桜の奇跡 作:海苔弁
エル達と水遊びをしていた紫苑は、その気配に気付いたのは、昼食を食べ終えしばらくした後だった。
「(……誰だろう)
うわっ!」
水を浴びて上機嫌になったエルは、彼女に飛び付き押し倒した。水溜まりになっていたところに、紫苑は尻を着き頭に掛かった水を振り払い、寄ってきた紅蓮とエルの頭を、笑みを溢しながら交互に撫でた。
幸人と向き合って座る、髪を結った男……眼鏡のブリッジを上げながら、彼は足を組み置かれていたお茶を飲んだ。
「さぁてと、幸君。
お嬢ちゃんをこちらで、引き取らせて貰うよ」
「断る」
「そんなこと言わないで!
早く引き取らせてよ!陽介の話じゃ、まだ人に慣れてないって聞いたから、こうやってわざわざ来たんだろ?」
「嫌な凝った。
テメェに渡すと、何が起きるか分からん……変人オタクが」
「酷いこと言うねぇ……相変わらず」
「当たり前だ……
俺等4人を、何度殺そうとした!!」
「殺してないだろう!?」
「俺等を散々実験台にしやがって!!
何度寝込んだことか」
「失敗は成功の元って言うだろ?」
「その一言で終わらせるな!」
「幸人、この人誰?」
話し合っている2人の間に入った秋羅は、幸人に彼を指差しながら質問した。
「妖討伐隊かつ妖怪研究所の責任者、雲雀大地(ヒバリダイチ)だ」
「大ちゃんって呼んでね!
秋ちゃん!」
そう呼ばれた瞬間、秋羅は冷や汗と寒気を感じ、彼から目線を離した。
「根っからの変人だ」
「見りゃ分かる」
「連れて行くの駄目なら、血液だけでも採らせて。
あと、口の粘膜と髪の毛」
「用意周到だな。お前……
でも、駄目なものは駄目だ」
「何でよ……
理由、聞かせて貰える?」
「……ただでさえまだ、人に慣れていない。
最近、やっと俺等に笑い顔を見せるようになったところだ。そんな時に、お前の妙な実験の材料にしたいが為に、道具として使われて良い気分する奴なんざ、いやしねぇよ」
「そんなぁ!
せっかく、純血の半妖を調べられると思ったのに!」
「さっさと帰れ。そして次来る時は、陽介でも連れて来い」
「連れて来られないの知ってて言ってる?」
「知らん」
「キー!!幸君の、意地悪!!」
大地が騒ぐ中、庭から帰ってきた紫苑は紅蓮と顔を見合わせながら、リビングへ行った。
「どうかしたの?何か、尋常じゃない声が聞こえたけど」
「ん?
白髪……赤い目……」
そう呟きながら、大地は鞄から資料を取り出し、見ながら彼女に歩み寄った。
「やっぱり……
お嬢ちゃんか!半妖の子供は!」
「え?」
「来たことだし!
早速、血液採らせて貰うよ!」
そう言って、大地は鞄から注射を取り出した。それを見た瞬間、紫苑は居た堪れない恐怖を感じ、そこから逃げようとした。だが、そこを大地は彼女の腕を掴み引き留めた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとチクってするだけだから!
幸君、この子抑えといて!」
「オイ、やめとけ。嫌がってるぞ」
「子供は大抵こういう反応!
大丈夫!すぐ終わるよ!」
「いや、そういう意味じゃ」
注射を刺そうとした大地の手を、傍にいた紅蓮は噛み付き阻止した。手が緩んだ隙を狙い、紫苑は彼から離れ秋羅にしがみ付き、後ろへ隠れた。
「ビックリしたぁ……ちょっと幸君、躾なってないよ!この犬!」
「お前が嫌がる事するからだろうが!」
「そっか……心準備がまだだったか。
そんじゃあ、準備ができ次第やるから待たせて貰うよ」
「とっとと、帰れ!」
「嫌だね。まだ、血液採ってないもん」
「お前なぁ」
「多分、今日無理ですよ。
すっかり怯えてますから」
後ろで怯える紫苑に、心配そうに紅蓮は寄り添い体を擦り寄せた。
「怯えが治るまで待つから。
そういえば、この子名前は?何て言うの?」
「教えるか。
秋羅、そいつ外に出しとけ」
「あ、あぁ。
行こう」
「だったら、僕チンも」
「テメェは、ここで大人しく待ってろ。
今から、陽介呼んでやるから」
「何でぇー!!」
「陽介が嫌なら、水輝達でも呼ぼうか?」
「やめろ!!殺される!!」
「毒盛られて死ね!!」
2人が騒いでいる間に、秋羅は紫苑と紅蓮を外に出した。彼女の気配に気づいたのか、エルが駆け寄って来るなりその場に体を屈めた。秋羅は紫苑を持ち上げると、エルの背中へ乗せた。
「事が収まるまで、紫苑を頼む」
『そのつもりだ。
エル、行くぞ』
首元を軽く叩くと、エルは翼を羽ばたかせると空へと飛んでいった。
紫苑達を見送り家へ戻ると、そこには床に倒れた大地と、彼を踏む水輝と暗輝がいた。
「な、何やってるんですか?」
「こいつを」
「締めに来た」
「はぁ…」
「さぁて、人の患者に痛い事しようとしたって聞いたけど……
何、患者から血を採ろうとしてんのよ?アンタは」
「ヒィー!!お助けぇ!!」
「血なら、俺等がテメェの腕から採取しても良いんだぜ?
