桜の奇跡 作:海苔弁
「美麗、どうかしたか?」
「……何か、嫌なのが来る」
「嫌なの?」
「……?」
突然本を落とすヴェルディアナ……保奈美は、落としたことに彼女の方に目を向けた。震える手を治めようと両手を握り、落ち着こうと浅く吸って吐いてをヴェルディアナは繰り返していた。
「ヴェルディアナ?
どうかしたの?苦しいの?」
『い、嫌……もう、あれは』
「ヴェルディアナ?」
“バン”
部屋の戸が乱暴に開いた……そこには、オロオロする使いの者とその前に、鋭い目付きをした男が立っていた。
目の前にいる彼の容姿に、ヴェルディアナは怯えた状態で、素早く立ち上がった。
『随分、楽しそうだな?ヴェルディアナ』
『お、お父様……』
『また、テメェだけ見えてる変な奴等と遊んでたのか?』
『い、いえ…決して、その様なことは』
『黙れ!』
テーブルを勢い良くひっくり返す父の姿に、ヴェルディアナは身を縮込ませた。
置かれていたティーセットは粉々に割れ、破片が散乱した。椅子から立ち上がった邦立は、その父親を止めようと身を乗り出すが、傍にいた秋羅に抑えられ阻止された。
『さぁて、仕置きが必要みてぇだな?』
『い、嫌です……お願いします!
もう何も…!』
頬を叩かれ、ヴェルディアナは床に倒れた。頬を抑えながら蹲る彼女の手を、父親は無理矢理引っ張り立ち上がらせ、どこかへ連れて行った。
「……秋羅さん、邦立さん達と一緒にここで待っていて頂戴。
私が様子を見てくるわ」
「わ、分かりました」
そう言って、保奈美は部屋から出て行き彼等の後を追い駆けていった。
誰もいなくなった部屋を、オロオロしていた男は片付けだした。そして口を開き、まるで秋羅達に話し掛けるようにして話し出した。
『ヴェルディアナお嬢様が、あなた方を目にするようになったのは、奥様が亡くなってしばらくしてのことです。
亡くなった日、旦那様は奥様の最期を見届けることができませんでした。悲しく泣かれている旦那様に、ヴェルディアナお嬢様は、慰めようと思いお声を掛けたんです。
『お父様、お母様は私達の傍にいるよ。今もここに』
その言葉を聞いた旦那様は、娘である彼女には見えているのに、何故旦那である自分は見えていないのか……
旦那様は、昔からプライドが高いお方……恐らく、自分に見えなくて娘に見えているのが、許せないんでしょう』
硝子の欠片を全て拾い、テーブルと椅子を元に戻し、床に溢れたお茶を拭くと、男は部屋を出て行った。
「……そんな理由で、あんな暴力を?」
「……」
『秋羅、美麗が出て来ない』
「?」
ベッドの傍にいた愁に呼ばれ、秋羅はベッドの下を覗き込んだ。下には、怯えた様子で美麗が蹲り隠れていた。
『さっきの騒動で、隠れた』
「マジかよ……
美麗、出て来い。もう平気だから」
「……」
「美麗?
どうした?ちょっと、こっち向け」
ベッドの下に手を入れ、秋羅は美麗の頬を触りながら顔をこちらに向けた。向いた彼女の目は、青く染まっていた。
「……み、美麗」
『秋羅、俺が対応する』
「た、頼む」
離れた秋羅と入れ替わり、愁は美麗に手を伸ばした。彼女は怯えた様子で、恐る恐るベッドの下から出るとすぐに愁に抱き着いた。
「また、妖力の暴走?」
「分かんねぇ。
しばらく、ソッとしとくしか……」
「……けど、何かさっきと雰囲気違うな?」
「そうか?」
「前のやつは、凄い攻撃的だったじゃん。
お前が来ただけでも、攻撃しようとして愁に宥められてて……
でも、お前が普通に触っても攻撃しなかっただろう?」
「……言われてみれば、そうだな……」
数時間後……
ボロボロになったヴェルディアナは、部屋へと戻ってきた。戸を閉めフラフラと歩きながら、彼女はベッドに座ると声を抑えて泣き出し、枕に顔を埋め伏せた。
後から来た保奈美は、泣く彼女を慰めるようにして頭を撫でた。
「保奈美さん、一体……」
「……あなた達は知らない方が良いわ。
でも、これだけは言える。この子が背が小さいのは、父親のせいよ」
「……」
その時、辺りが光に包まれた。秋羅達は、眩しさの余り腕で顔を覆った。
