桜の奇跡 作:海苔弁
ベッドで寝息を立てて眠る美麗の額を、秋羅は手で触れ自身の額にも触れた。
「熱は引いたみたいだな」
彼の言葉に傍で、彼女の手を握りながら座っていた愁は、安堵の息を吐いた。
「もう熱引いたんだから少しは寝ろよ、愁」
『もう少ししたら寝る』
「あんまり無理するなよ」
『うん』
愁の答えを聞いた水の入った桶を持って、秋羅は部屋を出た。
部屋に残った愁は、美麗の頭を撫でると傍に置かれていた猫の抱き枕を、彼女に抱かせ握っていた手をソッと離した。美麗は抱き枕を抱き締め、眠ったまま顔を埋めた。
床に敷かれている布団に入った愁は、美麗を気にしつつそのまま目を閉じ眠った。
「ミーちゃん、熱下がってた?」
リビングで薬を作っていた水輝は、二階から降りてきた秋羅に話しかけた。
「熱下がってましたよ。今眠ってますけど」
「良かったぁ!
この薬が効くかどうか心配だったけど、効いて良かったよ」
「あのバカ研究員のせいで、薬を拒む羽目になって大変だったわ」
「お前の腕、傷だらけになったもんな!幸人」
「ほっとけ」
フワフワとした物が、顔を撫でた……美麗は手でそれを振り払うが、何度退かしてもそれは当たり目を擦りながら彼女は起きた。
『キー?』
目の前にいたのは、触角で顔を撫でるアゲハだった。美麗が起きたのを確認すると、アゲハは前足を器用に上げ触角を整えた。
「……」
アゲハの頭を撫でながら、美麗は起き上がり部屋を見た。
暗い部屋……ベッドから降り、閉まっていたカーテンを美麗はソッと開けた。
外は暗く、月明かりが外を照らしていた。
美麗はアゲハを頭に乗せ、部屋を出た。
廊下は暗く、美麗は壁に手を付けながら歩いた。そして階段をゆっくりと降りた。
「……秋羅?
幸人?」
リビングには誰も居らず、美麗は咄嗟に各々の部屋にいると思い、部屋の戸を開けるが誰もいなかった。
「……秋羅、幸人。
愁?」
最後に愁の部屋の戸を開けるが、そこにも誰もいなかった。
不安になりながら、美麗は裏口の戸を開け外を見た。
季節は夏のはずなのに、真冬のような冷たい風が吹いた。外へ出た美麗は、小屋へと向かった……
ふと牧場の中心を見ると、そこに人が立っていた。
白髪の一つ三つ編みを揺らし、青い着流しに身を包んだ女性……
「……誰?」
『……あと少し』
「え?」
『あと少しで、お前は私の物』
振り返った女性の目は黒く染まっていた。あまりの恐怖に、美麗はその場に座り込んだ。
『キー!キー!』
アゲハの鳴き声に、美麗は耳を塞ぎ目を瞑った。慌てふためくアゲハの鳴き声が響く中、それは届いた。
『美麗』
聞き覚えのある声に、美麗はゆっくりと目を開けた。
心配そうに、自分の顔を覗く愁の姿……飛び起きた美麗は、すぐに彼に泣きながら抱き着いた。慰めるようにして、愁は美麗の頭を撫でた。
『……美麗、大丈夫』
「変な夢見た。
起きたら誰もいなくて……怖くて……
外に出たら……」
『分かったから、もう何も喋らなくて良いよ』
落ち着いてきた美麗を離した愁は、彼女を横に寝かせた。順番を待っていたかのように、枕元にいたアゲハは触角で彼女の頭を撫でた。撫でてきたアゲハの頭を、美麗は撫でてやった。
「……愁、どっかに行ったりしない?」
『しない。
美麗の傍にいる』
横になっている美麗の手を、愁は握った。彼の手を握りながら、美麗は瞼をゆっくりと閉じた。
しばらくして、寝息が立った……愁は美麗の手からゆっくりと自身の手を抜き、代わりに猫の抱き枕を抱かせた。
眠る彼女を前に、愁は妖怪辞典を読み漁っていた。1冊を読み終え、別の物を読もうとした時まだ読んでいない積まれた本の中に、しおりを挟んだ本が1冊あった。
その本を手に取った愁は、しおりが挟まれたページを開いた。
『……桜の守。
桜の木から生まれる特殊な妖怪。容姿は男女問わず美しく、特徴的なのが漆黒の長髪。そして、紅色の瞳をしている。その他は普通の人間と変わりない』
説明文の隣には、長い黒髪をブラシで梳かす女性の絵が描かれていた。その絵と見比べるかのようにして、愁は部屋に置かれていた姿見で、自身の容姿を見た。
『……俺と同じ。
桜の守に己を守る力は無い。だがそれと引き換えに闇を消す力を持っている。
闇を持つぬらりひょんにとって、彼等は掛け替えのない存在である……
闇……』
思い出すメアの森での出来事……自身の手から放たれた神々しく光った矢。その矢は闇に染まった鬼を浄化し、あの世へと送れた。
『……?』
小さな声に、愁は後ろを振り返った。目を擦りながら、美麗は起き上がろうと体を動かした。それを阻止するようにして、愁は左手で彼女の頭を撫で頬を撫でながら彼女を横にならせた。
『怖い夢、見た?』
「ううん……
何か、急に心細くなっただけ」
『そうか……』
「ねぇ、秋羅達は?」
『仕事でちょっと出てる。
すぐ帰るって言ってたから』
「……その本、読んだの?」
膝の上に広げた本を見ながら、美麗は愁に質問した。彼女の質問に、彼は頷いた。
「その本、この家に着た時に幸人が買ってくれたんだ。
それ、桜の守が書かれているでしょ」
『うん』
「晃の本は、北西の森で読んだんだけど……その本だけ、読んだことがなかったんだ」
『傍にいたのに?』
「うん……
晃がそれを書いてるところは見たんだけど、売ったのは全然知らなかったんだ……」
『……しおり挟んだのは、晃のページだから?』
「……掛け替えのない存在って書いてあるけど……
嘘だよ……
だって、晃はもうこの世にはいないもん……」
『……』
「ねぇ、愁は知ってる?