水輝!こいつの腕、抑えろ!」
「アイアイサー!」
「ギャー!!殺されるぅ!!」
「選択肢をあげる。
今すぐに、ここから立ち去るか。
それとも、このまま2人の実験台になるか……
さぁ、どっちが良い?」
「帰ります!帰ります!!
次来る時は、陽君を連れてくるから、その時には血を採らせろよ!!」
そう叫びながら、大地は荷物を持って速攻家を飛び出し帰っていった。
「チッ!逃げ足だけは、早い奴だ」
「全くだ」
「その注射器に入ってる液、本当に毒ですか?」
「いや。単なる水」
「色付きのな」
「……」
夕暮れ……帰ってきた紫苑は、エルを小屋に入れると人の姿となった紅蓮の後ろにしがみつき、一緒に家の中へ入った。
「シーちゃん!紅蓮!
お帰りぃ!!」
飛び付こうとした水輝を、紅蓮は紫苑を抱き慌てて避けた。飛んできた彼女は、壁に顔を当て鼻血を出しながらその場に蹲った。
「何やってんだか……」
『何で2人が?』
「あの変人を追い出しに、呼ばれたんだ」
「もう、いない?」
「とっくに出てった。
毒を注入しようとしたら、逃げちゃって」
「お前、鼻血出てるぞ」
「大丈夫!大丈夫!鼻栓しとけば、止まるから!」
「ハイハイ……」
リビングへ行った紫苑と紅蓮……入った直後、紫苑はまた怯えだし後ろにいた紅蓮にしがみつき、彼の背後に隠れた。
「あれ?シーちゃん、どうしたの?」
「……!
多分、出しっ放しの注射が原因かと……」
「水輝、しまえ」
「ハーイ」
水輝が注射器をしまう間、紫苑はずっと紅蓮の後ろへ隠れ、彼女の様子を伺っていた。
「本当に、注射苦手なんだな?」
「そうみたいで……」
「まぁ、水輝の患者にも注射が苦手な奴はいるからな」
「やっぱりいるんですか?」
「主に子供だね。
まぁ、大人でもいるよ。先端恐怖症の人だったり昔から苦手だって言う人もいれば、小さい頃に凄い痛い思いをして、そのせいで注射が無理だって人も」
「そういう人達って、どうやって薬打つんですか?」
「ほとんど飲み薬にしてるよ。滅茶苦茶苦いけど。
あと、やむを得ない場合は……あまりやりたくもないし進めたくもないんだけど、睡眠薬を飲ませた後にそのままブスって」
「恐ろしい……」
「やむを得ない時だけだよ!それ以外は、絶対に使わないから。
注射は痛いし、下手したら心の傷にもなるからね」
そう言いながら、水輝は注射器をケースへしまいそれをバックにしまった。
汽車の中……車内に設置されていた電話で、大地はどこかに電話していた。
「そうなの!もう、血も髪の毛も口の粘膜も採取できなかった!
超最悪!
どれか一つでも持ち帰られれば、あの子かどうか調べられたのに……
え?あの子って?
ちょっと!忘れたの!
アンタの所に残ってた、麗桜の子供の血液!
そう!麗桜!
アンタの〇〇が撃ち殺した、あの〇〇よ!
子供がいれば、また100年前と同じように……〇〇と〇〇が平和に暮らせるんだよ。一緒に」
真剣な眼差しで、そう言いながら大地は電話の相手と喋り続けた。