桜の奇跡   作:海苔弁

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『晃、この痣は何?』
 
君を怖いものから守るものだよ
 
『怖いもの?』
 
そう、怖いもの……
 
 
 
 
発動しても良い時期なのに……どうして。
 
 
教える人がいないから、どう使えば良いか分からないんだと思うよ。
 
 
いつか、美麗が心の底から守りたいという気持ちが芽生えれば、力は発動すると思うよ。


総大将の証

暗く重くなる空気……その中で、一瞬黙り込んでいた陽咲はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「あの日……

 

 

美麗が12歳になった頃、突然討伐隊が町にやって来たそうです。

 

曾祖父は、彼女の家に向かう討伐隊の後をこっそりつけて行き遠くの茂みから彼等を見たそうです」

 

「……討伐隊は、どの要件で来たんですか?美麗の元に」

 

「私も同じ質問をしました。

 

でも曾祖父は死ぬまで、分からないと言っていました……

 

 

度々、討伐隊に入った晃と幼馴染みの方とその方の後輩がよく、家に来ていたのは自分を含む町の皆が知っていたらしいです……けど、あの時来た討伐隊は誰一人として見たことも無い人達だけだったと」

 

「……」

 

「茂みから見ていた時、家の方から叫び声が聞こえてきたらしいです。

 

目を離せなかった曾祖父は、見たそうです。

 

 

枷を着けられ、無理矢理討伐隊に連れて行かれる美麗を」

 

「無理矢理って……」

 

「まさか……引き離したの?晃さんと」

 

「どうやら、嫌な事実が隠されてたみたいだね」

 

「だな……」

 

「そのまま、曾祖父の故郷の町、村へと降りて行き……

 

 

それ以降、美麗を見た者はいなかったそうです。

 

 

町や村に響いていた美麗の笑い声が消えてから、数年後……今度は晃さんが姿を消したんです」

 

「……」

 

「その日を最後に、二人は帰ってくることはなくなりました。

 

 

1年…また1年と月日が流れていき、気付けば10年経った時です……あの悲劇が起きたのは」

 

「……まさか、あの消えた村と町が」

 

「はい……

 

 

曾祖父が、この町に届け物をしていた時だったそうです。

 

突然どこからともなく、町と村を包み込むようにして黒いオーラが噴火したと……」

 

「黒いオーラ……」

 

「噴火してすぐ、我に返った曾祖父は危険を顧みずに、すぐに現場へ向かったそうです。

 

 

建物は一部が破損していただけでしたが……村人も町人も、皆いなくなっていたんです」

 

 

震える声で、陽咲は言った。目に涙を浮かべながら、彼女は曾祖父の遺影を撫でた。

 

 

「曾祖父はよく、その日の気持ちを言っていました。

 

 

地獄を見ているようだったと……

 

父が…母が…弟が…妹が…友達が……皆…皆一瞬で消えたと」

 

 

 

“ドーン”

 

 

突然、家が揺れた……揺れが収まると、幸人達はすぐに外へ飛び出た。

 

 

外には、中心街に出て来た黒いオーラを纏った鬼熊が、咆哮を上げていた。

 

 

「こんな所で、黒いオーラを纏った妖怪に出会すなんて……」

 

「おいおい、北西は天狐達がいるから安全じゃ無かったっけ?!」

 

「俺に聞くな!

 

葵」

 

「分かってるよ」

 

 

銃を取り出しながら、幸人は鬼熊の元へ行き彼の後に続いて、秋羅と時雨はついて行った。

 

 

 

中心街へ行くと、そこでは逃げ惑う人々で広場は溢れかえっていた。その中を、幸人達は駆け抜け近くまで行くと、逃げ遅れている人に攻撃をしようとする鬼熊の前足に幸人は銃弾を放った。

 

 

「命中した!」

 

「時雨!秋羅!鬼熊の気を引いて!」

 

「はい!」

「はい!」

 

 

奏でるオカリナの音色に、水は生きているようにして動き座り込んでいる女性を、葵の元まで連れて行った。

 

 

「ここは我々に任せて、早く逃げて下さい」

 

「は、はい」

 

 

逃げていく彼女の足音に気付いたのか、鬼熊は咆哮を上げて口に妖力玉を作り上げると、それを放った。

 

 

「危ない!!」

 

 

当たる寸前、目の前に氷の壁が作られ攻撃を防いだ。転んだ彼女の傍に愁が駆け寄り、立ち上がらせた。

 

 

『大丈夫?』

 

