桜の奇跡 作:海苔弁
駅へ降りた幸人達は、外へ出ると体を伸ばした。
「やっと着いた」
「ここからまだ、距離はあるんだけどね。
北西の町までは」
「歩くのか?」
「いや、今日はこの町に泊まるよ。
小さいけど、宿はあるし」
「なら良いけど」
家畜車からエルを出した愁は、手綱を引きながら幸人達の元へ寄った。寄ってきた愁から、秋羅はエルの手綱を受け取った。手綱を渡すと、愁は自身から落ち掛けていた眠っている美麗を抱き直した。
「列車の中で、夕飯食べて正解だったな」
「まぁ、緊急停止があったから」
「2時間遅れの到着ですからね」
「……あれ?
着いたの?」
眠い目を擦りながら、美麗は起き愁から降りた。
「一応な」
「今日はこの町に泊まって、明日君等が北西の森に行く時に通った町に行くよ」
「今日じゃないの?」
「もう遅いからな」
そう言いながら、幸人は周りを歩く乗客達に警戒しながら浅く被っている美麗のフードを深く被らせた。彼等から隠すようにして、葵と暗輝が美麗の周りに立った。
「……嫌な気配がしますね」
「おそらく、闇市場の奴等だろ……」
「愁、美麗から絶対目を離すな」
幸人の言葉に、愁は頷きフードの裾を弄る美麗を抱き寄せた。
翌日……
道なき道を幸人達は歩いていた。
「な、何で……」
「森の中、歩くんですか?」
「美麗を守るためだから、我慢してね」
「昨日夜、ちょいと辺り調べたらザッといたからな。
闇市場の奴等が」
「お前、よく鼻が利くな」
「幼少期から、闇市に行かされてたからな。
においが分かるんだよ」
「ここを通ってから、エル達を行かせるべきだったな」
「それは分かる……」
先頭を歩いていた美麗は立ち止まり、辺りを見回した。
彼等が立ち止まると、茂みから巨大な猪が子供を連れて出て来た。
鼻を動かしながら、猪は美麗達の方に体を向けた。動こうとした幸人達に、美麗は手で動くなと合図を送りながら、ゆっくりと猪に近寄った。猪達はジッと美麗を見つめ、そして彼等をチラッと見ると茂みの中へと入って行った。
「大きい猪」
「この辺りを管理してるんだよ。
道を知ってる奴か、礼儀を知っている奴しかこの森を通さないから」
「じゃあ、今のって挨拶なのか?」
「うん。
この森抜ければ、町に着くよ」
しばらくして森を抜けると、ようやく目的地の町に幸人達は着いた。
「フゥー、やっと着いた」
「依頼人はどこにいるんだ?」
「町の真ん中にある噴水の前で、待ち合わせだよ」
森から出た幸人達は、町の裏口から入った。町の中を歩いていき、中心街に着くとそこには噴水があった。
「ここか?」
「多分そうだと思うけど……」
幸人と葵が辺りを見回している間、噴水の縁から美麗は身を乗り出し、中に入っている水に手を入れた。するとそれを真似するかのようにして、傍にいた低級の妖怪達が次々と水の中に入り水飛沫を上げた。
「うわっ!」
『美麗、大丈夫?』
「水が掛かった」
顔に付いた水を美麗は袖で拭き、それを見た愁はバックからタオルを取り出し、彼女の顔を拭いた。
「あの、祓い屋の水影様ですか?」
その声に、葵と時雨は振り返った。橙色と毛先が赤くなった髪を耳下で結った女性が、そこに立っていた。タオルの隙間から彼女の姿を見た美麗は、一瞬誰かと重なって見え、そして口にした。
「あさひ?」
「え?」
「美麗!」
「何言ってんだ?お前はいきなり」
「あの」
「?」
「旭陽は私の曾祖父の名前です」
「え?」
「あなたが、美麗?」
「うん」
「……私は、旭陽の曾孫。
陽咲(ヒナタ)。山方陽咲って言うの」
美麗に近寄り、屈んだ女性は自身を指で指しながらそう言った。
「あの、あなたがこの子の過去を知っていると依頼書に書いてあったのですが」
「その事でしたら、私の家で全て話します。
曾祖父から受け継いだ話があるんです」
「あなたの曾祖父は、何者なんですか?」
「北西の森に行く途中に、村と町が2つありましたよね?跡地が」
「えぇ」
「その町の唯一の生き残りだったんです。曾祖父は」
「?!」
その言葉に、幸人達は開いた口が閉じず驚きの顔を隠せないでいた。
陽咲の家へ来た幸人達……部屋に置かれた棚には、優しそうな年老いた男が写った写真の前に、花が添えられていた。
「この男の人って……」
「曾祖父です。
曾祖父は、数ヶ月前に亡くなりました」
「数ヶ月前って……今まで生きていたんですか?!」
「えぇ。
120歳で、生涯を閉じました。沢山の曾孫や玄孫に囲まれて、幸せそうでした」
「陽咲は何で、旭陽と一緒に住んでたの?」
「私は、10歳の時に両親が事故で亡くなって曾祖父に引き取られたんです」
「そろそろ、君の話を聞かせて貰おうかな」
席に着いた葵に言われ、陽咲は美麗をチラチラと見ながら言いにくそうにしていた。それを見た幸人は、葵と目を合わせた。
「愁、美麗連れて北西の森に行ってろ」
「いいの?!」
「仕事の話が始まるからね。
美麗はちょっと退屈だろ?」
「ワーイ!ヤッター!