しばらくして、光が弱くなり彼等はゆっくりと目を開けた。
着いた場所は、先程と同じ部屋……ヴェルディアナの部屋だった。
「……何で、いきなり?」
「何か、さっきと雰囲気が違う……」
『キャァアアア!!』
部屋の外から聞こえる悲鳴……
保奈美はすぐに、部屋を飛び出し悲鳴が聞こえた場所へ向かった。彼女に続いて、秋羅達も向かった。
腰が抜けたメイドが、真っ青な顔で部屋から出て行き逃げて行った。
「な、何だ?」
少しだけ開いたドアを、保奈美はソッと押し中を見た。
所々赤く染まった、元は白であっただろうネグリジェに身を包んだヴェルディアナは、その場に座り込んでいた。手には血塗れになったナイフが握られ、傍には血塗れになり倒れる父がいた。
「な、何だ……これ」
「せ、先生?」
「やっぱり……そうよね」
涙を流す保奈美……ヴェルディアナは、乱れた髪の間から彼女達を見た。
『またいるの?』
「……ヴェルディアナ」
『とうとう殺っちゃった……
駄目だった……お父様、お母様を亡くしてからずっと、殴ってきたの。
毎晩毎晩……殴って、縛って、暗いところに閉じ込めて……
数時間の時もあれば、一日中の時もあって、時には数日の時もあった……
何度謝っても駄目だった……どんなに私の物を壊しても、私を痛め付けてもお父様は満足しなかった。
私はお母様が亡くなった日から、ずっとお父様という鎖に繋がれていたの。
でも、限界だった……
私とお母様の……一番の思い出を、壊した……
もう、許せなかった……頭の中が真っ白になって、それで……』
血塗れになった自分の手を見ながら、ヴェルディアナは怯えた声で淡々と話した。
そんな彼女を、保奈美は抱き締めようとした時、一足先に邦立が寄り抱き締めた。
「何も、悪くないですよ……
先生は、何も悪くないです……」
『……でも、私のせいでこの村は……もう』
「何も、悪くないです。
だって、先生はまだ子供ですよ?
虐待を受けていた……まだ親に守られなきゃいけない年齢ですよ?」
『でも……』
「誰が何と言おうと、俺は先生の味方です。
先生、俺は未来であなたが迎えに来るのを待っています」
その時、倒れていた父親の遺体が動き立ち上がると、落ちていたナイフでヴェルディアナを刺そうと振り下ろした。
刺される寸前、2人の前に愁に抱かれていた美麗が、ナイフを防いだ。
「み、美麗?」
「こいつ、妖怪」
「え?」
腰に着けていたケースから、小太刀を抜き襲ってきた妖怪の胸を突き刺した。妖怪は断末魔を上げながら、黒い煙と共に消えた。
すると、秋羅達の体が光の粒となり消えていった。
その時、駆け付けた警察と使用人が部屋へ入ってきた。
『これは……』
『ひとまず、子供の保護を!』
『は、はい!』
『た、大変です!
音楽室に置かれているピアノが、壊されています!』
『な、何で?!
あれは、亡くなった奥様の唯一の形見ですのに!』
警察官が伸ばしてきた手を、ヴェルディアナは握り引かれるがまま、部屋を出ていった。
「師匠!!」
『……私、大人になったらあなたを迎えに行くわ。
妖怪だから、長く生きるよね?』
そう微笑んだのを最後に、邦立達は元の場所へ戻った。
戻る前、保奈美はヴェルディアナの過去が見えた。
そこには、鎖に繋がれた彼女を前に黒ずくめの男が、目の前に立ち煙草を吸っていた。
『……その容姿で、人1人殺したとは……』
『私、いくらで売れたの?』
『さぁな』
『……ねぇ、売られるなら名前を変えても良い?』
『?
ヴェルディアナ・ヴィスコンティって名前を、捨てるのか?』
『ヴィスコンティ家はもう終わった。
だから、新しい名前で新しい人生を歩みたい。
だって、これから行く所って日本なんでしょ?』
『まぁな』
『その国に相応しい名前が良い』
『別に良いが、字はこっちで適当に決めるぞ。
名前の欄、まだ空白だったからな』
『……』
『で?名は?』
『……みどり。
名字は、勝手に決めて』
『承知した』
その光景を見る保奈美……彼女は、ヴェルディアナ…みどりの傍に座るとソッと抱き締めた。
「みどり……私も、あなたを未来で待ってるわ」