桜の奇跡 作:海苔弁
「早く、安全な所に」
「あ、ありがとう!」
男を逃がした時だった……彼女を囲うようにして、妖怪達が集まった。辺りを見て、キリが無いと思った紫苑は、素早く陣を描き中心に立った。
「悲しき氷の精霊よ、我が失いし心の傷よ、古き契約に従いて、わが意に従い、嵐を運べ」
光り出した陣から、氷の吹雪が吹いた。紫苑は差し出した手から、数本の氷柱を作り出した。
「凍てつく氷の槍よ、貫け!」
それら全て一斉に放った。一部の妖怪達の体に、氷の槍は次々に貫き倒していった。
町長の家の庭で、エルの世話をする幸人と秋羅。その時大人しかったエルが、鳴き声を上げながら玄関の方を見た。柵を跳び越え敷地内に入ってきた紅蓮は、人の姿へとなり幸人達の元へ駆け寄った。
「紅蓮?
紫苑はどうしたんだ?」
『町に妖怪が襲ってきてる!』
「?!」
『紫苑が今足止めしてる!
ついて来い!』
再び狼の姿へとなった紅蓮は、柵を跳び越え町へ向かった。彼の後を幸人はすぐに追い駆け、秋羅も追い駆けようとした瞬間、エルは彼を銜え勢いを付けて自身の背中に乗せると、紅蓮の後を追い駆けていった。
息を切らす紫苑……周りには、倒した妖怪達の屍が転がっていた。その上に立つ新たな妖怪達が、彼女に攻撃していた。
攻撃してくる妖怪達を、次々に小太刀で切り裂く紫苑だが、体力に限界が来たのか一匹を倒した際に、地面に膝を突いた。
(駄目だ……これ以上……)
不意に自身を覆う黒い影……その影に紫苑は、恐る恐る顔を上げた。
鋭い爪を振り上げる妖怪……束を握る手に、力を入れ受け止めようとした時だった。
空からエルが降り立ち、妖怪に馬蹴りを食らわせた。
「紫苑!無事か!?」
「秋羅……」
するとここへ着いた紅蓮が、幸人を下ろすと紫苑の元へ駆け寄ってきた。
「紅蓮!」
「お前は下がってろ。
秋羅!」
「応よ!」
秋羅は腰に着けていたケースから三本の鎖で繋がった棒を手に取り、目の前にいる妖怪に攻撃した。幸人はその隙に10枚の札を宙に浮かせ、印を結びながらお経を唱え始めた。
幸人が妖怪を祓おうとしたその時、建物の影から飛び出してきた柚人。彼は瓶の栓を抜くと、中に入っていた液体を妖怪に掛けた。
「な、何だ?!あの液体?!」
「テメェ!!人が祓いやってる最中に飛び出すな!!死にたいのか!!」
柚人の胸元を掴み上げながら、幸人は言いながら怒鳴った。
その間に、妖怪の動きがしばらく止まっていた。だが、突然体を伏せると、沸々と黒いオーラを放ち始めた。
「幸人、あれ!」
「?……!!
な、何だ……」
「?」
黒いオーラを纏った妖怪は、咆哮を上げると鋭い爪を目に映った紫苑目掛けて突いてきた。
逃げようとしたが、怪我で足が上手く動かず逃げられずにいた彼女の前に、紅蓮は人の姿となって立ち体で攻撃を防いだ。
地面に滴る血……紅蓮は、突いてきた爪を脇に挟み食い止めていた。爪に付いた彼の血が、紫苑の足下に落ちた。
「紅蓮!!」
「しっかりしろ!!」
爪を引き抜いた妖怪は、咆哮を上げてその場で身構えた。秋羅に上半身を持ち上げられた紅蓮は、口から血を流しながら虚ろに目を開け、力を振り絞り手を上げ傍にいた紫苑の頬を撫でた。
『……無…事で……よかっ……た……』
笑みを溢す紅蓮……その手は力無く落ち、彼は意識を無くした。秋羅はすぐに着ていたベストを脱ぎ、それを彼の傷口に当て止血した。
頬に付いた血を触る紫苑……手に付いた血を見た瞬間、何かが頭に過ぎった。
風に靡く黒い長髪……どこかの桜の木の下に、その人は立っていた。
「…!!
っ!!うっ!!」
突如襲う激しい頭痛……紫苑は頭を抑えながら、苦しみ出した。
秋羅の声が遠くから聞こえた……だが、彼女の耳にはその声は届いていなかった。
(誰!!この人は!!
分からない!!分からない!!
頭が……頭が!!)
手に付けていたブレスレットの鎖が切れた……その瞬間、彼女の額からあの雪の結晶の模様が光り出し、体全体に広がった。
「!?」
「し、紫苑?」
秋羅達の前に立つ紫苑……白息を吐きながら、彼女は青くなった目を光らせて、目の前にいる妖怪に攻撃した。
折れる爪……折れた先から血を流した妖怪は、悲痛の声を上げた。苦しむ妖怪に、紫苑は容赦なく攻撃した。手に持っていた小太刀を、妖怪の左目に突き刺した。もがき苦しむ妖怪を見て、不敵に笑みを溢しながら紫苑は右目を突き刺し、そして胸元を突き刺した。
胸を押さえながら、妖怪はその場に倒れ大量の血を流しながら息絶えた。
死体を背に、自身の手に付いた血を舐める紫苑…… その姿に、秋羅達は恐怖を感じた。彼女はふとある方を向いた。そこにいたのは、柚人だった。
紫苑は小太刀を手に、柚人目掛けて襲い掛かった。襲われ掛けた彼は、怖じ気付き尻餅を付いた……殺されると思い、柚人は頑なに目を瞑った。
「落ち着け!!紫苑!!大人しくしろ!」
幸人の声に柚人は、目を開きその光景を見た。彼に抑えられた紫苑は、幸人の腕に噛み付き暴れていた。
「秋羅!俺のバックから、赤い札と数珠を出せ!」
「でも!」
「いいから出せ!」
戸惑いながら、地面に置かれていたバックから札と数珠を出す秋羅。その時、紅蓮の体から青い炎が上がった……炎は人の姿となり、地面に落ちていたブレスレットを手に取り、幸人達に歩み寄った。
「な、何だ……あれ」
「……」
歩み寄ったそれは、暴れる紫苑を抑える幸人を見た。その何かを訴える目に、幸人はソッと手を離した。暴れ出そうとした紫苑を、それは抱き締めた。
大人しくなる紫苑……
『大丈夫だよ……もう大丈夫』
「……」
大人しくなった紫苑の手に、それはブレスレットを付けた。するとブレスレットが光り、その光に反応するかのようにして、体に広がっていた模様が収まり、紫苑はそれに凭り掛かるようにして意識を失った。
それは倒れた紫苑を横に炊き、地面へ寝かせた。そして幸人を見ると、一瞬微笑みを見せて消えていった。
君が暴走した時、僕が必ず君を止めるよ。
大丈夫。こう見えて僕は、丈夫だから。
君を立派に育てると、約束したんだよ……
どんな形になっても、僕は必ず君の傍にいるよ。