桜の奇跡 作:海苔弁
「……紅蓮?」
傍にいない紅蓮を呼びながら、紫苑は服を着て部屋を出て行き庭へと出た。
外では、紅蓮に手綱を引かれたエルが、嫌がるようにして歩くのを拒み、鳴き声を上げていた。
『コラ!そんな大きな鳴き声出してたら、紫苑の奴が起きちまうだろうが!』
その言葉を無視して、鳴き声を上げるエルだったが、歩み寄ってきた紫苑の姿が目に映ると、大人しくなり彼女の頬に嘴を当て、頭を差し出してきた手に擦り寄せた。
『起きて平気なのか?』
「うん、大丈夫」
『……良かった』
黒大狼の姿へと変わった紅蓮は、紫苑に擦り寄り彼女の脇に首を突っ込んだ。そんな彼の頭を、紫苑は笑みを溢しながら撫でた。
「三日も?」
馬の蹄に蹄鉄を着けていた秋羅は、エルの体を洗う紫苑に彼女のことを話した。
「あぁ。
水輝に診て貰ったのは、覚えてるだろ?」
「微かに……」
「その後はずっと。
昨日の夕方には、もう熱下がってたから、それからの睡眠は体力回復だろう」
「……」
「ここ最近、色々あったから疲れが出たんだよ。
思いっきし寝たから、顔色良いし」
「そんなにいいの?」
『言われてみればな』
「フーン……うわっ!」
体に付いた水を、エルは体を振り水気を飛ばした。飛んできた水は、紫苑の顔と体に掛かり、傍にいた秋羅と紅蓮にも被害が及んだ。
「……エル」
何事も無かったかのように、エルは撫でろと言わんばかりに、紫苑の体に擦り寄った。
家の中へ入り、秋羅と紫苑は服を着替えた。帽子付きのポンチョを着ながら、紫苑は部屋を見回した。
「……ねぇ、幸人は?」
「用事で出てる。
この後、俺等も出るぞ」
「どっか行くの?」
「町の方にある施設」
「何しに行くの?」
「健康診断の手伝いと、施設の手伝い、それから結界の張り直し」
「健康……診断……
まさか」
「そのまさかだ」
町へ着た秋羅達……町の隅に建っている白い建物へ行き、呼び鈴を鳴らした。中からボサボサ頭をした水輝が出て来た。
「あぁ!秋羅君!ちょっと待っ……
キャー!!シーちゃん!」
歓声を上げながら、水輝は紫苑に抱き着き頬摺りした。
「もう風邪は良いみたいだね!
熱もないし!ずっと心配してたんだよ!起きないって聞いてたから!」
「……」
「あの、その辺にしといて貰いませんか?」
「あ、あぁ!そうだね」
水輝の手から離れた紫苑は、すぐに傍にいた紅蓮の後ろに隠れ彼に抱き着いた。
「相変わらず、仲良しだねぇ……」
「早く髪の毛結って、真面な服に着替えて下さい」
「分かってるよ!暗輝みたいな事言ってもう……」
「そういえば、暗輝さんは?」
「隣町にいる患者の所へ診察。
明日の昼には帰ってくるって言ってたかな」
ブラウスの第一ボタンを開け、赤いネクタイを締め白衣を着ると、水輝は肩掛けバックを肩に掛け、ブーツのチャックを上げながら、外へと出て秋羅と共に施設へと向かった。
目的の場所へ着く四人……大きな塀壁に囲まれ木の門が建てられた場所。
「……デカ」
「でしょー?
私達が住んでた施設よりデカくて、ビックリしちゃったよ!」
「……え?!
施設育ちなんですか?!」
「そうだよ!
私達兄妹と幸人、陽介は同じ施設で育ったんだよ」
「……10年以上付き合ってて、今知った」
呼び鈴を鳴らすと、中から黒いワンピースに白いエプロンをした女性が出て来た。
「お待ちしてました!先生方!さぁ、中へ」
中へ入ると、遊具が置かれた庭に、その奥には2階建ての大きな屋敷が建っていた。遊具で遊んでいた子供は、秋羅と水輝を見るなり歓声を上げながら駆け寄った。
「秋羅だ!秋羅!」
「ねぇねぇ!今日、幸人おじちゃんは?」
「相変わらず元気だな!