愁、早く行こう!」
『あ、美麗!』
「危険なこと、すんじゃねぇぞ!」
愁の手を引きながら、美麗は外へ飛び出し森の中へと入って行った。
「これで少しは、話しやすくなりましたか?」
「すみません……」
「良いんですよ。
さぁ、話して下さい」
葵の言葉に、陽咲は席に着き静かに口を開き話した。
「曾祖父は、北西の森に近い町で生まれました。
北西は気候が良く、とても住み易い町だと言っていました。春になると、観光客が多く来ては、町中に咲く桜を見ながらお花見をしていたと、良く聞かされました」
「その辺りは、美麗達の話通りだな」
「曾祖父が美麗と会ったのは、5歳の頃でした。
ある日突然、父親がまだ幼い美麗を連れて来たと……それが出会いだったって」
「え?」
「晃と一緒じゃないのか?」
「何でも美麗の母親が亡くなった時、晃さんはまだ17歳だったので子供が子供を育てるのは無理だと言われて、当時町長であった曾祖父の父が引き取ったんです」
「何か……美麗が晃から引き離された時の状況が、俺凄く見えるんだけど」
「悪いが俺もだ」
「おそらく、ご想像通りかと……
引き取られた初日から、大泣きで大暴れして手が付けられない子だったと」
「やっぱり……」
「今の美麗見れば、よく分かる」
「結局1ヶ月預かっただけで、後はもうお手上げ状態だったようで……すぐに晃さんが迎えに来たと」
「ハハハ……」
「しかし、その1ヶ月だけだったとは言え、曾祖父は妹が出来たみたいで嬉しかったらしく、1人で外に行けるようになってから、毎日のように美麗の所に行っていたみたいです。
晃も快く歓迎してくれてたと、曾祖父は嬉しそうに話していました」
「何か、寂しい幼少期を過ごしていたかと思ってたけど案外普通に楽しんでたんだな」
「そうみたいね」
「でも、彼等の家に行けたのは幼少期だけです。
成長するにつれ、美麗の妖力が強力になってしまって近寄るのは控えてくれと言われたそうです。
それを機に、曾祖父は行くのを控えるようになったと……
町の人達は、美麗の成長を見るのが生き甲斐で、楽しみで幸せだったそうです……
晃さんと一緒に歩く彼女の姿は、兄に甘えるような可愛い妹のようでしたと、曾祖父は言っていました。
でも、幸せはそう長くは続きませんでした」
北西の森……じゃれるエル達の相手をしながら、美麗は森の中を駆けていた。愁は辺りを警戒しつつ、先を走る美麗の後をついて行った。
「愁!早く!」
『美麗、待って!走ったら』
「うわっ!」
木の根っこに足を引っ掛けた美麗は、地面に倒れた顔に付いた土を振り払いながら立ち上がった彼女の傍に、愁は駆け寄り頭に付いている木の葉や土を落とした。
『走ったら、転ぶよ』
「はーい……」
心配そうに駆け寄ってきたエルの頬を、美麗は撫でた。
すると、茂みから2匹の黒狼が現れ美麗の傍へ行き体を擦り寄せた。2匹に続いて、地狐と空狐が現れた。
「あ!
地狐!空狐!」
『お帰り、美麗』
2匹の黒狼を退かしながら美麗は、地狐に空狐と順番に飛び付いた。空狐に甘える彼女を気にしながら、愁は2人に軽く礼をした。
『全部見ていたから、事情は知っているよ』
『……
天狐は?』
『姉君は今、森の見回り』
「リルは?」
『リルも一緒に。
さぁ、森を見回ろう』
先に行く黒狼達を追い駆けるようにして美麗は駆け出し、その後を愁達はゆっくりとついて行った。