桜の奇跡 作:海苔弁
「……紅蓮」
『テメェが思った通りだ』
「やっぱりか……
あの地主、とんでもないことしやがったな……ったく」
『どうする?』
「どうするもこうするも、やるしかないっしょ?
一応、依頼人だ」
『……』
「……紅蓮」
『?』
「お前の名前、紫苑が付けたのか?」
『……まぁな。
炎を使う黒狼……紅蓮の炎から取ったんだ』
「紫苑がその言葉を知ってたのか?」
『いや……森に来ていた青年が、紫苑に聞かせていた本に、紅蓮の炎って言う言葉があったんだ。
その意味を聞いて、そんでこの名前さ』
「……紫苑の名前は、あの菊乃って子が?」
『あぁ……』
「前から思ったけど、君等はいつから一緒に?」
『さぁね。
目が覚めた時には、もう傍に紫苑がいた』
「覚める前は?」
『知らねぇ』
「え?」
『覚えてねぇんだよ。不思議なことに。
ただ覚えてるのは、目が覚めて紫苑を見た時……俺が、こいつの傍にいなくちゃなって、思ったくらいだ』
「……紫苑も同じなのか?記憶が無いのは」
『あぁ』
「……」
その頃、食卓の椅子に座っていた秋羅は、母親の話を聞いていた。
「紫苑が家へ来たのは、丁度去年でした。
冬が終わりかけた頃に、主人に連れられてきたんです」
「失礼ながら、何で紫苑を?」
「……菊乃を産む前、私はもう一人子供を授かってました……
しかし、その子は生まれる前に……」
「……」
「それから数年後に、菊乃を産みました……けど、やはり傷が癒えなくて……
そんな時、主人は心の支えにと……紫苑を連れてきたんです。初めは誰にも懐こうとしない上に、近付けば逃げてしまって……けどあの子、本を読んでいる間だけは近付いても逃げようとしませんでした」
床に座り本を読む紫苑……彼女の傍に近寄った菊乃は、別の本を開き一緒に読んでいた。
「……息子さんが紅蓮に噛まれたのが原因で、地下の方に返品されたと聞いたんですが……」
「……柚人がいけないんです……
紅蓮の嫌がることをしたあの子が……
柚人は、将来祓い屋になることを夢見ていて、珍しい生き物がいると、それを捕まえてきて実験だ何だと言って、自身で開発した薬や札を使っていました」
「……」
「そんな彼の前に、あの大きな黒狼。いても立ってもいられなくなって、紅蓮に手を出したんです……
そして、彼の叫び声を聞きつけて駆け付けたら……あの子の腕から、大量の血が流れ出ていて……
紫苑に抑えられて、何とか助かりましたが……主人は、『こんな危険な物を置いとくわけにはいかない。すぐに返してくる!』と言って……」
「……そうだったんですか」
「でも……よかった……
あなた方みたいな、優しい方に引き取られていて……ずっと気懸かりだったんです。紫苑は今、ちゃんとご飯を食べているのか…人並みの生活をしているのか」
「……」
夕暮れ……庭の隅に建てられた小屋の中で、本を読む柚人。
「……」
『祓い屋?無理無理!柚人は』
『何で?』
『勉強して動向出来るわけねぇだろ。
祓い屋ってのは、血筋でなるんだ!町長の坊ちゃんである柚人には、無理だよ!無理!』
ふと思い出す友達の声……読んでいた本を力任せに投げた柚人は、深く息を吐きながら机に広げていた資料を見た。
(人を馬鹿にしやがって……今に見てろよ)
夕方……
森から帰ってくる幸人と紅蓮。エルの傍にいた紫苑の元へ、紅蓮は駆け寄った。寄ってきた彼の頭を撫でながら、幸人の方を向いた。
「何か分かった?」
「まぁな。
知ってたのか?この事」
「……うん」
「やっぱりか」
「……幸人」
「ん?」
「森行ってもいい?」
「え?」
「ここにいる奴等は、私がいた頃はここを襲わなかった……だけど、私がいなくなった途端、ここを襲うようになった。
でも、私がまた現れた瞬間、全く襲いに来てない」
「確かに。
だが、お前一人じゃなぁ」
「紅蓮連れてく」
「……ま、それなら良いか。
あんまし、無茶するなよ」
「分かった」
紅蓮の背中に乗り、二人は森の中へと入って行った。
彼等の後を追い駆けようとしたエルを、幸人は抑え彼の嘴を撫でながら宥めた。
「お前の出番は、もう少し後だ」
森へ来た紫苑……紅蓮の背中から降り辺りを見回した。目に入る一部の草木が枯れており、地面に落ちていた枯れ葉を拾い見た。
「……見ない間に、こんな」
『あの家が原因だろう……』
「……紅蓮」
『ん?』
「私達が住んでた森も……この状態だったら」
『それは無い。
あそこは、リルや天狐が守っている。それに近くにある村は、あの森を守ってくれている。
平気だ』
「……」
『?どうかしたか?』
「……
何でいないんだろう」
『?』
「人の子って……親がいるんでしょ?
菊乃みたいに……パパやママが」
『……』
「でも……私にはいない。
目が覚めた時には、紅蓮達しかいなかった……」
『……不満か?』
「全然。ただ不思議に思っただけ。
?」
『?』
微かな風が森に吹いた……異様な静けさに、紫苑は紅蓮の背中に乗その場を離れた。二人の後を、複数の影が追い駆けていった。
森の広場へと出た紫苑と紅蓮……紫苑は小太刀の柄を握り、辺りを見ながら言った。
「隠れているなら出て来い!
いるのは分かってる!!」
微かに動く草木……そして、それらは姿を現した。
立派な角を生やした巨大な鹿……すると、茂みから紫苑達を囲うようにして現れる鹿達。
「……」
『我等の森、あの者達が壊した……
だから、あの者達を壊そうとして何が悪い?』
「……早々に立ち去るように言う。
だから、これ以上攻撃しないで」
『何故そうまでして、人の味方をする。
貴様は妖怪であろう?』
「それは……」
『……やはり妖怪と人の血が混ざり合った者など、所詮は異端。
どちらかで、生きることなど出来やしない』
「っ……」
『それ以上主の悪口を言うなら、貴様等の頭噛み砕くぞ!』
今にも鹿に襲おうとする紅蓮を、紫苑は慌てて抑えた。
『……我等が大人しくしていても、他の者達はあの者達を壊す』
それだけを言うと、鹿は仲間を引き連れて森の奥へと姿を消した。立ち尽くす紫苑に、紅蓮は心配そうに見上げた。
「……平気。大丈夫」
『……』
「一旦帰って、幸人に相談しよう」
『……あぁ』
紅蓮に乗り、紫苑は幸人達の元へと帰った。
森を抜ける紫苑……その時、町の方から叫び声が聞こえてきた。気になり、紅蓮に頼み町の方へ行った。
「!?」
妖怪に襲われる住人。逃げ惑う人々。その光景を見た紫苑は、小太刀を構え襲っている妖怪達を次々に攻撃していった。
『数が多過ぎだ!』
「出来るだけのことはやる。
紅蓮、この事を幸人達に!」
『けど』
「私なら平気。
私より、今ここの人達の方が危ない」
自身に襲ってきた妖怪を切り裂く紫苑に、紅蓮は軽く擦り寄ると駆け出した。