桜の奇跡 作:海苔弁
「あれ?先輩、どうしたんスか?」
「ちょっとゴタゴタが起きたのよ」
「ゴタゴタ?」
「おかげで美麗はご機嫌斜めだ」
鼻を啜りながら、美麗は嫌そうな目で翔を見るとすぐに目を逸らし、幸人の胸に顔を埋めた。
「相当機嫌悪いな……」
「所長が最悪なことをしたせいよ。
ぬらちゃん、機嫌直して。ね?」
「……る」
「ん?」
「帰る!!お家帰る!!」
大声で言われた大地は、彼女の声が頭に響いたのかその場に倒れた。
「せ、先輩?!」
「被害に遭っちゃいましたね」
「帰る……お家……
帰る」
「会議があるから、しばらくは無理だ」
頬を膨らませながら、美麗は不機嫌そうな表情を浮かべた。そんな美麗を、診察台から起き上がった愁は彼女の頭を撫で頬を撫でた。美麗は頬を撫でる彼の手を掴み、眠そうにあくびをした。
「あら?薬が効いてきたのかしら?」
「そういえば、所長が打った薬は何なの?」
「鎮静薬よ。
さっき、注射器の液調べたら同じ成分だったから」
「いつの間に……」
「そんな事どうでも良いから、早く泊まる部屋に案内しろ。
こいつ寝かせたい」
「君等の部屋は案内するけど、ぬらりひょんのガキは別の部屋っすよ」
「またあの部屋か?」
「あそこ、100年前に設置してる妖力制御装置が設置してあるんで、丁度良いんすよ!」
「今の美麗に、大丈夫かどうか」
「ん?」
「夜泣きでしたっけ?」
「大泣きされると、かなり厄介だぞ」
「じゃあ、この薬を」
「脳天ぶち抜かれたくなければ、そのピルケースをしまえ」
「は、はい……」
「部屋より紅蓮達の所行きたい」
「じゃあ、秋羅達と一緒に行って来い」
降ろされた美麗は、差し伸ばしてきた愁の手を握りながら研究室を出て行き、その後を秋羅と時雨はついて行った。
「さぁ、どうしたもんか」
「所長にも困った者よ。
あれだけ注射は駄目って言ったのに」
「……ねぇ、所長が言った言葉気にならない?」
「言葉?」
「『あの時……』。
所長は、美麗に会ったことがあるのか?」
「でも彼女、妖狐達からの話だと100年間寝ていたんだよね?」
「以前お前が言っていた、美麗が100年の間で起きていた期間があったんじゃないか……
それがもし事実なら、話は合う」
「あまり……あって欲しくないね」
庭園へ来た秋羅達……エルの背中に留まっていたアゲハは、一目散に美麗の元へ飛び付き頭に留まった。アゲハに続いてエルと紅蓮が擦り寄り、彼女は2匹の頭を撫でるとブランコの元へ駆けて行った。
「さっきまで眠そうだったのに」
「いや……多分、もう紅蓮の腹を枕にして寝てるよ」
「え?」
ブランコの元へ歩み寄り、生えている木の裏に回った。秋羅の言う通り、美麗は紅蓮の胴を枕にして眠っていた。
「ほらな」
「本当……」
「多分、部屋に行きたくなかったんだろうな。
前に言ってたから、部屋に居たくないって」
眠る美麗の頭を、愁は撫でた。気持ち良さそうな表情を浮かべながら、美麗は撫でる彼の手を無意識に握った。
「美麗ちゃん、気持ち良さそう」
「何もないからな」
その時、扉が開く音が聞こえ振り返ると、陽介と梗介が園庭へ入ってきた。
「陽介さん、それに梗介」
「会議は3日後に決まった」
「え?間に合うんですか?皆」
「水輝は明日の朝一、花琳達とマリウス達は明日の夕方にはここへ着く。
その他の迦楼羅と翠は、2日後の昼過ぎ、保奈美と創一郞は夕方に着くと先程連絡あった」
「も、物凄いスピード……」
「討伐隊持ちで、快速の高い列車に乗って来るんだ」
「先輩、顔怖いです」
「この事、幸人達には?」
「既に連絡済みだ。
部屋の用意が出来たから、いつでも休める」
彼等の話し声に、美麗は薄らと目を開け起き上がりながらあくびをした。起きた彼女を、愁は抱き上げ秋羅の隣に立った。抱き上げた美麗に気付いた陽介は、彼女の頬を触りながら顔色を窺った。
