桜の奇跡 作:海苔弁
真っ暗な世界……月明かりが無く誰もいないその場所に、美麗は急に不安になり起き上がり身を縮込ませた。
「……幸人……
秋羅……愁……」
3人の名を小声で呼びながら、美麗は膝を抱えた。その時、またしてもガサガサと物音が聞こえた。彼女は咄嗟に耳を塞ぎ頑なに目を瞑った。
近付いてくる足音……荒い息が、自身の顔に触れた。美麗は息を殺して、身を縮込ませた。
荒い息は、しばらくすると移動し彼女の後ろへ回り寝そべった。
「……」
恐る恐る目を開け、美麗は後ろを向いた。黒い何かが、自分の後ろで寝そべっている……彼女は音を立てぬよう、そこから少し離れ見張るようにして、膝を抱えて座った。
しかし、次第に眠気が襲い何とか頑張って起きるものの、やがて力尽き横になり眠ってしまった。すると、向で横になっていた何かは、起き上がると彼女の傍へ寄りそのまま横になり目を瞑った。
相変わらず、綺麗な髪の毛……羨ましい。
俺等桜の守なんて、桜色じゃなくて漆黒の色だから変なんて言われて……
『でも、アンタにこの綺麗な赤い目があるじゃないか。
アタシは、そっちの方が羨ましいよ』
「……」
目を覚ます愁……額に置かれた濡れたタオルを握りながら、彼は起き上がった。
『キー?』
枕元で寝そべっていたアゲハは、心配そうに鳴き声を発しながら、触角で彼の腕を撫でた。それを安心させるかのようにして、愁はアゲハを抱き上げ撫でた。
「あれ?
目が覚めた?」
扉を開け中へ入ってきた水輝は、彼の元へ歩み寄りながら様子を窺った。
「一晩中魘されてたから、心配したよ。
気分はどう?落ち着いた?」
『……!
美麗!』
アゲハを下ろし、愁はベッドから降りようと体を動かした。だが、体は思うように動かず、床にずり落ちるようにして、彼は倒れた。
「駄目だよ!まだ安静にしてないと!」
『でも、美麗が!』
「ミーちゃんなら、今幸人達が探しに行ってるから!」
『けど!』
「心配なのは分かるけど、今のアンタの状態を見たら、ミーちゃん心配するよ!」
『……』
水輝の説得に、愁は大人しくした。そして、力無くベッドに座った。
『キー?』
心配そうに、アゲハは彼の隣に行き触角で腕を撫でた。
「アゲハも心配してるんだ。
ミーちゃんのことだから、ちゃんと無事だよ」
愁の肩に手を置き、水輝は優しくそう言った。彼は理解し頷くものの、その顔から不安が消えることは無かった。
暗い森に、陽の光が差し込み、辺りを照らした。溝の中にいた美麗は起き上がり、その光を頼りに中から出た。
「陽が高いって事は、昼頃か……」
すると、傍で寝そべっていたものが、穴を出て行き美麗の方をチラッと見た。それは大熊だった。
大熊は頭を下げ、それを見た美麗は慌てて一緒に頭を下げた。鳴き声を発した大熊は歩き出し、突っ立っている美麗に向かって、もう一度鳴き声を発した。彼女は、すぐに大熊の隣に行き、大熊は美麗が来たのと同時に再び歩き出した。
行き着いた場所は、荒れ果てた集落だった。熊に連れられながら、美麗は集落を見回した。
「……何これ……酷い」
荒れた家がいくつもはあるが、中はもう何年も人が住んでいない様だった。牧場には数頭の馬や牛、山羊が牧草を食べ生き長らえていた。
「……誰か、まだ住んでるのかな」
集落を見回すが、そこには人の気配は無かった。それを確認すると、美麗は大熊と共に後にした。
明るく照らされていた森は、やがて陽が沈み始めた。
「……また、暗くなってきてる」
周りを見て不安がっている美麗に、大熊は足を止め身を屈めた。彼女は大熊を見つつ、背中に飛び乗った。乗ったのを確認すると、大熊は身を起こし歩き始めた。
「……紅蓮の奴、どこ行ったんだろう。
ねぇ、この辺りに白狼達はいないの?」
『……いない』
「あ、やっと喋った」
『この辺りに、人はいない』
「今まで警戒してたって事?」
『そうだ』
「相変わらず、用心深いね。
ねぇ、紅蓮と会わなかった?」
『いや、黒狼には会ってない』
「……紅蓮、どこ行っちゃったんだろう」
