桜の奇跡 作:海苔弁
荷馬車と馬車は、本部がある町にようやく着いた。町を通っていく中、だんだんと近付いてくる本部の要塞に、美麗は怯えだし愁の腕にしがみついた。
そんな彼女を宥めるようにして、愁は自身に抱き寄せ肩を擦ってやった。
巨大な門を潜り、馬車は本部前に駐まった。荷馬車から先に暗輝が降り、その次に時雨が暗輝の手を借りながら降り、美麗と共に愁も彼の手を借りながら荷馬車から降りた。秋羅に綱を引かれていたエルは、降りてきた美麗に擦り寄ってきた。
「ぬらちゃーん!!
お久し振りー!!」
そう叫びながら、建物から大地が飛び出し美麗目掛けて駆け寄ってきた。彼が飛び付く寸前に、傍にいたエルが彼女を加え自身の背中へ乗せた。
避けられたことにより、大地は見事に地面にダイブし倒れ込んだ。
「ここの研究員の挨拶は、抱き着くのが礼儀なのか?」
「知らないッス。
ちなみに言っときますけど、俺はああいう挨拶はしないッス」
エルに乗っていた美麗は、エルから降りた。エルから降りた彼女の元に、幸人の傍にいた紅蓮が歩み寄り体を擦り寄せた。
「相変わらず、ぬらちゃんには飛び付くことが出来ないのね」
「抱き着く行為を、いい加減辞めろ」
「まぁいい……
それで、ぬらちゃんの左腕に例の痣が?」
「あぁ。
一応、封印札貼って力を抑えてるって感じだ」
「成る程ねぇ……
とりあえず、今日はこのまま本部に泊まって貰って明日」
「今晩検査するわよ、雲雀副所長」
腕を組みながら現れた奏歌に、美麗はすぐさま隠れるようにして愁の後ろへ行った。同時に彼女を守るようにして、エルと紅蓮は2人の前に立った。
「所長、夜更かしはお肌に悪いですよ?」
「午前0時までに終わらせればいい話。
さっさと彼女を、研究室に連れて行きなさい」
「はーい……」
それだけを言うと、奏歌は他の研究員と共に本部へ戻った。
「身勝手な女だな、相変わらず」
「まぁまぁ」
研究室にある診察台に美麗は、不安げに周りを見ながら座っていた。
「そんなに不安がらなくても大丈夫ですよ。
怖いことするわけじゃありませんし」
そう言いながら、女性研究員は検査器具が入った籠を置き中から注射器を数本取り出した。それを見た瞬間、美麗は今にも泣きそうな顔で、診察台から降り幸人の後ろに隠れた。
「え?何で?」
「ちょっと羊子ちゃん、ぬらちゃんの資料読まなかった?」
「ぬらちゃんって……
ぬらりひょんの資料は、まだ途中までしか読んでいませんが」
「じゃあ今覚えて。
ぬらちゃんは、注射が大の苦手よ」
「……え?そうなんですか?」
「そうなのよ。
検査中、彼女の前で絶対に注射を出しちゃ駄目よ。
あと、痛い事をするのも」
「は、はぁ……」
「……って、羊子ちゃんここじゃなくて桜の守の子の手当てでしょ?」
「わ、私もぬらりひょんの子供を検査したいです!」
「駄目よ駄目。
彼女を検査するのは、所長と僕チン達だけなんだから」
「そんなぁ!」
「文句は室長に言いなさい。
さぁ、用が済んだなら行った行った」
頬を膨らませながら、羊子は研究室から出て行った。入れ違いに、奏歌がカルテを手にしながら中へ入ってきた。
「あら?