そこに書かれてる、闇について」
『分からない……』
半べそをかく美麗を慰めるようにして、愁は彼女の頬を撫でた。
気持ち良さそうにする彼女を、愁はどこか愛おしそうに眺めた。寄ってきたアゲハに微笑みかけながら、彼はずっと頬を撫で続けた。
「フィー、やっと仕事終わったー」
夜遅く、仕事から帰ってきた秋羅と幸人は豪快にソファーに座った。
「久し振りの近辺とはいえ、やっぱり仕事は疲れる」
擦り寄ってきた瞬火の頭を撫でながら、幸人は首に絞めていたネクタイを緩めた。
「ちょっと美麗の様子見てくるわ」
「分かった」
立ち上がった秋羅は、階段を上り部屋の戸をソッと開けた。
中は、積み重ねられた妖怪辞典と開いたままの本、猫の抱き枕が床に転がっており2人の姿はどこにも無かった。
「どこ行ったんだ……あいつ等。
幸人!!」
ランタンを片手に、秋羅と幸人は裏口から牧場へ出た。辺りを照らしながら2人を探し、そして馬小屋の戸を開き中を見た。
照らしながら2人は、エルと紅蓮の寝床へ向かった。
「……いた」
眠る紅蓮の胴を枕代わりに、寝息を立てる美麗と愁……
秋羅達に気付いたエルは、顔を上げ小さく鳴き鳴いたエルを、幸人は撫でてやった。
「しばらく外出てなかったからな……
寂しくなったんだろうよ」
「ご丁寧に毛布まで持ってきてる……
持ち帰るか?」
「いや、良いだろう。
丁度夏場だし。風邪がぶり返す心配もないし」
「じゃあ、このままにしとくぞ。
エル、2人を頼むぞ」
頬を撫でながら頼んできた秋羅に、エルは返事をするかのようにして鳴き声を放った。
明け方……
眠っているエルは、何かの気配を感じたのか目を覚まし顔を上げた。
隙間から差し込む日の光に照らされ、そこに現れ出た。
晃が……美麗の傍に。
首を傾げ、エルは小さく鳴きながら晃の元へ寄り嘴を擦り寄せた。
寄せてきた嘴を、晃は撫でながら眠る美麗と愁を眺めた。
『……小さな妖は見えるのに、死んだ者は見られない……
僕はずっと、美麗の傍にいるのに……死んだ時から』
気持ち良さそうに眠る美麗の頭を、晃はソッと撫でた。エルは不思議そうに首を傾げながら、鳴いた。エルの疑問に答えるようにして、晃は2人の寝顔を見ながら話した。
『契約で、僕は特別なことをしない限り美麗の前には現れないんだ。
今は眠っているから、姿を君等に見せることは出来るけど……目覚めれば、消える。
聞いているんだろう?愁』
晃に背を向けて狸寝入りをしていた愁は、恐る恐る振り返り起き上がった。
『……ごめん。
盗み聞きする気は』
『分かってるよ。
愁』
『?』
『これからは、君が美麗の傍にいてあげてね。
僕はもう、彼女の傍にはいられない。やることがあるから』
『やること?』
その時、朝日が昇り小屋の隙間から日差しが差し込んだ。起きたのか、美麗は目を擦りながら大あくびをした。
『起きたみたいだね。
じゃあね。あとは任せたよ、愁』
桜の花弁と光の粒と共に、晃はそこから姿を消した。起きた美麗は寝惚けながら、辺りを見回した。
「……あれ?晃は?」
『晃?』
「さっき、晃の声が……
じゃあねって……愁」
不思議そうに自身の方に向いた美麗を、愁は自分の膝に乗せ抱き締めた。美麗は彼の顔を見上げながらも、胸に顔を埋め愁に抱き着いた。
(……俺は……
美麗の傍を……離れない)