桜の奇跡 作:海苔弁
這いずる音が、集落に響いた……荒くなる息を、何とか抑えようと浅く息をするが治まらず、美麗はパニック状態になっていた。
「!」
背後から、何者かの手が自身の口を塞ぎ、後ろへ引っ張られた。暴れようとした時、聞き覚えのある声で静かにするよう言われ、美麗は大人しくした。
近かった音が、だんだんと遠くなっていった……安堵の息を吐きながら、美麗の口を塞いでいた者は、彼女から手を離した。美麗は、振り向きその者を見た。
「……愁?」
『怪我、無い?』
「平気!」
頬を撫でながら、愁は美麗を抱き寄せ抱き締めた。抱き締められた彼女は、安心したのか手を震えさせながら、彼にしがみついた。
「愁……愁!」
『もう、大丈夫』
咆哮した大蛇は、8つの口から黒い煙を吹き出した。幸人達は素早く避け、その攻撃の矛先を見た。
明るかった部分が、黒くなり暗い森へ変わった。
「この辺りの黒い森は、全部アイツの息だった訳か」
「目を潰しても尚動くとは、流石だな」
「とっとと封印するか、被害が出る前に。
秋羅!火那瑪!結界の準備は?!」
「完了です!」
「いつでも大丈夫!」
「弟子共全員、結界の外に出ろ!」
「今回は、俺等で封印しますか!」
「腕、鈍ってないだろうな?」
「当ったり前だ!!」
3人は位置に着くと、10枚の札を出し宙に浮かせると、お経を唱え始めた。すると、札から鎖が飛び出し大蛇の体に巻き付き動きを封じた。
「秋羅!頼む!!」
札が貼られた鏡を、秋羅は陣の所へ置いた。陣に置かれた鏡は、強烈な光を放ち大蛇を取り入れようと、中から帯びが飛び出した。
『拙僧が封印されても、我が意志は継がれる!!』
その言葉を残し、大蛇は鏡の中へと封印された。大蛇を封印した鏡には、宙に浮いていた札が一斉に張り付いた。
「封印」
「完了ッと!」
「フー、疲れたぁ」
「美麗達が戻り次第、宿に戻るぞ。
迦楼羅、創一郞、緊急会議開くぞ」
「ウィーっす」
「……」
一息吐きながら、敬は拳銃をケースにしまった。
『逃げて!!』
どこからか聞こえた声に、敬は辺りを見回し声の主を探した。その次の瞬間、背後から大蛇が現れ、彼を丸呑みにした。
「敬!!」
その光景を見ていた秋羅は、すぐに大蛇を攻撃しようと駆け寄ったが、風のように素早くそこから消えた。
「嘘だろ……大蛇は、全部封印したはずなのに」
「『封印されても、我が意志は継がれる』
まさか、この事を言っていたのでは」
「話は後だ。すぐに追い駆けるぞ!」
弾を補充すると、幸人は創一郞と共に大蛇の後を追い駆けていった。
『キシャァアアア!!』
森に響く鳴き声……幸人達は、速度を上げ大蛇の元へ向かった。
着いた場所には、頭が取れた大蛇の亡骸が転がっていた。亡骸の傍には、取り出したのか腸から上半身を出した敬が、横たわっていた。
「敬!!」
創一郞はすぐに駆け寄り、彼を抱き起こした。
「息はしてるし、脈はある。
気を失っているだけだよ」
「……」
「しっかし、誰がこんな事を」
『拙僧を殺したところで、何も救われはしない!!』
大蛇の声に、幸人達は音を立てずソッとそこへ向かった。
茂みから声の方を見ると、そこには頭だけで動く大蛇と彼の前に、小太刀を持った者がそこに立っていた。
「救われない?
いや、救われるよ。お前が作り出した人の魂がな」
『な、なぜそうまでして、人の味方を!?』
「人の味方?
するわけないじゃん。お前みたいな野郎に、楽しみを奪われたくないんだよ」
そう言って、大蛇の目に小太刀を突き刺し、素早く引き抜く止めを刺した。大蛇は断末魔を挙げ、その場に倒れた。
「……安心しろ、八岐大蛇。
お前の嫌いな人は、いつか私が殲滅させる……不死身をいいことに散々痛めつけてきた、あの人間共を。
出て来い、人の子。隠れているのは分かっている」
既に、自分達の存在に気付かれていたのを知った秋羅と火那瑪は、怖気付いてしまい出ていこうとするが、足が動かなかった。そんな彼を安心させるようにして、幸人は前へ出ていきその者の前へ現れた。
「盗み聞きとは、いい度胸だな?人にしては……いや、人ではないか」
「何者だ」
「知ってどうする?