どうして彼女、診察台から降りてるの?」
「ちょっと色々とな」
幸人の後ろにいる美麗を、葵は持ち上げ診察台に座らせた。
「とりあえず、痣を見たいから……
月影、彼女の腕の包帯を外しなさい」
「封印札もか?」
「無論」
封印を解除すると、幸人は札を取り包帯を外した。包帯が取れた腕を、美麗は爪を立て軽く掻いた。
「不思議な痣……
掌まであるみたいね」
「あぁ」
「掌、見せてちょうだい」
寄ってきた幸人の腕にしがみつきながら、美麗は奏歌に掌を見せた。興味深そうに、奏歌は彼女の左腕を見回した。
「腕全体と言うより、肘下から掌までみたいね。
二の腕の方は、微かに出ているけど……」
「見た感じ、未発達みたいね」
「そうね……念入りに調べる前に、痣を調べた方が良いみたいね。
彼女の痣が出てからの様子は?」
「ご覧の通り、幼児化してる」
「見た目からして、4歳~6歳ぐらいね。
前来た時は、10代前半くらいだったのに……
まぁ、あの時は20代ぐらいだったけどね」
「あの時?」
「こっちの話よ。
かなり疲れ切っているみたいね……この痣で、体力が削られてるのかしら?」
「ぬらちゃん、ちょっと顔上げて」
下を向いていた美麗の顔を、大地は上げさせ耳下や顎の辺りを触りながら診た。
「……所長、ぬらちゃん普通にもう寝かせた方が良いです。
相当疲れ切ってます」
「見れば分かるわ、それくらい。
昨夜、寝るの遅かったのかしら?」
「宿に着いたのが、22時過ぎだったが」
「美麗は馬車の中で、着く前に眠っていたよ」
「そう考えると、星野研究員達が書いた報告書通りになるのね」
「まぁ、夜中に1度起きましたけどね」
「どれくらい?」
「10分か15分くらいだったと思いますよ」
「夜中と言っているけど、何時なの?」
「午前1時過ぎだと思いますよ。
断言は出来ませんが」
「何故?」
「テメェみてぇに、いちいち時計なんざ見ねぇよ」
「そう言うのを、だらしないって言うのよ」
バインダーに挟んでいる紙にメモをする奏歌に、幸人は今にもキレそうな顔をしながら必死に怒りを抑えた。
「幸人、顔。
美麗、怖がって僕の所にしがみついてるよ」
「……」
「ねぇ大地」
「ん?(珍しい、名前で呼ぶなんて……というより、名前で呼ばれるの初めてかも)
どうしたの?ぬらちゃん」
「パパの所に行きたい」
「あら……
連れて行きたいのは山々だけど……所長?」
「駄目よ。
今の彼に触れて、この痣に反応したら大変なことになるわよ」
「デスよねー」
「……じゃあ帰る」
「美麗」
「帰る!」
診察台から降りようとした美麗を、大地は慌てて阻止した。暴れ出そうとした彼女に、奏歌は隠し持っていた注射器で薬を打った。
痛みを感じた美麗は、咄嗟に腕を引っ込め診察台から降りると幸人の後ろに隠れた。
「ちょっと所長!!
注射器は禁止って!!」
「暴れるからよ。
それにしても、他のことに気を取られていれば普通に注射は使えるみたいね」
「そういう問題じゃないです!!」
「悪いが検査はもう終わりだ。
流石に、もう無理だ」
泣き出した美麗を、葵は宥めながら抱き上げた。抱かれた彼女は嫌がるようにして海老反り返り、隣に立っている幸人に手を伸ばした。
(本当に赤ん坊だわ……)
「明日また検査するけど、それでもいいかしら?」
「機嫌が治り次第だ、こいつの」
オロオロする葵から美麗を受け取ると、幸人は研究室を出て行った。彼等の後を、慌てて大地は追い駆けていった。
(……あの痣、あの時と同じやつ。
元々あった一族が、2つに別れたのかしら。
人を襲う一族と妖怪を守る一族……
二つの一族……)
蘇る記憶……炎に包まれる中、その中心に妖怪と怪我を負った自分と腕を亡くした男が対等に立っていた。
(……決して消えない……
あの時の傷も記憶も絶望も……
憎しみも怨みも……)