「は…はい」

 

「幸人、帰ってきたー!」

 

 

そう言いながら氷の壁の上で、美麗はぴょんぴょん跳ねていた。

 

 

「森に戻ってろ!!ここは危険だ!!」

 

「危険?」

 

 

首を傾げながら、美麗は氷の壁から飛び降りた。降りた瞬間、目の前に鬼熊が立ち前足で攻撃してきた。美麗は素早く避け、後ろへ下がりながら幸人の元へ駆け寄った。

 

 

「分かっただろ?危険だから、森に戻ってろ」

 

 

そう言う幸人の背後から、鬼熊は前足を上げ攻撃を仕掛けてきた。振り返る彼の肩を踏み台に、美麗は前に立ち攻撃を一身に受けた。攻撃の勢いから彼女は吹っ飛ばされ、市場に並ぶ商品棚に体をぶつけた。

 

 

「美麗!!」

 

 

飛ばされた彼女の方に目を向ける幸人達だが、鬼熊は前足を振りかざしていた。

 

 

 

「駄目ぇぇええ!!」

 

 

 

響き渡る美麗の声……その声に、鬼熊は攻撃の手を止め彼女の方を見た。瓦礫から出た美麗は、破れた服の袖を切り捨てながら鬼熊に歩み寄った……奇妙な模様をした痣を左腕に浮かべながら。

 

 

「何だ……あれ」

 

「た、助かったでいいの?」

 

「わ、分かんねぇ……まだ気ぃ抜かない方が良い」

 

 

鬼熊の前に立った美麗は、左腕の模様を光らせると鬼熊の額に手を置いた。

すると、鬼熊を覆っていた黒いオーラが左腕の模様に吸収されていった。唸り声を上げていた鬼熊は、次第に唸るのをやめ気を失ったかのようにしてその場に倒れた。

 

左手に黒いオーラを纏った美麗は、そのオーラを自分の中へと取り込んだ。取り込むと、彼女は力無くその場に座り込んだ。

 

 

「……た、助かったのか?」

 

「暴走していた妖怪を……美麗が止めた」

 

 

その時、噴水の上に地狐と空狐が降り立った。空狐は鬼熊の元へ、地狐は美麗の元へと行った。

 

 

『美麗、大丈夫?』

 

「……地狐……私」

 

『今は何も考えなくて良いよ』

 

 

混乱する美麗を宥めていると、愁が彼等の元に駆け寄ってきた。地狐は彼をジッと見ると頷き、愁も何かが分かったかのようにして頷いた。寄ってきた愁がしゃがむと、美麗は彼に抱き着いた。

 

 

『さぁ、そなたは小生と森へ帰ろう』

 

 

空狐が頭を撫でると、鬼熊は正気に戻ったかのような目を開け、起き上がった。鬼熊は空狐に連れられて、森の方へ帰って行った。

 

 

抱き着く美麗を、地狐は撫でながら左腕に目を向け、そして微笑を浮かべた。

 

 

(……ようやく、現れたね。

 

 

 

 

総大将の証が)




数時間後……
 
 
遠征に通り掛かった陽介率いる討伐隊が、北西の町へ寄り修復作業に当たっていた。
 
 
「全く、騒ぎを聞きつけ来てみれば……
 
 
何故祓い屋が二組もいたくせして、何故被害が出た?」
 
「だから、何度も言ってるだろう」
 
「お前等の所で問題視してる、黒いオーラを纏った妖怪に出会したって」
 
「それで何で貴様等は無事なんだ?
 
怪我人が出ても、おかしくないレベルだ」
 
「だから……
 
あ~もう、テメェと話すの面倒になった。葵、頼む」
 
「君が出来ないなら、僕も出来ないよ」
 
 
討伐隊の救護班から、手当てを受ける幸人は煙草を吹かしながら葵と共に、半ギレしている陽介の相手をしていた。
 
 
「見てんだから、説明しろよ!」
 
「面倒なんだよ、こいつと話すの」
 
「あのなぁ」
 
「それとは別に幸人、何故俺が美麗の手当てをしなければならないんだ」
 
 
彼の前に愁の膝に座っていた美麗は、彼から傷の手当てを受けていた。
 
 
「仕様が無いだろ?
 
救護班が手を出そうとしただけで、攻撃しようとしたんだからよ」
 
「貴様がすればいい話だろうが」
 
「俺は怪我人だ」
 
 
睨み合う二人の視線に、秋羅達は腫れ物を触れるようにしてしばらく眺めていた。

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