私を殺すのか?」
「……」
「まぁ、殺せるものなら、殺してみよ。
そうだ、良いことを教えてやろう」
「良い事?」
「お前達の中にいた、土影の少年。
アイツは、元々八岐大蛇によって作られた人の1人だ。
だが、彼は祓い屋の手で育てられたことによって、人になった。元は妖怪だかな。
今後、人としての妖怪がどう生きるか見物だな?」
その時、その者の体から黒い煙が上がった。
「時間か。
私は、お前達の傍にいる。ずっと見ておるからな。
祓い屋」
黒い煙と共に、その者は姿を消した。
やがて、空が明るくなり、東から陽の光が差し込んできた。暗い森は陽の光に当たるや否や、黒い塵となり辺りに散らばった。
「全ては、八岐大蛇が見せていた、まやかしだったって訳か」
「大蛇がいなくなって、浴びたことの無い陽の光に当たって、森は消えたって事か」
「だろうな」
「幸人、さっきの奴の姿見えたか?」
「全然。
ただ、青い目は見えた」
「……」
何も無くなった平地に、リーチュと紅蓮は幸人達の元へ駆け寄った。それから間もなくして、空からエルが降り立ち、そこから美麗を抱えた愁が降りた。
「無事だったか……」
『美麗、疲れて眠ってる』
愁の腕の中で、美麗は寝息を立てて眠っていた。
「ひとまず、町に戻ろう。
話はその後」
「あぁ」
あいつ等のせいで、パパは死んだ……
あいつ等のせいで、ママは死んだ……
あいつ等のせいで……
憎い……
私を道具みたいに扱った奴等が……
殺してやる……全てを。
絶対に、許さない!!
「……」
目を覚ます美麗……ボーッとする彼女を、傍で看病していた愁は、微笑みを浮かべながら優しく撫でた。
「……愁。
あれ?皆は?」
『別部屋』
「……八岐大蛇は?」
『幸人達が封印した』
「……」
『もう少し、寝た方が良い』
そう言って、愁は美麗を寝かせた。愁の手を握りながら、美麗は重くなっていた瞼を閉じ、眠りに入った。
垂れ下がる髪を、愁は美麗の耳に掛け頬を撫でた。そして、自身の額を彼女の額に当てた。すると、一瞬愁の額が光った。スッと目を開けた愁は、再び頬を撫でた。
(ずっと、離れないから)
よかった……無事で。
ワタシノカワイイボウヤ……
「……」
フワフワと何かが触る感触に、敬は目を覚ました。
『キー?』
「……!
うわっ!!何だ、こいつ!?」
「月影の所にいる、妖怪だ」
椅子に座っていた創一郞は、煙草を吹かしながら敬に言った。
「先生?何で……!!
大蛇は……八岐大蛇は?!」
「とっくに封印した」
「……あ、そういえば……」
『……?
キー!キー!』
翼を羽ばたかせながら、アゲハは扉の前で鳴き叫んだ。創一郞は戸を軽く開け、鳴き叫ぶアゲハを外へと出した。
「飼い主も、お目覚めか」
「飼い主?誰?」
「美麗だ。
気分は?」
「普通……というより、何か若干変」
腕を目の上に乗せながら、敬は横になった。
「……呑み込まれる前に、声が聞こえた」
「……」
「多分、死んだお袋の声だ……
情けねぇよな。この歳になってまで、母親に心配されるなんて」
「母親は、そう言うもんだ」
「逃げろって聞こえたんだ……でも、すぐに動けなかった。
呑み込まれた瞬間、暗い中にいて彷徨ってた。
そしたら、光が見えて……」
「……」
「俺、死ぬのかな?
大蛇に作られた人間だから……」
涙を流す敬……そんな彼を、立ち上がった創一郞は起こし抱き寄せた。
「死ぬわけねぇだろう。
誰が何と言おうとお前は、俺が育てた自慢の弟子だ。
大蛇が作り出した人間じゃねぇ……秋羅達と変わらない、普通の人間だ。
現に、死んでねぇだろう?お前は生きてる」
大粒の涙を流す敬は、創一郞の服を強く掴みながらしばらくの間泣き続けた。