桜の奇跡 作:海苔弁
病院のベッドで眠る紅蓮……酸素マスクを付け、何本かのチューブを体に付け、機械音が病室に響いていた。
「今日持てば、回復し次期に目は覚めます。
失礼ながら、あの怪我で生きているのが奇跡です」
医師から説明を聞く秋羅。その時、別室で治療を受けていた幸人が、診察室へ入ってきた。
「幸人、怪我は?」
「大したことない。
紫苑に噛み付かれただけだ」
「……」
「先生、紫苑の奴は」
「あのお嬢さんでしたら、次期に目は覚めます。
かなり傷は多いですが、命に別状はありません」
その言葉に、二人は安堵の息を吐いた。
病室のベッドで眠る紫苑……開いていた窓から外にいたエルは、顔を覗かせ彼女の頬に擦り寄り目が覚めるのを待った。
夕方……
目を覚ます紫苑……それに気付いたエルは、彼女の頬を舐めた。彼の嘴を撫でながら、紫苑は体を起こした。
「……!
紅蓮」
傍に紅蓮がいないことに気付いた紫苑は、痛む体でベッドから降り、病室を出た。見知らぬ所に、彼女は辺りを見ながら警戒した。
「紅蓮……紅蓮」
廊下を歩く紫苑に、背後から気配を感じ素早く振り返った。そこにいたのは、数枚のタオルを持った秋羅だった。
「部屋いなかったから、心配したぞ」
「……紅蓮、どこ?」
「紅蓮は別室だ。
まだ目が覚めてない」
「紅蓮の所に行きたい!
紅蓮、どこ?」
「……」
「……死んで……ないよね?」
「死んでないよ。
(まぁ、いっか……)おいで」
紫苑を抱き上げ、秋羅は紅蓮の病室へ行った。
部屋のドアを開け、部屋に入る秋羅と紫苑。彼女を下ろすと、引かれていたカーテンを開け、中へ入れた。
ベッドの上で、静かに眠る紅蓮……彼を見て、紫苑はすぐに駆け寄った。
「紅蓮……ねぇ、大丈夫だよね?」
「今夜持てば、助かるそうだ」
「……」
「心配しなくても、紅蓮は大丈夫だ」
「……
分かんない」
「?」
「紅蓮が怪我してから、私何かした?」
「……」
「紅蓮に血の手で頬を触られた時、目の前が真っ白になって……
頭の中で、何かがグルグルして」
「紫苑……」
「それが名前かどうかも分からない……
昔の記憶なんて、何にも無い……意識戻って目が覚めたら、あの森にいただけだった……
でも……」
大粒の涙を流す紫苑……布団から出ていた紅蓮の手を握りながら、彼女は話した。
「紅蓮いないと……
不安で不安で仕方ない…!
秋羅達の所に来てから、分かんない感情が出て来て……」
「……」
泣きながら紫苑は、紅蓮のベッドに伏せた。声を掛けようとした秋羅を、いつの間にか着ていた幸人は、首を左右に振りながら彼を外へ連れて出た。
「人と触れ合ってなかったから、感じたことのない不安が芽生えたんだろう」
「感じたことの無い不安?
どんなの?」
「そうだなぁ……
大事な家族がいなくなる……」
「!」
「簡単に言えばな。
ずっと森で暮らしていた……危険と言えば、妖怪が襲ってくることだけ。
だけど今は、人からも襲われる……亡くなるって意識し始めてんだよ。あいつは……
誰もが持ってる「死」と言う恐怖を感じ始めてんだ」
「……」
「さぁて、俺は馬鹿の説教をしに行くけど来るか?」
「馬鹿?」
「町長の馬鹿息子、柚人の説教だ。
正直、今回の紅蓮が重傷を負ったのはあいつのせいだ。それに、今妖怪達がこの町を襲っているのは、あの町長の家のせいだ」
「家?何で?」
「あの森には、森を維持するための湖があったんだ……
昨日、紅蓮と一緒に森を調べてみたら……湖があったと思われる場所は、枯れていた。
湖が無くなった事により、動物達の住み家が消えた」
「動物達の住み家が消えたのと、妖怪がこの町襲うようになったのとどういう関係があるんだよ」
「大有りだ。
妖怪は何故か、動物を襲わない……森があり、動物がいる場所には、滅多に妖怪は襲いには来ない。
だけど、今はその動物達がいなくなりつつある。
森が枯れて掛けている原因は、あの家」
「それが昔からなら、何で紫苑がいた頃は襲ってこなかったんだ?」
「当たり前だろう?