幸人は、別の仕事」
「さぁさぁ!今日は皆の健康診断だよ!」
「ハーイ!」
「ハーイ!」
診断を受ける子供達……水輝が診察をし彼女の手伝いを秋羅がしている間、紫苑は紅蓮と共に園内にある花壇の手入れを、職員の人とやっていた。
「悪いわねぇ!手伝って貰って!」
「……」
頬を赤らめながら、紫苑は手を動かした。その時、結っていた髪を後ろから引っ張られ、紫苑は素早く後ろを振り返った。
そこにいたのは、赤い髪をハーフアップにした少女だった。
「……えっと」
「……ママぁ?」
「え?」
彼女の言葉に、雑草が盛った籠を紅蓮は驚き危うく落とすところだった。
「あらあら、純玲ちゃん。
健康診断は終わったのかしら?」
「終わった!
ねぇ!絵本読んで!」
「え……それは……」
「じゃあお絵かき!」
「……」
困った顔をしながら、紫苑は職員に助けを求めるようにして顔を上げた。職員は笑顔を見せながら、OKサインを出した。
「じ、じゃあ、絵描こうか」
「ワーイ!」
器材を片付ける秋羅。彼の隣で、水輝は診断書を前のと比べながら見ていた。
「特に異常は無いみたいだな……
皆、体重もちゃんと増えてるし健康そのものだ」
「皆って言いますけど、一人新人いましたよね?」
「あぁ。純玲ちゃんか。
えっと……こっちの資料によると、二週間前だね。ここに来たのは」
「来たばかりじゃないですか」
「道理で、他の子と馴染んでなかったわけだよ」
「……?
ケレフト……」
「ケレフト?
確か、東の外れにある村の名前じゃ……あ」
「……」
頭に過ぎる過去……秋羅は、顔を下にしたまま資料を強く握った。
「あ、秋羅君……資料」
「え?
あ!す、すみません!」
「大丈夫大丈夫!同じ物をコピーすれば良いんだから!」
「……」
「どうかしたか?何か、思い出しちゃった?」
「いや、その……
何でも無いです!」
無理に笑顔を作った秋羅は、器材をバックへしまった。水輝はそれ以上は聞かず、診断書を持ち部屋を出て行った。
遊び部屋で、絵を描く紫苑と純玲。そこへ診断を終えた子達が入るなり、紫苑の元へ駆け寄り描いている絵を見た。
「わぁ!凄い上手!」
「お姉ちゃん!これ、なーに?」
「庭に咲いてる秋桜」
「それ、ここにも咲いてるよ!」
「咲いてる咲いてる!」
「純玲は何描いてんだ?」
「……」
「何々?」
紙に描かれていたのは、紫色の髪を生やした女性と彼女に抱かれた自分の絵だった。
「誰?この人」
「……純玲のママ」
「嘘だぁ!!
純玲、髪の毛紫じゃ無いじゃん!」
「ママだもん!」
「おかしいよね?菫って、紫色の花なのに……純玲ちゃんは赤い髪」
「……」
次の瞬間持っていた色鉛筆を、純玲は悪口を言った少女に叩き付けた。少女は、床に尻を着きそして大泣きした。まだ叩こうとした彼女を、紫苑は慌てて抑え止めた。
少女の泣き声に、職員達が駆け付けた。彼等と同じく秋羅達も、駆け付け部屋へ入った。
少女は額から軽く血を流しており、職員は彼女を宥めながら抱き上げ、医務室へと連れてった。
「何があったんですか?一体」
「純玲がいきなりぶったの!」
「純玲ちゃん……」
「悪くないもん!!あの子が悪いんだもん!!」
そう叫んで、純玲は職員達に背を向け紫苑にしがみついた。
その様子を、外から見ていた水輝は、目をキラキラさせながら彼女は鼻血を出した。
「ちっちゃい子にしがみつかれるシーちゃん、可愛すぎる!!」
「幸人に通報しますよ」