『時期に戻るだろう。
彼奴は、主の傍から離れたりはせん』
「……
ねぇ、秋羅達の所にはすぐに着く?」
『においを辿っているが、散らばってる。
安全である森の外へ、連れて行く』
「……ねぇ、あの集落は何なの?」
『古くからある村だ。
この森に住む大型妖怪に、生け贄を捧げて生き長らえていた』
「大型妖怪?」
『だが、数年前この辺りに発生した流行病により、村に住む者達は1人を除いて、息絶えた』
「……
その、生き残った人は?今は、どうしてるの?」
『仕来りを、忠実に守ろうとしている』
「……だから、私を狙ったのか」
『その者の呪縛を、私は解きたい』
「……」
『そういえば、ぬらりひょんの倅よ。
あの村の出身の者が、いるようですな?』
「え?」
贄になるなんて、駄目……
見つからない、所へ……
ボウヤ……ワタシノカワイイコドモ……
「……」
ランタンで、荒れた家の中を照らしていた敬は、ハッと意識を取り戻し部屋を見回した。
「敬!そっちどうだ!?」
「駄目だ!何にもねぇ!!」
家から出た敬は、広場へ向かった。
美麗達と入れ違いに、幸人達は荒れた集落に来ていた。ランタンを手に、辺りを照らしながら彼等は美麗を捜していた。
「森の奥に、こんな集落があったとは」
「創一郞さんが言ってた、村なんじゃ」
「可能性は高い」
「こんなに荒れてるって事は、滅んだのはもう何年も前か」
「墓はしっかり作られている……
あの黒装束、この村の生き残りか」
「そんじゃあ、見付け次第とっとと葬るか」
「え?何で?」
「こんな、妖怪に贄捧げるような村の出身だ。
今更、俺等の世界に来たってやっていけねぇさ」
「死んだ方が、楽って事か」
「そういう事」
「……?
敬、お前大丈夫か?」
ボーッと立っている敬を、秋羅は呼び掛けた。呼び掛けられた敬は、我に返り彼の方を向いた。
「あ、あぁ……大丈夫だ」
「君、ここへ来てから少し様子がおかしいですよ?」
「お、おかしくねぇよ!いつも通りだし!」
「いや、お前ここに来てから変だぞ」
「変じゃねぇよ!
うわっ!」
どこかへ行こうとした敬を、創一郞は担ぎ上げた。
「とっとと戻るぞ」
「オイ!!降ろせ!!
先生!!降ろせって!!」
「頭冷えてからだ。降ろすのは」
「はぁ!?
降ろせ!!先生!
降ろせつってんだろうが!!クソ親父が!!」
「オーオー、生きが良いねぇ」
「クソが!!離せ!!」
騒ぐ彼等を、秋羅達はキョトンとした表情で眺めた。
「……あの、クソ親父って」
「バーカ、本当の親子な訳ねぇだろう」
「敬って、確か捨て子だよな?」
「あぁ。
どっかの森に捨てられて、それを拾ったって」
森の外へ着いた美麗……
暗くなった外から、彼女は空に輝く星を眺めた。
「うわぁ!綺麗!」
『人里のように灯りが無いから、綺麗に見えるだろう?』
「うん!
それにしても、この森はいつからこんな真っ暗に?」
『この山が出来てからだ』
「あの村も?」
『あの村は、その前からだ』
「……?
じゃあ、この山は突然出来たって事?」
『まぁ、そうだな』
「山って、火山が噴火して出来る山と沢山の山が連なってる山があるけど……
この辺りには、山らしき山は無いし……」
『火山も無い』
「となると……この山って」
突如飛んできたクナイ……大熊の背に立ち上がった美麗は、小太刀でそのクナイを弾き返した。
「出て来い!卑怯な攻撃しやがって!!」
木の茂みから出て来た黒装束の者は、刀を抜きながら美麗の前に現れた。
「どんだけ贄が欲しいんだが……」
『倅』
「リーチュ、下がってて。
ねぇ!大型妖怪って、どんな奴なの?」
「何故聞く?」
「私達は、その大型妖怪を退治するために、ここへ来た」
「……無理な話だ」
「何で?」
「以前にも、ここへ祓い屋が来た。
だが、そいつは仕事もせず去って行った」
「だから、まだ贄を?」
「そうだ……」
「その祓い屋の名は?
覚えてない?」
「今回も来ていたであろう。
あの帽子……
あの髪……
1度だって忘れたことは無い。
南西部担当の祓い屋……土影創一郞」