桜の奇跡 作:海苔弁
「酷え熱だな」
体温計を見ながら、幸人は美麗の額に手を置いた。高熱のせいか、顔を赤くした彼女は自身の額に置かれた幸人の手を甘えるようにして握った。
「翔さんが飲ました、あの薬の副作用か何か?」
「可能性は有る。
秋羅、すぐに水輝を呼べ」
「分かった」
すぐに幸人達の家へ着いた水輝は暗輝と共に、美麗の部屋に入った。水輝はすぐに自宅で用意した解熱剤を飲ませようとするが、美麗は頑なに口を閉ざし拒否した。
「マジか……」
「水輝が用意した薬を飲まねぇなんて……」
「翔の奴、何飲ませたんだよ……」
「仕様が無い。水輝、ちょっと来い」
「ん?何で?」
「いいから」
自身の手を握る美麗の手を離させ、幸人は水輝と共に部屋を出た。彼等の後を追おうと起き上がった美麗だが、ふらつき倒れ掛けた。暗輝は慌てて手を差し出し、彼女を支え寝かした。
「すぐ戻ってくるから、大人しくしてろ」
俯せに寝た美麗に、アゲハは心配そうに鳴き声を発しながら、彼女の元へやって来た。
『キー?』
「お前はこっち」
触覚で美麗の頬を撫でるアゲハを、秋羅は持ち上げ部屋から出した。
「アゲハ……ドコ?」
「風邪引いてるから、一時避難だ。
治ったらすぐに戻ってこれるよ」
「……」
しばらくして、幸人と水輝が戻ってきた。美麗を自身に凭り掛からせ起こした幸人は、器に盛られた摺り林檎をスプーンで掬い、彼女の口に近付けさせた。
一瞬だけ見る美麗だが、すぐにそっぽを向いた。
「え?!幸人の摺った林檎だよ!?」
「美麗、一口だけでもいいから食え」
暗輝の言葉に、美麗は激しく首を左右に振った。
「完全に警戒心持っちまってるな……」
「翔の奴、本当に何の薬飲ませたんだ?」
「グチグチ言うな。
暗輝、俺抑えてるから食わせろ」
「え?」
自身の腕にしがみつく美麗を持ち上げ、幸人は膝に乗せた。ボーッとしている彼女の口を無理矢理開けさせ、その隙に暗輝は摺った林檎を入れようとした
「美麗、食べ…!!
痛っ!!」
幸人の腕を噛み付き、美麗は彼から離れるとその場で大泣きした。
「今回の美麗、最悪な状態だな……」
「翔が飲ませた薬が、よっぽど酷い物だったって事かな」
『美麗、大丈夫?』
アゲハを抱えた愁は、心配そうに部屋を覗き込んだ。
「大丈夫大丈夫。
高熱でちょっと、機嫌悪いだけだから」
「ちょっとって程じゃねぇけどな」
「薬は後だ。
先に寝かせるぞ」
泣き喚く美麗に幸人は歩み寄った。次の瞬間、彼の頬に氷の刺が擦り壁に突き刺さった。
「ゆ、幸人?!」
「痛……平気だ、掠り傷だ」
咳き込んだ美麗は、流れる涙を拭きながらベッドに横になった。鼻を啜り、傍にあった猫の抱き枕を抱き締め丸まり顔を埋めた。
「機嫌が直るまで、しばらくほっとくか」
「だな」
「私、ここにのこ」
「1人にさせろ」
「はい……」
部屋を出ていく幸人達を見ながら、愁は美麗を見つめた。
「おい愁、行くぞ」
『……俺、美麗の傍にいる。
アゲハ、頼む』
「あ、おい!」
『キー!』
部屋の戸を閉め、愁は机に置かれたランプに明かりを灯した。
しばらく泣き続ける美麗だが、次第に鼻を啜りながらフラフラと起き上がった。
起き上がった彼女の元に、愁は歩み寄った。近付いた途端、愁の頬に氷の刺が掠った。傷口から出る血を拭い、彼は美麗の隣に座り自身の脚に頭を乗せるようにして横にならせた。
横になった美麗は、鼻を啜りながら涙を拭き自身の頭を撫でる愁の手を握った。落ち着きを取り戻した彼女は、彼の手を弄っていく内に、眠くなったのかあくびをすると目を閉じ眠りに付いた。
その様子を、ドアの隙間から秋羅達は覗き見ていた。
「寝入っちゃった……あんなに泣き喚いていたのに」
「やっぱ、晃さんと同じ桜の守だから安心するんですかね」
夕方……
不機嫌かつ眠そうな表情をした大地と傷だらけの翔が、書類を持ってやって来た。
「……えっと……」
「幸君いる?それと水輝達」
「い、いますけど……」
「オー、来たか」
「来たかじゃないわよ!
