桜の奇跡 作:海苔弁
眠っている紫苑の額に、秋羅は手を置くと軽く息を吐いた。
「やっぱ熱あるな」
『熱?』
「通常より、体温が高いって意味だ。
多分、風邪だとは思うけど……」
『それ、治るのか?』
「薬飲めばな。
あとで水輝、呼んどくよ」
『あの変態をか!?あの変態に、紫苑を診せるのか?!』
「変態変態言うけど、あれでも一応医者だからな」
数時間後……玄関を勢い良く開けた水輝は、元気よく声を上げながら上がったが、後ろから暗輝に背中を蹴られその場に蹲った。
「病人いる家に、デカい声上げて入る馬鹿がどこにいる!!」
「お前だってうるさいだろ!!」
「お前ほどじゃない!!」
「テメェ等二人共うるせぇ!!」
寝不足なのか、目にクマを付けた幸人は仕事部屋か出て来るなり、二人を殴り再び部屋へ閉じ籠もった。
「幸人、どうかしたの?」
「報告書まとめてるんですよ。
全然書いてなかったらしくて、溜まるに溜まって……」
「いつまでなんだ?」
「今日中だって言ってましたけど、何かさっき説得したらしくて、明日に延ばしたみたいです」
「流石、遅れ幸人」
「遅れ幸人?」
「あいつ、昔から提出物全部、遅れて出す奴なんだよ」
「先生達、頭悩ませてたもんね」
「そうそう」
「……昔話はいいんで、早く紫苑を診て下さい」
二階へと上がり、紫苑の部屋へ来た水輝は、彼女の診察を始めた。背後では、紅蓮が殺気を立たせながら水輝を見張っていた。
「……何か、後ろの子が凄い怖いんだけど」
「紅蓮」
『……容体は』
「疲れもあるけど、体がここの環境に追い付いてないね」
「え?追い付いてない?」
「別にここが駄目とか、秋羅達の育て方が間違ってるとかじゃなくて……
体がここの環境……この地域に、適応してないんだよ」
「嘘……」
「多分、紅蓮も何かしらの症状があると思うんだけど……」
『体が怠いくらいしか無いぞ』
「症状出てるね」
「診察するから、狼姿になれ」
「暗輝連れてきて、正解だったね!」
「お前の見張り役として、俺は来ただけだ」
紫苑と紅蓮の診察を終えた後、2人はリビングでお茶を飲みながら、結果を秋羅と紅蓮に話した。
「一応、薬は出しとく。
飲んでいれば、二三日で紫苑の熱は引くと思うよ」
「紅蓮にも薬は出す。紫苑と同じく二三日で怠さは無くなって、いつも通りの調子に戻ると思う」
「分かりました」
「そういえば、シーちゃんと紅蓮はどこの出身なの?」
『出身?』
「地下で売られる前、どこに住んでたんだ?」
『北西の森だ』
「北西かぁ……だったら、この暑さで体が参ってもおかしくは無いか」
「どういう事です?」
「北地域は、夏でもこの地域よりは暑くないんだ。
この地域は、最高30℃超えがしょっちゅう。だけど、北地域は、夏場は最高でも25℃ぐらい。それ以上上がることはまず無い。
だから、2人が体調を崩してもおかしくないんだよ」
「へ~……てか、そんな涼しいところに住んでたのか?お前等」
『前にも話しただろうが……
まぁ、この暑さは尋常じゃねぇと思ってたけど……』
「ちなみに、その北西の森は、どの辺りにあるの?」
『……テメェ等に教える義理は無い』
そう言って紅蓮は二階へと上がり、紫苑の部屋に入った。
「相変わらず、シーちゃん大好きだねぇ……
あぁ、そうだ。君等に頼まれた物、調べといたよ」
そう言って、水輝はバックから数枚の紙をテーブルに広げた。
そこに書かれていたのは、ぬらりひょんに関する情報だった。
「ぬらりひょん……
妖怪界の秩序を守っていた、妖怪。彼がいた頃は、平和だったと言われている」
「ところが百年前……人の手により、殺害されそれ以降、妖怪達は凶暴化し、人を襲うようになった」
「……言っちゃ悪いですけど、自分達が巻いた種を自分達で片付けてるんですね……」
「まぁ、そうだねぇ」
「共存していた頃は、妖怪と人間が結ばれる何て、当たり前だった……
だけど、凶暴化してからはそれが禁断となり……半妖である人は、禁忌の子となり孤立していき……最後の一人となった半妖は、一人寂しく50年前に亡くなった」
