桜の奇跡   作:海苔弁

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柔らかい風が吹く中……


鳥の囀りが聞こえた。閉じていた目を、少女は開けた。


「……」

「起きたかい?」

「……晃……

いつの間にか、寝てたの?」

「そうだね。

気持ちよかったからね。僕もさっき」

「……」

「帰ろう」

「うん」


差し出してきた晃の手を、少女は小さい手で掴み、立ち上がると繋いだまま、彼と一緒に林道を歩いた。


花の名前

ある日の午後……花壇に水をやっていた少女は、足音に気付き手を止め顔を上げた。

 

門の前に立つ一人の女性……自身を呼びに出て来た晃に、少女は駆け寄り後ろへ隠れた。

 

 

「……こんな所に、何の御用ですか?

 

大空さん」

 

「その呼び方、やめて。

 

いつも通り、天花で良い」

 

 

悪戯笑みを浮かべながら、天花は被っていた帽子を取った。

 

 

出されたお茶を飲む天花……階段の柵から、少女は警戒しながら彼女を見ていた。

 

 

「何か、随分と警戒されちゃってる……」

 

「僕以外の人と、あまり触れ合ってないからね。

 

美麗!こっちおいで」

 

「……」

 

「大丈夫。この人は、何もしないから」

 

 

警戒しつつ、美麗は階段を降りると素早く晃にしがみつき、天花を見つめた。

 

 

「初めまして美麗ちゃん。

 

私の名前は、大空天花(オオゾラテンカ)。宜しくね」

 

「……てんか?」

 

「そう、天花。

 

字はね、天界の天に野花の花」

 

「花?

 

何の花?」

 

「え?何の花って……」

 

「草花の花って字だよ。

 

名前が分からない草花は、『草』と『花』って言うだろ?」

 

「そっか」

 

「花に興味があるのか?」

 

「うん。

 

植物図鑑を見てから、この通りで。庭に花壇があっただろ?」

 

「あぁ。まだ何も咲いてなかったけど」

 

「お花咲くよ!

 

もう蕾だもん!」

 

「どんな花を植えたんだい?」

 

「うんとね!秋桜と紫苑!」

 

「紫苑?珍しい花を植えたんだね」

 

「うん!」

 

「ほら美麗、庭の手入れをしておいで」

 

「ハーイ!」

 

 

晃の膝に座っていた美麗は、彼の上から降りると外へと出て行った。

 

 

「美麗ちゃん、見ない間に大きくなったね」

 

「そりゃあね。

 

美優さんが亡くなって、丁度2年だからね」

 

「そっか……」

 

「……で?

 

今日はどう言った御用で?」

 

「ん?」

 

「惚けた顔しても駄目だよ。

 

君がここへ来るのって、僕に相談したい事とか、最近出来た討伐隊に関しての情報……そして、妖怪資料」

 

「……流石、幼馴染み」

 

「話すならとっとと話して」

 

「じゃあ、遠慮無く。

 

 

去年と比べて、妖怪の凶暴化が増幅した」

 

「……」

 

「被害も去年は数十件だったが、今年は数百件に上った」

 

「それはまた、凄いことで」

 

「原因として考えられるのは、やはり3年前に殺してしまった麗桜の存在」

 

「麗桜さんは、妖怪の総大将……大将がいなくなれば秩序が崩れ、妖怪達が人を襲っても不思議じゃない」

 

「だが、獣型の妖怪は人を襲おうとしていない」

 

「当たり前だよ。

 

獣の妖怪は、群れで生活をしている……群れの長がいれば、下は安泰。例え総大将がいなくても。

 

 

現に、この家の裏は大きな森。そこに住んでる黒狼達は、時々美麗の様子を見にここへ来てるしね」

 

 

ふと外を見る晃……外では、黒狼の子供と一緒に美麗は、庭の草木に水をやっていた。

 

 

「……話は変わるが……

 

この前の話、どうだ?」

 

「……悪いけど、彼女を手放すつもりは無い」

 

「そうか……それを聞いて、安心した」

 

「と言うより、君等にあの子が扱えるとは思えないよ。

 

 

あの子を引き取る際、町長さんが僕じゃ心配だからって言って、引き取ったんだ。

 

ところが、一ヶ月も経たない内に僕の元へご返却なさいました」

 

「え?何で??」

 

「夜泣きが酷いのと、気にくわないことがあると、すぐに泣き喚いたり癇癪を起こしたらしくてね。

 

手に負えないって、奥さんが言ってそれで」

 

「君の所では無いのかい?」

 

「別に。

 

仕事の邪魔と、この家を燃やしたり水浸しにしなければ、別にいいし。

 

夜なんて、仕事してる最中に部屋に入ってきて、僕のベッドで寝てるし、好きなことを好きなようにさせてるし。

 

 

自由にさせて置けば泣き喚かないし、それに黒狼達が色々なことを彼女に教えてくれてるから」

 

「ほぼ育児放棄じゃん」

 

「酷いこと言うな。

 

これでも、あそこまで育てたのは僕だよ」

 

「お前に似ないことを願うまでだ」

 

 

「晃!咲いてた!」

 

 

嬉しそうに飛び込んできた美麗は、晃の元へ駆け寄ると彼の手を引き、一緒に外へ出た。彼等の後を、天花は残りのお茶を飲み干すと、追い駆けた。

 

 

花壇に咲いてある蕾達を掻き分けると、そこに一輪の紫苑が花を咲かせていた。

 

 

「ねぇ!咲いてるでしょ!」

 

「本当だ……他のはまだなのに」

 

「きっと、美麗に早く見て欲しくて咲いちゃったんだよ」

 

 

その言葉に、美麗は笑った。そして花を鋏で切るとそれを氷で固め、天花に差し出した。

 

 

「……え?」

 

「あげる!」

 

「い、良いの?」

 

「うん」

 

「……ありがとう!」

 

 

微笑みながら、天花は紫苑を受け取った。凍った紫苑は、不思議と冷たくはなかった……むしろ暖かく感じた。




日差しが差し込むとある部屋……

書物が綺麗に並んだ机の上にそれは置かれていた。綿を敷き詰めた箱の中、凍った紫苑が。


「ああ、その報告はあとで皆の前でして貰う」

「わ、わわ、分かりました!」

「緊張するな。

では」


部屋の戸が開いた……中に入ってきた者は、着ていた上着を脱ぎ、椅子の背もたれに帽子を取るとそれを机の上に置いた。


「……」


『溶けない氷?』


年老いた女性は、箱に入った凍った紫苑を少年に見せていた。


『友達の義妹が、私にって作ってくれたんだ』

『それからずっと溶けてないの?』

『そうだよ。

あの時、貰った時のままさ』

『これ作った子、今はどうしてるの?』

『……さぁねぇ……




生きていると、嬉しいんだけど……私が生きている内に、あの子に謝りたい』


目から一滴の涙を流した女性は、傍にいた少年の頭を撫でた。



昔を思い出す男性……凍った紫苑を、男は悲しそうな目で優しく撫でた。
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