「……かなり疲れ切っているな」
「もう11時過ぎなんで、眠いんですよ。
いつも11時前には、寝ちゃうんで」
「秋羅達の所で寝たい……」
「お前には用意された部屋があるか、そこで休もうな」
「あの部屋嫌だ……秋羅達の所がいい」
ぐずりだした美麗は、抱かれていた愁にしがみついた。彼女にしがみつかれた愁は、背中を擦りながら泣き止ませようとした。
「うわぁ……報告書に書いてた通り本当、母親が恋しい赤ん坊みてぇ……」
「梗介」
「は、はい。一言余計でした……すみません」
「貴様の妖力を抑えるには、あの部屋が1番適しているんだ」
「……」
『寝るまで一緒に、俺が部屋にいるから。な?』
「それでも嫌だ。
目ぇ覚めたら、居ないんだもん」
「……」
「……仕様が無い。
あの部屋に、簡易ベッドを置く。愁、良いか?」
『うん、大丈夫』
「美麗、それでいいか?」
「……うん」
本が積まれた机に伏せ眠る奏歌……その時、彼女の部屋の戸がゆっくりと開いた。部屋の中に入る足音と戸を閉める音が、部屋に響いた。入った足音は、眠る奏歌に近付いた。
「女性の部屋に入るなら、先にノックぐらいしなさいよね」
「何だ?起きていたのか」
「さっき起きたのよ」
部屋の電気を点けた奏歌は、淹れてあった珈琲を二つのマグカップに注いだ。
「よくわかったな?
俺が珈琲飲みに来たって」
「あなたが私の部屋に来るのは、珈琲飲んで気を休めるか、ぬらりひょんと妖怪の資料を見に来るくらいでしょ?元帥」
部屋に置かれているソファーに座った元帥は、奏歌からマグカップを受け取ると珈琲を一口飲んだ。
「相変わらず、よくストレートで飲めるわね?」
「甘党のお前には、酷だろうよ。この苦みは。
で?何か分かったか?」
「彼女の左腕に出たこの痣……
該当するものとしたら、これよ」
奏歌から受け取った開いた本のページには、美麗の腕に現れた痣と同じ絵が、描かれていた。
「……これは?」
「夜山晃の父、夜山輝陽が最後に記したものよ」
「総大将の証……
自身の妖力を集中させると、そこから放たれる電波のようなものが仕えている妖達の頭に走る。
妖達は互いにテレパシーを使うことが出来、遠くに居ても連絡を取ることが可能。1番に反応した者が、大将の元へ駆け付け助ける……」
「報告書に書かれている通りの事が、今現実に起きているわ。
あの時の痣と一緒ね」
「……」
肘掛けに腰を下ろした奏歌を、元帥は自身の方に引き寄せる様にして、腕を引っ張り自身の足を枕に寝かせた。
「どういう風の吹き回し?」
「俺が落ち着く。しばらくこうしとけ」
「私はあなたのぬいぐるみでも人形でもないわよ?」
「別に良いだろう」
「……本当、素直じゃないわね。
義手は着けないの?」
「着ける必要は無い」
「着けた方が、仕事に支障がなくなるんじゃない?」
横になった奏歌は、自身の頬を撫でる元帥の手を握りながら目を瞑り眠りに入った。眠った彼女の頭を撫でると、微笑を浮かべながら自身も背もたれに体を預けて眠りに入った。
北の塔の部屋……
ベッドに寝かした美麗に、秋羅は布団を掛けた。
「やっと寝た……」
「いつもなら、すんなり寝るのに……
じゃあ愁、美麗のこと頼んだぞ」
『うん』
「愁君、お休み」
『お休み』
秋羅達が部屋を出て行くと、愁は用意して貰った簡易ベッドに座った。すると眠っていた美麗は、薄らと目を開け起き上がろうとした。
『美麗、起きなくて良いよ。
俺、傍にいるから』
美麗を再び寝かせると、愁は彼女の頭を撫でた。あくびをしながら、撫でる愁の手を握り重くなっていた瞼を閉じ眠りに入った。
自身の手を握る美麗の手に、愁は自身の着ていた上着を脱ぎそれを握らせた。握らせると、簡易ベッドに横になりしばらくして愁は、目を閉じ眠りに入った。