にやってますよ?」

 

 

美麗を膝に、愁は問題集を淡々とやっていった。やり終えると、愁は彼女を連れて牧場へ出て行った。

 

 

「わぁ、凄ぇ。

 

全部合ってる」

 

「短期間で、あんなに変わるんですか?」

 

「変わるというか……

 

 

今まで、得ていなかったものを一気に吸収してんだろう」

 

「フーン……」

 

「半分、ミーちゃんが教えてるんじゃないの?

 

愁君、ミーちゃんと何かやってる時が、一番楽しそうだから」

 

「あれだけの初診で、よく分かるね」

 

「まぁね」

 

 

 

夕方……

 

 

用が済んだ大地達は、幸人に何か言いながら帰って行った。

 

 

牧場にいた美麗は、自分に寄ってきた馬の手綱を引き、小屋の中へと戻した。彼女に続いて、愁は牛を連れて来た。

 

皆を小屋へ戻し、扉を閉めた美麗は、待っていてくれた愁と一緒に、家へ戻ろうとした。

 

 

その時、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。音にビクついた美麗は、足を止め怯えた表情で空を見上げた。雨雲が空一面を覆い、美麗は不安になりながらも、先を歩いて行く駆けていった。

 

 

“ドーン”

 

 

鳴り響く雷の音……美麗は耳を手で塞ぎ、その場に座り込んだ。座り込んだ彼女の元に、愁は歩み寄った。そして、立てなくなった美麗を抱き上げ中へと入った。

 

 

戸を開け外へ出ようとした秋羅は、美麗を抱えて帰ってきた愁を見て、少々驚きながらも中へと入れた。

 

 

 

夕飯を食べ終えた後、美麗は雷の音に怯えずっと秋羅に引っ付いていた。ゴロゴロと鳴る度、美麗は彼の体に顔を埋め耳を塞いだ。

 

 

「凄い鳴るな、雷」

 

「……」

 

「お前、本当雷は駄目なんだな?」

 

「雷は嫌だ……早く止んで」

 

「その内止まるから」

 

 

鳴り響く振り子時計の音。ふと時計を見ると、22時30分を過ぎていた。

 

 

「ほら美麗、もう寝ろ」

 

「……」

 

 

顔を上げた美麗は、体を起こし秋羅から離れ部屋へと行った。

 

 

全員が寝静まった頃、ゴロゴロと鳴る雷に美麗は頭から毛布を被り、耳を塞いで身を縮込ませていた。

 

毛布から顔を出そうとするが、鳴り響く雷に怯えまた中へ隠れた。

その時、部屋の戸がソッと開いた。

 

 

「?」

 

 

棚の上に置かれたクッションで眠っていたアゲハは、触角で入ってきた者の頭を撫でると、再び眠りに付いた。

その光景を見た美麗は、毛布から恐る恐る外を見た。そこにいたのは、愁だった。

 

キョトンとしていた時、また落雷の音が響き美麗は思わず、毛布から飛び出ると愁に抱き着いた。抱き着いてきた彼女の頭を撫でながら、愁は座った。そして、ベッドに美麗を寝かせ、布団を掛けると手を握りながら優しく頭を撫で続けた。

 

 

(……何だろう……

 

 

凄い懐かしい……

 

 

 

 

そうだ……晃に似てる……

 

 

晃なのかな?)

 

 

時折聞こえてくる、雷の音に怯えていた美麗だが、愁の手を握ってからしばらくして、その音は次第に小さくなっていき、同時に瞼が重くなってきた。

 

 

『こうやって、手を握っていれば怖くないだろう?』

 

 

懐かしき日々の中、晃はリルのお腹に頭を置き横になる幼い美麗の手を握りながら、頭を撫でて言った。

 

 

昔のことを思い出しながら、美麗は愁の手を握ったまま寝息を立てて眠った。眠った彼女の頬を撫でると、愁は猫の抱き枕を彼女に抱かせた。

 

立ち上がった愁に、アゲハは小さく鳴き声を放った。そんなアゲハに、愁は撫でると部屋を出て行き自室へと戻った。




そんな彼等の様子を、地狐は天狐達と水面から眺めていた。


『直接会ってみたけど、まだまだ生まれたての子供って感じだったね。

まぁ、美麗を大事にしていたみたいだけど』

『……重なるな、2人に』

『やっぱり、姉君もそう思う?


あの桜の守、きっと美麗の良いパートナーになってくれるよ』

『かつての、李桜莉と麗奈の様にか?』

『そう……

傍にいれば、闇の力は生まれない……生まれても、彼が彼女を守ってくれる』

『……そうなってくれれば良いが』

『なれるさ。

麗奈が言っていたじゃないか。


『自分達は、例えどんな事が起きても必ず、闇の力からあなた方を守る』って』

『……そうだな。


それを信じるか』


安らかに眠る、美麗の寝顔に微笑みを浮かべながら、地狐と天狐はしばらくの間、水面に映る彼女を眺めた。
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