桜の奇跡 作:海苔弁
昔、誰かが言った……
女は闇に呑まれてしまうから、総大将にはなれないと……
『桜の守がいるなら、間に合うのでは?』
そうじゃない……桜の守だけでは、間に合わない。
だから何百年もの間、女が産まれればそこで殺すだけだ。産声を上げる前にな……
もしまた、女が生まれた時それはもう……殺された女達の怨念が闇の力へと代わり、それに浸食された者だ。
『だったら、そんな闇を弾き返すくらいの愛情を注げばいい』
失敗するに決まっている。
闇に染まったら、某が消すまでだ……
爆音と共に上がる土煙……
徐々に晴れていく煙の中、そこにいた……美麗を守るようにして彼女を抱き締める愁と、妖力玉を放った手を打ち落とし攻撃をずらした3代目ぬらりひょんの姿をした、麗桜がそこに立っていた。
(3代目ぬらりひょん…麗桜)
(なぜ、あれがここに)
「……パ…パ?」
震える声で美麗は麗桜を呼んだ。チラッと振り向いた彼は微笑むと、すぐに前にいる敵に向かって口を開いた。
「次期当主である我が愛娘を、何消そうとしているんですか?」
『……闇に染まっているからだ。それ以外、理由など無い』
話をする父の姿を、心配そうに見つめる美麗を愁は宥めるようにして頭を撫でた。その時、鳴き声を発しながらアゲハが美麗の元へ飛び寄ってきた。
「アゲハ!」
『キー!』
寄ってきたアゲハを、美麗は胸に抱いた。攻撃が休止している最中に、愁は美麗の足下の黒い糸を外そう手に触れた時、鋭い針が生え伸び彼を攻撃した。
愁が美麗から離れた瞬間、鋭くなった黒い糸が無数に増え彼女目掛けて攻撃してきた。
攻撃を防ごうと手を上げた時、痣が光り出した。それに反応するかのようにして、アゲハが美麗の腕から離れその光に触れた。
『この光!!』
『美麗!!』
光が収まった中から現れたのは、鮮やかな羽だった。羽はゆっくりと動き、中には美麗がおり彼女を守るようにして抱くのは、牙を持ったアゲハだった。
鳴き声を荒げながら、アゲハは彼女の前に立ち毛を逆立てた。
「あ、アゲハ?」
『ほぉー……蟲妖怪を操るとは』
敵がアゲハに気を取られている隙に、愁は手から光る矢を作りそれで美麗の足下の拘束を突き破った。
『逃すか!!』
敵の手から放たれる黒い無数の矢を、突如敵の背後から通り越して炎が矢を燃やした。そして敵を飛び越え、麗桜の隣に傷だらけになった紅蓮が降り立った。
「紅蓮!」
『黒狼か……
総大将にしか心を開かない汝達が、何故その女子を庇う?』
『我等黒狼と白狼は既に、彼女を新たな総大将として認めているからだ』
愁の手を借りながら立ち上がる美麗を、敵はジッと見つめた。立ち上がった美麗は麗桜の前に立つと、手に妖力を溜めそこから無数の氷の刃を放った。その攻撃を防ぐようにして、敵は地面から黒い針を作り出した。
立ち上がる煙……その時、応接室から秋羅と幸人、陽介は出て来た。頭から血を流す3人は、立ち上がる煙の元へ駆け付けた。
晴れる煙から現れ出たのは、容姿が変わった美麗がそこに立っていた。
腰まで伸びた長い白髪……10代後半の女性の姿になった美麗は、手から氷の刀を作り出すとそれを敵に目掛けて振り下ろした。その攻撃を黒い刃を弾き返し、敵は後ろへ下がった。
『力に目覚めたとでも言うのか?』
「これ以上、ここで暴れるなら容赦しない」
『汝は居てはならぬ存在……
汝の運命は、死だけだ』
美麗を囲む無数の刃……彼女は咄嗟に氷の壁を作り、それとほぼ同じく麗桜も氷の刃を作り抵抗し、アゲハは口に妖気を溜めて小さな妖力玉を放った。
爆発音が場内に響き渡った。爆風の中には傷を負った敵が、壊れた壁の外に浮かんでいた。
『……一時退散する。
某は、必ず汝を消す』
スッと消える敵……麗桜は力無くその場に倒れ、美麗は力が抜けたかのように地面に座り込んだ。心配そうにアゲハは鳴き声を発しながら、彼女の頬を触覚で撫でた。