お前、鹿が狼を襲うか?襲わねぇだろう?
それと一緒で、紫苑がいた頃は襲おうとしなかったんだ。だが、強敵がいなくなれば万事OK。襲いたい放題だ。だから、襲うようになったんだろう。湖が無くなった根源である、あの家と自分達の害である息子を」
秋羅にそう話ながら、幸人は彼と共に町長の家へと赴いた。
柚人の部屋へ入る二人……彼は部屋に置かれている机に向かって座っていた。
「昨日の夜からずっとこの状態です」
「……」
「ねぇ、紫苑は?」
「怪我したから、病院に」
「明日お見舞い行っても良い?」
「出来るようになったら、一緒に行こう」
「うん!」
「すみません、息子さんと少し話が」
「分かりました。
菊乃、行きましょう」
全てを承知した母親は、部屋の戸を閉め離れた。
三人だけとなった部屋……幸人は置かれているベッドに座りながら、話した。
「あの薬は何だ?」
「……」
「妖怪が興奮状態に陥る薬は、法律上作るのは禁止されている。
知ってるよな?」
「……」
「何であの薬を掛けたんだ?」
「……効くと思ったから」
「効く?」
「あれは……眠り草を中心に作った、薬だった。
掛ければ、すぐに眠ると……」
「眠り草ねぇ」
「草と言っても、色んな種類がある。
眠り効果があっても、副作用で興奮状態になる時がある」
「そんなの、本に」
「本ばかりに頼るな」
「っ……」
「お前、祓い屋になりたいんだってな?」
「……」
「祓い屋になる条件は?」
「類いなる知識と霊力」
「はい失格」
「?!」
「類いなる知識な必要だ。
でも、祓い屋になるにはな……己の師匠を殺さなきゃいけないんだ」
「え?」
「それだけじゃねぇ……
祓い屋の修行として、最低でも15年は師の傍にいなきゃいけない。
その後は、師が亡くなるまで師の助手だ」
「そ、そんなこと何も」
「当たり前だ。
そう易々と、祓い屋を増やしたくないんだ……妖討伐隊と政治からすれば、精々10人いれば足りるぐらいだ」
「……」
「祓い屋が本を出さないのは、祓い屋志望を増やさないため。
祓い屋は己の目で、素質があるかどうかを見て弟子にするかを決めるんだ」
「……そんな。
あいつ等を見返せない!!」
「あいつ等?」
「学校の友達……見返したいんだよ……
俺でも……俺でも、祓い屋になれるって事を証明したいんだ!!」
「残念だが、諦めろ。
動物も人も大事にしない野郎の所になんか、祓い屋なんて誰も迎えに来やしないがな」
「っ!!」
部屋を出て行く2人……柚人は、机に置かれていた本を、壁に向かって力任せに投げ付けた。
夜……
紅蓮のベッドに伏せ、眠る紫苑に秋羅は毛布を掛けた。
「今晩は、ここに泊めさせて下さい。
多分、離れないと思うんで」
「分かりました。
仲が良いんですね。ご兄妹ですか?」
「ま、まぁ……」
「では、何かありましたらすぐにお知らせを」
「はい。色々ありがとうございます」
部屋から出て行く看護婦に礼を言いながら、秋羅は軽く頭を下げた。その時、窓を叩く音が聞こえ外を見ると、そこにはエルがいた。
「エル!どうしたんだ?」
窓を開けると、エルは小さく鳴き声を上げて、窓から身を乗り出し紅蓮の頬を嘴で軽く突いた。
「エル……
お前も心配なんだな。けど、大丈夫だ。
こいつが、紫苑を残して逝くような奴じゃ無いよ」