「……紫苑も町にいたら、そうなってたって事か」
「多分ね。
ただ、あの子の場合住んでいた町から飛び出して、普通に森で暮らし始めてたかもね」
「あり得る」
眠っていた紫苑は、意識朦朧としながら目を開けた。
(……体、重い)
寝返りを打とうとするが、体が怠く思うように動けなかった。その時、手に何かが触れた、傍にいた紅蓮が、顔を彼女の手に触れさせていたのだ。
(……紅蓮……)
安心したのか、紫苑は再び眠りに付いた。すると紅蓮の姿が、狼から人の姿へと変わった……その姿は、紫苑が妖怪化したあの時、紅蓮の中から現れた男だった。
彼は彼女の頭を撫でると、心配そうな顔で見つめていた。
“ドンドン”
「?」
激しくドアを叩く音に、秋羅は不思議そうに玄関へ行き戸を開けた。玄関前に立っていたのは、私服姿の陽介だった。
「……え、えっと……」
「……入るぞ」
「あ、は、はい……」
中へ入る陽介。するとタイミングよく、仕事部屋の戸が開き中から、大あくびをする幸人が出て来た。
「……何でいるんだよ!?」
「相変わらず呑気な奴だな」
「あれ?陽介!今日は仕事人間じゃないの?」
「休暇だ。変人双子」
「変人は、妹だけだ!!俺を一緒にするな!!」
「休暇とか言って、何か報告であるんじゃねぇのか?」
「っ……」
「その顔」
「図星だな」
「……」
椅子に座り、数枚の資料を並べる陽介。彼にお茶を出すと、秋羅もその資料に目を通した。
「先日、研究所からそいつが脱走した」
「……ぬらりひょん?!
って、あのぬらりひょんかい?!」
「そうだ」
「でも、確かぬらりひょんは百年前に死んだはずじゃ」
「死体は研究所に保管していた。
蘇生させようとして」
「蘇生って……心臓貫かれて、もう死んでるじゃん!」
「血から、新たなぬらりひょんを作っていたらしい。
だが、ちょっと目を離した隙に黒い煙を出して姿を消したと」
「どこにでもある言い訳だな……」
「人に害はあるのか?」
「さぁな。今の所何も」
「……」
資料貼り付けられた写真を見る秋羅……その時、クリップで挟まれていたのか、写真と資料の間から一枚の写真が落ちた。
「?
陽介さん、これ誰ですか?」
秋羅は写真を手に、写っている者を指しながら質問した。写真に写っていたのは、赤い水干を着た長い桜色の髪を耳下で結った女性……
「ぬらりひょんの妻だと言われている、女性だ」
「妻……妻ぁ!?」
「妻!?」
「え?!こいつ、妻いたの?!」
「あくまでも噂だ」
「ぬらりひょんに妻……」
「やっぱ、妖怪も人妻を作るんだなぁ」
「私等も、そろそろ結婚のこと考えなきゃねぇ」
「この中で、水輝は多分一生結婚できないな」
「何でよ!!」
「一理あり」
「暗輝!?」
「俺もだ」
「何で陽介までに言われなきゃいけないんだよ!!」
「先に結婚したら、俺等三人で絶望に浸った顔をしてやるよ」
「幸人、言って良い事と悪い事があるよ?」
とある山……人を食べる妖怪。そこへ降り立つ白髪の男。妖怪は男を見ると、唸り声を出し人から離れると、咆哮を上げて男に突進してきた。
男は突進してきた妖怪を、拳で殴り倒した。一撃で倒された妖怪は、体を痙攣させながら倒れた。倒れた妖怪を、男は食い付き食べ始めた。
内臓を剔り出した男は、ふと空に浮かぶ月を見た。
伸びた白髪が、冷たい風で靡いた。
『……イ』
フラッシュバックで映った二人……桜色の髪を耳下で結った女性と彼女に抱かれた小さな少女。
『……ダレ?』
抱かれていた少女は、大きくなり後ろ姿でそこに立っていた。
『……オレノ……コ……ドモ?
ワカラナイ……
ワカ……ラナ……イ』
同じ頃……
目を開ける紫苑……傍にいた紅蓮の頭を撫でながら、窓から見える月を見た。
「……綺麗」
『さっき晴れたんだ。
まだ熱あるんだから、寝とけ』
「……」
目を閉じ紫苑は再び眠りに付いた。眠る彼女の頬を舐めると、紅蓮は傍で眠った。