「美麗!!」
『美麗!!』
「救護班、早く怪我人を診ろ!!」
「は、はい!」
女は、決して総大将にはなれない……かつて、この国を創った女神も闇に落ちた。
必ず、汝を闇へ葬る……伊吹美麗。
虫の鳴き声が鳴り響く、満月の夜……
場内の修復工事をする、討伐隊員。その様子を、頭に包帯を巻いた陽介と暗輝は眺めていた。
「死人が出なかったなんて、何ちゅう運の強さ」
「奇跡とでも言ってろ」
「へいへい」
「怪我人達の容態はどうだ?」
「一応、全員命に別状はない。
元帥と大将も呼吸安定してるし、監察官の雨宮蘭丸さんも今落ち着いて眠ってる。他の隊員も今目を覚ましてる……それとは別に、ここの小隊長達は弱くなった?」
「かもな。ここ最近、昇格してから訓練を怠っていたらしいから」
「やっぱり……」
「幸人達の容態は?」
「まだ眠ったままだ。
弟子達は、起き始めてる」
「そうか……美麗の様子は?」
「……
正直、まだ混乱してるっぽい。
今、部屋に水輝しか入れてないんだけど……彼女にすら、まだ話ができないみたいでな」
「……?
愁はどうした?」
「あいつなら、今頃……」
庭園……身を隠すようにして、木の後ろにいるアゲハを愁は慰めるようにしてずっと撫でていた。
「以前検査した時と比べて、大差は無いわね。
あると言ったら……その大きさかしら」
その言葉に反応したのか、アゲハは落ち込んだようにして触覚をダランと垂らした。
「ますます落ち込みましたね」
「相当気にしてるみたいね……」
『ねぇ、美麗のところに連れていけないの?』
「肝心のぬらちゃんが今、思考停止してお布団頭から被って話しかけても全部黙秘状態だからね」
「簡単に言うと、拗ねてるってことですよね?」
「そういう事言わないの」
『……アゲハ、多分美麗に嫌われたと思い込んでる』
「何で?」
「頭に留まるくらいのアゲハちゃんが、いきなりエル君と同じくらいの大きさになったら、誰だってビックリするでしょ?」
「まぁ、確かに」
「副所長」
他の研究員に呼ばれた大地は、振り返り声を掛けた者の所へ行った。彼が何かを話している最中に、頭に包帯を巻いた秋羅が庭園へ入ってきた。
『秋羅……起きて、平気なの?』
「あぁ、平気だ」
恐る恐る擦り寄せてきたアゲハの触覚を、秋羅は撫でてやった。アゲハは嬉しそうに鳴き声を発しながら、彼の手を触覚で撫で返した。
『美麗の所、行っていいか?』
「あぁ。ここは俺に任せて行って来い。
多分美麗の奴、頭の中整理つかなくなってるから」
体を擦り寄せた紅蓮の頭を撫でると、愁は庭園を出ていった。彼が出て行って少しした後、大地は翔を残して庭園を後にした。
「あれ?愁、どうしたの?」
ドア付近に置かれた椅子に座っていた水輝は、部屋の中へ入ってきた愁の方を振り向いた。
『秋羅が起きたから、交代してきた。
美麗は?』
「今眠ったところ。
ずっと布団に包まってて、誰とも話そうとしないのに……私が部屋を出て行こうとすると、起き上がってそれを阻止したりしててね」
『……』
掛け布団から少し出ている美麗の顔は、どこか幼さが残る女性の顔立ちをしていた。
『……水輝』
「?」
『少しの間2人っきりになって良い?美麗と』
「……」
『……お願い』
真剣な眼差しで見つめる愁の姿に、水輝は少々驚いた。だが、しばらく考えた彼女は笑みを浮かべて椅子から立った。
「良いよ。
ミーちゃんの護衛、しっかりね」
そう言って、水輝は部屋を出て行った。2人っきりになった愁は、美麗の額に自身の額を当てながら、手を握り頭を撫でた。
『美麗、必ず俺が守るから。
だから、そんなに怖がらなくていいよ』
美麗の額に刻まれた模様が、光りその模様は雪の結晶から桜の花弁の模様へと変わった。