突然連絡して、ぬらちゃんに飲ませた薬のデータ持って来いだなんて……人使いが荒いわよ!!」
「その様子だと、陽介の奴かなりやりまくったな?」
「やられまくったわよ」
「おかげで徹夜明けだったのに、更なる重労働ですよ」
ベッドで横になる美麗を、水輝は診ていた。診られている間、診察する水輝を美麗は愁に抱かれながら警戒していた。
「熱以外は、大丈夫そうだね。
あとで冷たいタオルで、首と脇の下を冷やしてあげてね、愁」
『うん』
「水輝~いる~?」
酷い顔をした大地が部屋を覗きながら、水輝を呼んだ。彼の姿に、美麗は愁の後ろに隠れると毛布に包まった。
「何でアンタ等2人がいるの?」
「俺が呼んだ」
入ろうとする大地を引き留めながら、幸人は水輝に言った。水輝は器材を片付けると、すぐに部屋を出て行き廊下で話した。
「例の薬の成分、分かった?」
「この成分表を見て、判断して。
正直、所長がこんな事するなんて思ってもみなかったわよ」
大地から受け取った成分表を、水輝は捲り読みながら下へと下りリビングに置かれているソファーに腰掛けた。
下へ降りていった彼等を見届けた愁は、ウトウトする美麗の元へ戻り彼女を寝かし付けた。
「興奮剤?」
書類を何度も見直しながら、水輝は向に座る幸人達に話した。
「人間で言うとね。
この薬の成分は、死んだ父さんの研究資料と100年以上前の研究資料を合わせて、作られた物だと思うよ」
「何でそこまで分かるんすか?
ただの医者なのに」
「医者である前に、俺等は元研究員だ。
この辺りの薬を知ってて当然だ」
「父さんの研究室に入っては、よく資料を暗輝と読み漁っていたからね。
まぁ、これで何の薬を与えればいいかは分かった。
けど」
「問題は、それを飲むかどうかだ」
「あら?ぬらちゃん、水輝達の薬は素直に飲んでたじゃない」
「どっかの馬鹿研究員のせいで、水輝達の薬も受け付かなくなったんだよ」
「幸人特製の摺り林檎に混ぜて飲ませようとしたけど、噛み付いて攻撃して失敗に終わった」
「だから包帯してたのね」
秋羅から貰ったコーヒーを飲みながら、大地は幸人の腕を見た。
「一番手っ取り早いのは、寝てる最中に注射で薬を注入する事なんスけどね」
「だったら、今してこいよ」
「え?いいんすか?」
「別にいいわよ。出来ればの話だけどね」
「それじゃあ、お言葉通り解熱剤注射してきます」
「僕チンも付き合うわ」
コーヒーのマグカップを置き、大地は翔と共に器材を持ち美麗の部屋へ向かった。2階へと上がる彼等を、幸人達はお茶を啜りながら眺めた。
“ドン”
「グヘ!」
激しく壁に強く当たる翔……その直後、大泣きをする美麗の声が部屋から響いた。
「やっぱりな……」
「ほっとけばいいのに」
夜……
苦しそうに息をする美麗。秋羅が彼女の熱を測り見ると、昼間より高熱になっていた。
「夜になったから、熱が上がったな」
「薬飲んでくれれば、いいんだけど……」
秋羅達が部屋を出ていくのと入れ違いに、ベッドに座った愁は美麗の頭を撫でた。トレイに置かれ摺った林檎が盛られた器を持ち、スプーンで一口掬うと、それを美麗の口に近付けた。だが、美麗はすぐに顔を背け口を閉ざした。
『……美麗、食べないと治らないよ?』
「いらない……」
『薬、入ってないよ?』
「……」
その言葉に、美麗はフラフラとしながら起き上がり愁の方を見た。彼は摺った林檎を一口食べて見せ、起き上がった彼女の方を見た。
「……苦くない?」
『苦くない。
ほら』
差し出されたスプーンに、美麗は一瞬身を引いた。愁とスプーンに盛られた林檎を交互に見ると、恐る恐る口に入れた。薬の苦みが無い事が分かった彼女は、愁からスプーンを受け取り林檎を食べた。
食べ終えた美麗は、眠そうにあくびをした。愁は眠い目を擦る彼女の頭を、枕に乗せ布団を掛けると頭を撫でた。撫でられる美麗は、重くなっていた瞼を閉じ眠りに付いた。
眠ったのを確認すると、愁はトレイを持ち部屋を出た。
「ハァ!?食った!?」
空になった器を見て、秋羅は驚き思わず声を上げた。
「俺等の苦労って一体……」
「どうやって食わせた?」
『先に俺が食った。
そしたら食べた』
「……幸人、俺今凄え翔を殴りたい」
「奇遇だな。
俺もだ」
「私は胸を切り裂きたい気分よ」
「あの、お三方……怖いですよ?」